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検索対象: 碧きエーゲの恩寵
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1. 碧きエーゲの恩寵

「そうさ。入植したばかりだから身軽なもんだよ もう一人の商人が横からロを挟んできた。 皆酒が入っている。 「トラキア人の街といっても、あの街はどっちつかずだからさ。につくきリュシアスの手 が入った街だ。ほかのトラキア部族にとっちゃあおもしろくない。もしマケドニア軍がこ てったい の港から撤退することになれば、ハトウソスのやつら、街を捨てるしかないだろうな」 「どうして」 りやくだっ 「だってほかのトラキア部族が乗り込んでくれば、掠奪が始まるからよ。トラキアってい うのはそういうきつい連中が多いのさ」 ハミルは息をのんだ。 寵「そんな : : : 」 の「もったいない話だよな。せつかくあそこまでにぎわっていたのに」 一言葉とは裏腹にざまあみろといった顔をしている。 せんぼうしん ハトウソスがうるおって見えただけに、羨望心も強かったのだろう。 碧 ハミルは焦った。状況は思った以上に遇しているようだ。 「街の指導者はどうしているんだ」

2. 碧きエーゲの恩寵

366 実際、これが二人のついの別れになろうとは、もちろんハミルは思いもしなかった。 だが小さな姿がいつになく幼げに思えて、見えなくなるまで何度もナーザニンを振り 返ったのを覚えている。 まぶ ナーザニンは最後までしゃんと背筋を伸ばし、遠ざかるハミルをちょっと眩しそうな目 をして見送っていた。 ハミルはふと思った。 ( 戻ったら立ち回りばかりじゃなくて、少しはやつに読み書きを教えてやろう ) しんぼう だが勉学するには、ナーザニンは少し辛抱が足りないのだ。 ひざ すぐに飽きて、ハミルの膝の上でごろごろしたがる。 そのうちすうっと意識を飛ばして、どこか違う世界にさっさと一人で遊びにいってしま たしかにハミルは戻ってくるだろう。 だが、ナーザニンは思った。 直感だった。 ( ハミルに会うことはもう二度とない

3. 碧きエーゲの恩寵

それほど泣きたかったわけではない。 だが、痛いほど思い知らされていた。涙が止まらない。 ばっ ( これは罰だ : : : ) 目を閉じると 、ハミルのいろいろな表情がめまぐるしく浮かんでは消える。怒ったハミ ル、笑ったハミル、驚きあきれるハミル アンフィポリスの港で戻ってきたハミルは、そんなところで寒くないか、とまず優しく 声をかけてくれた。 ひきよう ( ばかだなお前 , ーーナーザニン。お前があの一瞬、卑怯だったばっかりに、失ったものの 大きさはどうだ ) ナーザニンは涙のまじったため息をつくと 、ハミルの去った方を見た。 寵丘の上に大きな木が立っている。 こずえ 恩 の 梢が風に揺れた。 一 ( ああ、もうちょっとで届くところだったのに : 乳母やがナーザニンの肩を抱いて泣いている。 碧 「大丈夫ですよ : : : きっとすぐ帰ってこられますからね : : : 大丈夫ですよ : : : 」 ナ 1 ザニンは目を閉じた。

4. 碧きエーゲの恩寵

364 と見えなくなるまで見送った乳母やが、振り返ってびつくりした。 ひざ ナーザニンがいつの間にか、膝を抱えて座り込んでいる。 「まあ、どうなさいました : ・ 具合でも悪くしたかと駆け寄って、思わず声をなくした。 必死で歯を食いしばっている。 が、くうっと切ない泣き声が漏れた。 ひとみ とたんに大きく見開いたナーザニンの瞳から、ほたばたっと涙が地面に落ちたではない あまりのことに、乳母やも思わず涙した。このナーザニンは、まだやっと十歳になった かならぬかという年ごろである。それが、今の今まで平気な顔をしていたのに : : い」 A っ 1 レ 「寂しかったんですか ? ならもっと早く声をあげて泣けばよろしかったのに : て : : : そんなに心細かったら : : : 」 しかし、ハミルも馬も、もうとっくに坂の向こうに見えなくなってしまっている。 「いったい何を我慢なさって : : : 」 と、乳母やの方が、たまらずにおいおいと声をあげて泣きだしてしまった。 ナーザニンは膝小僧に涙をこすりつけた。 カ

5. 碧きエーゲの恩寵

「よろしくお願いします。わがまま言ったら叱ってやってください」 ばあ はいはい、と乳母やはにこにこした。 すっかりハミルのファンになってしまっている。 。ハミルさんもくれぐれもお気をつけて」 「小さいばっちゃまのことはご心配なく 「できるだけすぐに戻ります」 乾いた土の道にひづめの音をたてながら、ハミルの乗った馬はペラの港へと遠ざかって きぜん ナーザニンは毅然として立っていた。 なんとなく表情には凜々しささえうかがえたので、ハミルはほっとした。 何か思い悩んでいたように見えたのは、気のせいだったか。 寵「いい子にしてろよナ 1 ザ」 の「ハミルこそ、どじ踏むなよ」 「このやろう」 工 最後にハミルが大きく片手をあげた。 碧 乳母やはほれぼれした。なんて気持ちのいい若者だろう。 ( ちょうど、最初の奥様に恋したころのばっちゃまに似てる。初々しくって : : : ) しか うしうし

6. 碧きエーゲの恩寵

362 ハミルは翌朝アンフィポリスに向けてった。 びんと、空気が張りつめたように寒い朝だった。風がある。 「ここでいいよ。部屋から出るんじゃない 「ううん、玄関まで行く」 「じゃあ、マントによくくるまって : : : 」 玄関まで出て見送りながら、ナーザニンは自分がおかしくてならなかった。 結局こうしてハミルがサラのところに戻るのならば、あのときさっさと一言一言ってやれ ばよかったのに。 あそこにーーー桟橋の端に誰か立ってるよハミル。 あれから何度、胸の中でそう繰り返してきたことだろう。 だからナ 1 ザニンは今、せいせいする思しオオノ 、 ) 、 , 」っこ。、ミルがアンフィホリスでサラにう まく会えれば、もうこんなことでくよくよと悩むこともない。 「いい子にしてろよ」 とナ 1 ザニンに言い聞かせてから、ハミルは乳母やに頭を下げた。 さんばし

7. 碧きエーゲの恩寵

ハミルはますます腑に落ちない。 「ナーザ、お前ちょっとおかしいぞ」 「どうしてさ」 ナーザニンはむきになった。 「文無し旅があんまり長く続いたんで、疲れたんだよ。この邸でのんびりしていたいん だ。もうあんなに熱出して苦しいのはいやだ」 ここにいる、と宣言したきり、ナーザニンは押し黙った。 ハミルはうなずいた。 たしかにナーザニンの育ちを考えれば、無理があったかもしれない。 「じゃあここでおとなしく待ってろ。様子を見て、できるだけ早く帰る。手紙もよこすか 寵らな」 の「いい。返事を書けないから」 一「書けるさ。ずいぶん上手になったじゃないか」 きナーザニンは何も答えずに毛布を頭からひきかぶった。 やしき

8. 碧きエーゲの恩寵

360 ( アンフィポリスへ行ってみようか ) あのサラの小さな街を守るために、ハミルが陰からできることが何かあるかもしれな ここでこうしてただ手をこまねいていることは苦痛だった。 だが気になることがある。 ( ナ 1 ザをどうする ) するとナ 1 ザニンが凜として言った。 「行ってあげてよ」 たんがん 嘆願するような口調だった。 ハミルは驚いてナーザニンを見つめた。 「お前はどうするんだ」 「ここにいる」 まくらもと それを聞いたハミルは、何も言わずにナーザニンの枕元に座りなおした。 彼とはもう何か月も一緒に暮らしている。必然的に互いにいいも悪いも知りつくしてし まっている。ナ 1 ザニンの心境の大きな変化は、ただ事とは思えない。 「何があった」 とたずねると、ナーザニンは目をそらした。 りん

9. 碧きエーゲの恩寵

摂政王子アレクサンドロスが兵を起こしたと聞いても、ミエザの邸にいてはそれ以上 のう細がよくわからない。 しら 王都ベラからは多少距離があるし、主人がいない邸に王宮から報せが届くはずもない。 トラキアはどうなっているのか、サラのいるアンフィポリスはどうなったのかとハミル がやきもきしているところへ、ペリントスのリュシアスが連絡を入れてくれた。 アレクサンドロスの率いるマケドニア軍は、アンフィポリスを通ってさらに東へ向かっ たという。 ( 戦場はもっと北東か ? ) だがそれ以上の報せは続けてもたらされなかった。リュシアスの直面している戦況もそ れどころではなくなってきたのだ。ベルシア・アテネの連合軍がペリントスに陣をはる 寵フィリッポス二世に対し、ここぞとばかりに総攻撃を仕掛けてきたからだ。 の マケドニア王国は、かってないほどの危機的状況に陥った。もしトラキアの反乱を王子 一アレクサンドロスが押さえられないようなことがあれば、強力な海軍を持たないフィリッ はさう きポス二世は、東西から挟み撃ちにあいながら、本国に撤退することもできないおそれさえ 出てきた。 ペラの様子もあわただしいし、ハミルもなんとも落ち着かない。 せっしよう てったい やしき

10. 碧きエーゲの恩寵

蹴こいの位置だ。 彼らにあてて、ベルシアかアテネのいずれか ( ひょっとするとその両方 ) から、反乱の ための資金が送りこまれ、ここぞとばかりにそそのかされたに違いない。 ( うまくたきつけられて、こともあろうにまたもやフィリッポス二世相手に兵を起こすと ルデトはほぞを噛んだ。 ( 何度痛い目にあわされればわかるんだ ) 大国に挟まれた小さな故郷が、また戦局の一手としてうまく利用されようとしている。 そしてその中心には、おそらく病身の父将軍をかかえたハトウー族の象徴、男装に身を 包んだティナがいるはずだった。 ( ティナ : ・ : ・ ) ルデトはやりきれなかった。 高い理想をかかげ、ささやかな幸せを噛みしめてハトウソスで過ごしたこの数か月間の うたかた 努力が、すべて泡沫の夢と帰す思いがした。