「無論、我々が担当するのはコタキナバル基地のほうだけだ。南部の正規部隊基地には、また 別の部隊を向かわせるそうだ」 「 : : : 今からたったの二週間の間に、すべてをやれと ? 計画から実行まで、すべて」 「急なのは承知している。しかし、それ以上は待てない」 そこでゲヴァラは急に声をひそめた。 ここだけの話だが、じつはコタキナバル陥落の連絡を受けてから、一度救出部隊をひそ かに向かわせたのだそうだ。 : 、 カ一人として帰ってはこなかったようでな」 「で、ここの指揮官の言い分はこうだ。『しかし君たちは、一月もポルネオのジャングルをさ まよいながらも、見事に脱出を果たしてみせた。それにコタキナバル基地内部や付近の地理に くわ かんすい ついても、詳しいだろう。君たちならば、この危険かっ困難な任務も完遂しえることを確信し ている。やってくれるね ? 』だと。勝手に確信されても困るのだがね」 キャッスルは苦笑した。この大尉も、ずいぶんと人が悪くなったものだと思う。コタキナバ ルではじめて会った頃は、エリート将校の典型のような人物だったのに。 「まったくですね。しかし、一一週間以内にすべてやれ、ですか。無茶苦茶ですね。ま、上がお しつけてくる仕事なんて、いつも無茶苦茶ですけど。で、救出に向かう人数は ? 「まず我々と、この基地の中の生え抜きの兵士 , ー・・これはあくまで指揮官の言葉だからな、実
230 のとき隣にはシドーがいた。俺たちはコタキナバルからジープで逃げ出してきたんだ。 ラファエルは、閉ざされた記憶をゆっくりとたどりはじめる。頭の隅で何かがやめろと言っ ているような気がしたが、かまわなかった。マックスが思い出せと言ったから、思いださなけ ればならない。 この青い瞳に逆らってはいけないような気がした。 そう、俺はコタキナバルから逃げ出してきた。あのままではキャッスルの側にいられな いと思って、キャッスルの所に行かなければと思って、それで力を解放したんだ。 カ ? カって、なんだろう。 そのカで、俺は何をしたんだろう。 目が覚めた時、そこには敵がいた。俺がキャッスルの所に行こうとするのを邪魔するやつら ばかりだった。だから俺は、そいつらを そいつらを。 ラファエルはがたがたと震えはじめた。 くゼ よみがえる感触。てのひら。何かが砕け、潰れる感触。なまあたたかいものが、指を濡らし つぶ じゃま
壊天使 コバルト文庫 く好評発売中〉 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 須賀しのぶ ◆ ◆イラスト / 梶原にき ◆ ◆ ◆コタキナバルに戻ってきた ◆キャッスルの分隊。ほっ ◆とするのもつかの間、 基地内では「エクスプ レス」という恐ろしい麻薬が 大流行していた。一方、その 驚異の回復力に目を付け られたラファ工ルは・・・ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆ ◆ ◆ キル・ソーン
182 機体は再び、今度は逆の方向に大きく傾く。 「おい、どうしたんだ ? 」 ゲヴァラが慌てて通信機を口元に引き寄せ、。ハイロットを怒鳴りつける。 『コタキナバルからのお見送りですよ。結構な数ですね、ずいぶんと別れを惜しんでくれてる ようですよ』 「なんだと卩」 ゲヴァラの顔から一気に血の気がひいた。 レジスタンスがポルネオ島の基地を手中におさめてから、約一カ月。それなのにすでに、航 そうじゅう 空部隊が編成されているというのか。ポルネオのレジスタンスは、航空機の操縦などほとんど 知らないはずなのに。 もちろん、ホンコンあたりから指導員は来ているだろうが、それでもこんなに早く、実戦に 投入するとは。 「まあ、そう悲観することもないでしよ。まだヒョッコですよ、ヨロヨロしちゃって、可愛い しゆっげき もんですから。たぶん、実戦で出撃すんの、はじめてじゃないですかね』 「何機いる ? 」 『五機はいますね。せつかく別れを惜しんでくれてるんだから、無視しちゃ悪いでしよう。攻 撃しますよ』
ゲヴァラは一瞬言いづらそうな表情を見せたが、ため息まじりに事実を述べた。 しよけい 「処刑された。わざわざ処刑場面のテープまで送りつけてくれたそうだよ」 キャッスルは沈黙した。 「 : : : わかりました。では二人ですね」 やがて感情を押し殺した声で彼女は言った。 しんにゆう とつば 「基地に侵入する方法は ? こちらの兵力では、ゲートを突破することもできないと思います 「そうだろうな。地下から行くのがいいだろう キャッスルが怪訝そうな顔をする。 「地下ですか ? ちか′」う 「コタキナバル基地は、 255 などの前進基地とは違う。当然、地下壕の規模も大きいし、抜 け穴もある」 キャッスルは軽く目を見開いた。 「抜け穴」 そんなものが存在するなど、初耳だった。 「ま、君たちには知らされていないだろうがね。あの基地には、君たちが知っている避難用の ちょっぱっぱう 地下壕の他にも、懲罰房の下に小さな地下壕がある。そこからは、外に通じる地下道が走って が」 けげん
「いっ切ったの ? 昼会った時は、まだ長かったよねー 「フロの後だよ ! くそ、一で毛が生える薬とかねーかな」 「いいじゃないの、もうあきらめなさい。キャッスルは、なんだって ? 」 ラファエルはぎろりとエイゼンを睨みつける。 「まだ会ってねーよ」 「タ食の時は ? 「いなかった。なんか、今度の任務のことでゲヴァラと話し合ってて、長引いてるみたいで ェイゼンは軽く目を見開いた。 「今度の任務 ? さっそくだねえ。何すんの ? 」 「俺もよくは知らねーけど、コタキナバル基地の人質取り返しに行くって話だぜ」 「人質 ? そんな、いくらなんでも無理でしよ。ポルネオ島から逃げ出してくるのもあんなに 大変だったのに、また同じ島に忍びこむなんて。しかも人質は基地の中でしょ ? ェイゼンのあきれた声に、ラファエルは肩をすくめてみせた。 もんく 「んなこと俺に言ったってしょーがねーだろ。キャッスルも文句たれてたけどよ。でも命令が 嘘きたら、やるしかねーじゃん。それが仕事なんだからよ」 「おや、坊やも大人になったねえ。なんだか寂しいなあ」 しの にら さび ひとじち
195 嘘 けげん 男は怪訝そうに眉を寄せた。 マックスはため息をつく。なぜこんなことがわからないのだ、といわんばかりに。 ひろ、つ 「連中を追って、未熟な腕を披露してやればよい。あまりしつこく追わず、逃がしてやれ。そ うすれば、彼らも安心して、次の空からの攻撃を計画するだろう。コタキナバル基地、いまだ 戦力としては不十分、と判断してな」 数秒の間をおいて、男の双眸にようやく理解の色が灯ゑ ぎそう 「偽装か」 マックスは頷いた。 男はいそいで地下道の中の部下と、航空編隊の担当者に通信を送る。にわかに活気づいた兵 士たちをちらりと見やり、マックスはその場を立ち去った。もう、彼を止める者はいなかった。 「やはり、生きていたな」 ものいわぬ少年に、小さな声で語りかける。 「おまえが死ぬはずはないと思っていた」 聞こえていないのは、承知の上だ。 今、この少年の外界に対する感覚はすべて閉さされているだろう。すべての力を、内面の回 そうぼう とも
127 嘘 それでも、普段の生活や言動にこれといっておかしなところはなかったから、シドーもあま り気にしてはいなかった。というより、シドーもあの時のことはあまり思い出したくはなかっ たのだ。 だが今目の前にいるラファエルは、なんとなくあの時の彼を思い出させるのだ。 どこが、と具体的には言えない。ただなんとなくーー彼を取り巻く気配とでもいえばいいの か。それが、・山道を歩きこのコタキナバルに近づくにつれ、次第に鋭く、そして不気味なもの になっていくような気がしてならなかった。 ひょっとして、この地にはラファエルを変えてしまうような何かがあるのだろうかーーシド ーがそんなことを考えた時、ラファエルは呟いた。 「誰か来た」 シドーはようやく我に返る。 急いで耳に神経を集中するが、彼には何も聞こえない。キャッスルのほうを窺うと、彼女も けげん 同様らしかった。怪訝な顔でラファエルを見ている。 「二人づれだな。 : : : 今、建物の中に入った」 ラファエルの言葉に、シドーとキャッスルは思わず顔を見合わせた。 懲罰房は、幾つもの房が集まって、ひとつの建物を成している。監房はすべてが地下にある ので、地上部分の建物はそう大きくはない。地上に続く階段は長く、ここから上の建物の物音 つぶや かんぼう うかが
「てめーよりよっぽど優秀ってことだな」 だいたん 「うるせーよ。しかし消灯前に大胆だな。堂々と夜這いか ? やつば一カ月もジャングルうろ ついてっと、理性なんかふきとぶのかねえ」 はん′」ろ キャッスルが耳にしたら全員その場で半殺しの目にあっていたにちがいない。 ろうかばくしん とびら 彼女はあたり一面に殺気をふりまきつつ廊下を驀進し、やがてひとつの扉の前でびたりと足 を止めた。 「エイゼン、いる ? せりふ 扉を蹴り開けてから言う台詞ではない。 あまりの勢いに、さしものエイゼンも目を丸くした。 「キャッスル ? どうしたのこんな時間に : ェイゼンはべッドの上に座って、彼言うところの「女性の天然かっ真実の美を追求した」雑 誌を読んでいた。まさかわざわざコタキナバルからもってきたはずはないだろうから、アヴド ウルかラファエルあたりに買いに走らせたのだろう。 のんき ぎやくじよっ そのあまりの呑気さに、キャッスルは逆上した。 「どうしたのじゃないわよ ! 」 キャッスルはつかっかとべッドに歩み寄り、「女性の天然かっ真実の美を追求した」雑誌を ェイゼンの手からとりあげ、そのへんに放り投げてしまった。
143 嘘 きちしれいぶ コタキナバル基地司令部に報告が入ったのは、夜中の三時近くのことだった。 ゅそうき 「輸送機か」 しりめ 懾てふためくレジスタンス・リ ーダーたちを尻目に、無表情に呟いた男がいた。 す か なが 椅子のひじ掛けにほお杖をつき、男たちを眺めるとはなしに見ている彼は、あきらかに異邦 一くろかみ 人であった。黒髪だらけの部屋の中、彼の金の髪は非常に目立っていたし、その肌の白さも群 を抜いている。これでも以前よりはだいぶ黒くなったらしいが、それでも現地のレジスタンス 兵士から見れば、まぶしいほどに白い らっかさんぶたい 「落ち着いている場合ではないそ、マックス。輸送機で来たとなれば、落下傘部隊だ。今は そうどういん 我々も基地内の再装備に兵力を総動員しているおかげで、森の中にはあまり兵士を置いていな いというのに。うろっかれたら困る」 とが リーダーの一人が、咎めるように言った。 それまで特別な対象物をもたなかったマックスの視線が、ゆっくりとその男の面へと移動す じん 六別れ づえ こま つぶや おもて はだ ぐん