好き - みる会図書館


検索対象: 視線
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1. 視線

て、鞄を脇に置き、瞳はまだ温かいタコヤキの包みを開いた。そこでようやく、ひとりぎりで 外でものを食べるのは生まれて初めてだということに気がついた。 串をつかみ、一個をひとロでほおばる。キャベッとコーンと、それ以外には何の歯ごたえも ないタコヤキだった。タコはあまり好きではないので、瞳にはそのほうが良かった。こんな味 だったつけ、とふと思った。少し考えたが、だからといってどこがどう違うのかと言われると わからない。 「・ : もしもし ? 」 だまってひたすらロを動かしていると、ふいに後ろから声をかけられた。白衣を来たおばさ んが立っていた。顔を見て、 「あ、どうも」 と瞳は頭を下げた。小学校の保健室に勤務する先生だ。向こうはどうか知らないが、瞳は覚 えている。 「あなた、ここの卒業生 ? 「山の上の中学に通ってるのね ? 」 「ええ」 「ここで何やってるの ? 」 わき

2. 視線

ひび 声は自然に大きく、まるで悲鳴のようになってあたりに響いた。成田は肩を揺らし、誰もい ない背後を振り向いて、 「しつ」 と瞳のロを手のひらで覆う。瞳は低く吠え、彼の腕をひっかいた 「触んないでよ」 「声がでけえんだよ ! おび 腕をさすりながら、成田は怯えたような目つきでちらりと瞳の顔を見上げた。解けてきた髪 をかき上げ、瞳は前を向いて、両手で神経質そうにスカートのひだをたぐり寄せた。 「・ : じゃあ歌うたうのは、べつに嫌いじゃないんだな ? 成田が言った。瞳は顔を向けることもせず、黙ってうなずいた。 やっ 「良かった。俺、音楽好ぎだもん。でも嫌いな奴は嫌いなんだろうから、それじゃしようがね 線えなと思って」 「そんなに好きなら、今からでも戻って伴奏弾いてきたら ? ー 視 「・ : もう遅えよ。曲、始まった」 瞳は顔を上げ、体育館内の音に耳を澄ませた。。ヒアノの前奏。寺田はほぼ完璧に、成田に負 おお

3. 視線

「成田がね、あんまり田辺さんのことをいろいろ言うから、私まで気になっちゃって : ・ 「え ? 」 「あいつ、好きなんじゃないの、田辺さんのこと」 あき 瞳は呆れたように首をかしげ、 「そうは思えないけど」 と溜息をついた。瀬野ははしゃいで、喋るのをやめなかった。 「私ね、小学校一一年の時から、あいっとずっと同じクラスなの。もういいかげんウンザリする こともあるけど、悪い奴じゃないから、あの、田辺さんも、あいつのこと悪く思わないでね」 「・ : ええ、あの」 「見てよ、小学生と変わんないでしよ、あれ」 つられて教室の真ん中あたりを見ると、成田と数人の男子生徒が一一組に分かれて、野球らし きものをやっていた。ほうきをバットに見立て、それを振り回して雑巾を打っているのだ。周 つば 囲で女子生徒が迷惑げな声を上げる。それにも構わず、彼らは唾を飛ばしてアナウンサーの真 似事までやっている。 「ねえ、私、圭子って言うんだけど、瞳って呼んでいい ? 「瞳はヤンキーなんかじゃないって、私みんなに言っておくからー ためいき やっ しゃべ

4. 視線

ともくつついてないんだと思います。もし彼のことをもう一度書く機会があれば、その時は真 面目に考えます。それまで気長にお待ちください。 さて、今回の『視線』について。地方都市のちょっとのんびりした町のどこにでもありそう たなべひとみ な公立中学が舞台です。そこに通うちょっと目つきの悪い女の子、田辺瞳が主人公です。でも この、ちょっとのんびりした町のどこにでもありそうな公立中学、って、すごくいんちき臭い と思わない ? ほんとかよー、って感じ。外から見てる分には特に問題のない学校なんだけ ど、実は内部ではけっこうスキャンダラスな事件が起こってたりとか。学校ってそもそもそう う場所なんじゃないかと思って、こんなお話を書きました。 瞳のようなキャラクターはもともと好きなので、彼女を書くのはとても楽しかったです。で も教師に立ち向かうのって、すごく怖くてすごくパワーのいることだな、と書いていて本当に 実感しました。怖い、っていうのは恐沛ではなくて、勇気がいる、という意味で。 ものすごく個人的な意見を言わせてもらえば、私は学校の先生、という存在は嫌いです。好 。うーん、なん きな先生はもちろんたくさんいたけど、学校の先生、っていう『存在』が嫌い か、逆らえない、ってことが大前提になってる感じがすごくイヤ。そう思わない ? 思わない かしら、うーん。 よしむら だから吉村先生は、本当に嫌な先生です。彼が私生活でどんな人間かということは関係なく くさ

5. 視線

しんせきおじ 親戚の叔父に言われた。目上の人間と話す時には、視線を下げて顎のあたりを見なさい。どっ ちが本当なんだろう ? 十年以上も昔の言いつけをいまだに守っているとは言わないが、教師 とまど を直視するということに、瞳はいままで何の戸惑いも畏れも感じなかった。普通は、みんな目 をそらすものなの ? 考えすぎじゃないの、と瞳は思った。同時に、確かに自分は少し鈍感なのかもしれない、と も思った。成田と遅刻して自分だけが叱られた時、みんなうまいことやってるなあ、と瞳は驚 いた。手のひらでロを押さえ笑う寺田。どうしてあんなにうまくやっているんだろう、と不思 議だった。誰もが気づいているごくごく当たり前のこと。それに気づけなかった自分は、吉村 めざわ のような教師にとってやはり目障りなのだろうか。 いらだ 本当にそうなのかなあ。理由のわからない苛立ちが込み上げてきて、瞳は唇を噛みしめた。 そうだとしてもべつに関係ない。自分はあの吉村という男がどうしても好きになれないし、教 師だというだけで尊敬もできない。聖職という言葉があるのを知っている。教師という職業 。けれ が、それに含まれるということも知っている。バカバカしいけどそれならそれでいし ど、教師がいつも正しいことをするとは限らない。 くや くそう、と思い瞳は金網を蹴った。悔しいのでも腹立たしいのでもなく、もっと静かな、哀 しい気持ちだった。 おそ どんかん

6. 視線

っていた。それをいいことに、皆は宿題をやったり喋ったり手紙を回したりしていた。瞳は、 けず シャ 1 ペンの先端で机の表面を削っていた。ちいさく片仮名で、『ヨシムラ』と彫ってみた。 深い意味はなかったが、好きな男の名前を彫ったほうがマシだと思った。シャーベンをわしづ かみにし、その文字をガリガリとかき消す。 「それでだな、今日から、朝と帰りのに歌をうたってもらうことにした」 張り上げた吉村の声に、教室がまた静まり返った。瞳も腕の動きを止め顔を上げた。吉村は ラジカセの音量を絞り、 「ほくはまあ、音楽教師なので。ほかのクラスでは小テストとか自習とかいろいろやってるよ うですが、ぼくはぼくなりのやり方で、来年の皆さんの受験を応援したいと思います。入試に は直接関係ないことかもしれないが、でも歌をうたうってことは精神的にもとてもいいことだ と思うんだ。 : ・と、いうわけなんで」 自分勝手に話を締めくくり、吉村はテープの巻き戻しを始めた。ざわざわと小声で不満は言 うものの、誰も手を上げて吉村に反論する者はいなかった。気づいていたのか、吉村はにこや かに一一 = ロった。 「ああ、この先、今でもいいが、誰か・ほくに意見がある人、その考えは間違ってるとか、もっ とこうしてほしいとか、そういう意見がある人は、手を挙げて言ってくれ。べつに・ほくはそん

7. 視線

つだ。三十代半ばの吉村には、青春時代だったのだ。青春時代 ? 気色悪い、と瞳は思った。 あき それはあんたの青春であってわたしたちのものではない。バッカじゃないの、と瞳は呆れ、下 を向いて話の続きを無視した。それよりも、取り上げやがったを早く返せと思った。そん な歌いらないから。 「先生、ユ ーミンとかは聴かないんですかア ? こ 前のほうの席の女子生徒が、身を乗り出して黄色い声を上げた。あの子、あんな甘ったるい 声出す子だっけ、と瞳は思った。吹奏楽部員だ。 ューミンかあ。よく聴いたな、結婚する前の曲のほうが、今でも好きかなあ」 音楽の話となると、吉村の顔はほんのりと赤く染まり、完璧にゆるんでしまう。そのあたり は本当に音楽教師なのだと、瞳は冷ややかな目で観察する。日記が書けてしまえそうなほど、 おこた あの日から、瞳は彼の観察を怠らなかった。要注意人物だ、と言われた、あの瞬間から。あの 時からずっと、瞳の頭のなかではオレンジの警報機が鳴り続けている。 「『中央フリーウェイ』とか、もう飽きるほど聴いたなあ」 「あ、それ、うちの従姉がレコード持っててえー」 線 「いい歌だろう 視「先生は誰と聴いたんですかあー ? 」 すずき こわだか 鈴木というその女子生徒は、何やら声高に、いちいち語尾を延ばしながら、吉村と熱心に喋 とこ

8. 視線

176 「え、じゃあ、成田もけっこう寺田に気イあんのかな ? 」 「さあ ? ・ 「こっくりさん、成田克之は誰を好きですか」 「・ : あんたそんなこと聞いて楽しい ? 「つていうカー ほら瞳がー」 「あ、そうか。じゃあさ、成田克之が好きなのは田辺瞳ですか。どうですか、こっくりさん」 「・ : ・ : 動かないよオ」 「こっくりさん答えてください」 「 : : : ちょっと捺美むりやり動かしてない ? 「そんなことないわよー」 「あれえ ? でも変な方向に動いてるー」 「か : : : ち : : : ね・ : : ・て・ : ・ : り。これちょっとおかしくない ? こ 「えつ、おかしいって何が ? 」 「こっくりさん怒らないでください」 「やだー 、なんでえ、怒ってんの ? 「わかんないわよ、ちょっとうるさくしないで」 「やだ捺美怖い。怖い

9. 視線

「好きなやつのほうが少ないかもねー かわい 「あ、わたし、数学の河合先生、好き」 「うそ ? 」 おもしろ 「面白いじゃん、あの先生」 「ええー ? こ 信じられない、という顔で瞳を見て、加代子は首を横に振った。 「やだよ、あんな宿題たくさん出すやっ」 「そうね、それさえなければねー 「そうじゃなくても嫌だって」 なんで、と瞳は目を丸くした。 いんけん 「陰険だもん。今どき廊下に立たせたりさ」 「あー、机の上に正座させたりねー」 「どういう意味があるのか説明してほしいよ」 「そこがいいんだよ 線 「は ? 」 おおまじめ 視「大真面目な顔で、『何イ ? 宿題忘れた ? じゃあー、キミは授業終わるまで机の上に正座 してなさい。まあ、シューズは脱いでもよし』とかって」

10. 視線

13 視線 日、長い坂を辛抱づよく登らなければならない。 「えー、以上で、僕の自己紹介は終わりです。えー、授業は明日からということなんで、今日 はこれから、を始めます。委員会や係や、あと、それそれに自己紹介もしてもらいたいし な。よし、じゃあまず立って、簡単な自己紹介をしてもらおうか」 吉村は教卓に両手をつき、短い前髪をしきりにかき上げていた。第のようだ。 = 一十歳半ばら ふんいき しいが、仕草や雰囲気では、二十代後半か、三十代前半にしか見えない。短めの黒い髪、すら りとした長身に、やや彫りの深い顔だちが似合っていた。いかにも音楽教師らしく、白いシャ ツの袖を無造作にまくっている。 「手つ取り早く行こう。持ち時間はひとり三十秒な。名前と、趣味と、部活は何をやってる あおき しゃべ か、あとは好きなように喋ってくれ。よし、じゃあ出席番号一番の : ・、青木」 ばん、と両手を打ち、吉村は青木という男子生徒を急かした。人なっこそうな満面の笑顔。 この教室に入ってまだ数分も経たないというのに、この狭い世界は早くも彼のペースに巻き込 まれていた。青木はしぶしぶといった顔で立ち上がり、少し投げやりな口調で、 まさとし 「青木正敏、趣味はサッカー、部活もサッカーです、よろしく と言い、そそくさと座った。続いて後ろの生徒が立ち、三十秒どころか五秒足らずのスピー ドで、早口に喋ってまた座った。吉村は胸の前で腕を組み、やや不満げな顔で彼らを眺めてい そで し , ルつ