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検索対象: 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣
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1. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

とびら なが ろうか 扉につけられている番号札を眺めながら廊下を歩き、リンゼは部屋の前で足を止めた。 一度深呼吸してから扉をノックし、声をかける。 「すみませーん、ジェイクラット・グラスさん、ルミナティス・フォルティネンさあん 部屋の中から若い男性の声で返事があった。在室中だとわかり、リンゼはほっとする。 返事があったのだから、扉を開いてくれるだろうと、リンゼはそのまま扉の前で立って いたのだが、いっこうに扉は開かれなかった。 ( : : : あれ ? ) かぎ もう少しだけ待ってから、リンゼは扉の把手に、そーっと手をかけてみる。扉に鍵はか かっていなかった。 遠慮がちに、リンゼは扉を押し開ける。 リンゼのほうに整った左の横顔を見せ、少し上を向いて目を閉じて椅子に腰掛けている みぎほお くちびる 虜長衣の美女の右頬に、横に立った青年が腰をかがめて唇を寄せているのが見えた。窓の外 こもび 蓮の丈高い木の枝が風に揺れ、窓から入る木漏れ日を受けて、少し色合いの違う二人の金色 の髪と、美女が身につけている宝石が、きらきらと輝く。 とって

2. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

得意とする、この町一番の腕のいい職人だ。トロセロなら任せて安心と、につこり微笑ん したく ちゅうぼう だエレインは、シチュ 1 を支度しに、厨房に戻る。 こしら めいわく 「この俺がとびきりのを拵えてやるから、ジェイさんに迷惑かけんじゃねえぞ : ・ へんりんのぞ おど 間違いのない、もと不良少年の片鱗を覗かせて、ぎろりと目で脅しつけるトロセロに、 リンゼは椅子に座ったまま、思わず逃げ腰になる。 「で、でも僕、お金・ : 「役立たずの剣がある」 あれを売り払えとジェイにあっさりと言われ、リンゼはむっとして口を尖らせる。 いくさ 「役立たずって : あれは戦の神ダルシムの祝福を受けた剣と防具なんですよー ぶどうしゆさかずき 断固として主張するリンゼに、葡萄酒の杯を傾けながら、ルミは脱力する。 ・ : リンゼ、君、それ聖地で買ったね」 みやげ 聖地には、そういう『お土産』を売っている連中がいる。どうしてわかるのだろうか と、不思議そうな顔のリンゼを無視して、ジェイはトロセロに言う。 「引き取ってくれ」 「わかりました」 「え 1 ほまえ

3. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

リンゼはジェイに笑って、ルルナ水のグラスに口をつけた。憑きものが落ちたように、 すっきりした表情になったリンゼに、ジェイたちは、ほっとする。 むやみ 「リンゼ、これからは、知らない人から無闇にものをもらわないように。いわれのない親 切には、注意しなければならない。ただより高いものはないんだ。いいね ? 近寄ってくる者すべてが信用ならないと決めつけるのではないが、信用しすぎては、大 変なことになる。 「はい。気をつけます」 きも こわ うなず 布い顔をするルミに、リンゼは頷く。肝を冷やすのは、もうこりごりだ。 ひど 「それから、元気が出ないなら、ちゃんと相談すること。どんな病でも、酷くなるまえ わたしたちのことを忘れてもらっては困る」 に、処置したほうがいい。 まじな 「お呪いなんかで元気を出すより、羽を伸ばして遊んだり、美味しいものを食べて元気に なるほうが、ずうっと素敵じゃないかしら」 ほほえ 虜昨日と同じことをルミは繰り返し、エレインはそう言ってリンゼに優しく微笑みかけ りようけんせま 蓮る。不満ばかりで了見が狭くなっていたリンゼは、自分一人ではないことを強く意識し

4. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

( ルルナ水、買おうかなあ ) くつはなお まだ靴を履き直して歩く気にはなれないが、ジェイのいる物売りのところには、ルルナ よゅう こびん むだづか 水の入った小瓶もあった。しかし、無駄遣いができるだけの余裕はない。よく考えて、今 のどうるお 日はもうお昼に飲んだことでよしとして、リンゼはルルナ水を諦めた。喉を潤すだけなら ば、すぐ近くにある水飲み場の水で十分だ。あれなら、お金もかからない。 しばらくしてリンゼが少し落ち着いた頃、中身の入った瓶を持ってルミが戻ってきた。 「君も飲むかい ? ー 「はい かばん 荷物番をしていたリンゼは、喉が渇いていたので、鞄からカップを出し、遠慮なくルミ に差し出した。半分ほどねじこまれていたコルク栓をルミが引き抜くと、ほのかに甘い香 りがした。ルミはリンゼのカップに瓶の中身を半分入れて、自分は直接瓶に口をつける。 「ジェイの分は ? 」 「ジェイはこういうものは飲まないよ」 虜笑ったルミがリンゼに分けてくれたのは、蜂蜜のたつぶり入ったレモネ 1 ドだった。リ 蓮ンゼから見えない場所で店を出していた物売りのところから買ってきたのだろう。甘い飲 ひとごこち み物で喉を潤して、リンゼは人心地がつく。 とけいとうかね 時計塔の鐘が鳴った。 はちみつ せん あきら

5. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

246 えてふえて 「得手不得手つてものがあるわよ」 ままえ ねえ、とエレインはリンゼに微笑みかけてルルナ水のグラスを置き、新聞を広げながら ほおづえ 頬杖をついてばんやりと煙草を吸っているジェイの前に、ジュ 1 スを置いた。出しつばな かばん しにしておいた荷物を鞄に片づけてくれたエレインに、リンゼは小さくなりながら礼を言 血を見て気持ちが悪くなったり、血のいで嘔吐しそうになるのは、なにも不自然なこ くろせいれい とではない。離れた場所で見ていた若者たちも、黒精霊に人間が食われる様には、かなり こくれん の衝撃を受けて帰ってきた。あれを目にしては、とても黒蓮に手を出そうという気は起こ らないだろう。 しと 「気絶はしちゃったけれど、さすがはミゼルの使徒だって、皆リンゼさんのこと見直して いたわ」 かご ミゼルの使徒は神の加護を受けていると言ったジェイの一言葉どおりに、リンゼはジェイ けむり やルミと同じく、あの男たちとともに黒蓮の煙に取り巻かれながらも、黒精霊に襲われる すく ことはなかった。リンゼは足が竦んで動けなかったのだが、一歩も退かずあの場に立って ゅうかん いた姿は、遠目では勇敢にも見える。 客の応対をするために、ハッシュとエレインが卓を離れ、ルミはリンゼに尋ねる。 「食欲は ? 」

6. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

人と組んで、ミゼルの使徒として最初の活動をする。そのうえで、続けていけるかどうか ぐうぜん を判断することになる。ミゼルの使徒として活動している回国の途中で、偶然出会った者 と意気投合し、次には新しく組んで回国しようと、約束を交わして聖地で再会することも ある。 けいじばん 紹介を受ければ、簡単に仲間が見つかると思っていたリンゼは、掲示板の数十枚の登録 しぶ 票に目を通した段階で、渋い顔になった。同行者として求められている項目にも、たくさ ん問題がある。女性ではないので、そのことについては最初から問題外だが、年齢もリン ゼよりもずっと上を募集するものばかりだ。リンゼが持っている教師の資格よりも、医者 や看護婦などの医療関係者、土地を開墾したり治水の技術と知識のある技師、農耕や牧畜 に関する専門知識を持つ者を、仲間として求めている登録票が多い。 だめ ( もっと勉強しなくちゃ、駄目なのかなあ : : : ) かてい リンゼのように一般教育課程を修了しただけの使徒は、ほとんどいないようだ。 しぼ みあふ さっきまで希望に燃え、自信に満ち溢れていたリンゼは、気持ちがしゅうっと萎んでい くのを感じる。 しょむしゅうどうじよ しんかん 事務処理の終わった書類を届けに受付に向かった庶務の修道女は、書類を神官に受け 渡して帰ろうとしたとき、受付の卓の足元に落ちていた健箋らしき紙片を見つけた。便箋 しと

7. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

白衣を身につけ、ゝ しつもの煙草を吸いながら、それで小刀の先を焼いて消毒し、ジェイ ひざ はあっという間に、母親の膝に抱かれた子供の耳の後ろにできていたれ物を切除してい てぎわ た。手際よく薬を塗りつけ、タームを貼りつけてジェイは言う。 「明日の昼頃までるな。身体や髪を洗うのは、明日の夜から。タームは自然と剥がれる まで、そのままに」 むだぐち 愛想はないが、腕は確かだし、無駄口をたたかないほうが、能率は上がる。外で順番待 じぎ ちをしている者が多いので、治療を終えた者は、ジェイに礼を言ってお辞儀すると、次の 者のためにそそくさと天幕から出て、診療を受けたことを申告しに、町長の家に向かう。 「次 ! 」 患者を呼び入れるジェイに、リンゼは悲鳴をあげた。 「ちょ、ちょっと待ってください : まだ診療簿が : 机にかじりつくようにして、リンゼは必死で羽根ペンを動かしているのだが、ジェイの 手際がよすぎて、書き物に手が追いついていかない 囚 「ぐずぐずするな : ・ ふかみどりいろひとみ にら 蓮 深緑色の瞳でひと睨みされて、リンゼは小さくなりながら懸命に羽根ペンを動かす。 黒 にゆ、入浴と洗髪は明日から : : : 」 「明日の夜からだ : ・ たばこ もの

8. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

いつまでもそんなところに突っ立っているなと言われたリンゼは、逃げるように階段を 下りた。 「気絶したんだよ」 ひと足先に下りてきて円卓に着いていたルミは、一階の食堂にやってきたリンゼに、昨 くろせいれい こくれんりよしゅう 夜のことを教えて笑った。黒精霊に食らわれた黒蓮の虜囚を見、その場から動けず気絶 したリンゼを、ルミが受け止め、ジェイが背負って雉子亭まで戻ったのだ。部屋の寝台の かばん 上に広げたままになっていた荷物は、出かけているあいだにエレインが整理して鞄に入れ てくれていた。ジェイとルミで洋服を脱がせて、連れ帰ったリンゼを寝台に寝かせたのだ ひたい てぬぐ が、リンゼは発熱していて、看護する必要があった。額に置かれていた手拭いと、水の 入った洗面器がどうして部屋にあったのか、理由がわかってリンゼは納得する。灰皿に すがら 残っていた吸い殼を見れば、誰が看護してくれたのかは、訊かなくてもわかる。今日はこ の町を出発する予定なので、目が覚めたら診察を受けるのは、当然の成り行きだ。 「お世話かけました : ・ きようしゆく 席に着いたリンゼは、新聞を持ってやってきたジェイに恐縮して小さくなる。 「まあったく、だらしねえなあ」 たた 二人分の朝食を運んできたハッシュは、豪快に笑いながらリンゼの背を叩く。

9. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

秀だってことだよ」 ままえ 十七歳になったばかりのリンゼは、満足そうに微笑みながら頷いた。 けいじばん 教員検定試験の合否発表の賰り出しは、聖地の王立学問所の掲示板で、今朝一番に行わ まどうしとう れた。合否の結果は、その地方にある魔道士の塔に頼んでおけば、王都から遠く離れた地 方であっても、時間差なく知ることができる。発表後に受け渡しが可能になる教員の免許 しと 証も、取り寄せてもらうことができる。しかし、ミゼルの使徒になるには、ミゼルの塔に 足を運んで手続きをしなければならない。 一日も早くミゼルの使徒になろうという者なら ば、合否発表を見にきて、その足ですぐさま手続きをし、その日の午前中に承認の儀式を 受けるという手順を踏むだろう。行動の速さは、ミゼルの使徒として活動することに対す る意欲の大きさを表している。同行する仲間として、優秀な新人を求めているミゼルの使 徒の目に留まることは、間違いない。 よゅう 「 : : : 山を越えて、海を渡って : : : 。最低限でも、これぐらい・ いや、少し余裕を 持って、このくらいの旅をしないといけないだろうなあ : サンドイッチを食べながら、リンゼは地図を大きく指でなぞり、神妙な顔で考えこむ。 王立学問所の研究員となること。それがリンゼの夢である。 王立学問所では、最高学位を取得した者だけが研究員になることができる、世界一の学 うなず

10. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

リンゼに横顔を向け、ジ = イは仏で新聞を広げる。 「 : : : ルミ、お前のことは ? 」 「わたしの話は、また今度」 ぶどうしゅ くつくっと笑いながら、半分ほど引き上げてあった葡萄酒のコルク栓を抜いたルミは、 ジイのご葡萄酒を注いだ。さっさと食べろとばかりに、ジイは押しつけるようにリ ンゼにパンを渡す。パンを受け取ったリンゼは、それを食べよい大きさにちぎりながら、 ままえ ジェイににこにこと微笑みかける。 「お一一人とも僕とあんまり変わらない歳で、大学院まで卒業して資格を取られて、ミゼル しと の使徒になったんですよね。頭がよかったんですねえー ミゼルの使徒として活動した経歴から考えると、そういうことになる。もともとの頭の 出来も、それなりによかったのだろうが、努力なくしてはとても成しえないことだ。 うろこ だめ 「僕なんてぜんぜん駄目だな。なんだかね、僕、目から鱗が落ちた轗叱です」 にこにこと微笑みながら、恥ずかしそうに笑い、リンゼはパンを頬張る。 囚 今日の朝は、初等教員の免許をもらって、ミゼルの使徒の承認の儀式を受けて、いい気 とう 蓮になって。午後にはミゼルの塔でほかのミゼルの使徒たちの所有する資格が自分のものよ りもずっと格が上であることを知って落ちこんで。ぬくぬくと与えられた環境で育ち、そ れほど必死になって努力してこなかったことを自覚して、リンゼは肩に入っていたカが完 とし せん