周囲 - みる会図書館


検索対象: ジェスの契約 前編
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1. ジェスの契約 前編

さえもが、無残な姿に変えられる : : : そんな強大な相手がいるかもしれない現場に、命の大切 さを知っている人闃かすすんで足を運ほうとするはずもない。 「仕方ないけどね」 軽く唇を噛んで、周囲の人間を財めながら、瞳輝は声の途絶えた だが、大気の乱れは未 だにおさまろうとしない場所を目指して走りだす。 にぶ 青年の姿は、もうどこにもなかった。そして彼女自身、あの鈍い青い瞳を持っ青年のことな ど、もう脳裏にはなかったのである : ・ しば 妖霊が騒いでいる。自らの意志ではなく、だがカによって縛りつけられ、従わされている妖 霊のは途絶えることがない。 たす 走りながら、周囲に感じる妖霊に、瞳輝は尋ねる。彼女に逆らい、偽りを告げ る妖霊など、いようはずがなく、彼女はほどなく目的の場所にたどりついた。 だいたん 「まったく、白昼堂々と ! 大胆なことやってくれるじゃない ! 」 すがすが 肩で息をつきながら、朝の清々しい空気を汚してくれた存在に向かって、瞳輝は憎悪にも似 た眼差しを送った。 そこは裏通りーー昼間でもそうそう人間は通らない。 えんぜんほほえ カビの匂いのする細い小路で、女は婉然と微笑みながらたたずんでいた。右腕には、血まみ れの女の体。ぐったりして動かないその女性に、命の灯がまだ残っているかどうか、一見では にお むざん みずか とだ さか ぞうお みだ

2. ジェスの契約 前編

238 「ようこそ、サナンの街へ」 すず 男たちの背後から、涼やかな少女の声が聞こえてきた。 ′、り・いろ・ 栗色の髪とはしばみ色の瞳を持つ、やさしげな美少女が、優雅にこちらに近づいてくる。 「お待ちしておりました、すべての妖霊の恵みを受けた方 : : : 我らサナンの民は、あなたを歓 迎いたします」 しば あやっ すいよう その少女の周囲には、水妖の気配が感じられた。操り、支配する主に対する絶対の服従に縛 られたのではない、素直に妖霊が加護する : : : そんな、やわらかくも温かい気配。 敵ではない。瞳輝は思った。 そして、少女は兵士と同じように瞳輝の前でひざまずき、深く頭を垂れたのである。

3. ジェスの契約 前編

涙が溢れていることさえ忘れて、瞳輝は尋ねる。瞳に宿るのは、同情などではない、強い意 志。 「ああー かもく 寡黙な青年は、無愛想にしか取れないでうなずく。 と、同時にーー・・彼は弾かれたように瞳輝の背後に目をやった。 「あれは、出迎えかなーー・どうやら、ずいぶんと歓迎してくれるつもりらしいが」 らいか つられるように振り向いた瞳輝は、そこに雷華の姿を認めた。 雷華がにつと笑った。あでやかで : : : 同時に危険な笑み。 青白い光が周囲を包む。 「雷華 : : : ! 」 挨拶とばかりに雷華が差し向けた雷妖から、瞳輝は永を庇うようにして、唇をきり、と噛み しめた あいさっ らいよう かば

4. ジェスの契約 前編

「どういう感情なのかな ? 」 ぼそりとつぶやいた瞳輝に、永が不思議そうな目を向ける。 「何だ ? こ 「何でもない、何でもない」 あわ 慌ててかぶりを振って、瞳輝は答える。 ま、いしか。そのうち、わかることよね。 今わからないことで、頭を悩ますより、目前のことに集中したほうがずっといい。 て、彼女は紫蓮の場所を探すことに専念した。 すぐに、その場所はわかった。 空気が、全然違うのだ。この界隈を包む、何とも気分の悪くなるような「負』の要素が全然 せいじよう そまっ 感じられない、清浄な空気が、その粗末な小屋を取り巻いていた。 編おまけに、風妖がそこを守護するかのように取り巻いている。 ←「なるほど」 契 の これなら、危険なこともないわね。風妖が守っているのなら、先ほどの心配はまったく杞憂 = というわけだ。 「ここ、か ? ・ つく まゆ しかし、風妖の姿が見えない永は、周囲の小屋よりさらに粗末な造りの建物に、不けに眉 そ う ・つ きゅう

5. ジェスの契約 前編

ふさざん 不沙山の空は、闇に包まれていた。 それはべつに、現実に日の光が届かない、というわけではなくて、少々魔術の心得のある者 であればわかるのだが、太陽の発する、生の輝きというやつが、完全に欠如した世界となって いたのだ。 夏というのに、木々は鈍く暗い緑を纏い、耳に心地好い小鳥の声の代わりに、闇に息づく鳥 たちの、不気味な声が周囲を包む。 編そこは、明けることのない闇の世界 : : ・章も木も、そして動物たちまでもが、太陽の恵みか 一ら切り離されていた。 の風もなく、淀んだ空気が、重く沈澱する世界で、黒い髪の魔王は、一時の眠りにまどろんで せいかん 外見的には四十歳前後の、精悍な顔だちの男、である。 ひげ くちもと 漆黒の髪と、見事な髭に包まれた顔は浅黒く、ロ許は眠りの中にあってさえほころぶことは しつこく よど にぶ ちんでん けつじよ

6. ジェスの契約 前編

けんか に喧嘩ーー一方的な も、ない 「それで、どのあたりだ ? こ 永が訪ねると、瞳輝は意識を澄ませて、周囲に魔術の気配がないかを探す。だいたいは、こ かいわい れで相手の場所をはかることができる。この界隈には紫蓮以外の魔術師はいない、ということ だから、魔術の波長が見つかれば、それは紫蓮だということになる。 「あ : : : と」 かすかに、空気の震えを感知する。 ようれい 風でも、声でもなく、空気を震わせるのは風妖ぐらいのものだ。そして、妖霊を操り、従わ せることができるのは : : : 。 「こっち」 薄暗い路地の奥を指して、瞳輝は歩きだす。 慌てたように、永が追いついてくる。びったりと寄り添うように、永が瞳輝の横を守る。 あまり、悪い気分じゃないな、と瞳輝はちらりと思った。だが、たぶんこんな気分は、隣に ばくぜん 違う人がいても、湧いてこないんだろうな、とも思う。漠然とした思いだったけれど、確かに そう、思った。 永でなければ、守られることも、ともに旅することも、意味はない あわ になるのは目に見えている。わざわざ精神衛生に悪いことをすること ふうよう

7. ジェスの契約 前編

206 そこは、シャタンの町の裏通り 怪しげな天幕や店が軒を並べている通りである。 当然、通行人もあまり堂々と歩いてはいない 囲に目をやりながらこそこそと歩いている。 うさんくさ 「胡散臭い場所だな」 永がぼそりとつぶやいた。隣を歩く瞳輝を、さりげなく横道から遠ざけ、物盗りの類から守 ってくれている。 「ま、ね」 うなずいて、瞳輝は周囲に目をやる。 ふんいき この通り全体が、どうにもよろしくない気を放っている。どんなに計画的に、明るい雰囲気 の通りにしようとしても、絶対に成功しない場所ーー世界にはそんな『負』の気を纏う場所と いうものが点在するのだが、ここもやはりそれ、だった。 「こんな場所に店を開くなんて、紫蓮も何考えてるんだか : : : 」 きょてん くだんの妖術網の拠点のひとっ この町の魔女の名をつぶやいて、瞳輝は小首をかしげ あや のき しれん ーーある者はそっと顔を隠し、またある者は周 ものと たぐい

8. ジェスの契約 前編

174 「あんたねえ ! 」 瞳輝が顔を真っ赤にして叫んだ時のことである。 瞳輝の心の琴線が、何かに触れた。 「どうした ? 」 突然歩みを止めた少女を、心配そうに振り返って永が尋ねる。瞳輝は何かを感じながら、そ の正体をみきれず、きゅっと唇を噛みしめた。 「わからない : : : けど、なんか嫌な気分で。おかしいの。風妖の気配が消えた・ : : こ つい先ほどまでは、洞窟内とは言っても、わずかに感じとることはできたのだ、風妖の気配 を。しかし今は、まったくむこともできない。 「出口がふさがったからではないのか ? 」 何者かによって外界に続く道か塞がれたことが原因ではないか、と永は感じたらしい。それ はとても、ありそうな話で。 「そういうのとは、雰囲気が根本的に違うの・ : : ・嫌な感じがする。すごく。周囲にいるのは地 こば 妖だけど、何だか不自然な波長を放ってるし・ : ・ : だいたい、妖霊なら他の種類の同族を拒むこ となんてないのに : ・ じゃあくしようき 邪悪な瘴気が強すぎる感じだった。この感覚は、どこかで一度経験したような覚えがある。 きんせん ふさ

9. ジェスの契約 前編

編「解けたわ」 前 ほう、と息を洩らしながら、瞳輝は背後に控えていた永に告げる。 契そのまま歩きだそうとして、ふらりとよろめく。力を使いすぎたらしい : : : 雷華との戦いで しよう・もう・ ス多少消耗していたのも原因かもしれない。 「あ・ : ・ : わわ」 慌ててそばに何かないか、と手をさまよわせた彼女の腕を、永がしつかりと支えてくれた。 : これも、違う。 これじゃない : もう一度鈴をふる。 糸が大きく震え、共鳴を起こして和音を周囲に放ちはじめるーーーそして、その中にひとつ。 見つけた。 まゆ 繭の内側にきれいに隠された格好で、結び目は存在していた。用心深く、丁寧に隠されたそ れを感じとった時、瞳輝は喜びににつこり笑った。 じゅごん 綺麗な見事な結界ーー・瞳輝の呪一一 = ロでほどけていくさまさえも、その美しさは変わらなか った。銀の光が弾けるように、魔王の結界は不沙山から消えたのである・ : あわ ひか ていねい らいか ささ

10. ジェスの契約 前編

250 視界が暗転する。 意識を手放したわけではない。だが、それにしても真っ暗な空間は、どこか寒々しかった。 けっこう乱暴に、移動を終えた妖霊によって連はれたそこは、どうやら石畳の部屋らしかっ まゆ た。冷たい石の感触に、瞳輝は眉をひそめる。 真っ暗だ : : : 何も、見えない。これでは、どこに移動したのかもわからない。 かよう 周囲に火妖の気配はない。仕方ない、と瞳輝は自らの手首に爪をたてるーー気配もない妖霊 を呼び寄せることができるのは破夜女だけだ。 条件は破夜女の血ーー・それを流し、妖霊に与えることで、どこからなりと、望む妖霊を呼び 寄せることができる。 かすかな痛みとともに、瞳輝の血が細く筋をつたって、流れる。 つかさど 「火妖 : : : 火を司るすべての妖霊、我が命に従え。現れよ : : : 現れ、この部屋を照らすのだ」 言い終えると同時に、ボウ、とオレンジの光が現れる。瞳輝の血に惹かれ、集まってきた火 妖が、ほんのりとその部屋を照らし出した。 いしだたみ