記憶 - みる会図書館


検索対象: 黄金の日々月夜の珈琲館
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1. 黄金の日々月夜の珈琲館

166 きおく ても、エピソ 1 ド記憶といって、買い物に行ったこと自体の記憶が、すぐに失われてしま うのである。 「まあ、似たようなもんだ」 がくぜん 青木は愕然とした。 知識として知ってはいても、これほど身近にそれを感じたことは初めてだったからだ。 しかも、完治する可能性はとても低い いっしょ 「最初は俺にも信じられなかった。しばらく一緒にいれば、そのうち思い出してくれるん じゃないかとも思ってた。だって、何も変わらなかったんだぜ ? ある程度の期間のこと なら、ちゃんと覚えることだってできてたんだからな」 津川は苦い表情でそう言うと、信号が変わるのを待って静かに車を発進させた。 「でも、そのうち俺にもわかった。十数分と数か月の違いがあっただけで、彼の記憶のメ カニズムは、やはりもう正常ではなかったんだ」 「記憶障害か : き 青木は声を落とした後、ためらいながら訊いた。 「しかし、その手の障害なら、事故以前の記憶は残っているもんじゃないのか ? 事故は

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おまえたちが出会った後に起こったんだろう ? 」 「そう言われてはいるが、ケースパイケースみたいだな」 苦笑いを浮かべながら、津川は言った。 「いったい頭の中で何を基準に振り分けが行われるのかわからないが、姉や絵のことは きおく ちゃんと記憶にあるのに、彼は俺のことは覚えてはいなかった。一時的に覚えはしても、 記憶はされない 「そんな : : : でも、前に彼と話した時、彼はおまえが理想像だったと : ・ 「それは本当さ。さっきも言ったように、俺たちはあいつが話したとおりの出会い方をし た。彼の中で俺に関する記憶があるとすれば、彼の描きたかった人物に俺がそっくりだっ たということぐらいだ。ほかのどんなことを忘れても、それだけは決して記憶から消えな いらしい 『我々の目は、いつでも一つの定まったタイプに執着するもので、こうして無意識に一つ せんたく 日のタイプを探し求めることが、我々の選択を支配する』ーーー青木はかって岡野に話したコ 金クト 1 の言葉を思い浮かべていた。 津川との日々は記憶から消えても、無意識に彼を求める気持ちだけは岡野を支配し続け ているのかもしれない。

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間とで、あたしが納得するとでも思ってるの ? 「仕方がないな」 止めようと声をかけたものの、視界の隅でマスターが視線を落とすのを見て、青木は顔 を曇らせた。 , 冫 彼よ岡野の病気のことを知っているのだろう。何度かこの状況と同じような 場面に出くわしてきたに違いない。 おそらく津川は、そのたびに事態を切り抜けてきたのかもしれないが、しかしどうやっ てーーーと思うと、青木は不安を感じずにはいられなかった。 きおくしよ、つがい 「彼には記憶障害がある。事故のせいで、物事を記憶しておくことが難しいんだ。 とてもね」 「な、何よそれ」 「彼と出会った頃と今とを比べてみるといい。君が彼についていろんなことを知っていく のに比べ、彼はどうだ ? 君のことや君との約束事を忘れることが多くなってきてはいな しカ ? ・ 女は答えなかった。思い当たることがあるらしい か ) しやく 青木には、女がその事実をどう鰍釈すればいいのかわからずにいる様子が、理解でき すみ

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Ⅷかったのだ。 「相手のことを、どれだけ知ってる ? 」 「えっ ? 「俺は思うんだ。どんなに相手を好きで理解してるつもりでも、忘れてたり、知らなかっ たり、気付かないことはもっとたくさんあるんじゃないかって」 短くなった煙草を灰皿に捨てると、窓を閉めてェアコンを少し強めにしながら津川が ゅうやみ 言った。いつの間にかタ闇が迫っていた。対向車のなかには、すでにヘッドライトを点け ている車もいる。 「あいっと付き合うたびに、そういえばこいつ、こんなとこがあったなとか、こんなのが 好きだったのかって、知らなかったり忘れてしまってた自分にいつも驚かされる」 「そうかもしれないな」 津川の言っていることはわかった。だが、どうしても拭えない疑問もあった。 きおく 「しかし、おまえのほうではそうやって記憶を重ねても、彼は違うんだろう ? 「確かにな : でも俺の中では、あいつはあいつなんだよ。記憶を蓄積できないからと いっしゅんいっしゅん いって、あいつにとっても俺にとっても、一瞬一瞬が大切じゃないわけじゃない 「そうだとしても、自分のことを覚えておいてもくれない相手と、付き合い続けられるも ぬぐ

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195 黄金の日々 きおく 「行きましよう ! 僕も覚えておきたいな。青木さんの記憶に刻まれた日々のことを」 青木の涙に気付かないふりをして素早くべッドから離れると、菊地はそう言ってまっす ぐにその手を差し伸べた。

6. 黄金の日々月夜の珈琲館

話題の講談社文庫ホワつ、 . 月夜の珈琲館の本 夢の後ろ姿 浮気な僕等 おいしい水 記憶の数 危険な恋人 眠れぬ夜のために 恋のハレルヤ 黄金の日々 イラスト / 邦久十也 デザイン / 山口馨

7. 黄金の日々月夜の珈琲館

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8. 黄金の日々月夜の珈琲館

月夜の珈琲館の本 阜、・おいしい水 N 大附属病院の産婦人科医、 織田鉱ー。同僚である麻酔科 医の志乃崎は、謎めいた織田 の性格に大いに好奇を刺激 され、彼をカワテル・バーに 誘い出すのだガ・・ 大人気 N 大附属病院シリー ス第 3 弾 ! ! 記憶の数 、イし、 学会に出席するために九州 を訪れていた志乃崎は、中年 の医者にしつこく部屋へ誘わ れていた製薬会社の青年・永 瀬を助けた。彼の持つ純粋さ に、強く惹ガれる志乃崎は・・ 、、 N 大附属病院シリーズ″番 外編を含めた、傑作短編集 ! ! イ

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180 「だから、一九九二年の・ : 「な、何を言ってるの ? 」 ろうばい つぶや 女が狼狽したように呟いた。 「違うよ。今はもう九五年だ」 「九五年・・ : : ? 「そう。君は一一十一歳ではないし、今は一九九一一年でもないー 「どういうこと ? それ。そんなこと、僕はーーー嘘だ : 岡野が、途方に暮れたような顔で呟いた。語尾がわずかに震えている。 「嫌っー 形がつくほど強くバッグを握りしめたまま、女が叫んだ。 : どうして」 「彼のは事故に遭う直前の一九九一一年で止ま 0 ているんだ。それ以降の出来事につい ては、決して書き込まれることがない。数か月から約一年 : : : その時々によって記憶でき きれい る日々の長さは違うが、それも一定期間が過ぎると次第に薄れ、しまいには綺麗さつばり リセットされてしまうんだよ。 , ・ : : 何もかもね」 「うそ :

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分、何もできることなどなかった自分に、果たしてあの時、存在理由があったのだろう か ? ・ それは、青木の心の奥にずっと引っかかっていた疑問だった。 「あの場にいる意味が、俺には本当にあったのかな ? 「 : : : うん」 こわば やさ まなざ 強張った表情の青木に、菊地は優しい眼差しを向けると言った。 「僕は : : : たぶんーー津川さんは、岡さんとのことをあなたに覚えていてほしかったん だと思います」 「えっ ? きおく 「自分たちには共通の思い出を持っことはできなくても、せめて青木さんの記憶の中に は、残しておいてほしかったんじゃないかな」 ぼうかんしゃ 「今から岡野さんの個展を見に行きませんか ? たとえ傍観者かもしれなくても、だから 日といって人の痛みがわからないとは思わない。自分にも同じように大切な人がいて、大事 つら 金にしたいものがあれば、それに対する思いや、それを失うのがどんなに辛いか、わからな いはずはないでしよう ?