「仕事をするにあたって、不安でなかったことなど一度もありませんよ」 ぶつきら・ほうなキャッスルの返答に、ゲヴァラは苦笑した。 「なるほど。 そういえば曹長、私は一度きいてみたかったのだが」 キャッスルは無然としたまま目で先を促した。 「君とエイゼン軍曹は、なぜ常に二人一緒で移動しているのだ ? 」 その質問があまりにも予想外のものだったので、キャッスルは。ほかんとしてゲヴァラを見 「は ? 」 「基地間、あるいは部隊がかわっても、君たちは常に同じ場所にいるのだろう。常識で考える と / 、しゆけいやく といささか不自然だな。入隊時に、何かそのように特殊な契約でもしているのかね ? ー キャッスルはまじまじとゲヴァラを見つめた後、ふきだした。 「まさか。そんなことできるはずがありません。それに私とエイゼンでは、訓練地が違いま ぐうぜん 「では、ただの偶然か ? 妙だな」 納得できぬというように、ゲヴァラは首を傾げた。 嘘「そうですか ? でも、以前私の分隊にいた兵士たちも、パナマ基地にいた時から一緒にいた そうですが : うなが
そうちしフ 「曹長 ? どうかしたかね ? 」 ゲヴァラの声に、キャッスルははっと我に返る。 たしし うかが 「ーーー大尉、ひとつお伺いしていいですか」 「なんだ ? こ ちあん 「地球政府軍の上層部の人間がーー たかだか治安部隊の一兵士の人事に介入できるものなので すか ? 将校を、というならばともかく にぎ どうこう 「その基地の人事を握っている者を買収すれば、可能だろう。たしかに面倒だが、兵士の動向 など誰も気にしないから、ばれることもほとんどない。そういう意味では将校の場合よりはる かに楽なのではないカカ 、よ。ーーやはり、なにか心当たりが ? 」 そくざ キャッスルは即座に首を振った。しかしその青ざめた顔を見れば、彼女が何かを知っている いちもくりよっぜん ことは一目瞭然だった。ゲヴァラはさらに探りを入れようとしたが、キャッスルの厳しい声に さ一 遮られてしまう。 「そろそろ失礼させていただいてもよろしいですか。計画の細かい部分は、ほかの者の意見も 聞かなければなりませんし、とりあえず大尉と私ですべきことは済んだと思いますが」 そう言われてしまえば、ゲヴァラとしてもこれ以上キャッスルをひきとめておくわけにはい かない。部下にこのような物言いをされて怒る上官もいるだろうが、とりあえずゲヴァラは今 じよっそ、つぶ さぐ めんどう
ししことですよ」 「大尉も言うようになりましたね。、、 キャッスルがにやりと笑うと、ゲヴァラもまた苦笑した。 「君に誉めてもらえるようになれば、私もたいしたものだな」 そう言って、ゲヴァラは再び真面目な表情に戻った。 「さて、話を戻すことにしよう。ほとんどの将校が戦死、あるいはレジスタンスに処刑された ことから見て、この地下壕、および抜け道は使用されなかったと見ていいと思う」 「なるほど。で、道はどこに通じているんですか ? 「ここだ」 ゲヴァラは地図の一点を指し示した。コタキナ。ハルの東方、直線距離で見れば約十キロとい ったところか。 「基地背後の森の中に出るわけですね。地下道の距離は ? 」 「九・六キロと聞いている」 「中の状態は ? 「高さは百八十、幅はちょうど百だったかな」 えんえん へいしよき、っふししっ 嘘「それが十キロも延々と続くんですか。閉所恐怖症になりそうですねえ」 キャッスルはため息をついた。 ね」
かく・」 「だから、大佐は覚悟を決められたのだろう」 しゅび 「そうですね、首尾よくこの基地から逃げ出せたとしても、どうせ南部の正規部隊基地に助け せんきさってき を求めるわけにもいきませんでしたからね。戦況的に見て」 キャッスルの白けた口調に、ゲヴァラは気分を害したようだった。 しんじよう 「心情の問題だよ、キャッスル曹長。兵士だけを危険にさらして、自分だけ逃げおおせるな ど、大佐には考えもっかなかったのだと思う」 じゅん 「で、司令部に詰めていた他の将校もそのご立派な主義に殉じたってわけですか ? 」 けわ ゲヴァラの顔が険しくなる。 「曹長」 キャッスルは肩をすくめ、苦笑した。 「失礼しました。私もいちおう、これで感動してるんですよ。いささか軍事ロマンチシズムに うつぶん 毒されているような気もしますけどね。でも私たちは将校の悪口を言うことで日頃の鬱憤を晴 らしてきたような人間ですから、たまにまともなことをされると、どうしていいのかわからな いんですよー 彼女の口調にいくぶん照れがまじっていることを認め、ゲヴァラは怒りをおさめることにし 「ーーふむ。ま、君たちのヘソが真横についていることぐらいは、私もよく承知しているが
見えてくる。 「ーーま、まあとにかくだ」 ゲヴァラは彼女の尸し冫。 爿、こまあえて答えず、軽く払いをする。 「やっとポルネオを脱出したばかりの君たちには悪いが、もう一働きしてもらわねばならなく なった。しかもこれは、かなり困難な任務である。が、もし成功すれば、まちがいなく特別功 ろ、つししっ 労賞ものだ」 くんしっ 「勲章ねえ」 ろこつけいべっ キャッスルは露骨に軽蔑した口調で言った。その反応に、やはりな、とゲヴァラは肩をすく める。彼とて、勲章などでキャッスルたちが喜ぶとは思っていない。だがいちおう、ここの指 揮官がそう言ったので、そのまま伝えてみただけの話である。 「ーーま、それより作戦を詰めましよう。人質はどれぐらいいるんです ? 」 ゲヴァラはこころなしほっとしたように答える。 たいさ ちゅ、つさ 「基地指揮官のスクリバ大佐とチェルヌイ中佐ー キャッスルの顔が鋭くなる。 「 : : : それだけですか ? こ 嘘「レジスタンスが発表した情報によると、そうだ」 「では他は : とくべっこう
「まあ、一度や一一度ならば、よくあることだがね。もっとも私は人事担当ではないから、詳し スナイバ くは知らないがーーしかし何だ、軍曹は狙撃手の資格ももっているそうじゃないか。なのにな ぜ、わざわざこちらに戻ってきたんだ ? 」 しがん 「それは : : : 彼が志願したからでしよう」 ゲヴァラは身を乗り出した。 「キャッスル曹長、狙撃手とは誰でもなれるものではないんだよ。しかもエイゼン軍曹の場 てんぶ 合、あきらかに天賦の才に恵まれている。あれだけ優秀な狙撃手を、みすみす普通中隊などに てきざいてきしょ きやっか 戻すと思うかい ? 適材適所という言葉があるぐらいだからね、彼の志願など却下されてもお かしくはない」 キャッスルは眉を寄せて沈黙した。 せんとういん 言われてみれば、そうかもしれない。キャッスルはゲヴァラと違い、純粋な戦闘員であ るから、人事の事情などに気をまわしたことがなかった。そんな余計なことを考える暇などな かったといったほうが正しい しかしある程度は部隊の運営事情に通じているゲヴァラのような人間から見たら、たしかに ェイゼンは不透明な所が目立つのだろう。 「なんだ、君も何も知らされていないのか ? 私は、君に聞けばいろいろわかると思ったのだ ちんもく
「詳しい事情はよくわからない。ただ君には、他にやってもらいたいことがあるのだと言って いた」 「やってもらいたいこと ? 」 ゲヴァラは肩をすくめた。 にら 「だから、そう睨まんでくれ。私もよくわからんのだ。君の実績を尊重してとか何だとか言っ ていたから、教官でもやれと言うのではないか ? 」 「はかな。そんなことをしている場合ですか ! 」 「まったくだな。しかし上の命令には逆らえん。私としても非常に残念だがね」 どき そうぼう キャッスルの双眸に、さらなる怒気がひらめく。しかし口に出しては、何も言わなかった。 「ーーそういうことなのでね、君たちはもうさがっていいよ。ウオン軍曹とアヴドウル伍長だ け残ってくれ、作戦の変更を検討しなければならないからな」 「わかりました」 きびす 感情を押し殺した声で応じると、キャッスルは敬礼し、踵を返した。 扉が閉められ、荒い足音が遠ざかる音を聞きながら、ゲヴァラは大きなため息をついた。こ の急な命令は、どう考えても不自然である。いっか彼女に言ったことーーらまり、なんらかの かいにゆう 力が介入したのは明らかだ。 すいそく しかし今のゲヴァラは、やはり自分の思ったとおりだった、と自分の推測の正しさを誇る気 じっせき
地球統一国家の首都は、アフリカ大陸のアクラである。ェイゼンがかって義足の手術を受け たのはアクラでも一、二を争う大病院であり、今回も彼は同じ場所へ向かうことになった。 ゅそ、つき その病院への入院手続きが完了し、エイゼンが輸送機で発っことになったのは、キャッスル と彼が衝突した日の翌晩のことだった。さすがに昨日は興奮状態にあったものの、今朝食堂に あらわれた時のキャッスルは平静の表情に戻っていた。そしていつも通り訓練をこなし、救出 きづか かん。へき 任務にむけてのゲヴァラや隊員たちとのミーティングも完璧にこなした。ラファエルの気遣わ しけな視線が時々気になったが、知らぬふりをきめこんだ。 夕食を早々にきりあげ、ゲヴァラが告げた時間に飛行場に向かうと、アクラへ発っ輸送機が すでに整備を整えて飛び立つのを待つだけとなっていた。 ェイゼンは先に来ていたアヴドウルやゲヴァラと談笑していた。近づいてくるキャッスルの まった 嘘姿を見ても表情ひとっ変えず、いつもと全く同じ笑顔を向けてくる。 「キャッスル、俺がいないからって寂しさのあまり女に走るんじゃないよ。ほんの一カ月程度 三凍るむ あらそ
「地下道の出入り口がレジスタンスにもれている可能性は ? 」 「この地下道は将校の中でも一部の者しか知らん。レジスタンスどもが口を割らせようとする だろうが、そこは仲間のロのかたさを信じるしかないな」 キャッスルは肩をすくめた。 「結構ですね」 「さて、問題は基地の中に入ってからだ。まずスクリバ大佐とチェルヌイ中佐が捕らえられて めばし いる場所の目星をつけておかねばならんわけだが : : : ま、とりあえず座りたまえ」 それから約一一時間にわたってキャッスルとゲヴァラは救出作戦について討議した。細かい占 については、クアラルンプールの「生え抜きの兵士たち」と相談しなければならないが、彼ら は当然、コタキナバル基地とその付近の地理についてはあまり詳しくはない。もちろん正確な 地図があれば作戦はたてられるが、実際にそこにいた人間の知識にはかなわないだろう。だか ら作戦の骨格を決定するのは、ゲヴァラに任されているのであった。 ぐんそう 「ーー・しかし、こういう時にエイゼン軍曹がいないのは、こたえるな」 話が一段落ついた時、ゲヴァラはふと思い出したように言った。 「とくに君は、新兵の頃からずっと彼と同じ部隊にいたというが : : : それならばなおさら、今 度の作戦は不安ではないかね ? こ 問いかける口調に、わずかにからかうような響きを感じ、キャ , スルは無然とした。 まか
37 嘘 いきさっ までの経緯からいって、キャッスルに頭があがらない。 「そ、そうだな。ご苦労だった」 いげんたも ゲヴァラがとりあえず表面上は威厳を保って言うと、キャッスルは椅子から立ち上がってい 「では、失礼しますー かん。へき 完璧な敬礼をして、彼女は部屋から出て行った。 遠ざかる足音を聞きながら、ゲヴァラは深い息をつく。 「 : : : あとでアヴドウル伍長あたりからいろいろ聞き出すかな」 のんき 呑気に呟く彼は、自分がとんでもない種をまいてしまったことに全く気がついていないのだ まった