そのことが悲しくなかったわけではないが、自分が一か所にいればいるだけ、結果的に魔性 たったひ を呼び寄せることになりかねないのがわかったから、彼女は故郷を後にしたのだ とり、彼女のことを全面的に理解して、信頼して : : : しかも、彼女がどんな魔性絡みの騒ぎを 起こしても、決して見捨てたりしないという、奇特でかけがえのない、弟のような一二つ年下の 幼なじみとともに。 というか、彼の場合、シンツア・リーウンの後追い隊出を決行し、いくら追い払っても しがみつく根性で、ついに根負けした彼女が、同行を許可したという事情があるわけだが。 「ラウシャン : 幼なじみの少年のことを思い出し、シェンツア・リーウエンは唇を噛む。 『平気だよ、大丈夫』 くちぐせ 口癖と化した、彼の笑顔とその言葉に、どれほど救われていたのか、シェンツア・リーウェ ンはこんな時でないと思い出すことができない。 「今回も : : : 大丈夫だって、どうせならそばで言ってくれればいいのに : : : 」 気休めでもなんでも、彼がそばにいてくれれば、もう少しは気楽に構えることができそうな 気がする。 けれど、いま、彼女のそばにラウシャンはいない。
じゅばく 残されたのは、千禍とシェンツア・リーウエンーー呪縛が消えたのを感じ取り、盛大に文句 をつけようとした彼女は、相手の不機嫌そうな顔に自」をんだ。 「だから : : : 時間流のなかを移動するのはいやだったんだ : : : 」 シェンツア・リーウエンの胸がまた痛んだ。 『死は揺るがせない刻印だというのに : : : 過去には生が存在している。死した事実を知る者 に、生なる姿は苦痛でしかない : 心の奥から、誰かの声が響いてくる。 言っていることの意味はわからなかったけれど、その声に宿る哀しみが、胸をしめつけて痛 いぐらいだった。 あの人、死ぬのーー ? 聞きたくて、けれど聞けなかった問いは、なぜかしつかり相手に伝わってしまったらしかっ ( 0 「誰だって、いっかは死ぬさ」 そう答えて、青年ーーー千禍が、ぼん、とシェンツア・リーウエンの頭に手を置いた。 旋 螺「さて、こっちも急ぐぞ。お前が死なない内にな」 時 とても恐ろしいはずの彼が、なぜかやさしく感じられて、彼女は戸惑いつつ、うなずいた。
見たこともない、美しい青年が、きよとんとした顔でシェンツア・リーウエンを見ていた。 ま : : : 魔性じゃ、ない : : : ? シンツア・リーウ = ンもまた、無として、青年の顔を見つめ返した。 問い掛けた彼女を前に、青年はぼりぼりと頭を掻きながら、小さくつぶやいた。 「こいつああ、まいったな」 そっう 咄会ってすぐのことーーそれでも意志の疎通は、かなり難しそうだった。 青年は、大切な誰かを探しているのだと言った。 青年ーー名前をシェンツア・リーウエンが呼べないのは、彼が教えてくれないせいだ。 『好きに呼べ』 と言ったきり、彼は、彼女の『名前』に関する質問のことごとくを無視してくれて、おかげ 螺で彼女はない頭を振り絞り、相手を呼ぶ名を自分で考えなければならなくなった。 時ただ、これがけっこう難しい。 この青年の正体がよくわからない。 し
「そりゃあ、そうしろって言うんならそうするが : : : 」 言いかけた青年が、前一一一口撤回しない内にと、シェンツア・リーウエンはこくこくとうなずい 「そうしてちょうだい ! 」 叩きつけるような彼女の即答に、青年はふう、と息をついた。 「で、その際のおれの利益は ? 」 「り : ・利益 ? 」 おうむ返しにつぶやきながら、やはりこの相手は人間なのかもしれない、とシェンツア・リ ーウエンは田 5 った。 それとも、自分がこれまで出会った魔性とは種類や性格の違う魔性なのか。 なにしろこれまで、彼女が出会ってきた魔性はといえば、最初こそあれこれ要求をつきつけ てくれるものの、最後には彼女にはなにひとっ求めない、善意の魔性であったのだ。どうして そんな運びになるのかはわからないけれど : : : なぜだか、必ず、そうなってきたのだ。 やつばり、ラウがそばにいないせいかしら : : : ? 螺なんにしても、自分を前にして、自らの主張なり願望を口にするような相手に出会ったのは 時初めてのことだった。 「なにか : : : 欲しいものでもあるの ? 」
いたい、建国百年祭が近くて賑やかだから、見て回ろうってわたしが誘ったとき、ひとに酔う からいやだって断ったのはあんたじゃないの」 はたん 第一 - 、騒ぎなんて起こしてないのだ ラウシャンの言うことは破綻している、とシェンツ ア・リーウエンは田 5 った。 いつもなら、ここでラウジャンは説明してくれるか、謝ってくるかのどちらかを選ぶ。 彼は彼女より敏感な分、感じ取ったり理解することが、圧倒的に多い。これまで、そのこと で助けられたことも数多い。だから、シェンツア・リーウエンはいつの間にか、彼に甘えてい たのかもしれないが : それでも、今回ばかりはいつもと違っていた。 「君はっ ! 」 ばん、と音をたてて、ラウシャンが宿の壁に手をついたのだーー・ぶんぶん怒っている彼女の 首の、すぐそばに。 「なんだって : : : 君という人は ! 自覚なしにあんなものを引っかけられるんだ」 引っかけるだの、あんなものだのと : ・ : ・言葉が悪い。 螺悪いが・ : この煮え切った相手の態度と、この言葉づかいとで、見えてくるものもあるの 時・ ( 0 まさか にぎ
飛ばされ、部屋の壁に背中ごと叩きつけられた青年ーーー麻維だった。 ひどいありさまだった。 人間であれば即死していたに違いないほどに、麻維の肉体は破損していた。 それが、自分になんの意図もなかったとはいえ、シェンツア・リーウエンの声に応えたせい だと思うと、ラエスリールの胸は締めつけられた。 しこんようしゅ 麻維 : : : 紫紺の妖主の目に止まったがゆえに、自らの望みとは裏腹に、勝手に魔性の『作 品』とされてしまった青年。 そうであっても、恐らくは唯一の心の支えとしていたであろう妹の命までも、他の魔性に狙 われて : 代わりとなる人間を物色し、選んだ事実は認められない。現にそのために、シェンツア・リ ーウエンたちは死ぬほどの思いを味わった。 けれど、大切な : : : かけがえのない相手を救うために、手段さえ選べないーーー選ぶ余裕さえ ない思いはラエスリールにも理解できるのだ。 うれ のど 亜珠が、嬉しそうに喉を鳴らした。 旋 螺「では、元々わたしが目をつけていた獲物に関しては : : : 」 かいにゆう 時介人はないということですね、と。 闇主の性格上、どう答えるか、想像がつくだけに、ラエスリールは反射的に口を開いた。 まい
それは 彼女にとってごく平凡な、日常で起こり得る事件の延長でしかなかった。 顔を真っ赤にして、怒鳴りつけてくる幼なじみの顔を見て、シェンツア・リーウエンはなん とも言えない複雑な気分を味わっていた。 「君という人はっ ! 何度繰り返したら、こんな馬鹿げた騒ぎばっかり起こせるんだか、教え てほしいぐらいだよっ ! 」 かんしやくだま 癇癪玉を破裂させたのは、幼なじみにして、三歳年下のラウシャンだ。 光の加減で金色にも見える淡い色の髪と、シェンツア・リーウエンよりずっと明るい緑の瞳 をした幼なじみは、彼女が驚くほどに怒っているようだった。 「ラ : : ラウシャン : : : ? 」 旋 螺しかし、シェンツア・リーウエンにはわけがわからない。 時 ラウシャンが怒るような真似をした覚えはないのだ。なのに、なぜこんな顔で叱られなけれ ばならないというのか まね しか
そう彼が告げた瞬間、別の誰かが、その場所に出現したのをシェンツア・リーウエンは感じ 取った。 闇のなかに、光が生じたわけではない。 闇は闇だ。なのに、そこにはっきりと、その存在が浮き上がっていた。 もっ 闇以上の闇を以て、浮き彫りにするかのごとく 「造り手にすら忘れられて久しい『時の迷宮』に、紛れこんだ者の気配があると思って来て見 すいきよう れば・ 。なんの酔狂です、我が君 ? 」 ぬばたましつこく その髪は射干玉の漆黒ーーその瞳も、闇よりさらに深き闇の黒。 いぎよう 人ではあり得ぬ、美しすぎる異形の者。 人ではない。魔でしかあり得ない。 それほどの美ーーーそれほどの異質さ。 そばにいる青年の腕が、小刻みに震えているような気がして、シェンツア・リーウエンは新 たに現れた相手を凝視した。 「九具楽 : : : か」 さりげなさを装った呼びかけに、信じられないほどの緊張が走ったのを感じ取ったのは、き っとシェンツア・リーウエンだけだったろう。 そして、呼びかけられた『九具楽』という名の魔性は、「なにをそのように : : : 」と言いか くぐら まぎ
なたの悪評、よもや身に覚えがないとは言わさぬ ! 」 すさまじい迫力である。 つまり、千禍という青年は、よくよく信用の置けない人物ーー魔性なのだから、この言葉は 変なのかもしれないが として知れ渡っているということだろうか。 でも、そんなひとには思えないんだけどなあ : : : とシェンツア・リーウエンは思った。自分 勝手で偉そうなことは確かだけれど、そこまで悪い評判を立てられるようなひとだとは、彼女 には思えないのだ。 それとも、自分が鈍感だから、うまく誤魔化されてしまっているのだろうか。 うーん、本当にこんな時、ラウシャンがそばにいてくれたら、役に立っこと教えてくれるん だろうけど : のんき けっこう呑気に、そんなことを考えていたシェンツア・リーウエンの視線の先で、怒りに燃 いぶか える美女が、訝しげに首をかしげたのはその時だった。 「柘榴の : : ? そのざまはどういうことじゃ ? 」 心底不思議そうに問い掛ける美女に、千禍が肩をすくめる。 べんぎ 「まあ、ちょっと便宜上の理由というか、都合というか : : : 」 あ、とシェンツア・リーウエンは田 5 った。 くぐら 先程会った九具楽という青年も、千禍を見てひどく驚いていたのを思い出したのだ。 ごまか
いだろう、とシ = ンツア・リーウンは自分に言い聞かせる。実のところ、彼女は一目見た瞬 間にも、この小さな人形が気に人ってしまっていたのだ。 『そういうことなら、ちっとも構わないし : : : ええっと : : : でも、本当にいただいちゃって、 いいんですか、これ ? なんだか、申し訳ないような気がするんですけど : ・ : ・』 『あなたに受け取っていただきたいのです』 こくりとうなずく青年と、眼差しがぶつかった。 ああ、やつばり綺麗なひとだなあ : : : そんなことをぼんやり考えていた時のことである。 なじ 自分を呼ぶ、お馴染みの声が耳に飛びこんできたのは。 『ラウシャン』 振り向くのと、乱暴に手首を掴まれたのは同時だった。 『ちょっ : ラウ』 わけもわからないままに、シェンツア・リーウエンはラウシャンに引きずられるようにして かんしやくだま しか 宿屋に戻り、そうして癇癪玉破裂状態の幼なじみの少年に、叱られる羽目になったのである 、、ゝ 0 、カ 「なによ、ラウ、なにを怒 0 てんのよ。ちょ 0 と道案内してただけじゃない。あのひと、人形 師ってことで、少し世間からずれてるところあるみたいだったけど、普通のひとだったし、だ きれい つか