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検索対象: ジェスの契約 前編
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1. ジェスの契約 前編

「結局、ぶつかるしかないのかな : : : 」 まなざ つぶやいた瞳輝に、永が真剣な眼差しを向ける。 くうな その眼差しは、見覚えがあった。出会って、空奈が影法師とは知らずに、ついていくと瞳輝 が主張した時のことだ。 ~ をし力ないのかもしれない : 「やはり、危険な目に、きみをあわせるわけこま、 ちんうつ 沈鬱に言われて、瞳輝は永を睨みつけた。 「もう充分につ ! 危険な目にはあってるってば ! 今さらの話題を、何で今頃持ち出すわけ こちらは、もっと別次元のことで悩んでいるというのにー だが、永はそうだな、と言ったきり、何も言わなかった。何があったのかも、誰に何を言わ れたのかも、瞳輝にはわからない。 編 ただ、自分で : : : 自分の意志で決めたことがひとつだけあった。 前 ということ。この孤独な人を二度と、ひとり 何があっても、永をひとりにすることはない、 約 契 にはしない。たとえ老いても、傷ついても、自分が生きているかぎり、孤独の中にこの人を残 の = したりは、絶対しない。 固い、固い決意に燃える瞳輝を、永は複雑な顔で見つめる。その彼には彼で、考えるべきこ とが、やはり彼女には内緒で、存在していたのである : ・ ないしょ にら

2. ジェスの契約 前編

「だって、そう言ったでしよう、永 ? こ しんく 真紅の瞳を、今度はこちらから真っすぐに永に向けて、彼女は微笑んだ。 長い時の間を、死ぬことも許されずにただ魔王を、父親の肉体を乗っとった魔王を倒すため すじよう だけに生きてきた青年。その間に、どれほど辛い思いを経験したのだろうか ? 素性を知られ るたびに、信用できないと告げられ、一方的に突き放されて・ : そんなのは、永のせいじゃない。もしも、血筋に罪が宿っているのだとしても、その罪以上 の苦しみを、充分にこの人は背負って生きてきたのだ。これ以上、何を理由にこの人を責めら れる ? 「あんたが誰かなんて、これまで旅を一緒にしてきた私のほうがよく知ってるわ。破夜女は あず かん 編ね、勘がいいのよ ? 信用できもしない人間に、命を預けたりしないの、一度だって。そんな 一馬鹿なことしてたら、命がいくつあっても足らないんだから。言いたいこと、わかるかな ? 」 のああ、自分はこの人と一緒にいこう。この先、人に何を言われても、ずっとこの人とともに ス 歩いて行こう。 瞳輝はそう決めていた。これ以上この人を傷つけたくない。そう思った。なぜ、自分が先に 立って、この青年の心を傷つけるなんて真似ができる ? つら、 つみ ほはえ

3. ジェスの契約 前編

ばしん、と自分の頬を平手でぶって、瞳輝はにこりと笑った。 「本当に、何でもないの。さ、行こう ! 」 歩きだした瞳輝の背後を、永が何か言いたそうな顔でついてくる。 平気、と自分に向かって瞳輝はつぶやく。大丈夫、きっとすべてはうまくいく、と。信じれ ) 」うまん ば、何でもできるなんて傲慢なことを瞳輝は信じてなかったけれど、信じなければ、できるこ ともできない。だから、今は信じよう。ーーきっと何もかもがいい方向へ向かっているのだ、 と。 立ち止まり、振り返ってばかりいることは瞳輝にとって得意とすることではなかった。 やまあい 山間の小道を下り、ようやくサナンの街の関が見えた頃 ふたりは異常に気づいた。 武装した兵士たちが、待ちかまえるように立っていたのである。 何事だろう ? 小首をかしげた瞳輝の隣で、永はそっと腰の剣に手をのばした。それに気づ ようれい いて、瞳輝も周囲に満ちる妖霊の気配を探しはじめる。 契 この土地は鍵ーー魔王を捜すための最後の切り札。もし、本当にこの街を影法師が支配して の = いるのなら、あちらが先に攻撃してくることだって、充分に考えられる。 さっき とりあえず、殺気は感じられない。だが、油断は大敵ーーそんなことを思っていた瞳輝の目 の前で、しかし武装した男たちは、いっせいにひざまずいたのである。 ほお かげばうし

4. ジェスの契約 前編

いのだ、ということを。そして今、破夜女は自分ひとりになってしまったのだ、と。 母は魔王に殺されたのだ。 修行の大抵をすませ、あとは実戦を残すのみとなっていた瞳輝は、その時ひとつの誓いを立 てたのだ。 魔王を倒すーーと。 それまでは、生活のために魔力を売るような真似はすまい。魔力は決して無限ではないのだ ろうひ から , ー・・目的を果たすその日まで、自分の持っすべての力を、無為に浪費するようなことはす まい、と。 あれから五年。瞳輝は今年十六になる。だが、まだ時はっていない。 まだ、魔王の足跡をたどれない。まだ、自分は魔女としては不十分なのだ。 だが、もうすぐ : : : もう少し経ったら。自分は絶対に旅立つ。そして、魔王を討つのだ。死 すす けしん んだ母の仇、そして、大勢の人間の血をった悪の化身ーー・必ず、倒してみせる。 けれど、そのことを瞳輝は西湖に言えない。 母である輝予螺の親友だった西湖。誰よりも、自分のことを愛して大切にしてくれる女吽 へた 言えば、ぎっと止められる。下手をしたら、巻きこんでしまう。そんなことはできなかった。 しようげきかか 多くは語らないが、彼女は母を亡くしたことで、大きすぎる衝撃を抱えこんでしまった。これ たくら 以上自分が何を企んでいるか知られて、彼女のただでさえ細い神経を傷つけることはできない かたき そくせき ちか

5. ジェスの契約 前編

彼女とともに魔王を倒せれば、それはそれでいいのだろう。だが、そうでない時は卩永遠 せいじゅく とも思える時間の中、彼女を引ぎずりまわし、成熟した彼女の思いを受け入れることが、 して自分にできるだろうか ? 彼女のためを思えば、実際の心のことはさておき、拒絶すべき ではないのか、とも思う。 けいやく いっそ、彼女の魔力を利用して、ジ = スとの契約を彼女にも及ぼされるようにしようか ? そうして永遠の時間を、瞳輝にも枷としてつけようか ? そうすれば、彼女は自分のものだ、 自分だけのものだ。 じ。ゅばく だが、そんなことができっこないことも永にはわかっていた。不老不死の呪縛の悲しさ痛ま した しさを一番知っているのは自分だ。あんな苦痛をやりきれなさを、どうして自分を慕ってくれ る少女に課せるだろう ? 考えたくない、と永は思った。そのためにも一刻も早く、魔王を見つけたいと思った。そう 飛すれば、少女と別れることができると思ったのだ。純粋すぎるがゆえに、まっすぐに視線で己 の想いを伝えてくる少女の存在が、正直な話、永には苦痛だったのだ 約 契 の ス 工 か かせ 0 きょぜっ おのれ

6. ジェスの契約 前編

いたり、離れたりする。動くその影を見つめながら、瞳輝は両手をあわせて、声なくつぶやい こ 0 「ごめん、ごめん、西湖」 自分はこれから、あなたを裏切る。 許してくれないかもしれない。きっと許してはくれないだろう。 それでも行かずにはいられないのだ、自分は。たとえ誰が見ても不利な、殺されるだけの旅 だとしても・ : : ・事実そうなっても、自分にはじっとして一生を過ごすよりもそちらのほうがず っと合っている。 自分と、母と。 ふたりして、西湖を裏切る。彼女の苦悩を思うと、決断したはずの心がためらいを覚える。 けれど、もうあと戻りはできないのだ。 編「ごめんね : : : 」 一荷物ひとつなく、瞳輝は永のいる門へ向かって歩きだそうとした。青年は待っているだろ 契う。待っていなくても、追いかけるつもりで、瞳輝はいた。 スさよなら。平和だった時。西湖に守られていた時代。さよなら、さよなら。 ジ 庇護される穏やかな時代に、瞳輝は別れを告げる。もうこれから先は、どんなに苦しくても 助けて守ってくれる人はいないのだ。 ひご おだ

7. ジェスの契約 前編

をしているのではないだろうかーーそれはずっと心に抱いてきた疑問。 はやめ 自分など、永から見れば、赤ん坊も同然の小娘で、『破夜女』としてのカ以外には、何の取 り柄もないのだ。 顔は : : : そりゃあ、きついが見れるものだと思う。悪くはないと思うのだ。 もう一「三年もすれば、けっこう美人になるのではないかとも・ : ・ : よく言われる。 でも、それだけでは永にとっては何の意味もない。顔の美醜では、永を捕らえることなどで きない。 どうすれば : : : どうなれば、自分はもっと永に近づけるのだろう、と瞳輝は最近よく考える ようになっていた。 今のままではイヤ。もっと、もっと永に近づきたい。永の考えていること、悩んでいること 全部とまではいかなくても、多少は聞いて、気のきいた言葉でもかけられるような、そん 飛な対等な関係になりたい。 もっと年をとっていたら良かったな、と瞳輝は思った。そうすれば、こんな子供である自分 約 いらだ だが、どんなに年を重ねていたとしても、やはり永には のに苛立ったりしなかったろうに : ス 年下にすぎないということもわかっている。 でも、なぜ自分がそんなにも永に近づきたいのかーーその理由の正体を、瞳輝はまだ知らな びしゅう

8. ジェスの契約 前編

それも、皆が皆、占い師、魔女、巫女として名を馳せた者ばかりなのだ。 裏がある。 それも何か禍々しい何かが。背筋を駆け抜ける恐ろしい予感に、瞳輝はそっと目を閉じた。 もうすぐ、自分の人生すら変える大きな出来事が起こりそうだ、と彼女は予感した。それが 何か、またどのような未来を伴ってくるのか、皆目わからなかったが、それでも自分はその中 に飛びこんでいくのだろう、と瞳輝は思った。 のうり 直感と予感の入りまじった脳裏の映像の中、自分の横には、誰か他に人が、いた。 まがまが ともな かいもく

9. ジェスの契約 前編

「いい、瞳輝 ? 魔術を行使するのに、焦りは禁物よ。焦ってはだめ。じっくりと確実にやら ひどけが なければ、術は自分に跳ね返ってくるわ。そうしたら、どんな魔術師だって酷い怪我をせずに はいられない。自分自身の力に対して、自分ほど無防備な存在はないんですもの。特に結界を 破ろうという時は、自分の力だけではなく、結界自体のカまで、こちらに跳ね返るわ』 その言葉の意味を痛感したのは七年前のこと。 母の仕事にこっそりとついていった瞳輝は、造りの荒い結界を前に、自分の力を試してみよ みきわ うとして、はつぎりと結び目を見極めないうちに力を放ったのだ。 そして、当然の失敗。いち早く気づいた母が、カの大部分を別の対象へ逸らしてくれたから よかったものの、そうでなければ瞳輝の体は傷だらけになっていた。それでも、まったく傷を 負わなかったわけではなく、今でも彼女の左腕には、その時のか残っている。 ずいぶん小さく目立たなくなったものの、それでも一生残る傷だ、と母は言った。 編雑念を払い、結界にのみ心を向けながら、瞳輝は感心していた。 じゅうじゅう 一そんな場合ではないと重々わかってはいるのだが、それにしてもこの結界の見事さには惚れ 契惚れしてしまう。 めぐ ふさざん 月の光でも編みあげたかのような細いカの糸が四方八方に張り巡らされ、不沙山全体を包み こんでいるのだ。さながら、それは銀の繭ーーこんなにも美しく見事な結界を、これまで瞳輝 は見たことがなかった。 まゆ つく ため

10. ジェスの契約 前編

声には出さずに、瞳輝は胸に誓う。そうすれば、永が物も食べずに旅を続けるなんて、情け ない状況からは脱することができるわけだし、この恩をたっぷり売って、我慢するな、と彼に 命令することもできるのだから。そう、永の栄養失調に比べれば、地虫の一匹や二匹や三匹や 四匹、なんだというのだ。 がんば 「頑張らなくちゃ」 ぼそり、とつぶやくと、永がちゃっかりと尋ねてくる。 「何をだ ? 」 「これからの裕福な旅のために、自分を励ましてるの ! 」 「そうか : : : 」 わかっているのかいないのか、青年はぼそっと答えるだけである。何となく物足りないもの を感じたが、瞳輝は突っこむまい、と思った。 だって、これは自分の勝手なのだから。一一度と、永が真っ青な顔で倒れる姿を見たくないの は、単なる自分のわがままで、彼はそんなこと何とも思っていないのかもしれないのだから。 好意の押し売りなんて、彼女はするつもりはなかった。 うじむし 「そうよ : ・ : ・これから、飢えて骨と皮ばかりになって干乾しになることを考えれば、巨大蛆虫 が多少かたまってたって : : : 」 火妖のおかげで、周囲がかろうじて明るいのを心の支えに、瞳輝はぶつぶっと自分に言い聞 ちか はげ ささ