176 「え、じゃあ、成田もけっこう寺田に気イあんのかな ? 」 「さあ ? ・ 「こっくりさん、成田克之は誰を好きですか」 「・ : あんたそんなこと聞いて楽しい ? 「つていうカー ほら瞳がー」 「あ、そうか。じゃあさ、成田克之が好きなのは田辺瞳ですか。どうですか、こっくりさん」 「・ : ・ : 動かないよオ」 「こっくりさん答えてください」 「 : : : ちょっと捺美むりやり動かしてない ? 「そんなことないわよー」 「あれえ ? でも変な方向に動いてるー」 「か : : : ち : : : ね・ : : ・て・ : ・ : り。これちょっとおかしくない ? こ 「えつ、おかしいって何が ? 」 「こっくりさん怒らないでください」 「やだー 、なんでえ、怒ってんの ? 「わかんないわよ、ちょっとうるさくしないで」 「やだ捺美怖い。怖い
174 「・ : 何訊くの ? 」 「さあ。とりあえず呼び出そうよ」 捺美は目を閉じ、こっくりさんおいでください、と決まりきった一一 = ロ葉をつぶやく。 「来た ? ー 「・ : まだ」 急に静かになったふたりを、瞳は顔を上げて見やる。捺美と圭子が、机の上に紙を広げて何 じゅもんとな たず やら呪文を唱えている。何やってんの、と尋ねようとしたが、面倒くさいので放っておくこと にした。パレットに筆を押しつける。 「 : ・来た ! 圭子、来たよわかる ? こ んえー ? 「何訊く何訊く ? 「捺美が言ってよオ 「あんたが考えなさいよオ、こっくりさん、怒っちゃう」 「え、怒った ? 」 「わかんない。聞いてみようか。こっくりさん怒らないでください。・ : もう怒っちゃいました か ? こ 「 : : ・ : : 何よオ
「あ、ほら圭子動いてる動いてる ! 」 「きあああああああ」 ・ : 良かった圭子、こっくりさん怒ってないって」 「捺美が動かしたんじゃないのオ ? 「なんでよ。指が勝手に動いたんだってば」 「えー ? ・ : でもなんかそっちのほうがヤだー」 しいからあんた、早く考えなさいよ」 「何訊こうか ? 「圭子 ! 」 「・ : えーと、そうだ ! 寺田有里は成田克之のことが好きですか」 「こっくりさん答えてください」 線「いやー、うっそオ。やつばり ? あいっ絶対気イあるよねえ成田に。く 「そりや見ればわかるけどオ 視 「ビアノの伴奏だってさ、寺田がものすごい勢いで成田のこと推薦したんだよ。まあ、成田は 成田であっさり引き受けたらしいけど」 かっゆき / レバレだもん」
170 「どうせねー、女の友情なんて」 「こんな暗い部屋でひとりで絵え描いてんのが楽しいなんて、変なの」 「瞳ってけっこう暗いよね」 「なんかね、内に秘めてるっていうか・ : 「怒ると怖いけど 「見てよ、あの絵。真っ赤に塗りつぶしてんの」 口々に文句を言い合う捺美と圭子に、瞳は目も向けなかった。ただ顔の横で、ふたりが好き 勝手に言い合うのを聞いているだけだった。声は耳に入っても、彼女たちのいう言葉の意味 たんねん は、届かなかった。。 ( レットの上で赤と茶を混ぜ、丹念に、目の前の画用紙に塗り重ねてい 「・ : そういえばさ、こんなに遅くまで学校いんのって、久し振りじゃない ? 窓の外のタ焼けを見上げながら、思い出したように捺美が言った。圭子はうなずいた。 「この時間の校舎って、ちょっとわくわくするよね。いかにも何か起こりそうで」 「あ、それ、わかる ! 」 「あたし小学校の頃、用もないのに居残って、よく放課後の教室でこっくりさんやってたわ」 「こっくりさん ? やつだあ捺美、悪趣味」 「そうだけどさ、けっこうおもしろいよ ? こ
かが るところだった。足にからみつくその枯れ葉を、ゆっくりと屈み込んで指で払いのける。顔を 上げてあたりを見回してみたが、早朝の坂道はしんと静まり返って、自分以外には誰の姿もな かった。そっと見上げた坂の上の校舎から、かすかに、人の気配がする。でも秒読みの声はも ゆっくりと坂を登り始めながら、瞳は次第に音高くなっていく心臓の音を聞いていた。ほ ら、やつばり、と彼女は思った。遅刻なんて、本当は全然、大したことではないのだ。そうじ ゃないかと思っていた。とうに始業のチャイムが鳴り終わったこの時間に、自分はまだこの坂 かな つら の途中にいる。でもべつにどこが痛いわけでもないし、哀しく辛いわけでも、何か大きな不都 合があるわけでもない。ただ人より少し遅れて教室へ入り、名簿に『遅刻』と記されて、少々 の説教をされるだけ。それだけだった。 にら つば 頭上に見え始めた校舎の角をひと睨みして、瞳はごくんと唾を飲んだ。急にお腹が空いてき た。このままどこか屋上へでも行って、ひとりでこっそり弁当を広げようか。今すぐ方向転換 をして、海を見に行くのでもいい。ひとりで。たったひとりで、今のわたしは、何だってでき たん、と坂を登り切って、瞳は思わずにやついてしまう頬を懸命に引き締めた。昨夜眠れな 視 かったことや、今朝食事が喉を通らなかったことが、心底。ハカ・ハ力しく思えてきて、今にも笑 1 い出しそうだった。八つ当たりしてごめん、と弟に謝りたくなった。教師に怒られようが、同 けんめい
眉を上げて答えると、吉村は教卓を離れてゆっくりとこちらへ歩いてきた。閑散とした教室 には、瞳と、吉村と、部活動のためか弁当を広げている数人の男子生徒だけが残っていた。そ のなかに成田もいた。瞳に近づいていく吉村の背中を、箸を舐めながら見ている。 「美術部だったな ? 」 吉村はそう言って、手近な椅子を引き寄せガタンと腰かけた。瞳はいぶかしげな表情をしな がら、 「そうですけどー と答えた。 「ちょっと時間はあるか ? それとも、すぐ部のほうに行かないとだめか」 「いえ、今日はこのまま帰るんで」 「そうか」 吉村は笑い、指でコッコッと机の表面を叩いた。爪は短く切り詰めてあった。 / 彼の全身から 漏れ出す妙な気配に、瞳はようやく気がついた。 「鞄のなかに入れてるものを、出せ」 彼は言った。言葉っきから、もう違っていた。その目はじっと、瞳が右手にぶらさげた鞄に そそがれている。 「・ : え ? あの : ・」 つめ かんさん
192 「邪魔っていうか、わたしの練習態度が寺田さんには気に食わなかったみたいです」 「そこまでちゃんとわかってるんだな ? まじめ 「わかってて、なんでちゃんと真面目に練習に参加しない ? 」 「昨日は、まさか自主練習があるとは思わなかったんで」 「寺田が先頭切って、積極的にやってくれたことだ。ああいう生徒を見て、おまえはどう思う んだ ? 瞳は少しだけ考え、 「はりきってんなあ、って思います」 さわ と答えた。わざわざ、吉村の気に障る言い方を選んだつもりだった。案の定、吉村は・ハアン と音をさせて机を叩き、煙草を灰皿のなかでつぶした。音は床と壁に響き職員室中の人間を振 り返らせたが、瞳の肩はびくりとも動かなかった。 「おまえ、恥ずかしくないのか 吉村が言った。瞳は彼を見下ろし、その言葉をそっくりそのまま返してやりたいと思った。 「・ : クラス全体で協力し合ってやってることがおまえにはその程度にしか思えないんだった ら、もう学校になんか来るな ! おまえなんかいらん、いても邪魔なだけだ、来るな ! 気に 入らないんだったらひとりですねて、せめて他のみんなの邪魔だけはするな ! しし、刀、 , わ、か
ひイイイイ、と圭子がとてつもない悲鳴を上げ、ガタン、と椅子を蹴り立ち上がった。足元 を揺らすその音に、瞳は筆を止めて振り返った。窓際の席で、圭子が顔を覆っていやいやをし ている。捺美が怒り、 「ちょっと、駄目じゃん勝手に手え離したら ! 」 と大声を上げている。圭子は構わず、泣きそうな顔で瞳のほうへ駆けてくる。 「・ : 何やってんの ? 」 「信じらんない、もうこっくりさん絶対怒っちゃったよ ! 」 「瞳イ、捺美が怖いのオ」 のろ 「圭子、最低 " 】もう知らない、途中で止めたらどうなるか知ってんの ? あんた、呪われち ゃうよー いやああああ、と泣き声を出して、圭子はその場にしやがみ込んだ。瞳は椅子から立ち上が 「なによ、呪われるって ? こ 線と捺美を見た。捺美は机の上に広げてあった紙をつかみ、両手でぐるぐると丸めて、窓から 投げ捨てた。ひどく怒っている様子だった。 視 「駄目じゃん、そんなとこからゴミ捨てて」 ゆくえ 瞳は窓に駆け寄り、前に乗り出して紙くずの行方を見守った。すぐ下にある焼却炉の、黒い おお
「あ、そうだ。あたし紙持ってるよ。あと鉛筆とー、 : ・圭子、十円持ってる ? 」 ガタガタと音を立て、捺美は机をふたっ、向かい合わせにくつつけた。圭子は財布を取り出 みが すそ し、十円玉を一枚つまみあげて、制服の裾で軽く磨いた。鉛筆を取り出し、 けず 「ねえ瞳、鉛筆削りどこ ? こ まばた と声を上げゑ瞳は瞬きひとっせず、画用紙に向かい合っている。圭子は溜息をつき、隣の 美術準備室をのそいて、ようやく電動の鉛筆削りを見つける。 「紙これで大丈夫かなあ ? 吉村の刷った歌のプリント」 「いいんじゃない ? どうせ捨てるんでしよ」 「こんなのわざわざ刷るなって感じー」 「やたらはりきるよねえ、あの先生ー 「歌はいいから、もうちょっと受験のこと考えて欲しいよね」 ロは忙しく喋りながら、捺美は紙いつばいに五十音順のひらがなを書いた。準備が整うと、 一応顔を上げて瞳を誘う。 線「ねえ瞳、こっくりさんやらない ? 」 視 返ってきた予想通りの沈黙に、ふたりは顔を見合わせて溜息をついた。紙の上に十円玉を置 き、軽く深呼吸する。
場がない。色紙で作られたカラフルな鎖をくぐり、各教室からの猛烈な勧誘にいちいち首を横 に振りながら、瞳はひとりで四階の美術室へ向かっていた。圭子と捺美は写真部の掲示に夢中 「絵を見に行かない ? という控えめな瞳の誘いに、 「行っといで」 と、あっさり手を振った。彼女らには絵より、運動部の男の子たちが姿よく映った写真のほ うに興味をそそられるらしかった。瞳はあきらめて、ここにいてよね、という言葉だけを残 し、ひとりで美術室へ向かった。こっくりさんに興じる圭子と捺美のそばで描き上げた一枚の 絵は、すでに数日前に山川の手に渡されて、今日、無事に美術室の壁に展示されることになっ ていた。何枚描き直しただろうか。絵の具を何本、画用紙を何枚、使っただろうか ? 瞳はわ くわくするような怖いような気持ちで、すでに何回も、嫌になるくらい、じっと睨みつけてき たその絵をまた見るためだけに、階段を上がった。 線教室のない四階は比較的静かだった。それでもかすかに人の気配の漏れてくる美術室へ 一歩足を踏み入れると、受付に座っている後輩の女の子が顔を上げて瞳に黙礼をした。 視 「どう ? 人、どのくらい来た ? 网自分で描いた絵を自分で見に来たなんてそういえば恥ずかしいと気づいて、瞳はあわてて適 いろがみ くさり にら