「ですが、彼らはキャッスル曹長の失踪を不審に思ってここまで来たのですよ。実際、彼女に 関しては不自然なことが多すぎますもの」 オブライエンは肩をすくめてみせた。 「私に言われましてもね」 しかしグッドリーはロを閉さそうとはしなかった。これだけは譲れない、といわんばかりに けわ 身を乗り出し、険しい顔で続ける。 「ええ、本部もそのように言っておりました。しかし閣下はそちらのほうでも大きな力を すが みち お持ちだと伺っております。もうオブライエン閣下にお縋りするしか途がないのです。しかも ぐんそ、つじゅ、つさっ ェイゼン軍曹は銃殺と聞きました。ことは一刻を争います、どうかお聞き届けください」 ぎしっそ、つ 彼女の必死の形相を痛ましげに見やり、オブライエンは首を振った。 「そうしたくても、できませんな。手遅れです」 「手遅れ」 グッドリ ーの顔から血の気がひく。 「つい先ほど、連絡が入りましてね。 = イゼン軍曹の銃殺刑は、すでに征されたそうです。 グッドリ ーは声にならない叫びをあげ、両手でロを覆った。 「集団脱走の罪は重い。それにあなたは、彼らがキャッスル曹長の失踪に不審を抱いてここま はか でやって来たとおっしやるが、逆に、もともと彼らと曹長は共に脱走を図り、アクラで落ち合 そうちさっしっそ、つふしん おお かっか
ないの」 キャッスルもまた、つとめて淡々とした口調で言った。 「どうせこの家の中にあるんだ。すぐに探し出せる」 「探す必要はない」 ふいに扉の向こうで声があがり、キャッスルはぎよっとして目を向ける。 そのとき視界の端で、ラファエルの瞳がきらりと光ったような気がした。直後、いきなり扉 はで くだ が派手な音をたてて粉々に砕ける。 目を見開いたキャッスルは、砕けた破片が廊下の壁にたたきつけられるのを見た。動きが収 みはか まるのを見計らって、陰からマックスが姿を現す。 「芸がないな。たまには違う攻撃でもしかけてみたらどうだ」 どきひらめ ラファエルの双眸に再び怒気が閃いた。 途端、部屋の中に置かれた椅子やランプが浮かび上り、一斉にマックスに襲いかかる。 「危ないー キャッスルは無意識のうちに声をあげた。 しかしマックスは眉一本動かさず、腕で椅子を払い、ランプをたたき割った。その様を、キ ャッスルは呆然と見ていた。 そうぼう いっせい
けいやくか 地球政府軍参謀次長クリストファ 1 ・オブライ丁ン少将が、かって娘の護衛として契約を交 わしたアレクサンドル・エイゼン刑死の報を受けたのは、参謀本部から自宅へと帰る車の中だ したし 「遺体は ? 電話ロのむこうは、モアズ大尉である。 けんたい 『生前に献体の同音冖にサインしていたそうで、処刑後すぐに研究所のほうから引き取りにき たそうです』 淡々とした調子を装う声の中には、隠しきれぬ不満の色があった。 オブライエンは苦笑した。 おが 「その様子では、死に顔が拝めなかったようだな。あれだけ楽しみにしていたのに」 しつこう 『・ : 刑の執行時間までは私にはどうにもなりません。それでも交替の時間になってすぐに車を 飛ばして帰ってきたのですが : : : 』 ニ死者は語る さんぼう よそお たしし ほ、つ しようしレっ ごえい
232 ちに、戻ったほうがいい」 「そりゃあ、街から抜けるぐらい、どうってことはないですが : ・ : ・曹長、俺たちはどうしても 曹長と一緒に行っちゃいけないんですか」 「さっきも言ったでしよ、あんたたちは来ても無駄なのよ。だから、ここで別れたほうがいい の。ここを突破するのは、危険だし」 「危険でもかまいません」 その声の厳しさに驚いて、キャッスルは声の主を見た。視線の先にいるのは、黒い瞳に厳し い表情を宿したシドーだった。 「馬鹿言わないでよシドー 。あんたの気持ちはわかるけど、あんたが来てもどうしようもない のよ」 「どうしてですか。その気になれば、に忍び込む方法なんていくらでもある」 「ないわよ。このへんの海走っている船とはわけが違うのよ ? それに、ありえないことだけ ど、万が一艦に乗れたとしても、火星に着いてどうするの ? 地球とは違うのよ。すぐに捕ま おり って追い返されるか、一生檻の中よ」 「このまま残されるぐらいなら、そのほうがましですー つの 言い募るシドーに、キャッスルは舌打ちし、右手をふりあげた。 容赦ない平手打ちが、彼の頬を襲う。よろめいたシドーを、クルゼルが慌てて支える。 ほお
かくり 「私に言われても困る。薬の量はこれ以上増やせぬところまできている。あとは、隔離しかな 。離れるのは気がすすまんが、仕方がないだろうー 「それじゃ、どこ行けって言うのよ。まったく影響をほさない距離となると、海は越えなき ゃならないわ。それに私たち二人が出たところで、この街には他にも同種はいるはずよ」 「とりあえず、街は出る。北にアブリルたちがいるだろう、もう話はつけてある。たとえわず かな距離だとしても、同じ家の中にいるよりはアロイスにとってはましだろう」 「馬鹿みたい : とうせ船に乗ったら同じことじゃない」 「それはそうだが、近くにいる時間が少ないことに越したことはないだろう。宇宙港を出る前 に暴走されては元も子もない」 そこでようやくマックスはー 74 から目をそらし、はじめて存在に気づいたとでもいうよ うにキャッスルを見下ろした。 「聞いた通りだ。おまえにも、来てもらう」 高圧的な物言いにいいかげん慣れていたキャッスルだったが、この時は気分を害した。とに かく、人に命令されるというのは、気にくわない。 「なんで私まで」 「私たちが離れている間に、もしものことがあっては困る」 再びサリエルが現れるようなことがあったらーーマックスは、暗にそう告げているのだ。 、こうあっ ぼうそう
それがキャッスルの努力の結果かどうかはわからない。おそらく違うだろう、とキャッスル は思っている。 サリエルにどこまでの能力があるのかわからないが、自分の存在を決して気取られぬよう、 読心能力をもっー 74 に有効な力を、あらかじめふるっていたとしか思えない。 とは言うものの、何度か顔をあわせるうちに、ー 74 の方もキャッスルの奇妙な変化に気 づいたらしい 「あなた、おかしいわー とが ー 74 はふいに顔をしかめ、咎めるように言った。 「おかしい ? 」 「何か、邪魔をするものがあるわ。そんなもの、今までなかったのに。何があったの ? こ 「わけわかんないこと言うャッね。何が何を邪魔するのよ」 さいく 「思考の一部がどうしても読めないのよ。誰かに細工されたわね ? ー 「馬鹿じゃないの。そう全部読まれてたまるもんですか」 「わかったわ。マックスね ? あいつが何かしたんでしよう その声には、いらだたしげな響きがあった。 「何もされちゃいないわよ。だいたいあいつには、いわゆる特殊能力がほとんどないって、あ んたも前に言ってたでしよ」
するの。半身がいなければ、自分も潰えてしまうから」 ゆが キャッスルは何も答えなかったが、相手は心の内を読み取って、唇を歪めた。 「歪んでいる ? そうね、あなたたちから見ればね。でもこれは、私たちの本能なの。そのよ うに生まれついたのよ。どんなに見た目は似ていても、私たちはあなたと違う生き物なの」 「だから ? 私がラファエルの側にいるのは間違いだとでも言いたいの。私がラファエルを好 きだというのは、思い上がりだとでも ? あ・ら キャッスルはとうとう声を荒らげた。 違う生き物。だから、わかりあえない。先日マックスも同じことを言った。あのときは妙な 迫力に押されて何も言い返せなかったが、腹が立たなかったわけではない。 「あんたたち、どうあっても私とラファエルを、同じ″人間〃だとは認めたくないようね。人 かぎ むじゅん のことラファエルを引き留める鍵だとか言っておいて、ずいぶんと矛盾してんじゃない ? 」 ヘイゼルの瞳が、ー 74 とマックスを交互に見つめる。女のほうはわずかにたじろぐ様子 を見せたが、マックスは全くの無表情だった。 の れ「だいたいあんたたちは、人とユーベルメンシュの違いばっかり強調してくれるけど、結局は あんたたちだ 0 て人間でしょ ? 共通点には目を 0 て、自分たちは他とは違うと主張し続け るなんて、・ハカみたい。子供じみてるわよ」
たず りふじん なんとしても彼に一目会 い、この理不尽な逮捕についていろいろと尋ねてみたかった。そし て、決して死なないでと告げたかった。 ) とうめい 今回の事件の処理については、あまりにも不透明なところが多すぎる。よもやロ封じに、獄 死と見せかけてシドーたちまで命を落とすようなことがあったらーーーそう思うと、いてもたっ てもいられなかった。 グッドリーは面会がかなうまで通い続け、またシドーたちの刑期が明けて、彼らの姿をぶじ たいさ みとど 見届けるまでは、地球にとどまるつもりだった。スクリ・ハ大佐はあきれていたが、彼女の微妙 ーの申し出を受け入れた。 な立場とかたい決意を知っていたのだろう、すんなりとグッドリ 「まあ、君の気持ちもわからないではないが : : : 規則は変えられない。それにもう対外事務の 時間はとっくに過ぎている。私も当直という役柄、君の話を聞いているばかりというわけには いかない。そろそろ解放してくれないか」 ーは時計を見た。たしかに、もうだいぶ夜も更けてい 迷惑そうなモアズの一一 = ロ葉に、グッドリ る。 の彼女が今日ここを訪れたのは、夕方だった。はじめは別の人間が彼女の相手をしていたが、 れ夜になると、かわりにこのモアズが面倒くさそうな顔でやってきたのだ。 グッドリ ーはため息をつき、椅子から立ち上がった。 うかが 「では、今日はこれで。ですが毎日、伺わせていただきます」
186 「 : ・何が誰もいないよん、だ。その声、アレクサンドルだな』 「げつ」 けげん 途端に顔をしかめたエイゼンを、キャッスルたちが怪訝そうに見やる。ェイゼンはさりげな く後ろを向き、声を落として言った。 ぼうじゅ 「驚かせないでくださいよ。だいたい、 これってやばいんじゃないんですか。傍受とかされた らどうすんですー 『今は街中が混乱しているからそんな心配はない。それよりもシュレンドルフを出せ』 「今、手術中なんですよ」 『手術中 ? 』 「そうなんです、背中がぐ 0 ちゃんぐ 0 ちゃんで、肉が抉れて背骨丸見えだし、骨はみだし てるし、神経痛んでるし、見るとメシ食えなくなりそうな傷でして」 ェイゼンの説明に、キャッスルたちはいやそうな顔をした。オブライエンも、いやだったら しい。不機嫌な声が返ってくる。 『誰もリアルに説明しろとは言っていない。とにかくやつを出せ』 「だから、手術ーー ェイゼンの声は途中で途切れた。ふいに横から手が伸びて、通信機を取り上げたからだ。 見ると、包帯をまきつけた肩の上にシャツを羽織ったマックスが立っている。
途端、 g-@ー 74 の形相が変わった。 「あなたなんかに、私たちの痛みがわかるものですか ! キャッスルは鼻を鳴らす。 「わからないわよ、あたりまえじゃない。そもそもあんたが先に、私にはユーベルメンシュの ことなど理解でぎないって言ったんでしよ。でも言っとくけどね、人間同士だって理解できな いことのほうが多いのよ。そのへんはわかってんの ? こ 「それとこれとは違うわ」 「そう思ってんのはあんただけじゃ 「やめろ」 低い声が、白熱しかけた一一人の議論を遮った。 「場所をわきまえるぐらいの配慮はないのかー 冷ややかな口調に、キャッスルの頭は一気に冷えた。眠るラファエルの姿を横目に捕らえ、 我が身を恥じる。 「・ : : ・悪かったわ」 くや キャッスルは素直に謝ったが、ー 74 は悔しそうに顔を歪め、足音も高く部屋から出て行 ってしまった。 「すまない。あれもいろいろとあるのでな」 ぎトっそ、つ あやま ーしり・し