回国 - みる会図書館


検索対象: 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣
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1. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

じめ 面目な性格のリンゼには、納得できないかとルミは苦笑した。 「そのお陰で、リンゼの株も上がったんだし。よかったね。もう、やっかまれることもな かばんくっ 無事に回国の旅を終えることになったら、リンゼは鞄と靴を引き取るためにもう一度こ の町に来なければならない。そのときに、ジェイとルミがいっしょにいるかは、わからな 。この町の若者たちにとって、ジイは竓れの人であり、尊敬の対象だ。ジ = イがいっ たとばなし しょにこの町に来なかったならと、喩え話を聞かされたリンゼは青くなる。美女もかくや というあえかな外見と、貴族様であるという身分に圧倒されて、ルミには遠慮もあるが、 とし リンゼは歳も下だし、見るからにたいしたことはなさそうで、もと不良少年たちにとって ひまつぶ は、暇潰しに苛めたり、からかったりするのにいい鴨だ。回国の活動途中にジェイがどん な様子で、どこで何をしたのかを知りたくてうずうずしている若者たちは、一人で町を歩 いているリンゼの姿を見つけたならば、犬が猫を見つけたように追いかけ回して捕まえて 取り囲み、質問責めにすることだろう。しかし、たとえか細い小僧で、ひ弱そうでも、ミ 虜ゼルの使徒として一目置かれるならば、ジイの側で親しくしていたということでまれ 蓮 て、何かされたりということはないはずだ。 黒 「そう、かもしれませんけど : : : 」 むくれながら、リンゼはクリームチーズのついたパンをちぎって口に入れる。 かも つか

2. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

くつかばん 新しい靴と鞄をすっかり気に入って、靴と鞄の手入れを毎日欠かさないようにしよう と、楽しい気分になっていたリンゼは、これまでこんなふうに、靴と鞄に対して愛着を感 じたことがなかったことに気づいた。地方都市であっても、比較的裕福な商家の子供とし みえ て育ったリンゼは、家人が見栄っ張りな性格であったことも幸いして、切望しなくても家 そろ 族が気を回して、いろいろ揃えてくれた。替えるようにとジェイに言われた靴と鞄も、ど こしら んなものが欲しいかと親に尋ねられて、注文をつけ、職人に拵えてもらったものだ。教師 しと の免許をもらって、ミゼルの使徒として回国の活動をしようと考えて家を出てきたリンゼ は、自分が教師らしく見えるだろうものを求めた。靴も、革の手提げ鞄も、リンゼに勉 まね 強を教えてくれていた先生が持っていたものを真似して、あんなものが欲しいとねだっ た。れた先生と同じ格好をすれば、同じように偉く、立派になれるのだという錯覚を起 こしていた。リンゼがいいなと思った立派な靴も立派な鞄も、立派な人の持ちものだった ともな からこそ、より素晴らしいものに見えたのだ。格好だけが立派でも、中身が伴わないので そまっ は、お粗末なだけだ。回国の活動をして世界じゅうを行くミゼルの使徒は、一か所に腰を わまま きようべん 落ち着けて教鞭をとる教師とは違う。こうでなければとこだわって、我が儘放題に注文 をつけて拵えてもらったものは、リンゼの足に痛い肉刺をいくつも作り、提げた片方の手 しび こた おろ が痺れて肩が抜けそうなほど、ずしりと重く応えた。愚かにも、実用性など考えず、ただ とら 形にだけ捉われた結果だ。

3. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

肩口から手首までの、腕の長さを測りながら、エレインはジェイに尋ねる。かって世界 ひとみ かいこ、つ じゅうを荒らし回った、黒髪と青い瞳を持っ世界でただ一人の男と再び邂逅するために、 しと ジェイがミゼルの使徒となって回国を行っていることを、エレインだけではなく、ジェイ からた むご きずあと のことを知る者は皆、知っている。身体に残る酷たらしい傷痕が、決してジェイにあの男 のことを忘れさせないことも、痛いほどわかっている。 「 : : : 俺とルミだけが、逢えなかった」 「そう : : : 」 ジェイとルミの同行者が替わるのは、初めてのことではなかった。どれほど危険な場所 にジェイが向かっているのか、誰もが知っている。知っているが、止めることはできな 。あの男と再会することで、ジェイは自分に課せられた問いの答えを求めている。必死 つなと ま、つき で命を繋ぎ止め、再起不可能と誰もが絶望した肉体を放棄せず、闘い続けられたのは、 ジェイの内にあの男の存在があったからだ。 採寸しながら、エレインは思う。触れられるほど近くにいるのに、遠い 囚 虜 の 「 ( えい、畜生、進展しねえなあ : 「 ( そうですねえ ) ー リンゼの部屋に入りこんで、窓際に置いた書き物机のところで、小声で話しながら何や まどぎわ

4. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

物紹介 ・ジェイ あいぼう ミゼルの使徒として世界じゅうを回国す ジェイの湘棒で同じくミゼルの使徒。薬 る青年。医師の資格を持っており、その腕は剤師として優れた腕を持っている。見事な びぼう おうと 王都でも通用するほどの超一流。訳あって、までの長い金髪に彩られた美貌の持ち主で、 みまちが ぎんふ しゆらおう 銀斧の聖戦士であり、かって孤高の修羅王女性に見間違えられることもしばしば。本 おこた と呼ばれたディーノを追っている。恐ろし人も、美を保っための手入れと装飾は怠ら ことばづか ない。立ち居振る舞いが優雅で、 = 三葉遣い く愛想が悪く、必要なこと以外はロにしな いが根は誠実。左手に鉄のを模した五本も優しいが、得体の知れないところがある。 の剣を装着し、剣客としても一流であるが、よく気が回り、ぶつきらぼうで言葉足らず めんどう のジェイに代わってリンゼの面倒をみる。 普段は黒い革の手袋で武器を隠している。 あいそ かわ かく かい・」′、 ・ルミ

5. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

182 「 : : : 今度は長いの ? 」 しと ミゼルの使徒としての活動をしているジェイは、近くを通りかかったからという理由 で、必ずしもこの町に立ち寄ることはない。一度も立ち寄らないまま、顔も見せず聖地に 戻り、次の回国に出発していくことなど、珍しくない。 遠慮がちに尋ねたエレインの声を聞き、背中を向けたまま煙草を吸っていたジェイは、 視線を落とす。 「 : : : 待っていろとは、言えない : 回国の旅には、予測もできない事件や事故がっきものだ。無事に戻れるかどうかなど、 力いこう わからない。そして、追いかけている男との邂逅を果たした後、ジェイが生きている保証 はどこにもない。むしろ、生きていない可能性が大なのだ。 「 : : : うん」 ジェイの言葉に、エレインは小さく頷く。 「 ( 待ってろって言えよ : ・ 「 ( いかにもジェイらしいな ) 」 「 ( でも、両思いなんでしよう ? ) 」 はが ぎりぎりと歯噛みするハッシュに、ルミは小さく溜め息をつく。 うなず

6. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

人と組んで、ミゼルの使徒として最初の活動をする。そのうえで、続けていけるかどうか ぐうぜん を判断することになる。ミゼルの使徒として活動している回国の途中で、偶然出会った者 と意気投合し、次には新しく組んで回国しようと、約束を交わして聖地で再会することも ある。 けいじばん 紹介を受ければ、簡単に仲間が見つかると思っていたリンゼは、掲示板の数十枚の登録 しぶ 票に目を通した段階で、渋い顔になった。同行者として求められている項目にも、たくさ ん問題がある。女性ではないので、そのことについては最初から問題外だが、年齢もリン ゼよりもずっと上を募集するものばかりだ。リンゼが持っている教師の資格よりも、医者 や看護婦などの医療関係者、土地を開墾したり治水の技術と知識のある技師、農耕や牧畜 に関する専門知識を持つ者を、仲間として求めている登録票が多い。 だめ ( もっと勉強しなくちゃ、駄目なのかなあ : : : ) かてい リンゼのように一般教育課程を修了しただけの使徒は、ほとんどいないようだ。 しぼ みあふ さっきまで希望に燃え、自信に満ち溢れていたリンゼは、気持ちがしゅうっと萎んでい くのを感じる。 しょむしゅうどうじよ しんかん 事務処理の終わった書類を届けに受付に向かった庶務の修道女は、書類を神官に受け 渡して帰ろうとしたとき、受付の卓の足元に落ちていた健箋らしき紙片を見つけた。便箋 しと

7. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

しと 票を掲示できるのは、落ち着き先を決めてからだ。リンゼは使徒の家に滞在することを希 望していたが、そこにまだ向かってもいない者の登録票を掲示することはできなかったの で、今まで保留になっていた。登録票を掲示した場合は、使徒の家の管理人に、その後の しんかん 詳しいことを訊けばいいと、受付の神官はリンゼに教えた。 とうもありがとう′」ざいました」 受付の神官に一礼し、リンゼはほかのミゼルの使徒がしているようにメダルをライト かばん コ 1 トの胸一兀につけ、自分の登録票と鞄を持って、掲示板に向かった。 登録票は、掲示板の空いた場所空いた場所に適当にピンで留めていくことになっている ので、出発希望日や相手に望む条件で、掲示場所を分けられているわけではなかった。 年後や三か月後の出発を予定して、登録票を提出している者などは、まだ回国の途中で 戻ってきていなかったりする。出発予定の頃か、それまで適当に何度か聖地にやってくる かして、同行者を見つけるのに違いない。 ( う 1 ん : : : ) 回国はある程度、長期の活動になる。適当に気の合う者でなければ、いっしょに旅をす るのは辛い。ミゼルの使徒に研修期間はない。制服を着て活動している姿を見なければ、 誰がミゼルの使徒なのかを知ることはほとんどない。多くの者は、学生時代からの友達数 つら

8. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

( うわ ! ・ : : ) こうしてこの場所に来る誰かと組んで、ミゼルの使徒として回国することになるのだと かしこ かっこう 考えて、リンゼはどきどきした。誰も皆、賢そうで格好いし 「今日の昼前に、ミゼルの使徒の登録をした、リンゼイ・ホ 1 クです。メダルはできてい ますか ? 」 ほおこうちょう しょむしんかん 少し頬を紅潮させ、緊張しながら受付の窓口に向かったリンゼは、庶務の神官に声を かけた。宿を引き払うために宿場町まで往復し、昼食をすませてきたので、もうメダルは できあがっているはずだ。リンゼの名前を聞いた神官は、奥の引き出し棚から、できあ がったばかりの真新しいメダルを一つ取り出してきた。 しゅにく 「右手の親指に朱肉をつけて、ここに押してください」 かばん 足元に荷物の入った鞄を置いたリンゼは、緊張のためにやや汗ばんでいた手を、スラッ クスのポケットに入れていたハンカチで拭いてから、庶務の神官が受付の卓の上に差し出 しもん した紙に、右手の親指の指紋を押した。神官はリンゼが指紋を押した紙を受け取り、リン こくいん ゼの指紋の横に、同じようにメダルの裏に朱肉をつけて押し、指紋とメダルの裏の刻印と いんかん を見比べる。メダルの裏の刻印は、リンゼの押した指紋の形どおりの、印鑑になってい と、つ た。このミゼルの塔で行われる事務処理全般もそうだが、回国した先で、このメダルの刻 印と指紋を、活動報告書とともに提出することになっている。ミゼルの使徒の滞在にか しと だな

9. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

なんじ みもと 「先の汝らの回国において、ミゼルの神の御元に旅立った同行の使徒は、十七名に及んだ と伝え聞くが、如何に : ミゼルの使徒の活動領域は、主に都から遠く離れた地方の村落である。当然、そこに行 そうぐう きようあく き着くまでの道は険しく、人を食らう動物や、平気で命も奪う凶悪な盗賊たちと遭遇す けが る機会も多い。活動の途中で怪我をしたり、使徒としての役目もなかばにして天に召され る者は、昔から多いのだが、五年と経たない期間のうちに、この二人と行動を共にして、 命を落とした者が十七名というのは、あまりに数が多すぎる。ミゼルの使徒は単独行動を せず、数人での登録制であるため、天に召された者が出るたびに、ジェイとルミは聖地に 戻って登録をし直さなければならない。回国しているミゼルの使徒は、何千人といるが、 こうも繁に聖地に戻ってくるのは、ジイとルミぐらいのものだ。 「おそれながら」 うやうや だいしんかんちょう うった 恭しく一礼し、ルミは大神官長に異論を訴えた。 「わたしたちと行動を共にし、ミゼルの神の御一兀に旅立った同行の使徒は、十八名です」 虜たとえ一人であれ、数え間違えられては、忘れられてしまった者が気の毒である。 すず あぜん 蓮涼しい顔をしている二人に、大神官長ヒルキスハイネンは唖然となり、ミゼルの神官長 マイトバッハは力が抜けるのを感じた。十八名なら、なおよくない 「 : : : あなたたちは、『使徒殺し』などと呼ばれているのですよ」

10. 黒蓮の虜囚 プラパ・ゼータ ミゼルの使徒1⃣

言い捨てるようにして、ジェイは使徒の家から出ていった。 ジェイのあの言葉は、リンゼに対する誘いの言葉だ。ミゼルの使徒としての回国の活動 の、今回の同行者として、認めてくれるということなのだろうか。同行者を選ぶ面談とい うものは、ミゼルの使徒としてどう行動していきたいかとか、ミゼルの使徒としてのあり 方を語ったり、もう少しお互いに話をしたりするものだと、リンゼは思っていた。あんな ふうに戸口で立って顔を見るだけだとは、まさか考えもしていなかった。 しまたた 展開の速さについていけず、目を瞬いているリンゼに、鏡の前で気のすむように帽子を ままえ 直したルミが微笑みかける。 「リン、リンゼ、どう呼べばいゝ 「え ? ああ、は ) 、 リンゼでいいです」 うなず 頷いたリンゼに、ルミはにつこりと微笑む。 第三章帰郷 しと