けて、凍りついたように沈黙した。 せんか 「千禍卩いったい、なにが起こったと : 『九具楽』が、彼女の存在に気づかなかったとは思えない。 にも拘わらず、彼は、彼女の隣にいる相手の名を呼んだ。 『千禍』 千禍ーーそれは魔性の名前。間違いようがない、魔性の名。 やつばり、この人、魔性だったんだ 思ったけれど、声は出ない。ついでに言えば身動きも満足に取れない。 すぐにでも全速力で逃げ出したいのに : : : 先手を打たれまくっている。 どうすればいいというのか。 戸惑っている内にも、勝手にやり取りは進んでいく。 べんぎ 「気にするな。便宜上のことだ」 言い切る青年を前にして、『九具楽』と呼ばれた青年が悔しげに唇を噛む。 螺ずきん、と胸が痛んだ。 時けれど理由は見えて来ない。 四「それより、聞きたいことがある」 カカ
魔性であれば、それらしい名前で呼ばないと機嫌を損ねてしまいそうだし、だからといっ て、彼女と似たような体質の人間だった場合、魔性らしい名前で呼ぶのはよくないような気が するのだ。 こた こういう時、そばに一フウシャンがいてくれないのがなにより堪える。 年下の幼なじみは、どういうわけか敏感に出来ていて、直感がものを言う場面で、間違った 試しがないのだ。 う 1 ん、わからない : どんなに考えてもわからないのだ。仕方ない、と彼女は思った : : : いや、開き直った。 「好きに呼べってことは、別に無理やり名前考えろってことじゃないのよねっ」 人間か魔性かもわからないーーーもっとも、これまでこんな魔性にはお目にかかったこともな べんぎ いシェンツア・リーウエンだったのだがーーー相手に、便宜上の呼び名をつけるだなんて恐ろし まね い真似、彼女にはどうにもできなかった。 「じゃあ、あなた、とか、あんた、とか、お前、とか : ・ : 勝手に呼んでいいってことよね あんただとかお前だなんて、めったに呼ばないと思うけど ! 臨機応変に悟って反応してちょ うだい」 言い切って、 . そろそろと相手の反応を見てみると、黒髪の青年は、なんとも言えない顔で彼 女を見つめていた。
112 『まあ、 x x ったら ! そんなの当然のことでしよう ? x x は彼のこと、意識しだしたって ことよ。気になるのは恋のはじまり、ですもの。相手のことが気になって、相手のことが知り たくなって : : : 』 『でも、知りたいけど、知りたくないと思うこととかもあったりして : : : ? 』 『そうそう ! それは、だって当然だもの。誰だって自分より前に相手の心を占めてたひとの ことなんか、知りたくないけど、でも絶対気に掛かっちゃうし : : : ね』 などなど。 もし、ラエスリールが率先して、人とっきあうことを求めたとしたら、あり得たかもしれな い可能性は、過去仮定である以上、いくらだとて出てくるわけだが。 それがあくまで可能性に過ぎない以上、ラエスリールの認識も閉ざされたままだった。 なぜ、こんなに苦しいのか。 考えるのだが、一フェスリールにはわからない。だが、では彼がそばにいなければ、苦しくな いな くなるのかと問われれば、それもまた否だ。 そばにいなければ、苦しくてたまらないのに、そばにいても、苦しいのだ。 いったい、わたしはどうなってしまったんだ・ 疑問は尽きない。 かいむ だが、答えをくれる相手は皆目いない上に、くれそうな相手との接触も皆無とあっては、自
飛ばされ、部屋の壁に背中ごと叩きつけられた青年ーーー麻維だった。 ひどいありさまだった。 人間であれば即死していたに違いないほどに、麻維の肉体は破損していた。 それが、自分になんの意図もなかったとはいえ、シェンツア・リーウエンの声に応えたせい だと思うと、ラエスリールの胸は締めつけられた。 しこんようしゅ 麻維 : : : 紫紺の妖主の目に止まったがゆえに、自らの望みとは裏腹に、勝手に魔性の『作 品』とされてしまった青年。 そうであっても、恐らくは唯一の心の支えとしていたであろう妹の命までも、他の魔性に狙 われて : 代わりとなる人間を物色し、選んだ事実は認められない。現にそのために、シェンツア・リ ーウエンたちは死ぬほどの思いを味わった。 けれど、大切な : : : かけがえのない相手を救うために、手段さえ選べないーーー選ぶ余裕さえ ない思いはラエスリールにも理解できるのだ。 うれ のど 亜珠が、嬉しそうに喉を鳴らした。 旋 螺「では、元々わたしが目をつけていた獲物に関しては : : : 」 かいにゆう 時介人はないということですね、と。 闇主の性格上、どう答えるか、想像がつくだけに、ラエスリールは反射的に口を開いた。 まい
可笑しそうにロの端を歪める。 「いいのか ? おれがお前の名前を呼んだら、その瞬間にもお前を支配してしまうかもしれな ことだま いぞ ? 名前ってのは、最強の言霊だからな」 やはり、こいつは魔性なのではあるまいかーー声から感じる異様なまでの説得力に、シェン ツア・リーウエンはうーん、と考えこんでしまった。 : とにかく、お前呼ばわりだけはやめて」 「じゃあ、愛称でいいから。シェンでもリーでも : かたくな 頑までに言い張るシェンツア・リーウエンを相手に、青年は『折れてやる気』になったらし 軽く肩をすくめて、先程の質問を繰り返す。 「じゃあな、シェン。改めて聞くが、お前の体はどこにあるんだって ? 」 「どこにつて、ここに : : : って、え ? やつばり、これ夢なの ? 」 思わず目を落とし、自分の両手を見つめてしまったー・ー透けてはいないようだった。 青年が呆れたように言葉を重ねてくる。 「おれにとっての現実と、お前の夢が重なってる可能性については否定できんが、少なくとも 旋 螺このままじゃ、永遠に覚めない夢になるだろうよ。人間ってのは、体と魂が離れてる時間が長 時いと、どっちにとってもろくなことにはならんからな」 彼の言っていることはよくわからなかったが、少なくとも、以前のように夢に体ごと引きず い。 おか たましい
そんなことを、誰にも気取らせることなく、できる相手なのだ。 もしかしたら、いままでもずっと、こんな風に思いやられたことがあったのかもしれない、 とラエスリールは思った。 自分が気づけなかっただけで : : : 何度も。 「ああ、感謝する」 しごく 至極真面目に告げた言葉に、しかし相手は物騒なことを言い添えてきた。 『そう ? そう言ってもらえるとこっちも気が楽になるけど : : : あいつ、金の野郎にぞっこん かじよう でさあ、自信過剰なのと思いこみ激しいのとで、自分以外あの野郎にふさわしい相手がいるは ずないって思ってんだよな』 なにやらぞわぞわと、嫌な予感なるものが、背筋をつたってくるのを自覚しつつ、一フェスリ ールはまさか、と思いながら、連れの青年の性格を考えれば、いかにもありそうな可能性に気 くちもと づき、ひくりとロ許を引きつらせた。 「まさか : : : わたしが父上の娘だと : あ 神 事情を知りつつ、まさか敢えてそんな、こちらに不利になるような情報を、相手に洩らすは 紅 ずはなかろうと : : : 常識的なことを考え、自分を安心させたいと思ったラエスリールであった 期が、いかんせん連れは、一般常識から遠く隔たった場所に立っ性格の主であることを認めざる
「最近見つけたなかでは、かなりな掘り出し物だと思っているが ? 」 ということだ。 けっこう気に人っている 柘榴の妖主はここで、うーんとうなった。好き嫌いは別としても、つきあいの長い分、相手 の性格や対応は、簡単に読み取れてしまうのが、寿命の長い者同士の宿命というやつだ。 「そいつは困ったな : : : じゃあ、ひとっ取り引きと行こう」 「取り引き ? 」 ふふんと鼻で笑った藍絲は、しかし提示された条件に、どうやら心揺さぶられてくれたらし かった。 「待て。それはいつの時代のことだ」 げんち 言質を取ったのを幸いと、さっさと退場しようとした彼に、藍絲が問い掛ける。 「わかりきってちゃ面白くないだろう本気で惚れてるなら、相手の言動に気をつけるこっ た。少なくとも、うまくやりゃあ、ガキのひとりぐらいは生まれるはずだ : : : 少なくとも、お れが知ってる世界じゃな」 軽やかに手を振って、交渉を終えた青年は璃岩城を後にする。 じゅうめんしこん 残されたのは、渋面の紫紺の妖主だ。 「いかがいたしましよう : 相手が相手なだけに、伺いを立ててくる側近のひとりに、藍絲は苦笑まじりに「放ってお
110 最近では、声を聞いているだけでも : : : なんだか落ちつかない。 いや、わざわざ自分が嫌がるようなことばかり、相手が言うせいだ。 『よく無防備に眠れるもんだ』 A 」、カ 『寝言聞かれて、お前、平気なわけ ? 』 A 」、カ 『寝てるとすごく、無防備な顔になるんだな』 A 」、カ しっしん せりふ もう、耳にするだけで全身に湿疹が出そうな台詞を、いかにも悪趣味な遊びを楽しむように あの青年はロにしてくれるのだ。 意地でも相手の前では眠りたくなくなるではないか。 信じているから、眠っているのに それがまるで悪いことのように言われても、ラエスリールは困惑するばかりだ。まあ、もっ とも、ここ最近では、相手がそばにいることになんだか緊張して、眠るのも一苦労という状況 にはなっていたのだが。 いったいわたしにどうしろというんだ 複雑な出生に加え、決して長くはない、これまで歩いてきた人生において、あまりまっとう
玩具にして道具ーーそんなモノと会話を持とうなどと、考えるはずもない。 「そんなことのために : : : ? 」 とが なにを咎められているのか、いやそれ以上に、自分がなぜ責められなければならないのか理 いらだ 解できず、だが強い苛立ちを覚え、黄呀は叫んだ。 ちりあくた 「塵芥のことなんて知らないわよ ! 」 イライラした。 むかついた。 なぜ、自分がこんなにも消えてしまえと思っているのに、あの娘は平然とした顔で立ってい るのだろう ? 自分の力が及ばないという考えは、とても認められるものではなくて、だから黄呀はその原 因を別のところに求めた。 「柘榴の妖主の助力があると思って : : : いい気になってられるのも今のうちだけよ ! 」 叫びながら、左手をかざし、力をふるう ! 娘 いまの想いは、ただ相手の存在を消し去りたいーーーそれだけだ。 の 神 殺せばいいのだ。死ねばいいのだ ! 想いのたけをこめて、黄呀は相手を攻撃する。 だが、傷ついたのは相手ではなかった。
目で魔性とわかるような相手ばかりだった。 どうやら、認識を だから、魔性とはそういうものなのだと彼女は信じていたのだけれど 改めないといけないようだった。 魔性にも、ものすごい美形の種族と、わたしの知ってるような外見の種族があるのかしら 幸か不幸か、彼女は相手の力量を見抜く才には恵まれておらずーーーというか、人一倍鈍感と いうかーーまた、魔性に関する知識もほとんど持たなかった。おかげで、現在自分がどのよう な状況に置かれているのかもわからないというジレンマを抱えこむ羽目になったわけではある 、カ けれど、目の前に現れた美女が、非常に立腹しているのは、疎いシェンツア・リーウエンに もわかった。 このひとたち、もしかして仲が悪いんだろうか : 「落ちつけって : : : なにもお前の邪魔をするために、ここまで足を運んだわけじゃないんだか らよ」 しず 螺一応千禍は、相手の怒りを鎮める努力をする気はあるようだった。 はなは 時だが、美女の方に、和解の気があるかどうかは : : : 甚だ疑問である。 「そのような戯言、信じられるか ! その時々の気分次第で、建なぞ簡単に違えてみせるそ 0 、 0 うと