来たくて来たガッコーしゃない。クラスメイトもくだらなかったが、授業もいいかげんでく だらなかった。さらにくだらないのがこの海賊とかい、フィベントだ。 どうして自分がこんなイベントに付き合わされて、こんな目にあわなきゃならない ? 理久は、ばかばかしくてやっていられないと思った。 何もかもがおおげさで低俗で、本気になるのもあほらしかった。 パイレ 1 ツ・ディ 海賊の日。 そして、花姫。 とうてい あの夜、レキから聞いたそのふたつについての説明は、理久には到底なじめない話だった。 ′イレーツ・ディ 『毎月一回、満月の夜がオレたちの海賊の日だ。この日オレたちは互いの花姫を争って戦う。 ドール 相手校の花姫を奪えば、次の月の道場と体育館と音楽室の使用率が上がるんだ』 物レキはいきいきしたあの薄い色の瞳で理久を見つめて、そう言った。 おうか 『菜の花東と桜花学院が川はさんで隣どうしに建ってるのは知ってるだろ ? 桜花学院の校長 校と菜の花東の校長って兄弟なんだよな。んで、仲ちょー悪いの。べつに桜花学院なんて金持ち 男なんだからさ、道場も体育館も自分とこで建てりやいーんだけど、なんでも親父から譲られた 寮道場と体育館と音楽室にしてるホールってのが、由緒正しくて、すげえ価値のあるやつらしく てさ。どっちも自分のもんだって主張して譲んなかったらしんだな。それがそもそもの始まり でさ』 ドール ゆいしょ ドール
183 全寮制男子校物語 ! 【初恋篇】 ど、フしたらいいかわからない。 この自分が、あんなせりふを吐く日が来るなんて考えたこともなかった。 ( サイテーだ、俺・ : ! ) 何かが理久の内で崩れてゆく 自分の内にはまだ目覚めない何かが重たくしこりのように凝っていて、それは今の自分のカ では端っこを溶かすことさえできないでいるのだった。 理久は深く体を折って、胸の前で両手を組んだ。それが祈りのしぐさに似ていることは気づ かなかった。 なか こ′」
180 「なんでこんなことをしたんだ」 あきひさ 次の日、遅い時間に目覚めた理久の開口一番がそれだった。 窓からは雨上がりの初夏の太陽が射しこみ、生成の布団カバーの上に窓枠の影を波打たせて いる。理久はその布団カバーを、握りしめた手の中でくしやくしやにした。 「信じられない」 「央かったろ ? 」 なかじよう 中条。 陽の光を浴びた中条は、夜のことがすべて嘘だったかのような顔をしている。 だがその薄い色のくちびるから飛び出した言葉は鮮烈で、理久を動揺させた。 ( 快かった ? そうだ、記憶えている。 # 0 ーっム
198 なんか。 夜風を切って、月光の下を駆け抜けてゆきながら、なんか、と理久は思う。 ( なんか俺、楽しいかも ) 初めて好きになった人にはてんで相手にされす、初めて寝た人とは絶交状態で、今や敵から も味方からも追い回されて八方ふさがりな状況で、なんでこんなことを思うのか、さつばりわ からなかったが。 ( うん。楽しいな ! ) ジャンプ。着地。ダッシュ。 ドキドキする。すごく怖かったりもする。次に何が起こるかわからないからだ。 「いやっす」 理久は鮮やかに身をひるがえし、直後、寮の中は大騒ぎになった。 「花姫が逃げたぞ ! 探せ ! 早く見つけ出して保護するんだ ! 」 ド 1 ル # 0 0 4 あきひさ
220 「和士、あんたしゃなきやダメだ。ダメだよ、和士。だってオレあんたが」 好きなんだ。レキがそうロにするより早く、和士はレキの体を抱きしめていた。 「あっ、うつ」 むさぼ 差し伸べていた両腕を引きすりあげられ、くちびるを貪られる。 永遠よりも長いキスが始まってしまった。 もう後戻りはできない。 どちらもがそれを感していた。危険で無謀で今にも負けそうな賭けだ。 和士にとってはさらに破滅的で不条理な選択だった。なのにその誘惑に翻弄されていた。 なぜこんなふうになってしまうのか わからない。 何もかもわからないまま、渦の中に巻きこまれる。 なぜ彼でなければだめだと思ってしまうのか。 長い沈黙の時間が始まる 愛も苦しみもそして愛のための憎しみも 永遠の果てへと向かう 一七歳の僕らの果てへ ほんろう
そうしてふたりで中庭を走り抜けて、大急ぎで寮へ戻ろうとする。 消灯時間を過ぎ、中の明かりを落とした菜の花東のオンポロ寮は、外から見るとまさにお化 け屋敷といった風情だ。 中条も同しように思ったらしく、寮の前まで来ると、両手を広げて大仰に言った。 「おおーオカルトー」 「よせよ」 「お、なによなによ。夏目、ユーレイ苦手 ? 恋 やたらうれしそうに中条が理久の顔をのぞきこんでくる。 「べつに」 語 物ここで苦手だなどと認めたら、この先どんな目にあわされるかわからない気がする。 子理久はきつばり否定し、ことさら興味のないふりをしてスタスタ進んだ。 贐「夏目夏目、ムリすんなって。ちゃあんといっしょに行ってやるからさ」 全追いついてきた中条がふざけて理久の腕に自分の腕をからめる。 か、すぐにパッと離した。
なつめあきひさ 夏目理久が一カ月半遅れで菜の花東高校に入学して七日目。 ガッコーは、サイテーだった。 なにしろドがつく田舎の貧乏学校だ。学力もバラバラなら生徒もバラバラ。 ただでさえサイテーなのに、そのガッコーの人間と生活場面すべてにおいて顔をつきあわせ なければならないのは、もっとサイテーだった。 そうくっ あのときあっさり死んでいれば、こんな海賊どもの巣窟に巻きこまれなくても済んだのに、 と理久はすでに何回思ったことだろう ? そう、サイテー。だけど。 「おいつ、そのスケートボード 目の端に飛びこんだポードの色に、理久はすばやく反応する。赤に黒のライン入り。間違い ない。放課後の楽しみを止めさせられたクラスメイトが、思いきり不機嫌な顔を向けてきた。 # 0 0 ′ 4 なはなひがし
( 姉ちゃん、ごめん。俺がいなくなってもさみしいって思うなよな ) かなり無茶なことを言っているのだが、理久は気づかない。理久は自分こそが自分を消して しまいたくなるくらいサミシイのだということに気ついていない。ひとりばっち。 理久は使い古したスケートボードを持ち上げ、川に放り投げた。 たましい 理久の耳には何も聞こえなかった。魂に何も響かないからだ。満月の光の下に息づく多くの こ′」う 生き物の鼓動を感じることができなかった。終わりだ。これが終わりなんだ。 らんかん 理久は欄干から身を乗り出し、そのまま鉄棒の要領でくるりと体を回して終わりにしようと した。 無音。 人はます聴覚から死んでゆく。一切が無へと近づいていた。 かずし 「和士、これ以上深追いするのはどうかと思うよ。きみは自分の立場を認識すべきだ」 ビオラの調べのように甘い声だった。この男の声はいつもこんなふうだ。
「中条 ! おいつ、大丈夫か ! 」 理久はあわてて中条のそばにひざをつく と、中条にパッと顔を向けられ、間近で視線がぶつかった。どきんと胸が鳴る。 「な、なかしょ : 「オレ、国府田にはなんも言ってねーぜ」 「え ? 「こんなハナシ、フツー誰にもしねーよ 中条の瞳が理久をまさぐるように見つめた。 妖精の瞳だ。 満月の光を浴びて魔力を倍増させている。 理久の手が自然に伸びて、中条の前髪をかきあげた。中条は黙って理久のしたいようにさせ 校ている。やがて夜空を見上げながら、中条が口を開いた。 男「あの人が、一番長くオレといたな」 寮「さっきの人のこと ? 「ああ。絵の描き方もあの人に教えてもらった」 「うん、レキ先輩から聞いたよ。中条って絵を描くやつだったんだな。俺、知らなかった」 こう物た
相手はレキの横を素通りしてゆき、言葉も交わさないままに、キセキの時間はあっさりレキ の前から過ぎ去っていってしまった。 「知り合いっすか ? かす 背後から、けげんな様子で訊いてきたのは理久だ。レキは微かに首を横に振った。 「 : : : し、知んね」 「れつ、レキ先輩 ? 理久が驚きのあまり、ひっくり返ったような声を出す。泣くのはやめようと思ったが、レキ には自分ではどうすることもできなかった。 ( なんでムシすんの ) 篇 ぐしっと二の腕で涙を拭いて、レキは言った。 恋 「わり。こんなんすぐ引っこむから」 「レキ先輩 : ・」 語 校どうしていいかわからない感じで見下ろされているのがわかる。でもごめんリク、オレ、今 男、も、フダメ。しにそ、フ。 寮ふわっ。 全 理久の手が頭の上に降りてきた。くしやくしゃ撫でてくれる。