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検索対象: ジェスの契約 後編
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1. ジェスの契約 後編

妹は、いったい今頃どうしているのだろう ? 自分の稼ぎは、そうそう多くはない。ひと晩に相手にでぎる客の数など限りがあるし、中に は拗な男もいる。蓄えなど、ほとんどなかったはずだ。 妹は、まだ自分を待っているだろうか。ひもじい思いをしながら、まだ自分を待っているの 」ろ、つカ ? ・ そう思うと、涙が流れた。 そばにいた男が興味深げにそんな女に目を向ける。 とちらかと言えば、恐怖のほうが美味だな」 「何を泣く ? 嘆きが深い : : : だが、・ つい、と顎をんで、男は楽しそうに告げる。 何かどうしたのかわからない。 けんぶん 明け方だった。部屋へ戻ろうとしていた彼女の前に、この男が立っていたのだ。検分するよ 編うな目を向けて、声をかけてぎた。今夜はもう終いだから、と言って逃げるように立ち去ろう けお 一としたのは、この男の全身を包む異様な雰囲気に気圧されたせいだ。 契 だが、男は不意に自分の腕をんだ。その瞬間に、意識が遠くなり : : : そして、気づいた時 の ス = にはここに捕らわれていたのだ。 ひたん ぞうお 男は定期的にここを訪れ、自分の恐怖と憎悪と悲嘆 : : : そんなものが入りまじった感情を美 味しそうにすすった。最初は何をされているのかわからなかったが、自分が相手を憎めば憎む なげ つか ふんいき

2. ジェスの契約 後編

、と見たほうが正しいだろう。 とじ 「戸締まりもしないで : : : 不用心だったら」 心のどこかに引 0 かかるものを感じながら、瞳輝を噛んでつぶやく。言葉にならない不 しっそうさいこゆくえ 安が、胸の奥底でじわじわと広がっていく : ・ ・ : 知人の、失踪。西湖が行方を断ったというの は、紫蓮から聞いた話。もし、今度は紫薄かそうなったのだとしたら・ : 「近くに買い物にでも出たのではないか ? ー そんな彼女の心中に気づいているのかいないのか、永は相変わらずの淡々とした口調で告げ こんなふうに、不安に思う時には、もう少しやさしい声など出してくれると嬉しいんだけ ど、ね。 とても、そんなものは望めないことをわかっていながら、瞳輝は思う。人はいっしも、より 多くのものを望んでしまう。 「うん、そうね。紫蓮まで、黙って消えるなんてこと : : : そんな、こと・ : : ・」 ない、とは言いきれない。少なくとも、魔王はもう復活してしまったはずなのだ。 ふじよう 世界がざわめいている。空気が、水が、緑が、大地が、不浄なる者の主の目覚めにざわめき 乱れている。 もしも、魔王がまた、一から影法師を作ろうとしたら ! それは、ありえない話ではないこ る。 かげばうし うれ

3. ジェスの契約 後編

ちょっとちょっと、と瞳輝は慌てる。 「染まるって : : : 西湖。たかが食べ方が変わったぐらいじゃない。大袈裟だわ」 生野菜をばくん、と口に入れる。 ささい 「そういう些細なところが変わるってことは、とても重要なことよ。身についた日常的な癖ほ ど、変わりにくいんですもの。あなたは、あの人の色に染まってきたのね : : : これからも、染 まりつづけるんだわ。それをどんなに私が反対しても。本当に、輝予螺そっくり 彼女も、そんな時にはわたしの巾ロなんか聞かなかったわ。 さびしそうに、西湖が告げる。瞳輝はどう言うべきか、と考えながら首をかしげる。 ただ、何となく、引っかかる。 染まる ? 違う、そんなんじゃ、ないのだ。影響を受ける、と言いかえてもいい。 「西湖し 編ひと皿ぶんの料理を片づけてから、瞳輝はロを開いた。 「あのね、染まるとか、そんなんじゃないの。たぶん、母さんもそうだったんだと思うけど、 約 の変わるのは、私 2 ハよ。影響を受けるのだって、自分が望んで、そうなるの。わけもわから もうもく ス ずに、ほかの色を取り入れるわけじゃない。恋に盲目になってるわけじゃないわ。私が望んで のうり そう言いかけた時、脳裏に聞いたことのない声が響いた。 あわ おおげさ くせ

4. ジェスの契約 後編

どういうことなのだろう、これはいったい ? あの時、あの日、こんな声は聞こえなかった。そう、自分は : : : 夢を見ている自分は知って いるーーこの声の主を。 かげぼうし 水の波ーー魔王の三人目であり、最後の影法師。あの、少年。 少年の、小気味よさそうな笑い声が周囲の空気を震わせた。 「いいの ? 聞きたくはないの ? 見せてあげると言っているのに」 騙されてはいけない、と彼女は思った。魔王の影法師である少年の言葉を、そのまま鶏呑み にしてはいけない。 どう考えても、それは罠である可能性のほうが高いのだから。 耳を貸してはだめ。絶対に、駄目。 したう 忌ま忌ましげな舌打ちが聞こえた。 編「強情な人だね、まったく。まあいい、し 一ざまをね」 契そう言って、声は途絶えた。 ス周囲は闇ーー夢からもはじき出されて、瞳輝は現実の世界へと戻った・ : だま とだ わな 、ずれ教えてあげよう、あなたの母さんの本当の死に

5. ジェスの契約 後編

「それもよかろう。きみはこの旅で疲れすぎた : : : 休息は必要だ」 うなずきながら答える永の態度に、瞳輝は一瞬不安を覚える。 この青年の得意技である「危険だから、きみはもう : : : 』発言が出てこないとも限らないの 「永、あのね・ : : ・」 言いかける瞳輝の言葉をさえぎるように、青年は、相変わらずの、感情をまったく汲み取れ ない声で続けた。 ごめんこうむ 「疲れきってくたくたになった連れと旅をするのは、わたしとしても御免被りたいからな : ・ 確かこの手の発言は、きみのお得意だったと記憶しているが ? こ 置いていったりはしないから、しばらく休め。 言われて、瞳輝は緊張の糸が緩むのを感じた。 思えば、ずっと瞳輝は不安と戦っていたのだ いつ、永に置いていかれるかと思って。今 はまだ足手まといになっていないからいい。まだ、ちゃんと戦える。だが、いっか彼を助ける こともできない状況になったら ? 彼が自分を必要としなくなったら ? そうなったら、自分は彼にとって不可欠というわけではなくなる。足手まといの少女と一緒 になど、誰が行動をともにしたがるだろう ? がんば だから、頑張らなくてはーーーずっと、ずっと、そう思っていた。 とくいわざ

6. ジェスの契約 後編

「叉巳卩」 西湖が悲鳴をあげる。魔王がこらえきれぬように笑いだす。 「どうした ? これが叉巳た : : : 叉巳という存在を作り、おまえの心に偽りの記憶を封じこめ たのはわたしだ。どうだ ? ただの人形を、友人だと信じていた気分は ? 初めて会ったあの 時より、おまえは本当にわたしのために、いろいろしてくれた。感謝してやってもいいぐらい だよ」 あざわら 嘲笑う、響き。西湖の瞳に、まさか、という光が宿る。 まさか、まさか、まさか 否定しようとしながら、心に蒔かれた疑惑の種は、決して消えることはない。がたがたと震 えだす西湖を見ていられなくて、瞳輝は思わず叫んでいた。 まど 「いいかげんなことを一言わないで ! 西湖、惑わされてはだめ ! 」 編人の心につけ入るのが、魔王のやり方。ずっと彼は、そうやって世界に混乱を巻き起こし、 それを楽しんできたのだ。 の「魔王の一一 = ロ葉を信じるよりも、自分の心を信じてよ、西湖 ! あなたはやさしかったじゃな ス 。大切に私を育ててくれたじゃないー あれが嘘だったなんてありえない。魔王の言ってる ことなんて、信じてはだめ ! 」 不安に揺らぐ瞳の養母に、瞳輝は必死に訴える。 うった いつわ

7. ジェスの契約 後編

245 ジェスの契約後編ー そそぎこんだ生気は、彼女の体をぼろぼろにしていた。 「大丈夫か ? こ 永が、手を差しだした。つかまって、立ちあがる。 「永 : : : 魔王の体は ? こ その肉体は永の父親のもの。一 = ロ葉に出しこそしなかったが、彼が埋葬したがっていること は、瞳輝にもわか 0 ていた。だから、ねた。 だが、永はただかぶりをふるばかりだ。 「消えた : : : 」 ぼつり、とつぶやく しようめつ 「消減すべき運命を、魔王の力が抑えていたんだ : : : 。その力が消えた瞬間に、おそらくは ちりか 一塵と化し、風に飲まれたのだろう。 声にならぬその答えを、瞳輝は聞いたような気がした。 「そう、か : かな 流れこんでくる、永の哀しみに、わざと気づかないふりをして、瞳輝は明るく言った。 「でも、風葬なんて、またすてきじゃない ? これからは、世界中のどこにいても、風を感じ ふうそう おさ まいそう

8. ジェスの契約 後編

「ほう : えい 瞳輝に触れていた魔王は、意外そうに目を細め、闇を振りほどいた永を見つめた。 あふ 「人間には時おり、信じられぬ力が溢れることがあるとは知っていたが : : : そうか」 くすくすと、いかにも楽しげに笑う。 「そうか。おまえは、そんなにもこの娘が大事か。この娘にわたしが触れることが耐えられぬ ほどに大切か : : : おまえとて、人間とはとても呼べぬ存在であろうに」 編揶拠する鏘きもあらわな声だ 0 た。 魔王は冷ややかに、楽しげに、永に、自身の特殊性を思い知らせる。 約 の「何百年も、何百年も : : : ただひたすらわたしを倒すためだけに生きつづけ、人にはない回復 そな たちきず ス 力を備えながら、ただの一度もわたしに太刀傷ひとっ負わせることもできなかったおまえが ・ : それでも人を愛しいと思うか」 言われずとも、それはわかっていた。人間が生きるには、長すぎる時を、自分は生きてぎ とうき まおう

9. ジェスの契約 後編

あっさりそう答えて、ずんずんと歩きだす。 「ちょっと、ちょっと待ってよ、永 ! 」 追いかけるように、瞳輝も歩きだす。 「行動するにも、もう少し用心しておかないと : : : 」 言いかけて、言葉が凍りついた。 そこに横たわっているのは : : : 死んだように青い顔で倒れているのは : 「西湖・ : ・ : 」 なぜ、どうして : ・ 何がどうなって、こんなところで西湖が倒れているのかわからなくて、瞳輝は我が目を疑っ た。それでも、そこに倒れているのは、彼女の養母である西湖その人で 「息はあるな」 編淡々とした声で告げる永の言葉に、瞳輝はようやく我に返り、そうして養母の体にすがりつ いて名を呼んだのである。 契 の ス こお われ

10. ジェスの契約 後編

いうことを、瞳輝は忘れかけている。 「でも : : : 顔色悪いわ」 食いつくように言うと、西湖がそっぽを向いた。 や 0 ばり・・・ : ・歩きながら、瞳輝犠噛む。 何が、平気なのか。何が、大丈夫なのか。こんな意地つばりばかりがそばにいるから、自分 はちっとも安心できないのだ。自分が早死にしたら、それは絶対に永と西湖のせいである。 そんなことを思っていたが、ロに出すのは別のことだった。 やくとう 「わかった。でも、次にか見つかったら、休むからね。薬湯もらって、おなかにも何かいれ て : : : どうせ、今日中にリイジャスに着くわけでもないんだから」 「そうね : ・ : ・そうするわー これは、引き下がりそうにない、と見て取ったのか、西湖は素直にうなずいた。 おおぎよう 本当に、人の気も知らないで : : : 瞳輝は大仰に息を洩らす。永あたりに言わせると、どっち が知らないのか、とでも言いそうであるが、ここにあの青年はいな、。 ふう、ともう一度ため息。 空を見上げて、瞳輝は青年に思いを馳せる。 あんた、今どこにいる ? 苦しくない ? 痛い思いしてない ?