学校 - みる会図書館


検索対象: 視線
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1. 視線

「けっこうイケてない ? 」 「そう ? ちょっと神経質そう」 まだ名前も知らないクラスメートたちが、口々にそう言い合うのが聞こえた。確かに、と瞳 へんくっ は思った。音楽だとか美術だとか、芸術的なことを教える教師には、偏屈者が多いような気が する。 ざわざわと囁き続けるクラスメートたちに囲まれ、瞳はそっと目を閉じた。あまり知ってい る人間はいなかった。一学年に十二クラスあるこの中学校で、親しい友達と同じクラスになれ る確率は、そう高くはない。まるで転校生のように新鮮な気持ちで、彼女は少し緊張しながら その列のなかに立っていた。でも式は退屈だ。ロもとに手を添え、大きなあくびを漏らす。涙 くも だんじしっ に視界が曇る。壇上に目を向けると、次の新任教師が呼ばれ、マイクの前で挨拶を始めるとこ ろだった。 新しく造られた渡り廊下を使って、体育館から黒ずんだ校舎へ戻る。三年生に進級した今 おお 日、空は灰色の雲に覆われて、空気はどんよりと重かった。三年四組とプレートのかけられた 教室に入り、出席番号順の席にすわる。 視「瞳 ? こ 聞き慣れた声が、廊下から彼女を呼ぶ。椅子を暖める間もなく立ち上がり、瞳はドアの横で かこ あいさっ

2. 視線

十一月初めに行われるこの学校の文化祭は、全部で三日間ある。一日目は各クラスの出し物 と展示、二日目は文化系クラブの舞台発表、そして三日目に、三学年の全クラスが参加する、 合唱祭が催されることになっている。課題曲と自由曲、この二曲で、一学年にたった一クラス きそ おく だけに贈られる最優秀賞を競うのだ。 さまざま 熱の入り具合は各クラス様々で、担任が熱心なところもあれば、生徒たちのチームワークが 悪く、まとまらないところもある。吉村のロ振りからすると、今年は本格的に練習に取り組む はめになりそうだった。瞳はやつばり歌が嫌いだ。カラオケは好きだが、望んでもいないの に、他人と声を合わせて歌うということにあまり関心が持てなかった。楽しくなれない歌なん てうたう意味がない。 それよりも、彼女には文化祭までにやっておきたいことがあった。美術部の展示に間に合わ 線せて、絵を一枚描ぎたいのだ。何を描こうか。それを考えると胸がドキドキして、合唱のこと やまかわうな などどうでもいいような気さえした。顧問の山川を唸らせてやる。それ以上に、体のなかに何 うずま 視 か『描きたいもの』が渦巻いていて、それが画用紙の上に現れるのを待っている、そういう感 じなのだった。 もよお

3. 視線

ともくつついてないんだと思います。もし彼のことをもう一度書く機会があれば、その時は真 面目に考えます。それまで気長にお待ちください。 さて、今回の『視線』について。地方都市のちょっとのんびりした町のどこにでもありそう たなべひとみ な公立中学が舞台です。そこに通うちょっと目つきの悪い女の子、田辺瞳が主人公です。でも この、ちょっとのんびりした町のどこにでもありそうな公立中学、って、すごくいんちき臭い と思わない ? ほんとかよー、って感じ。外から見てる分には特に問題のない学校なんだけ ど、実は内部ではけっこうスキャンダラスな事件が起こってたりとか。学校ってそもそもそう う場所なんじゃないかと思って、こんなお話を書きました。 瞳のようなキャラクターはもともと好きなので、彼女を書くのはとても楽しかったです。で も教師に立ち向かうのって、すごく怖くてすごくパワーのいることだな、と書いていて本当に 実感しました。怖い、っていうのは恐沛ではなくて、勇気がいる、という意味で。 ものすごく個人的な意見を言わせてもらえば、私は学校の先生、という存在は嫌いです。好 。うーん、なん きな先生はもちろんたくさんいたけど、学校の先生、っていう『存在』が嫌い か、逆らえない、ってことが大前提になってる感じがすごくイヤ。そう思わない ? 思わない かしら、うーん。 よしむら だから吉村先生は、本当に嫌な先生です。彼が私生活でどんな人間かということは関係なく くさ

4. 視線

「これだけですけどねえ。あとは自分で、適当に色を混ぜてもらうしか・ : 「そうですよね」 店員の言い分はごく初歩的な、あたりまえのことだった。三年間、美術部で絵を描いてきた まゆ 瞳には、充分にわかりきっていることだ。わかってるんだけと、と眉をしかめながら、 「じゃあ、これとこれ、ください」 そう言って青色と灰色の絵の具を差し出した。わざわざ買う必要のない、すでに持っている 色だった。店員はうなずいてレジへ歩いて行った。 「ありがとうございました」 レジの閉まる音と店員の声とに送られて、瞳は文房具屋を出た。色を混ぜれば済むだけのこ と。けれど、どんな色で塗っていいのか見当がっかないのだ。 むだあし 無駄足だった、そう思いながら、瞳は来た道を引き返した。駅前の賑わいを横目に古い車道 へ入りかけ、立ち止まって思い直す。下校時刻寸前まで学校に残っていたので、空腹だった。 去年のタコヤキの味を思い出した。あの頭の禿げたオジさん、まだタコヤキ焼いてるだろう カ 線 『べきん』という名前のそのタコヤキ屋は、タコの入っていないタコヤキを売ることで有名だ 視った。ソースは甘く、一本の串につき三つ、タコヤキが刺さっていた。それで一本六十円とい 四う安い値段が、小学生から近所の老人までという、幅広い人気を得ていた。べきん、という店 にぎ

5. 視線

ってくるんだよな。おまえん家が金持ちだからじゃないのか、とか、かわいこぶってんじゃな いのか、とか、いろいろ言われたな。特にお利口さんだった女子の何人かはひどくてさ、俺、 がびよう シューズに画鋲入れられたんたそ卩嘘じゃねえそー 「・ : すつごオい」 「でも先生はそんなこと知らないから、相も変わらず俺んとこだけべタ誉め。やることなすこ と何でも嬉しいみたいだったな。そりゃあ先生に嫌われるよりや気に入られるほうがいいに決 まってるけど、その頃になると俺はもう、逆に先生のことを恨み始めてた。軽蔑もしてた。子 供に簡単に見抜かれるようなやり方でしか好意を表せないあいつが憎かった。もっとうまくや れよって思ったんだ。俺が今こんな嫌な目に遭ってんのは全部こいつのせいなんだ、って。そ んで俺、手つ取り早く、学校に行かなくなった。実際、朝、靴を覆いて家を出ようとすると、 腹が死にそうに痛くなるんだよな。仮病なんかじゃなくて、本当にな。それはそういう病気な おやじ しんせき んだ、って親父は言ってた。そんで、学校替わりたいって俺は言った。親父は俺を近くの親戚 いそうろう の家へ居候させることにして、すぐに転校手続き取ってくれたよ」 瞳は黙り込んで、何も言わなかった。思ったことはいろいろあったが、何を、どう言えばい いのかわからなかった。顔を見合わせ黙り込んでいると、体育館の内側で大きな拍手が湧い た。歓声やロ笛も聞こえた。瞳は壁に耳を押し当てた。 けいべっ

6. 視線

見えないのかな、と思いながら瞳は答えた。 「食べてます」 「学校帰りでしよう ? 」 「そこのタコヤキ屋で買ったのね。あそこはうちの生徒もよく行くから・ : しよっちゅう朝礼で 注意するのに、なかなか減らないのよ、買い食いする子たちが」 「そうなんですかー」 ロもとに軽く手を添え、食べるのはやめずに瞳は答えた。しよっちゅうではないが、ここに ちゅうじえん 通っていた六年のあいだに何度かは、保健室の世話になったことがある。中耳炎で頬が腫れ、 泣きながら保健室へ行ったら濡れたタオルで首の下から頭のてつべんまでを巻かれたことがあ った。まるで歯痛の子供のようだと、友達に笑われた。 「あなたみたいな人がいるから、うちの生徒が真似をするんですよ」 「そうですねえ」 かな へへへ、と瞳は笑い、タコヤキを食べ続けた。また叱られてら。そう思ったが、べつに哀し 線 くはなかった。 視「まだ食べ終わらないの」 「ええ、もうちょっと」

7. 視線

なんだ、と瞳は思った。わたし、全然、負けてないじゃん。むしろ勝ってるかも。だって歌 からは逃げた。でも吉村からは、絶対に、逃げなかった。一回だけ泣いたけど。でも翌日はち ゃんと、学校へ来た。 心配げに眉根を寄せて、圭子が瞳の顔を覗き込む。瞳は顔を上げ、 「なに ? と笑った。あまりにも得意げな笑顔なので、ふたりはふいを突かれたような表情で顔を見合 わせる。瞳はそれには構わず、 「帰ろうか」 とふたりをうながした。肩を並べ、中学の三年間を過ごした校舎を背に、門を出る。きゃあ しゃべ きゃあと声高に喋りながら、坂を下る。 「じゃあね」 「明日、試験がんばろうねー 線「うん、明日ね」 道の違うふたりと別れてひとり脇道に入った時、すぐ前を歩く学生服の影に、瞳は顔を上げ 視 た。成田だった。同じバスケ部の男子生徒数人と肩を並べ、笑いながら歩いている。 「成田」

8. 視線

カメラを構えた成田が、顔を出しこちらに呼びかける。 「いいわよ、撮って」 1 たす 1 は、 2 、カシャ。とたんに瞳はまだっかんでいた捺美の腕を振り払って、さっさと 群れの外側へ逃げようとした。と、吉村が肩を叩いて、彼女を引き留めた。 「田辺」 「・ : はい ? 瞳は振り返った。わざと大げさに振り向いて、肩に置かれた吉村の手を払う。 「さっき、名簿を見ていて気づいたんだが」 「欠席日数がゼロだった。毎日休まずに、よく学校へ来たな」 黙って吉村を見上げながら、どういう意味だろうと瞳は考えた。あんなにいびってやったの によく休まずに来たな、という意味 ? それとも、単純に無欠席を褒めてくれているのか。ど っちだろう。まるで彼がふたっ持っ笑顔のように、瞳には彼の言葉の裏が、わからなかった。 どういう意味だろう ? 考えこんで眉邯にを寄せていると、吉村が手を伸ばして瞳の肩を叩 「ただし、遅刻はだめだ。高校では気をつけるように。 : ・まあ、卒業おめでとう」

9. 視線

234 「え ? 田村は振り返り、一年生が手にしていた紙筒をふたっ、瞳に手渡した。画用紙の丸められた 筒のなかを覗き込み、瞳は思わず声を上げた。 「これ : 「こっちはこないだの文化祭のやつです。こっちは : ・、先輩が一年生の頃に描かれた絵だそう ですね」 古い方の紙筒は確かに、瞳がこの学校に入って初めて描いた、大きな太陽の絵だった。 「先輩ってほんとに太陽好きですよね」 一年生が口々に騒ぎたてる。 「山川先生が自慢げに見せるから、誰のかと思って・ : 「すごいです、先輩の絵って、なんか、 : ・格好いいですよね、すごく 「そう ! 迫力だよね」 「あーん、先輩 ! : 」 さび 「寂しいですう」 「山川先生が、おめでとう、って言ってました」 田村の言葉にうなずきながら、瞳は視線を飛ばして山川の姿を探した。どうせまたひとり あいさっ で、校舎のどこかで煙草を吹かしているのに違いない。式の前に挨拶に行った時は、絵のこと

10. 視線

燗るかなんて、聞いてみなければわからない。そんな当たり前のことを、瞳はふたりと言葉を交 わすたびに実感した。それからはいろいろな話をした。学校帰りに塾をさ・ほって、『べきん』 でタコヤキを食べたことも、もう何度もある。 「タコヤキ食べたいねー 雑誌を閉じ、少し熱の冷めた表情で圭子が言った。捺美は鞄から財布を取り出した。 「三百円ある。足りるよね」 「じゃあ帰り、行こうか」 ラムネはどうだい、などとおじさんのロ真似をし、瞳はふたりを笑わせた。三人できゃあき ゃあ一言っていると、 「うるせーなあ、勉強できねえよ」 と誰かが聞こえよがしに言った。瞳は振り返り、声の主が捺美の後ろの席の成田と知って、 思いきり笑った。 「あんたに言われたくないわよ」 授業中にヌード写真集を回し、教師に取り上げられて泣きそうな顔になっていた成田に、そ んなことを言われたくはない。瞳はそう言ったのだった。しかし彼は珍しく、机の上に数学の 問題集を広げていた。 「やだ、怖いつ」 かばん さいふ なりた