聞い - みる会図書館


検索対象: 群狼の牙 : 天罰党始末
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1. 群狼の牙 : 天罰党始末

「ま、考えるだけは考えておくぜ」 月に雲がかかり、再び晴れたときには、武市瑞山と、以蔵と呼ばれた剣士の姿は、すでにな かった。 「首を、持っていかれちまったなあー たんそく 鷹一朗は、嘆息した。 翌日、宇郷重国の首が、河原に晒された。 べっとほうしゅう 鷹一朗のもとには、あの御簾むこうの公家から使いが来て、別途報酬として五十両が届けら れた。 鷹一朗は、無論、受け取らなかった。 これは、宇郷を斬ったのは自分ではない、と言っているようなものだが、そんな事は向こう は先刻承知であろう。 なにしろ、 ( 連中の探索カってのは、閻魔さまが持っているって話の、『真実を映す鏡』もかくやってく すげ らい凄えからな ) であった。 えんま さら

2. 群狼の牙 : 天罰党始末

を出し、あとは、 「おやすみなさい」 と頭を下げて、部屋に戻った。 余計なことを聞かぬ、お雪の心遣いが、鷹一朗にはありがたかった。 やますぎや せつかく『山杉屋』の養女となったのだから、 ちなまぐさ ( 血生臭いこの世の闇とは、無縁でいた方がいいのだ ) そう思っている。 この夜、鷹一朗が眠ったのは、明け方近くであった。 お雪が下がったあと、刀の手入れをしていたためである。 ′、さ ちあぶら 鞘に水が入った上に、刀の血脂をそのままにしておけば、刀は錆び、鞘は腐ってしまう。 早い手入れが必要だったのだ。 それにしても : ・ ( これくらいのことで邪を引くとは : : ・・俺も弱くな 0 たものだ ) 鷹一朗は苦笑した。 寝乱れた着流しの上に羽織を着て勝手にいくと、小鍋の中に鯉節でとった出汁が張られてい て、脇におひっと、卵が二つおいてあった。 ひめし 鷹一朗は鍋を竈にかけると冷や飯を入れ、軽く煮立ったところで卵を入れてかき混ぜ、雑炊 さや かま はおり かつおぶし だし ぞうすい

3. 群狼の牙 : 天罰党始末

鷹一朗が、そんなことを一人煩悶していると、 「坊っちゃん」 文七が、緊張した声で呼んだ。 「何か起きたようですぜ」 ちょうしゅう たかせがわ その頃、高瀬川沿いの長州屋敷側の居酒屋で、沈痛な顔つきで酒を呑む、三人の侍の姿があ 例の、こぶ侍たちである。 奥の座敷で、互いに口をききあうこともなく、彼らはただ、酒を飲み続けていた。 きんのうしし さかいごんじよっ こぶ侍ーー境権丈は、京に来てからはずっと、勤王志士を名乗り、さまざまに悪いこともし やしろうこなみじん ~ て、自分にも自信がついてきたところであったのだが、それを、鷹一朗と弥四郎に粉微塵に砕 ししっちん 始かれ、すっかり消沈していた。 おわり おざわしろうかわかみてつばち 罰仲間の一一人、小沢志郎と川上鉄八も同様であった。尾張城下にいた頃から、境について悪さ しつきん 牙をした仲であり、境には一目おいていたのだが、西瓜を頭で受けて気絶し、みつともなく失禁 狼した姿を見せられては、それも揺らぐというものだった。 群 だからといって、いまさら境のもとを離れて、何かができるとも思えぬ、両名なのである。 「失礼いたします」 はんもん の さむらい

4. 群狼の牙 : 天罰党始末

白玉売りの声に混じ 0 て、味の音が聞こえている。 じゃっもんじ あめやじようたろう 蛸薬師通りに面した十文字町の、『飴屋丈太郎』宅脇の木戸をくぐったお雪は、それを聞い まゆ て形のいい眉をしかめた。 すそ 花模様をあしらった、裾に向かうにしたがい色が濃くなる薄緑色の小袖の着流しが、十七の えり 体によく似合っている。襟からのそく肌が、名のごとく白く、まぶしい。 にかいや わず 三味線の音は、すぐそこの家から聞こえていた。一一階家で、猫の額よりは僅かに広いであろ こじゃれ う庭がついている、ちょっと見にも小洒落た造りの家である。 お雪は庭と小道を区切る仕切りを押して、その小さな庭に入ると、縁側から家に上がり、 「兄ちゃん」 と呼んだ。 三味線がびたりとやんで、家の奥から現れたのは、狩野鷹一朗である。 たこやくし かりのよういちろう えんがわ こそで ゆき

5. 群狼の牙 : 天罰党始末

146 鷹一朗の家の、庭に面した雨戸が、めらめらと燃えていたのである。 「火事だあ ! 火事だあ ! はおり 叫びながら、雲斎は庭に駆け込み、着ていた羽織をぬいで、それで火を消そうとした。 ておけ まわりの家からもそくそくと人が出て、汲み置きの水を手桶に汲んで駆けつけ、これを次々 にかけた。 ふくろど 幸い、発見が早かったおかげで、雨戸の袋戸を焼いただけですんだ。 「よ、よかったあ・ : : ・」 雲斎は、その場にくたくたと座り込んでしまってから、あちこち焦げ、すっかりすすけた羽 織に気づいて、 「あーあ」 太いため息をつくと、 だんな 「これは、狩野の旦那に、新しいのを買ってもらわなくては、割りにあいませんねえ」 とつぶやいたものである。 ( 手が足りん ) という思いが、鷹一朗の胸を占めていた。 文七は留守であり、山杉屋に戻ると、信介は帰ってはいなかった。

6. 群狼の牙 : 天罰党始末

ざあっと、月が陰り、辺りはひととき真っ暗になった。 そうして、再び月が顔を出したとき、そこに、子供の姿はなかった。 鷹一朗は舌打ちをすると、部屋に戻ってごろりと横になった。 しばらくすると、また庭で、 ( 狩野 : : : 狩野 : ・ : ・ ) と呼ぶ声がしたが、もはや、打ち捨てておいた。 夜明けには消える、と知っている鷹一朗であった。 「邪魔するぜ」 そう言って、店を開けたばかりの瀬戸屋に入ってきたのは、文七であった。 「これは、仏光寺の親分・ : ・ : ご苦労さまでございますー せいたろう あいさっ おりしも表に出ていた主、清太郎が、そう挨拶をすると、 「平伍坊はいるかい ? こ と聞いたものである。 主の顔色がかわったのを、文七は見逃さなかった。 「親分、平伍がなにか : : : 」 あるじ

7. 群狼の牙 : 天罰党始末

のり を作り、鍋のまま部屋に運んで海苔をかけて食べた。 食欲はある。 きれい 綺麗にたいらげ、番茶を入れて飲んでいると、 「ごめんくださいましー 庭から聞き慣れた声がした。 「親分か。上がってきていいよ」 のぞ ししつじ 障子が開き、馴染みの顔が覗いた。 「おやすみでしたか」 「すこし風邪を引いたみたいだ。それよりも、昨夜はすまなかった。おいていってしまって」 「いえ、かまいません。坊っちゃんが無事なら、それで」 始「これでも、泳ぎは達者なのさー 罰「おそれいります」 ~ 水に飛び込んだあと、潜んでいた刺客を三人斬ったことは、鷹一朗、黙っていた。 の「お雪は帰っちまったから、俺の手だが、いま茶をいれよう」 群「いただきます」 鷹一朗は勝手に立っと、葉を替え、新しく茶を入れて戻った。 しかく

8. 群狼の牙 : 天罰党始末

「ところで誰に、俺を斬るように頼まれたんだい ? さん わずかに酔って、いい心地で桟にもたれ、通りをいく人々を眺めていた鷹一朗であった。 ふすま その影が、長く伸びて、襖に映っている。 日暮れが近かった。 うなじゅう 弥四郎は、追加で頼んだ鰻重を食べ終わって、番茶をすすっている。 「・ : ・ : 公家かい ? 」 ゅのみ 弥四郎は息をついて湯呑を置いた。 「いや、とんでもない。お公家などという連中が、私の汚い旅籠に訪ねてくるはずもござら ぬ」 「じゃあ・ : : ・」 「侍、でござる」 「ほう」 鷹一朗は、弥四郎の方を向いた。いささか顔が赤い。目もとろりとしている。 いっぽう弥四郎の方は、顎に飯粒をつけたまま、気づく様子もない。 けが 「さよう・ : しい着物を着てはいたが、あれは、我らと同じ浪人者であろう。なにやら怪我を している様子だったのでな、聞いてみると、転んだ拍子に頭の後ろを打ったのだ、という。 で、見てみると : : : いや、見事な『こぶ』でござった」 はたご

9. 群狼の牙 : 天罰党始末

きせる 煙管の首を盆の縁で叩いて、鷹一朗は葉を落とした。 おじうえ きよ、つはくじしっ 寂父上は、あの脅迫状をやはり気にしているらしい ) であった。かって、迎えをよこしたりしたことのない山杉屋なのだ。 ( とにかく、これから親分のところにいって、河内屋のことを聞いてみようか ) そう思い、腰を浮かしかけた時である。 「ごめんくださいましー 表の方で、まさに文七の声がした。 た」と 鷹一朗は、玄関で文七を迎えたが、その様子が只事ではなかった。隠しても隠しきれぬ、憤 りのようなものが、その体からにじみでていた。 「どうしたんだ、親分」 うな こぶし 鷹一朗がそう問うと、文七は低く唸り、拳を震わせたが、言葉が出てこぬ様子であった。 ちやわん そこで、鷹一朗は立っと、勝手に行き、茶碗に酒を一杯酌んで戻り、これを無言でさしだし うめ 文七は一気に呑み干すと、呻くがごとく、 「ちくしよう」 と言ったのである。 「親岔 の いきどお

10. 群狼の牙 : 天罰党始末

とば 「賭場に出入りをして、近頃、妙に荒れている奴、急に顔を出さなくなった奴、金回りのよく なった奴などを調べておりました。これはもう、探索の常道という奴ですー おおやけ 賭場 : : : つまりは、金を賭けて、さいころなどの出る目を当てる遊びの場所だが、公には禁 止されているものである。 だが、簡単に大金が入る可能性があることもあって、あちこちでこっそりと開かれているこ とは周知の事実であった。 鷹一朗とて、遊んだことが、ないではない。 京の洛外の空き家などを渡り歩くようにして、近頃の賭場は開かれているようだ。 そうした場所であるから、悪い奴が集まってくる。危険も大きいが、聞き込みにはかかせぬ 場所であった。 ~ 「それで卯吉さんは、何を掴んだんだいワこ 始「わかりません。何かを掴みかけていたようではありますが : : : 卯吉の潜り込んでいた賭場の 宀兄どうもと 罰胴元 ( 賭場の主催者 ) が開いている、新しい賭場には、他の者を潜らせております」 ~ 「大丈夫かい ? 」 の「本当なら、私が自分でやりたいのですが : : : 」 群「親分の顔は知られ過ぎているからねえ」 であった。 つか