事態 - みる会図書館


検索対象: 時の螺旋
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1. 時の螺旋

なんにしても、嵌められた・ その事実ばかりは、いかに善意的に解釈しようとしても認めざるを得なかった。 わな しかも、かなり用意周到に張られた罠だ。 以前よりはずいぶんと、鍛えられたおかげで気配に敏感になった一フェスリールは、カずくで 事態を回避することをあきらめた。かといって、むざむざ乗せられてやる気もない彼女は、途 すき : とかは思っていた。好きこのんで、痛い 中で隙を見つけて、なんとか厄介事から逃れよう : 目や大変な目にはあいたくないのだから、これは当然の思考といえばいえるのだが、本人に自 覚はないが、こういった事態に巻きこまれた場合、十中八九 : : : というよりほとんどの場合、 本人が望むような、回避行動に出れた試しがなかったことも事実であり、当人そのことを忘れ ている。 そうして、ほとんど連行されるようにして、村の中心に建てられた、ひときわ立派な屋敷に 迎えられたラエスリールは、そこで、どう考えても普通とは思えない、盛大な歓迎を受け : そうして、ようやく事情を説明されるころには、断るに断れない空気が周囲に満ちていた : 娘というわけだ。 き「祭り : びう この村の長であるという、初老の男性のロにした一一一口葉に、ラエスリールは眉宇をひそめた。 ほうじよう 季節は秋ーー収穫の季節とあれば、大抵の地方では豊穣を祝い、大地に感謝する祭りや儀式 おさ

2. 時の螺旋

「やつばり、事情は把握しておきたいと思うの ! 」 握りこぶしで絶叫した、シェンツア・リーウエンの迫力に押されたのかどうかはわからない が、千禍は彼女の言い分に、戸惑う様子を見せつつも「ああ」とうなずき、疑わしげな顔で問 い掛けてきた。 「お前、本当になにが起こってるのかわからないのか ? 」 お前、本当に馬鹿なのか ? そう言われているような気がして、ついむっとしてしまう。 だが、この事態のほとんどが理解不能であることは事実だった。 「せ、説明してもらえたら、理解できると思うわー 「説明ならしてやったはずだが : : : 」 「もっとずっとわかりやすくっ ! 説明してくれたら、わたしだってわかるわ ! 」 多分 : : : とつけ加えてしまうのは、千禍の性格から考えて、あまり親切な説明は望めそうに ないと思ったからだ。 いやみ そんな彼女の心中を読み取ったかのように、青年はふふんと鼻を鳴らしたーーなんとも厭味 である。 「多分、ね・え : : : 」 皮肉げな口調が、シェンツア・リーウエンの神経を逆撫でる。 さかな

3. 時の螺旋

「お前のその様子にも驚かされたが、それ以上に、お前にもそんな顔ができたということが驚 きだ。ずいぶん気に人っているようだな。もうひとりのわたしあたりが知ったら、歯ぎしりす るだろうよ」 すいぎよく くすくすと笑いながら、翠玉の化身がささやく。 「抜かせ。勝手に人の事情に首つつこんでくるんじゃねえよ、翡翠 まゆ 翡翠と呼ばれた美女が、かすかに眉をひそめた。 「ずいぶんと口が悪くなったものだな、千禍。しかも、人のせいにしてくれるとは : : : 誤解し てもらっては困る。わたしはそこの娘の願いに心動かされただけだ。まあ、たいそう魅力的な 魂を持っているのが理由ではあるがな」 ちらり、と意味ありげな視線を投げられ、シェンツア・リーウエンは背筋が冷たくなるのを 感じた。 やつばり、この人も怖い : 夢でラウシャンが言っていたのが事実ならば、きっとこのふたりは、相当強い魔性なのだろ う。夢に出てきたあのふたりの美形以上に、人間離れした美貌の持ち主なのだから。 旋 螺自分はもしかしたら、とんでもない事態に巻きこまれているのではないのか。 時 そう思うと、全身が震え出した。 「そうかい。じゃあ、これ以降、手出し無用に願いたいな。なにもただでって言うわけじゃな たましい ひすい

4. 時の螺旋

「だから : : : 『茅菜』なのか ? 」 ざくろようしゅ あんしゅ かって千禍と呼ばれ、現在では闇主と名乗っている柘榴の妖主のもうひとつの姿でありなが ら、『茅菜』は存在そのものも、身に纏う気配も、彼とは全然違っていた。 事情を知る者でもなければ、両者が同一人物とは決して見抜けないほどに。 「お前が村の外れで姿と気配を消したのは : : : お前の存在そのものが、封じられた魔性を刺激 するからか ? 」 問い掛けの形を取ってはいたものの、それは確認を取る響きに満ちていた。 「まあね」 と少女は苦笑する。 「とりあえず、封じておけば大丈夫だろう、なんて相手のこと、甘く見てたのは認めるけどね たくら いしゆがえ : まさか、あたしに対する意趣返しも兼ねて、こんな脱出策企んでくれるなんてね」 「じゃあ : : : 人柱の件は、封じられた魔性が・ 問いながら、ラエスリールは背筋をつたうぞわぞわした感じゃ、ふと落とした目に飛びこん ひふ あわだ g できた粟立った自分の皮膚を、必死に脳裏の隅に追いやろうとした。 きそれらが決して、この異常な事態を前にしての、不安や危機感ゆえのものでないことを知っ ているせいだった。相手が是非ともそうすべき理由を持っていることを、充分理解していても あふ ぎたい ・ : それでも、闇主が茅菜に擬態しているこの状況は、なんとも違和感溢れる、気色悪いもの せんか すみ

5. 時の螺旋

奇跡の体験はあまりにも強烈すぎて、完全に記憶に残すことさえできないけれど。 それはきっと、そういう出会いだったのだろうと思えるから : : : それはそれでいいのだと彼 女は田 5 った。 だって、ラウシャンはここにいるんだもの : おんちょう この事実を招いたのが、神の恩寵であれい魔性の気まぐれであれ、どちらでもかまわないと 思う程度には、シェンツア・リーウエンは事態を前向きに受け人れていた。 強烈な引力に、ただ身を任せて : : : 気づいた時には彼女はそこにいた。 たましい 魂のみが時のはざまを彷徨った、ラエスリール自身は、気づいたときにはすつぼりと、闇主 の両腕に抱き抱えられていたのだ。 本来の肉体をいかようにして彼が保存していたのか、どうやって彼女の魂を正常に本来の肉 なぞ 体に戻したのか : : : そのあたりは謎のままだ。 それでも。 「大丈夫だ : そう告げたのは、自分だったのか、別の誰かだったのか・ さまよ

6. 時の螺旋

しそうな顔で、やさしそうな声なのに : : : とても怖くて。一緒に行くことなんか、できなかっ 元々の資質が目覚めたのか、あるいは異常な事態に置かれたことで敏感になっているのか、 シルへの感性は鋭敏になっていた。 「それでよかったんだ。シルへが呼んだから、わたしは来たんだよ」 笑うのは、まだ慣れていなかった。 けれど、不安そうな少女を安心させるために、につこり微笑むのは、自分で思った以上に簡 かたくな 単なことで : : : ラエスリールは自分がずっと、簡単なことさえ難しいことだと自分が頑に信 じこんでいた事実を知らされた。 「お姫さま、平気 ? 」 心配そうに問いかけてくる少女の瞳には、自分自身の安全より、ラエスリールを気づかう光 が見て取れた。 こんな状況においても、他人を思いやれるーーーそれはひとつの強さだった。 「平気だよ」 もう、努力せずとも、徴笑は浮かんでくる。 シルへがなおも問いを重ねた。 「お姫さま、あの怖い : ・ : ・悪い神さまを、封じてくれるの ? 」

7. 時の螺旋

彼らは村人たちから真実を隠していることになる。そうして、わざわざ『神の娘』などと持ち 上げるからには : : : どうにも隠しておきたい真実が、底にひそんでいるとしか思えない。 赤い印を持っ娘によって二十年ごとに繰り返される封印強化の儀式ーー・だが、シル ( の話で は、現れた『神の娘』が、再び姿を見せることはないのだという。村長たちがそのことをラエ スリールに隠していた事実ひとっとってみても、その意味するところは明らかだった。 「人柱 : : : なんだろう : しんく こはく そうう やり切れない思いを深紅と琥珀の色違いの双眸にたたえ、彼女は『茅菜』に問いかけた。 黒髪の幼い少女は、なんのつもりか肩をすくめた。 「いかにも彼女らしい、陰湿なやり口よね」 肯定でも否定でもない言葉に、ラエスリールは眉宇をひそめた。 村長たちの言うところの『赤い魔性』、シルへの言う『赤い良い神さま』の正体が、自分を この事態に放りこんでくれた深紅の青年であろうことは、すでに確信していたが、ここにきて 初めて、本人ーーとは知っているが、なかなか背筋がぞわぞわする事実である からそれを 認める言葉を聞き出せたのだ。 現在目の前にいる相手の、この姿を取る理由というやつも、それで説明がつく : : : 真実、冗 まと 談や気まぐれで、敢えてこんな違いすぎる姿を纏っているというのであれば、またぞろ話は違 ってくるのだが。

8. 時の螺旋

「駄目だ ! 」 亜珠が意外そうに首をかしげた。 「この馬鹿 ! 」 いらだ 苛立ちもあらわに、闇主が怒鳴りつけてくる。 それでも譲れなかった。 たとえ事態が悪化するだけだとしても、それが断片的に伝わってきただけの事実だとして も、振り返ってみた時、ひしひしと伝わってくる想いがあるのだ。 「だって ! 」 脳裏に浮かんだのは、もうひとりの『紫紺の妖主の人形』だった。 えいしじゅっ 紫紺の妖主自らによって影糸術をほどこされ、人間でありながら、人間でないなにかに作り たて さい 替えられ : : : それでもかけがえのない妹の命を守るために、自らを楯にしようとした : : : 彩 ずる 彩糸に比べて麻維は狡い。狡くて弱い。 ひきよう けれど、だからといって妹に向ける想いそのものさえ、ー狡く弱く卑怯なものだとはラエスリ ールには思えなかったのだ。 「せつかく、うまくことが運べそうだったってのに : : : 」 いらだ 苛立たしげな闇主のつぶやきが耳に届いた。 、 0

9. 時の螺旋

いや 助けたい。癒したい。 思いはたやすく力となって、少年の体にそそぎこまれる。自分のことだと、うまくいった試 しがないのだが、どういうわけか、他者だと簡単にできた。 浮かびかけていた死相は綺麗に消え失せ、傷は次々に塞がっていく。 あんしゅ 闇主がやはり、呆れたように声をかけてくる。 ちゅ 「他人のためなら、簡単に治癒できるのに、自分にはからきしってのは、やつばりどうかして ると田 5 うそ ? 」 その通りだとは思うものの、なぜかまではわからない。 「うん : : : 」 うなずいた彼女は、困ったような顔をしていたのだろうーー闇主が皮肉げに言葉をつづけ 「まあ、即死しない限りは、おれがどうにかしてやってもいいんだがな」 頼りきっているつもりはないのだが、結果的に治療全般に関して、彼の世話になっていると いう事実がある以上、少なくとも頼っていない、とは言えないだろう。 旋 螺しかし、これはいったい、どういう事態なのか・ 時困惑もあらわに首をかしげるラエスリールに、やはり同じ疑問を抱いたらしい亜珠が声をか けてきた。 た。 きれい

10. 時の螺旋

そんな特異なカゆえに、彼女は自分の思いどおりの展開が広がることに慣れすぎてしまっ た。思いどおりにならない事態、存在があることを知ってはいても、そのことに我慢ができな い性格は、長い時間によって作り上げられたものだった。 だから : ・ : ・目の前の娘もまた、思いどおりに『消えてしまわない』ことに、彼女は強烈な不 満 : : : いや、怒りを覚えてしまった。 「誰に向かってそんなことを : : : っ ! 」 強すぎる怒りのため、声は震えていた。 だが、彼女のそんな様子を気にする風もなく、娘は金と深紅の色違いの瞳を真っ直ぐに彼女 つぐ に向け、言葉を紡ぐ。 「なぜ、彼女たちをせめて楽にしてやらなかったんだ ? 」 淡々とした口調の奥に、冷ややかな怒りが聞き取れる声だった。 だが黄呀はかまわない。 というより、そんなものがあったことさえ、いまのいままで忘れていたのだ。 お、えっ おり 「彼女たち : : : ? ああ、あの柱 : : : わからない ? ここは完全な沈黙の檻よ。悲鳴でも嗚咽 でも、聞こえないよりはましじゃない。退屈はまぎらわせるし」 事実、彼女は少女たちを『話し相手』とすら思っていなかった。 しよせんおもちゃ 所詮玩具だ。自分の役に立つのだから、光栄に思うのが当然だとまで考えていた。 しんく