自分 - みる会図書館


検索対象: クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳
81件見つかりました。

1. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

かいまみ 昴は、横によいしよと腰を下ろした哲朗のとばけた顔を垣間見た。彼は、昴が兄と息吹の側 つら にいるのが辛くて家を出たことにまで気付いているのかも知れないと : 昴が家を飛び出したのは、父と父の敷いた料理の道から離れ、自分が本当にやりたいことを ひがね 見つけようと思ったからだ。それは間違いない。ただ、兄と息吹とのことが引き金になったの も事実だった。 『父さんに許してもらえるように、はやく一人前の料理人になるから』 『康ちゃんなら、今だって充分でしよ』 フ広い板張りの物干し台でそんな会話を交わし、やわらかくほほ笑んで肩を寄せ合う兄と息吹 シ の姿を目にしたのは、家を出る一年ほど前のこと。あの時、昴は息苦しいような胸の痛みを覚 才 天 え、彼女に対する自分の気持ちを悟ったのだった。 イ「 : ・哲、おまえ、ニョロランの事故のこと知ってる ? 」 ポ「まあね。うち、寺だし。いろんな話、入ってくるからさ」 グ 「じゃ、事故っていっ ? 」 ン キ 「去年の春。昴が家出て一カ月くらいたった頃じゃなかったかなあ。康ちゃんと一緒にいる 時、足滑らせて歩道橋から転げ落ちたんだってさ」 「けど、それにしても、兄貴、何でニョロランと一緒にいたんだ ? 知ってる ? 」

2. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

170 あわだ 昴は照れ臭い笑みをこばした。自分の内で何かぞくそくと粟立つものがより大きく、無数に 沸き立つような感覚を覚えながら : と、同時に、その正体がわかったような気がしたのだ。 自分の作った料理が彼女の笑顔を引き出すきっかけになったのだとしたら、そのなんとも言 しふく えない至福感は料理を作る喜びに直結し、それらすべてを引っくるめたところで素直に感動し ていたのだと : そして、さらに気づいてしまったのだった。 自分は決して料理を嫌ったのではないということに : 父に敷かれたレールに乗ることに反発していただけだということに : 一年も家 あんなに必死に捜していた道は自分の料理を作ることだったのだということに : 出をしていて気づかなかったのに、帰って来てほんの数日で皮肉だけれど : あずき 「ついでに、僕もシアワセ甘いもの、美味しいと思ったの初めてだし。これ、小豆とチョ ふか コが一緒に孵化したみたいな感じなんだよね。さらに、黒砂糖とバニラも一緒だと尚、シビレ させてくれるし。いやはや、この絶妙なアンサンプルって何なんでしよう ? ってか、料理の から 方も、あっちこっち指したペクトルがけつきよくはうまく絡まって同方向に向いちゃったみた ゅうごうたい いな・ : 。沖縄とバリの食文化の融合体つていうかさ。ま、とにかく、あんた、魔術師だわ」 ) うこっ 哲朗は恍惚の表情を大きく震わせて、 くさ

3. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

ちゅうばう 休日はもちろん、平日も学校から戻るとすぐに厨房へ。買い出しの日は、まだ暗いうち いちば に叩き起こされて市場へ。 そんな毎日だから、昴は友だちと遊んだり、いたずらをしたりという思い出がない。 がら 父と厨房にがんじ絡めにされて、なぜ自分には自由がないんだろう、なぜ ? なぜ ? と、 いつも感じていた。料理は自分の意志でも何でもないのに : それをぶつけてみても、父から返ってくるのは、『つべこべ言うな』の一言。 からだ だから、日々、父にひどい雷を落とされながら、料理の基礎を頭と身体に叩き込み、ついに ソーシェを任されるようになっても、その " なぜ ? 〃が消えるはずもなかった。 父から自由になりたい。 自由になって、自分が本当にやりたいことを見つけたい。 それはきっと料理じゃないはずだ。 その思いが強まるほど父への反発も募り、料理をやめたいと何度も訴えては、その度にあの よこつら 巨体で横っ面を張り倒された。 そうこうしている内に、体内で様々な思いがマグマのようにフッフッと沸き上がってきて、 ついに爆発寸前になった。だから、家を出た。 「けど、料理、やめてなかったんだ ? 」 哲朗がいきなりピーナツツを投げて、昴の頬に命中させて歩き出した。ちなみに彼はいつも っ ) 0 つの ほお

4. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

らえるレストランを捜し回り、やっとのことで、わずかなバイト料と引き換えにその条件をの んでくれる小さなビストロを見つけたのだ。 むじゅんあき そこまでする自分の中の矛盾に呆れながら、きつばりと捨てたはずのフランス料理のコンク せいきゅう ールに出場したのは、他にまとまった旅費を性急に手に入れる方法がなかったからだ。 ごまか が、この際、手段は選ばない。少しでもはやく自分の道を見つけるためだ。と、心を誤魔化 しよせん してみても、所詮、自分には料理以外は何もないと思い知らされるだけだった。 まぎ お十ナこ、ヾ 丿リ正統派フランス料理のコンクールで作ったのは、紛れもなく父の料理。 それで、優勝したのだ。プライドもへったくれもあったもんじゃない。 フ 今、息吹の手の中にあるそのトロフィーは、昴の言動不一致を示す動かぬ証拠なのだ。 工 シ 「 : : : 笑っていいよ」 才 天 昴は覚悟を決めて、顔を上げた。その手に握ったパセリがポキッと音を立てる。 イ「ん ? なにを笑うの ? 」 かし ポ息吹はきよとんと首を傾げ、 グ ン 「めちゃくちやスゴイじゃない学横浜のコンクールで優勝なんてなかなかできないんだか ッら」 ク と、まくし立てながら駆け寄って来てサッと両手を差し出すと、小さなトロフィーと弟の手 を一緒に包み込んで、「ほんとスゴイね。おめでとう」と、何回も上下させた。昴に上げた顔

5. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

だから、鴨志田先生の申し出があってからずっと考えてはいた。 いや、それより前から : おととい 一昨日のディナーで雛の最後の皿が戻って来た時から、考え始めていたのを認めざるを得な 父のメニューとは言え、自分が作った料理がそっくりそのままの状態で戻されるたびに、 ごまか くすぶ " 今度こそ。と燃えてしまった気持ちは誤魔化しようもなく、それは心の中でずっと燻り続け ていたのだ。 いらだ 料理が嫌でたまらなかったはずの自分が、そんな気持ちを抱いたことに戸惑いや苛立ちを感 じたし、打ち消そうともしていたけれど、事実はそうだった。 フ鴨志田先生の話を聞いてから考えたメニューは、それ以前にあれこれイメージしたものとは おまるで違うものになっていたのだけど : 天 「だけど、やつば、ダメだと思うよ」 イ 昴は洗い場に立って、おおまかに考えた料理を頭の中に呼び起こした。 ポ「どうして ? 」 おやじ グ ン 「 : ・親父の料理の中から、選んだんじゃないから」 キ ク 息吹の気配が静止する。 「急吹は、それじやダメなんだろう ? 」

6. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

昴はたまらなくなって、思わず、ロを開いた。 「・ : たしかに占いはしてもらってたみたいですけど、娘さん、やつばり最後には、自分で決め たんじゃないかって思います」 「黙れ ! おまえに何がわかる春菜はそのインチキ占い師にウィーンへ行けと言われたん だ。じゃなかったら、娘はあんなことにはならなかったんだ ! 」 ぞうお 遊佐の憎悪の目が、今度は昴に突き刺さる。 がん 「すいません、俺、出過ぎました。ただ、彼女のバイオリンがすごいから。自分を頑って持っ てなかったら、ここまでにならないんじゃないかって思ったんです。それから : ・」 昴はビデオの中の春菜に視線を向けて見せ、それから、雛へと移した。 「占ったのは、あの娘じゃないです」 「 : ・嘘だ ! 」 遊佐はそう言いながらも、雛に向けた視線をぐらりと揺るがす。 いぜん 小さな占い師は依然、彼を優しく見つめながらおもむろに立ち上がると、その薄茶の瞳をゆ はちう いちじゅん つくりと、室内の至る所に置かれたハープの鉢植えに一巡させた。 「 : ・このハープたち、春菜さんが育ててたんですよね ? 」 遊佐は何かに打たれたように身を硬くして、その視線をビデオの中の春菜に留める。 うそ

7. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

たら楽しくてさ。で、作ってる間、ちくしょーこれ絶対、仙川さんに食ってもらいてーって思 ・ : だから、なんだ、あれだよ、サンキ ってたんだよね。自分でもよくわからないんだけどさ。 ュウって言いたかったんだ。それだけ」 と、言い終えた時、昴は隣の息吹がもらした細く寂しげなため息を聞いた。 ん」と、張り子の虎の そのため息の意味を考えるもなく、反対側では、哲朗が「ふ ように首を上下に振りながら、ニマ ~ ッと横を向く。 「なるほど。そうだったんだ ? 」 「な、なんだよ」 昴は自分が知らぬ間に熱く語っていたことに気づいて急に極まり悪くなり、哲朗の首を抱え 込んで「この、この」と、見せかけパンチを連打した。照れ隠しに外ならない。 「昴、哲ちゃん ! 雛さんが : ・」 息吹に腕をつかまれて昴が顔を上げると、雛がゆっくりと三人に向き直ったところだった。 「 : : : 食べられなくてもいいですか ? 」 それは、とにもかくにもトレーラーハウスには来てくれるということだろうかと、三人は顔 を見合わせる。 「もちろん。食べてもらえたら嬉しいけど。でも、来てくれるだけでも大歓迎よ」 うれ とら

8. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

昴は言葉を詰まらせてしまう。 「 : ・再建なんて、できないって思ってる ? 」 : って言うか : ・」 大好きだった父の店を復活させたいという息吹の気持ちはわかるけど、だからといって、彼 女をこの状況下に置いてはおけないと思うのだ。 トレーラーハウスに住んで、学校もやめて、自分で仕事をして : ・。そんな今の生活は、何の 不自由もなくあり余る愛情の中で育ってきた息吹のこれまでとは掛け離れ過ぎている。幸せな ・も、ど 星の下に生まれた彼女は、ずっとそのままでいなければいけなかったのだ。こんな苦労をして はいけないのだ。 だからと言って、今の昴は彼女に元の生活を取り戻してあげられるだけの力をとうてい持た ず、それは自分が一番良く知っている。でも、せめて、むかしの家の息吹の部屋が再現できる くらいの部屋を借り、学校に戻してあげるくらいのことはしたかった。 そのためには、工事現場の掛け持ちでも何でもする。 旅の途中、何度かホストをやらないかと声を掛けられたことがあったけど、どんなにお金に 困ってはいても、それはやりたくなかったし、できないと思うし、やらなかった。でも、今は できる。 息吹がレストラン三鷹を再建したいと言うのなら、なんとしてでもその資金を貯めて、いっ

9. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

( ここは任せる ) 昴は料理の手を動かしつつ、チラリと息吹に目で告げた。息吹がスミレに料理を教えろと言 うのなら、そうもする。料理を〃する〃んじゃない、飽くまで料理を " 教える〃だけだと少し ごまか 自分を誤魔化すくらいはこの際仕方ないだろう。おそらく息吹はうまく断ってくれるだろうけ れど : ・ が、息吹は ( わか 0 た ) という視線を昴こ ' かせた後、スミレにに 0 こりと声を掛けた。 はけん 「ご予約をいただけましたら、シェフは派遣できます」 「・ : ですって。彼を派遣してもらってもいいでしよう ? 」 りレっし・よう・ スミレは母親を振り返り、彼女から了承を取ると、 「じゃあ、今度、予約取りますね学」 と、昴に向き直った。万人に受け入れられると信じて疑わないような大きな笑みを浮かべ て。 「どうも」 昴は薄く引き締まった唇をニカッと吊り上げた。これが精一杯のスマイル。息吹をできる限 ちか りサポートしようと自分に誓っておきながら、彼女が弟の気持ちを察して断ってくれるだろう などと思ったのは能天気も良いところ。仕事はそんなに甘くないのだ。 「そんなこと言わないで。ちゃんと食べないと、そのうち倒れちゃうぞ。ね ? 」

10. クッキング・ボーイ! : 天才シェフは16歳

、ういて見せた。 「美都 ! 黙りなさい , それ以上、何も言うな ! 」 けっそう どな 芳賀氏が血相を変えて、怒鳴り声を飛ばす。 「あなた、ここまで来てまだそんなことを・ : 。雛ちゃんがどうなってもいいんですか」 「 : ・だけどなあ ! 」 「スミレちゃんに偽占いさせてたのがバレちゃうって ? でも、僕ら、もうわかっちゃったし さ。観念しちゃいなよ」 すく 哲朗がうんざり気味に肩を竦めて見せると、おばさんは思い詰めたように目を伏せた。 きようかっ 「そうじゃないの。この人、占いのお客様に恐喝まがいのことをしてたんです」 占いをみてもらいに来る人は、自分の秘密を話すことにもなる。芳賀氏は、それをネタにゆ すりなどしていたのかも知れない。 「おまえ・ : ? 」 がくぜん 芳賀氏が枕の中から、愕然とした目をおばさんに向ける。 「ええ、気づいてました。気のせいだって、自分を納得させていたんです。あなたがそんなこ ごまか とまでしてるなんて思いたくなくて・ : 。でも、もう誤魔化しきれません。雛ちゃんの命に関わ ることかも知れないんですから。それに、スミレにももうあんなことはさせたくないんです」 ふぎ おばさんは夫にきつばりと言い放ち、三人に向き直った。すっかり踏ん切りを付けたかのよ