ドーに向ける。 「よし、それじゃあな、てめーだけ特別に教えてやる」 何がそれじゃあなのかよくわからないが、ラファエルは秘密を打ち明ける時に誰もが必ずそ うするように、声を潜めて言った。 「あのな、誰にも言うなよ。てめーだから言うんだからな」 うなが 念を押すラファエルに、シドーは促すように頷いた。どうやらラファエルは、シドーの思い がけない友情にあふれた一言葉のお返しに、とっておきの秘密を教えてくれるつもりらしい。子 供同士の親友ごっこのようだが、今のシドーはそれを笑う気にはなれなかった。 ラファエルはずい、と顔を近づけると、シドーの耳に手をあてて告げた。 「じつはな、俺、キャッスルとキスしたんだ」 うた 耳を疑った。シドーでなくとも、そうだろう。 驚きのあまり、彼はしばらく口がきけなかった。とりあえずラファエルに目を向けると、真 っ赤な顔にはかすかに誇らしげな表情が浮かんでいる。 「・ : ・ : ほんとか」 嘘「ほんとだ」 「それは : : : すごいな」 ひそ う生 9
49 嘘 イゼンは、軽く肩をすくめたたけだった。 「だからその : : : 別に立ち聞ぎしようと思ったわけじゃ」 「でも、結果的にしたんでしょ ? こ わけ ラファエルの苦しい言い訳をさえぎり、キャッスルはそのまま少年の傍らを擦り抜けてい く。その際、二人の肩が強くぶつかった。ラファエルは小さくよろめいたが、キャッスルは謝 りもせずにそのまま去っていく。 ラファエルは呼び止めようとしたが、キャッスルの背中に強い拒絶の意志を感じて、ロを噤 む。そして、何かをこらえるように、腕に抱えた洗濯物の山をぎゅっと抱き締めた。 「 : : : 坊や、そんな所につったってないで、とりあえず入れば ? 」 そのまま動く気配を見せないラファエルに、 ェイゼンが苦笑しつつ声をかけた。ようやく我 に返ったラファエルは、おとなしく中に入ってきた。 「 : : : あれ、本当なのかよ」 テー・フルに洗濯物を置きながら、ラファエルは歯切れの悪い口調でぎりだした。 「あれって ? ラファエルはむっとして、背後のエイゼンをかえり見た。 「と・ほけんなよ。キャッスルの父親に雇われて、キャッスルを守るために治安部隊に入ったっ やと かたわ あやま つぐ
キッいだろうと思ってかわってあげたんですよ」 「し、しかし君は : : : 」 「この作戦からはずされたはず、ですか ? ええ、でも苦しんでる部下を放ってはおけないで しよう。人数が減って困るのは大尉たちも同じでしよう。それにもう機体は空にいるんですか ら、まさかここでパラシュート開けとはおっしゃいませんよね ? ・ きトでつはく キャッスルは脅迫するような目付きでゲヴァラを見つめた。 ゲヴァラはそれ以上、何も言うことができなかった。もちろん彼も、クルゼルがキャッスル に「強制的に」かわってもらったことぐらい、わかっている。しかし本音を言えば、クルゼル せいかん よりもキャッスルが来てくれたほうがよほどありがたい。無事クアラルンプールに生還した際 わけ せんこうとが に上部への言い訳が面倒だな、とは思いつつも、キャッスルの専行を咎める気にはどうしても ならなかった。 それは、他の兵士たちも同様だったのだろう。誰もキャッスルに非難がましい目を向ける者 よ、よ、つこ。 いや、一人だけ例外がいた。 「どういうことだよ、キャッスル」 奥のほうから冷ややかな声をかけてきたのは、ラファエルだった。こちらを見据える瞳には 四はっきりと怒りの色がある。
120 ね ? どうしてもっと早く言わないの ! 「平気だって言ってんだろ。なんでもねーよ」 応じる声にも、生気が欠けていた。 キャッスルは思わず助けを乞うように、シドーへと目を向けた。しかし彼も、わからない、 というように首を振るばかりだった。 キャ , スルは再び、ラファ =. ルを見つめた。 ( ルメットからはみだした前髪が、汗でに張 りついている。呼吸もこころなし荒い きよくげん どう見ても、異常である。しかも、よりによってラファエルだ。他の者が体力の極限におい しさつみきげん こまれた時でも一人元気に走り回り、また賞味期限が二週間以上も前にきれた牛乳をあやまっ いぶくろ て飲んだ時もビクともしない驚異の胃袋をもった、このラファエルが、だ。 記憶を探ってみても、ラファエルがぐったりしている姿など、キャッスルは今までほとんど お目にかかったことがないような気がする。そういう人間が今にも死にそうな顔色をしている と、非常に不安になってしまう。 しかも、輸送機の中では少しもおかしなところはなかったのに。 「それで平気なわけないでしょ ? 死にそうな顔色してるわよ、あんた」 「ほんとになんでもねーって。かまうなよ」 「えらそうな口たたくんじゃない。 あんた、これ以上行かないほうがいいわね」 さぐ きトでつい
地球統一国家の首都は、アフリカ大陸のアクラである。ェイゼンがかって義足の手術を受け たのはアクラでも一、二を争う大病院であり、今回も彼は同じ場所へ向かうことになった。 ゅそ、つき その病院への入院手続きが完了し、エイゼンが輸送機で発っことになったのは、キャッスル と彼が衝突した日の翌晩のことだった。さすがに昨日は興奮状態にあったものの、今朝食堂に あらわれた時のキャッスルは平静の表情に戻っていた。そしていつも通り訓練をこなし、救出 きづか かん。へき 任務にむけてのゲヴァラや隊員たちとのミーティングも完璧にこなした。ラファエルの気遣わ しけな視線が時々気になったが、知らぬふりをきめこんだ。 夕食を早々にきりあげ、ゲヴァラが告げた時間に飛行場に向かうと、アクラへ発っ輸送機が すでに整備を整えて飛び立つのを待つだけとなっていた。 ェイゼンは先に来ていたアヴドウルやゲヴァラと談笑していた。近づいてくるキャッスルの まった 嘘姿を見ても表情ひとっ変えず、いつもと全く同じ笑顔を向けてくる。 「キャッスル、俺がいないからって寂しさのあまり女に走るんじゃないよ。ほんの一カ月程度 三凍るむ あらそ
不吉な赤。 火星都市の工作員が残していった、徹底的な破壊のための血の約束。 ほういもう 「そのとおり。もしこの包囲網が完成したら、この基地ももう長くはない。半島は一気に全方 かんらく 面から攻められ、陥落する危険がある。おそらく今の時点でホンコンの部隊が威嚇程度に空か おんぞん . こ、つげき らの攻撃だけにとどめているのも、来るべき一斉攻撃に向けて戦力を温存しているためだろ くや それがわかっていても、たいした対抗策を講じ得ぬのが、じつに悔しいがね。あのシ ュレンドルフなる男は、封じ込めがうまい。戦力を分散させるこつを心得ている。いまいまし いことだが」 せんな そこでいったん言葉を切り、ゲヴァラは小さく苦笑した。いまさら言っても、詮無きこと 0- 」 0 「ま、そんなことはいい。 とにかく、ポルネオをこのまま放置しておくわけにはいかん。が、 奪回するはどの兵力もない」 「・ : ・ : では、どうするので ? みちはかい 「残された途は破壊しかあるまい、とここの連中は言っている。コタキナバルと南部の基地 たた まあ、たしかにこうなっては、そ を、レジスタンスの連中ごと徹底的に叩くのだそうだ。レーー れしかないだろうな。連中にみすみすねぐらをくれてやるぐらいならー 「ーーーどのように ? 」 0 「 はかい かく
140 「俺は行かない」 ラファエルは即座に拒否した。キャッスルの目が険しくなる。 「そんなふらふらになって、何言ってんの。どうせついてきても、役に立ちゃしないわ。一足 先に山に戻ってな」 コ民れるかよ。少尉にはシドーとレーべがついてんだ、充分だろ 「何を : ・ : ・」 「いいから、はやく行こうぜ。一刻を争うんだろ。俺のことなんかどうでもいいじゃねーか」 きびす こうろん ラファエルは面倒くさそうに言うと、踵を返して房を出た。たしかにささいな口論で時間を したう とっている場合ではない。キャッスルは短く舌打ちしたが、結局はそのまま兵士たちを引き連 れ、房を出て行った。 シドーもグッドリ ーを抱かかかえたまま、地下道への入り口がある隣室へと向かう。 「シドーといったわね。私を置いていきなさい」 再び、グッドリーが口を開いた。シドーはちらりと腕の中の女性を見たが、すぐに前を向く ぶあいそう と無愛想に答えた。 だめ そむ 「駄目です。曹長の命令に背くわけにはいきません。俺は命令どおり、あなたを連れて帰りま すー 「私は少尉よ。キャッスル曹長より位は上だわ。だからあなたは、私の命令に従う義務があ そうちトでつ くらし りんしつ
シドーの声は小さすぎて、ラファエルの耳には届かなかった。 「あ ? なんか言ったか ? 」 ラファエルは顔を向けてきたが、シドーは「いやーと首を振っただけだった。 そしてラファエルもまた、幸せだ。こんなにも一途に人を好きになることができて。 ぜんしんぜんれい 自分も彼のようこ、 冫たった一人の女を全身全霊で愛せたらーーー自分が受ける傷など考えるこ となく、ただ相手だけを守りたいと思うようになれたら。 ふとそんなことを思った自分に、シドーは驚いた。 ずいぶんと、らしくないことを思いつくものだ。 少し前の自分であれば、考えられない。シドーはちらりと、かたわらに寝そべるラファエル へんかく を見下ろした。変革をもたらした、少年を。 まぶた ラファエルは瞼を閉ざしていた。しかし眠っているわけではない。あの大きな瞳が隠れてい ぞんがい ほお ると、存外鋭い顔付きをしていることがわかる。ここ最近で頬の肉が削げたせいもあるだろ たんせい う。今のラファエルは端正といってさしつかえない顔をしていた。 しかしやはり、あの青緑の輝きがなければ、ラファエルではない。あのたぐいまれな瞳があ ってこその彼だ。そして自分はこの輝きに出会えたからこそ、変わることができたのだ。シド むさいしき 嘘ーはそう思う。今まで、シドーの世界は無彩色だった。目にうつるもの、耳から入るもの、す べてが無意味だった。そこに色を与えてくれたのが、ラファエルだった。
113 嘘 教えてやることにもなりかねない。 コントロール・エリア ポルネオは、もはや全土が敵の支配地域である。しかしこのサバ州はつい最近まで政府軍 り、ついき の領域だったので、島中の森の地理を知り尽くしているというレジスタンスも、このあたりは くわ まだそう詳しくはないはずだ。おそらく、キャッスルたちのほうが知識はあるだろう。 さいしん 彼女たちは細心の注意を払って進ん かといってもちろん、油断が許されるわけではない。 / はちあ ていさつぶたい だ。いっ敵の偵察部隊と鉢合わせるかしれない。 一行は黙々と歩き続けた。ポルネオ脱出組はもちろん、クアラルンプール基地の兵士たちも こうぐん せいえいぞろ なかなかの精鋭揃いで、行軍は順調に続いた。 しかし突然、先頭を歩いていたアヴドウルが足を止め、振り向いた。 キャッスルは片手をあげ、全員に停止を命じる。部隊の間に緊張が走る。小休止はさきほど とったばかりだ。それなのにこんな所で足を止めるとはーー・敵の気配が近づいているのだろう 、刀 「どうした、アヴドウル」 ・こちょう たず キャッスルは伍長の元に近づき、小声で尋ねた。 「あれを見てください」 アヴドウルは緊張した表情で、右前方の幹の太い木を指さした。 キャッスルは怪訝そうに目を向け、次の瞬間息をとめた。 けげん みき
168 動かないキャッスルに焦れて、ラファエルは叫ぶ。 キャッスルはびくりと肩を揺らし、ラファエルを見た。 青緑の瞳がまっすぐこちらを見ている。そこに逆らえぬ光を感じ、気がつくとキャッスルは 出口に向けてじりじりと後じさりはじめていた。強い強いまなざしに押されて、キャッスルは ラファエルの元から離れていた。 「隊長、はやく ! 」 手首を強いカで引かれる。 みちび アヴドウルに導かれ、キャッスルはあやつられたように走りはじめた。 みち ラファエルに背を向け、生存への途へ向けて。ラファエルを置いて。 遠ざかる足音にほっと息をつき、ラファエルもまたキャッスルたちに背を向けた。そしてレ ジスタンスたちが来るであろう方向に機関銃を構え、ふらっく足を必死の思いでふんばる。 ああ、なんかいっかのケヴィンと同じだな。 背後に遠ざかる足音を、そして前方に近づく複数の足音を聞きながら、ラファエルは・ほんや . り , 田い - っ .0 ケヴィンもこうやって、俺を逃がすためにふらふらの体で機関銃を構えていた。キャッスル を守るために、最後の力をふりしぼって敵に立ち向かった。 そうか、俺ももうすぐ死ぬんだな。