ビッグ シンク THINK BIG! ウォール街からワシントン D. C. へ 寺澤芳男 角川文庫
THINKBIG!ZI 1 寺澤芳男 ウォール街からワシントン D. C. へ リサイクル資料 ( 再活用図書 ) 角川文庫 除籍済
THINKBIG!ZI 1 寺澤芳男 ウォール街からワシントン D. C. へ リサイクル資料 ( 再活用図書 ) 角川文庫 除籍済
カバー 角川文庫 寺澤芳男作品集 ウォール・ストリート日記 ウォール・ストリートの風 THINK BIG いク・ビ / グ ! 旭印刷
カバー 角川文庫 寺澤芳男作品集 ウォール・ストリート日記 ウォール・ストリートの風 THINK BIG いク・ビ / グ ! 旭印刷
しかし日本のビジネスでは普通「寺澤芳男ですーとは言わず「寺澤です」になる。 「ロナルド」と聞いたとたん次の会話から「ロン , 「ロン , と言い始める場合も多い。「レ ド・レーガンです」と言うことは「ロンと呼んでくださっ ーガンですーと言わず「ロナル てけっこうなんですよ . ということ、いや、むしろ「ロンと呼んでくださいな」と催促し ている趣さえある。 どうしてこうなるのだろう。 まず、アメリカの場合いろいろな国の人々が集まって生活しているから、姓のほうが発 合 び音がむずかしい場合がある。ポーランド系、ギリシャ系、インド系。舌をかみそうな姓が で多い。そしてアメリカでの英語は会話の途中に相手の名前をポンポン入れていかねばなら あゝさっ ない。「グッド・ モー = ング」だけでは朝の拶は終わらない。 ス四、五人男たちがいれば、「グッド・モーニング・ジェントルメンーだし、ジョージと モーニング・ジョージ」である。 いう一人の男に向かって言う場合は、「グッド・ フ 「あなたそう思うでしよう、ジョージ」 章 第「そんなはずはないじゃないか、ナンシー」 というぐあいに、やたらと会話の中に相手の名を入れるのである。 自分だけが一方的に話しているのではなしに、相手も自分の話に「引き込もう」という
235 あとがき のようなエッセーを集大成して本にするよう強く勧めてくれた。一一一一口葉を濁していたら、と うとうワシントンまで飛んで来た。 「よし。やってみようか , と言ったらそれまでの仏頂面がうそのように消えてニタッと笑 荻野君。この本が出版にこぎつけたのも君のおかげです。ありがとう。 「 THINKBIG!J というタイトルは日本語にどう訳してもよいと思う。 「デッカク行こうぜーでもいいし、「志は高く大きく」でもいい 逆に「クョクョしてもしようがないさ」でもいいし、「ちんまり固まるナ」でもいい 雑用をいつも気持ちよく引き受けてくれた野村證券の前秘書出口伸子さんに感謝いたし ます。 っこ 0 一九八八年九月ワシントンにて 寺澤芳男
236 森瑤子 私が初めて寺澤芳男さんにお逢いしたのは、すでにニューヨークのウォール街から東京 に戻られた後で、多分 ( 多数国間投資保証機関の略 ) の長官職を受けるかどうか、 悩んでおられる真っ最中の頃ではないかと記憶している。 たまたま共通の知人がいて、私たちは彼女のーーといってもとても若い女性だったがー ーお立てで、まるでお見合か何かのように向い合うはめにな 0 た。 正直なところ、私はウォール街で十六年間も第一線を張られて来たようなハリバリのビ ジネスマンとの間に、。 とのような会話が成立するのか非常に不安だったし、私など百冊近 くも本を出しているのに、いわゆるベストセラーなど一冊も出していない物書きなので、 書いた最初の本から、ベストセラーという人に対しては、妬、いも混って平静な気持には なれそうもないので、何度か機会を作って頂いたのだが、あれこれと理由をつけては先へ 解説
アメリカでは名刺はまず使わない。日本人が訪ねて行くと、日本人のほうから名刺を出 すので、こちらも出さなければ失礼という意味でやむをえず出す。 「日本人が名刺を使うのに影響されて、最近、アメリカ人同士でも名刺を使うことがはや ってきた」などという人がいるが、そんなことはない。 シカゴから四人の来訪客があると事前にわかっている場合、秘書が四人の姓名とタイト ル ( 肩書き ) を相手の秘書から教えてもらってきれいにタイプしておいてくれる。もちろ ん先方もこちら側の出席者を知っている。だから名刺を使う必要がないのである。 自分の名を名のるとき、必ず姓名で名のる。 「ロナル ド・レーガンです。どうぞよろしく」というふうに。「レーガンですーと姓のほ うだけを言うことはまずない。 「寺澤芳男ですーと言うわけである。日本で姓名をきちんと名のるのは政治家がスビーチ をするときだけだろう。竹下総理が壇上に上がると、まず「竹下登ですーとやる。これは 選挙のときの癖が抜けないからなのだろう。それに自分は総理よりもなによりも衆議院議 員である、すなわち国民から選ばれた「選良」である、「政治家、である、という意識が 自分の中にあるからかもしれない。 「竹下登です」と言うとき、満々の自信が体中にわいてくるのかもしれない。
240 妙な言い方だが、私は心が揺れ動いている男の現場に立ち合うのが、とても好きだ。そ の意味で私たちの出逢いは劇的だった。 先にも書いたように寺澤さんは、ご自分の仕事やご自分自身のことをほとんど話さない 方なので、彼が何を考えて、どういう人なのか今だによくわからない節がある。 "THINKBIG!" の中で改めて彼の人となりがわかったような箇所がいくつかあった。ア メリカに長くいた後遺症で、日本の高級な料理屋の仲居さんの存在について触れた箇所だ。 外国からの客を招いて会食をしている間、仲居さんと呼ばれる女性たちは何時間でも横 でじっと座っている。すると寺澤さんは気になってしようがない。退屈しているのではな いか、少しは言葉をかけるべきではないかと神経を使ってしまうというくだりがそれだ。 寺澤さんは、他の日本人の男たちのように仲居さんの存在を完全に「無視」できない。そ こに彼の優しさを見るような気がした。私なども時に編集者の人たちに連れられて銀座の ーや、そういう料理屋に行くことがある。そんな時、私は、傍に座っている女生に対す る気づかいで、疲労こんばいしてしまうのである。 もう一箇所は「対決」というテーマで書いてあるところの結びで、寺澤さんはこんな風 に一一 = ロっている。 昔、彼の秘書をしていたダイアンという女性が、後にどこかのコラム に『なぜ日本の医者は患者にガンの告知をしないか』という問題について、書いていた、