浄化 - みる会図書館


検索対象: 科戸の風 : 霊鬼綺談
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1. 科戸の風 : 霊鬼綺談

りよ 呂はいないと仏門に入った。 , 彼女を救うことだけを願ってきた。 「この先何度生まれ変わっても、私はあなたを見つけるだろう。あなたの側にいるから」 こぼ 藻女はばろばろと涙を零した。それは悲しみの白い石にはならず、地面に滲み込んだ。 「私を信じて」 ようこ きようもんとな じゅず 源翁が数珠を持ち直して経文を唱えようとした時、藻女の横に妖狐が姿を現した。 「待て、泰成」 そうりよ 源翁は現れた妖狐の姿に見入ってしまった。金色のあやかしは悟りを開いた僧侶でさ え、心奪われる美しさであった。 「まだおまえのカでは私を浄化することはできない。私は罪を犯しすぎた。私はいいから 藻女だけを浄化してほしい」 「なにを言うの、妖狐。私はずっと一緒にいると言ったでしよう」 「泰成、藻女の言うことは気にせずにさっさと教化でも浄化でもしてくれ。私への話はそ の後だ」 源翁は気を取り直して経文を口にした。 「やめて ! 泰成、やめて。私は妖狐と一緒でなければ浄化はしないわ。妖狐がしないの なら私もしない 藻女はその場を逃れようと走りだした。 いっしょ

2. 科戸の風 : 霊鬼綺談

しいえ ! そんなことはないわ。きっと望むものに生まれ変われるわ」 「藻女、私がどれだけの悪事を働いてきたか知っているだろう。それを許すほど人間の言 う神は甘くはない」 「そんな : : : 」 体じゅうの力が抜けた気がして、藻女は地にへたり込んだ。 「そんなに落胆しなくてもいい。浄化しなくてもいいと私は思っている。この場所で一人 時間の流れを見つめるのも、私には似合っているのかもしれないー 「一人じゃないわ。私がいるもの」 「おまえは浄化しろ。今度坊主が来たら、殺しはしない。私は毒を吐くのをやめよう。お おも まえが私のためを想って流してくれた涙だけで、もう十分だ」 ようこ いっしょ 「いやよ、妖狐と一緒でなくっちゃ浄化なんてしないわ」 あわ 「そんなことを一一一一口うな。ほら、慌てた朝廷がまた坊主をよこしてきた」 きようもんとな 遠くから経文を唱える声がかすかに聞こえてきた。それは挑むようなものではなく、 おだ 穏やかな優しい声だった。 舮白い石を踏んでや「てきたのは水上範の前世である大徹だ「た。大徹は嬲鰺砿のかな り手前で足を止めた。数珠を握り締めたままを少し持ち上げ、石の全貎を眺めた。 がざんぜんじ 。なるほど朝廷が師匠、俄山禅師に教化を頼んでくるはずだ。なか 「これが殺生石か :

3. 科戸の風 : 霊鬼綺談

125 科戸の風 こんなところに人がいるわけがないと思った大徹は、女の美しさに目を奪われた。金色 に見える髪の毛が光り輝いていた。 たまも 「あなたはもしゃ玉藻の : : : 」 言いかけて大徹は息をむ。女が寄り添っている岩が妖狐に見えた。妖狐もまた金色の ひとみ 体毛が風に吹かれて、母親が子供を見る瞳で女を見ていた。 のろ 。どこが呪われた石なのだ。こんな情のある霊は見たことがない。こ 「これはなんと : のものたちを早く浄化させて楽にしてやらねば。師匠の代わりに私が下見に来たが、一刻 も早く戻って、師匠に教化をお願いせねば」 きようもんとな 大徹は両手を合わせて経文を唱えた。自分では力不足で教化することができないのが 悔しく、せめて心安らかに待っていてくれるよう願った。 むな だが大徹の願いは空しく、師匠である俄山禅師はこの場所に来ることなく他界してし まった。 げんおうおしよう みに連れられた野帆の意識は、那須境村の後に泉湜寺となる寺の住職、源翁和尚の せんけ、じ

4. 科戸の風 : 霊鬼綺談

別れを言「ていたと伝えてくれ。それにしても、とうとう禅師のところまで生石の浄 化の依頼がきたのか」 ようこ 「ああ、でも禅師は浄化ではなく、妖狐に仏の教えを説いて成仏させる教化をしようとさ れていたんだ。万年も生きていた妖狐だからきっと知能は高く、教えを理解できるだろう とおっしやっていたんだ」 「でも何人もの僧があそこで死んでいる。聞く耳を持つのだろうか」 大徹は湯飲みに手を伸ばした。冷めかけた茶が半分ほど入っている。静らめく水面を見 て石の側に立っ女を思い出した。 「私もそう思「ていたんだ。いまだに毒を吐く妖怪だ。一筋ではいかないだろうと。だ 力な 「だが ? 」 ふと思いついたように大徹は顔を上げ、源翁を見た。 「そういえば昔、おまえはよく夢に出てくる女がいると言ってたじゃないか」 けげん 話の変わりように源翁は怪訝な顔をした。 「ああ、その話をすると雇を捨てられないとおまえにからかわれたよな。今も時々その 夢は見るけど、それがなにか ? 「その女は赤い着物を着ていると言ってたな」

5. 科戸の風 : 霊鬼綺談

「ここは時間の海よ」 しゅうこ 柊子の声が響いた。 「俺はどうしてここにいるんだ ? 生石は浄化されたんだろ ? 」 「浄化されたわよ、勇帆。でもね」 こ、つ小う 毬亜の声も聞こえた。声にためらいがある。勇帆は周囲を見回した。いるはずの高陽 の姿を捜したが、人の影はなかった。 みずくめ 「なにかあったのか ? 高陽はどこなんだ。藻女が浄化された時点であいつは藻女の意識 から離れているはずだろう ? 」 勇帆は体に力を込めた。あの時代に飛んだのは事の結末を見るためではなかった。高陽 を連れ戻すためだった。 「どこにいるんだよ ? 勇帆の近くの時間には高陽の気は感じられなかった。 「藻女の意識から離れた時、高陽は勇帆と私たちの存在に気がついたの。止める間もなく 風どこかの時間に飛んじゃったの」 戸「どういうことだよ、毬亜」 「・ : ・ : まるで私たちに会いたくないって感じだった : ・ 「なんで ? 」

6. 科戸の風 : 霊鬼綺談

136 「泰成、私たちを浄化させるために早く転生したのでしよう ? どうか妖狐と私を救っ 「藻女。私は泰成ではないが、私のできる限りで教化をしよう。心を開いて私の話を聞い てほしい。仏は死したるすべての霊を受け入れてくださる。藻女ももう一度人間に生まれ ごう 変わって業を背負い、神仏に仕えて罪が消えるまで、その苦しみに耐えていこう。その姿 は必ず認められ仏は慈悲をかけられるだろう」 あやま 「ええ、そうね。今までの過ちを正すにはそれしかないのかもしれない。どんなに辛くて つぐな も自分が犯した罪は自分で償わなければ」 「あなたはもうそのことに気づいていたのか : 。人間や自然を愛し、いたわっていけば あなたの罪は必ず消えるはずだ」 「少しでも自分を見極めて仏に近づけるかしら。そうしたらあなたの側に、普通の女とし て生まれることができるかしら。あなたは私を人間として愛してくれるかしら」 源翁は目を見開いた。泰成と呼ばれた時にも感じなかったものが、藻女に切なく見つめ られた時に心の中に広がった。 「私は今でもあなたを愛している。ずっと前からあなたしか愛していない。あなたがどん な姿をしていても、たとえ人間でなくてもあなたを愛し続ける」 夢を見始めてから藻女を愛してきた。幼い頃から本能でそれを感じ取り、藻女以外の件 ようこ つら 、′は

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「私は空を飛ぶ鳥が好きだったのに。あんなふうに自由に空を飛びたいと願っていたの に」 地上に降りると藻女は石に背を預け、また空を見上げた。 「それならばおまえはさっさと浄化してしまえばいいものを」 ようこ 地の底から聞こえるような声で妖狐が答えた。 「なにも死んでまでも私の側にいることはない。おまえは泰成に浄化されればいいではな いか。私とおまえはもう完全に分離しているのだから」 藻女は流れてきた気に気がついた。 「泰成だわ」 姿を消すと、藻女は妖狐の意識の奥深くに隠れた。 泰成は石に近づけるギリギリの場所まで足を運んだ。ここに来るのは今日で何回目だろ う。もう数えきれないほど通っている。 「しばらくは来られなくなるんだよ」 ひとみ 風優しくて切ない瞳で泰成は石に話しかけた。 戸「私は京へ帰らねばならない。藻女よ、妖狐よ。もし私の声が聞こえているなら、その毒 の噴出をやめてくれないか。どうか浄化してほしい」 モウモウと毒を噴き上げる石を遠くから見て、祈るように言う。死んでしまったのな

8. 科戸の風 : 霊鬼綺談

ひざ そこでは浄恵が苦しみもがいていた。喉をかきむしり、膝をついて倒れ込んだ。浅い息 の下でガスから逃れようと懸命にいざって、石から遠ざかろうとしていた。 年早いわ」 「私を賺するなど、 100 けれど数間も進まないうちに、浄恵はカつきて息絶えてしまった。 「朝廷がよこしたのだろうが、ふん、そんな奴らに私が倒せるものか」 よ、つこ 藻女との会話で開きかけていた妖狐の心は、また凝り固まってしまった。何年も触れな かった慨しみに出会い、再び妖狐の邪悪な気持ちが再燃してきていた。 「だめよ、妖狐。お願い、私の言うことを聞いて。人間を愛して」 大きな石を見上げて藻女は叫んだ。 「人間を愛せだと。ばかなことを一一一一口うな。私をこんな姿にした人間など愛せるわけはない だろう」 怒りで体を震わせるように、妖狐は蒸気を噴き出した。岩肌にほっぱっと水滴が現れ かたく 風「このままじゃ、こんなに心を頑なにしていてはあなたは浄化できずに、ずっとこの石の 戸ままでいることになるわ。それでもいいの ? 」 冫ししおまえはいつでも浄化して転 「うるさい ! 浄化したいのならおまえ一人がすれまゝゝ。 ' 生できるのだから、さっさと生まれ変わって私など忘れてしまえばいい。私はこの恨みを ふる やっ こ うら

9. 科戸の風 : 霊鬼綺談

「なにかしら。肉親の情とでもいうのかしら」 にく 「肉親 ? はつ、笑わせるな。おまえは私を憎んでいたのだろう。それなのになぜ肉親な どと」 : でも、生まれてからすぐにあなたは私の中にい 「憎んでいたわ。とても、とても。 た。私をずっと守ってきてくれたわ。それが自分のためであっても、私を守る形になって いたのは事実だわ。きっと私はあなたがいなければ生きていけなかった。あなたとだった から生きてこられたのよ」 「なにを言っているのか、私には理解できん・ : よう」 妖狐の声が当惑して小さくなる。 いっしょ おん 「私はあなたが憎いけれど愛しい。だから、一緒にいましよう。ずっとこのままで。怨 りよ、つ 霊となってもあなたがここにいる限りは、私もいるわ」 「ばかを言うな。今だったらおまえはまだ浄化できる。怨霊になどなったら苦しみながら 消えることもできなくなる。転生もできなくなるぞ」 かわいそう 風「一人は寂しいわ。一人になったら妖狐が可哀想」 戸「妖怪が寂しがるものか。私は可哀想などではないわ。だからおまえはさっさと浄化し 藻女は小さく首を振ってんだ。

10. 科戸の風 : 霊鬼綺談

「これはどうしますか ? 」 なが 長い時間、無表情で妖狐の死を眺めていた泰成に義純は声をかけた。死骸から少し離 れたところに立っていた泰成は、視線を泳がせて既いた。 くよう 「 : : : 供養をしてやりたいと思います : ・ と言いかけて言葉をみ込んだ。 義純は供養ではなく封じ込めればいい、 「私はあなたを責めているのではないのですよ、義純殿。私の言うように浄化など考えて しず いたら、あの時妖狐を鎮めることなどできなかったでしよう。ですが、こうして物体と なった今、どうか供養だけはさせてもらえませんか」 「泰成殿、お気持ちはよくわかります。ですが : : : 」 「後生ですから聞いていただけませんか」 「いまさらなにを言っておられるのだ、泰成殿は」 さだのぶ 突然、背後から声がした。貞信だった。 「やっと妖狐を討ち取ったのだから、さっさと封印してくだされ。浄化だの供養だのをす 風ることはない」 戸先ほどまで腰を抜かしていた自分を忘れてしまったのか、ずいぶんと尊大な態度に出て ) 0 「そんなことばかり言っているから、こんなに妖狐退治が遅れたのだ。師安倍泰成 やすなりよしずみ