142 しかし、そんな問題ではない。事件の原因から徹底して調査を行えば、事故状況に 虚偽の申告があり、しかも、傷害の程度を偽って高額な保険金詐取をもくろんだ、立 派な保険金詐欺が成立する。 告訴して、彼女の逮捕にまでいたっていたら、このカレー事件も発生していない。 保険業界の調査力は極めてお粗末であり、ほとんどないに等しい 生保業界には、生保リサーチという専門の調査機関がある。このリサ 1 チの歴史は 古いが、過去発生した保険金事件に、大きな貢献をしたとは聞いていない 損保業界は、それに比べてもっと多くの調査機関がある。三〇年以上前、大手損保 が共同出資して上記、生保リサーチから独立した損保 ( 損害保険 ) リサーチをつくっ た。それを筆頭に、ほかにも ()n 調社、 z 損害調査などがある。数人でやっている調査 機関などは、正確な数字がっかめないほど多い。 それらが持っ使命と責任の大きさとは裏腹に、一般社会の評価は極めて低い。 決して魅力的な職種ではなく、調査員個人の収入も恵まれてるとはいえない。だか ら、調査員たちはこの狭い世界の中でのみ移籍し、堂々巡りをしているのが現状だ ある程度の保険知識が必要なために、新しい水は流れ込んでこないのだ。
わがままな男に隷属し、その機嫌を損ねまいとして、唯々諾々と命令を実行する女 たち、悲しい性だとは思うが、これも世相の反映でしかない 拝金主義がまかり通る昨今、いちばん手つ取り早く現金を手に入れられるのは、保 険なのだ。保険金には先付け小切手もなければ、約東手形もない。処理が済んで振り 込まれると即、現金化できる この事件を教訓に、保険業界がそれなりの体制を整え、保険本来が持つ、信頼の上 に成り立っている世界、という原点を再確認してもらいたいものである。 さが だくたく
て一般市民として生活をしているものもいる たくら だが、これらはあくまでも氷山の一角であって、保険金詐欺を企んで保険金が支払 われたケースはこの何十倍、いや何百倍もあるはずである。 そのことは、私のように現業に携わってきた人間か、その業界にいる人間にしか、 計り知れない問題なのだ。 ところが八木容疑者には、数多い生命保険業界のプレーンがいた。前述した日本団 体生命の・が筆頭だが、そのほかにも八木容疑者のかかわっていた多くの生保レ ディ 1 たちがそうである。その存在が、八木容疑者の犯罪を助長することになったと い、んよ、つ 八木容疑者は、必然的に、彼らから保険業界の調査力不足、民事事件に対する警察 の消極的な姿勢などを基礎知識として、たたきこまれていたはずだ。 ただ、警察が消極的な姿勢をみせるのは、あくまでも人命にかかわらない単なる保 険金詐欺事件に限ってのことである。これに殺人がからむとなると、まったく様相が 異なってくる。 この点を、八木容疑者は、錯覚していたのだろう。
医療機関、もしくは医師にとって、診断書は立派な有印私文書である。この書類が 保険金や損害賠償のべ 1 スになったり、休業の裏付けとなる。 最初は買収ともいえない謝礼で、軽い気持ちで作ったものであっても、次からはこ れが脅迫の対象にされる。健治被告の雰囲気から、それを推測しようとすれば、でき ないわけではない。 ある種の人は、人の弱みにつけこむのを、常套手段とするものである。 件重度の後遺障害が、ダブって払われるからくりはこんなものである。 しかし、保険業界でこれをチェックできなかったのか。これだけ、コンピュータが 金 保発達し、金融機関では個人の信用情報など、即座に開示されるというのに : ここに、同じ金融機関でも保険業界が抱える大きな問題がある。豪華なビルに本拠 せ かんべき 動を置き、近代的な装備を誇る保険会社は自社内の情報管理は完璧だが、対外的には極 を めて閉鎖的な体質を持つ。 世 業界内部を横断するような情報網はないに等しい。その理由は、顧客のプライバシ 1 を保護するなどときれいごとを言うが、他社に契約を取られるのが怖いのだ。 四 第 同時に支払い記録は、通常五年保管すると焼却処分される。 であるから、一〇年前の事件は調べようがない。
バブル経済の後選症 バブルがはじけて、早一〇年近くになろうとしている。 今さらバブルでもないだろうが、この後遺症はいろいろなところに現れてくる。直 接的に、我々の生活に関連は見えないが、埼玉保険金殺人疑惑でターゲットにされた 生保業界などには多大な影響が生じている バブル期、生保業界は資産を株で運用し、莫大な利益を得た。そのよい例が、土地 程価格の高騰に対応した変額保険の発売である。広大な土地を所有する人は、相続が発 の生したときの対策に苦慮した。 詐当時の勢いは、さして広大な土地でなくても、想像もっかない相続税が見込まれた みぞう 険のである。この点に、注目した生命保険業界は、未曾有の好景気に沸く株式市場を利 保 用し、幻の高配当を謳って銀行とタイアップ、大々的に売り出した。 一時期、三万円を超えていた日経平均株価が暴落し、これに頼っていた生命保険業 第 界の資金が、ショ 1 トし始める。変額保険の予想配当率がマイナスに転じ、これに多 額の投資をした土地持ちの資産家が、軒並み被害を受けた。 うた
130 す人間ドラマは、小説家のイマジネーションを、はるかに超越しているのだ。 被告夫妻の保険金詐取テク一一ック カレ 1 事件に関してマスコミから求められたコメントを思い出し、書き連ねてみよ まず、どのメディアからも必す「真須美被告は、保険のプロだからこの事件が可能 だったのか」という質問が、出された。 私の答えは、否だった。林真須美は、保険のプロではない。あの程度の知識ならば、 保険業界に携わっていたことのある人だったら誰でも持っている。 母親が、生命保険の外交員であり、本人も生保レディーの経験があるとはいえ、そ つうぎよう の時期は極めて短いはずである。それだけのわずかの間に、保険処理に通暁するとは 思えない。多分、彼女が学んだのは、業界として事件処理の際のずさんさしかなかっ たのではないだろうか それを知っていて、犯罪を実行するかしないか、だけの問題である この事件では「偽装入院」「無断契約」「替え玉受診」などを質問された。これらは
それと、以前から声を大にして述べているが、業界全体をオンラインするホストコ ンピュータの設立が急務である。これが完備すれば、二回目、三回目の犯罪はかなり の確率でシャットアウトできるのではないだろうか どっちにしても、保険業界、襟を正せと声を上げたい。 ◆保険金犯罪に巻き込まれないために いちばん簡単な方法は、すべての保険を否定することである。 ま生保には加入せず、損害保険もかけない。保険そのものがなければ、当然、保険金 く犯罪にも無縁でいられる。 防 もちろんこれは、冗談であるが、意図的である、ないにかかわらず、必要額以上の を 事保険加入が、犯罪を招いていることは事実だ。 険あらゆるリスクに取り囲まれている現代、保険本来の目的は、絶対必要にして、不 保 可欠なものである。 自分にいちばん合った保険を選ぶことが大事だ。ところが一般の人に、何が必要か 第 などとい、つことは、分かる道理がない そうなると、信頼の置ける代理店なり、外務員を選定することがポイントとなる。
そして、資産運用に失敗した日産生命の破綻が、社会問題として大きく取り上げら れた。生命保険会社がなくなるという、今まで考えてもいなかった事実は、生保業界 に対する不信感となり、既契約の解約が続発する事態を招くと同時に、万全と思われ ていた保険業界の神話が、一気に消滅してしまった。 新規契約の引き合いは、まったくなくなり、保険料収入が激減する。これまでいた 外交員も、次々に辞めていき、残った人間には、厳しいノルマが課せられた。 そんな彼らは、このノルマを達成するために、多少危険な契約でも積極的に取らざ るを得なくなったのだ。 そこに、埼玉保険金殺人疑惑の八木容疑者がいたのである。 同種犯罪の急増 保険金犯罪は一向になくならない。 私の備忘録に、この種の事件が数限りなく増えてきた。 この一〇年間だけを取り上げてみても、 九〇年一二月「群馬県桐生市・一〇歳の実娘殺人事件ー
医」ゅ、つきょ 程度に眺めていた私の印象は、埼玉県警が急遽四人の逮捕に踏み切ったときから変 わってきた。 私は、和歌山の事件を機に、同じ種類の保険金犯罪が、影を潜めると思っていた。 ところがどうだろう。長崎・佐賀の保険金目当ての殺人事件に続いて、起きたこの事 カレー事件以来、金融監督庁からの緊急通達で、多重契約が不可能になったはずだ が、なぜか、この事件では、相変わらす高額複数の保険契約が大手を振って闊歩して いる 保険業界は、何も変わっていないではないか。 いちばん学ばなければならないのは、危機感を持たない保険業界なのだ。カレ 1 事 件で学習したのが、本庄の金融業を営む容疑者と関係者、埼玉県警だけでは、情けな さ過ぎる。 埼玉保険金殺人疑惑をベースに、多発する保険金犯罪の裏に潜む問題点や、それら の謎について、検討していこう。
私は一匹狼の個人調査員として活動した。保険業界は、極め付きの保守的な体質を 持っている。まず、いくら能力があっても、個人とは付き合わない。最低限の条件が 法人調査機関なのである。 したがって、一匹狼の調査員は、私が最初にして最後の存在になる。 なぜ、真須美被告が、あまり知らない損保も利用したのか。基本的には、同じ保険 件という理由もあろうが、損害保険は生命保険と異なり、一部の積み立て方式を除くと ほとんどが掛け捨ての保険である。あえて投資と表現するが、その保険料は極めて安 金 険 、 0 それでいて、得られる結果はほとんど変わらない。 保し そのメリットに、気付いたのであろう。 驚 を 世 カレー事件の想定真相シナリオ 四林健治被告と、埼玉保険金殺人疑惑の八木容疑者には、、 しくつかの共通点か見られ 第 る。そのひとつは、二人が持つアウトローの匂いである。 保険業界は、過去、新卒大学生の就職先人気ナンバ 1 ワンだった。当然、入社の基 こ