船 - みる会図書館


検索対象: 碧きエーゲの恩寵
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1. 碧きエーゲの恩寵

( 本当に置いていっちゃった ? ) そんなはずはないと、ナーザニンはもう一度船の中を捜して歩いてみた。 最後にふらふらしながら甲板に立った。 ハミルの行き先はわからない。 ちょうど港を出ていく船があった。 ( あっ ) あの船にハミルが乗ってるとしたら、もう追いかけられない。どこに行く船だろう。 てすり ナーザニンは手摺を両手でつかんでぐっとその船をにらみつけた。 泣くのは絶対いやだった。 ( ナーザニンは男なんだ。泣くもんか : : : ) 寵たか、このときようやくわかった。 じんじよう の ハミルに対する自分の気持ちは、尋常のものではない。 一そのときようやく船員が気がついて、ナーザニンに声をかけた。 「連れの方ならに上がりましたよ。なんでもハトウソスの知人のところに行かれるとか 碧 で、すぐ戻られるそうです」 「 : : : そう」 かんばん

2. 碧きエーゲの恩寵

304 旅が終われば、必ず戻ってくるから、と ) いさぎよ うだうだと考えあぐねるのは潔くない。 そうしよう、と決めたら、いつものとおり行動は早かった。船に残っている船員に、す ぐ戻るからナーザニンをよろしくと言いおいて渡り板をおりかけ、ふとナ 1 ザニンが目を 覚まして心配するかな、と足を止めた。 さっき船室をのぞいたときは、怒り疲れたのかそれとも熱のせいか、ぐっすりと眠って し / カ : ( わざわざ起こすことはないさ。すぐ戻ってくるんだから。仮に起きてもあの船員さんが わけを話してくれるだろう ) ハミルは船をおりた。 小さな船である。誰かが船をおりた気配で目を覚ましたナーザニンが、ひょっと甲板に 顔を出した。 ( ここはどこだろう。ペラじゃないな ) きこうと思ったが、ハミルがいない ほお はず ナ 1 ザニンは赤い頬をして息を弾ませながら、狭い船の中を隅から隅まで捜した。ハミ ルはどこにもいない。 0 すみ かんばん

3. 碧きエーゲの恩寵

サラは馬でひたすら駆けた。 なんとしても間に合わなければならない。 ( なんで行ってしまったんだろう。何か言葉の行き違いがあったんだわ ) すでに日は、かなり低く傾きかけている。 この時間から外洋に出航する船はないが、大切な荷や客があれば、桟橋から離れて夜を 明かす船は多い。そうなったらもう誰がどの船に乗っているのか確かめるすべはない。 ( ハミルはロードス島から来てくれたんだろうか ) 道が悪いので、早く走れと指示された馬が石ころに足を取られるのがもどかしい。山間 部はすでに日が陰り、足元の視界がかなり利かなくなっている。 寵 ( ハミル ) の一緒に乗っていた船からリュシアスを追って海に飛び込んだとき、サラは怖くてハミル 一の方を振り返ることがとうとうできなかった。 どう思われたって仕方がなかった。だってサラはハミルといるよりリュシアスと行く方 碧 を選んだのだから。 でも、あれから本当にいろいろなことがあったけれど、サラはやつばりハミルが好き さんばし

4. 碧きエーゲの恩寵

船はすべるように岸を離れ、朝日を背中に受けながら、西をめざした。 極上の天気である。 やつばり船はいいやと、ハミルは海風に心地よく吹かれていた。 寵 ( 落ち着くのはなんでだろう ) のナーザニンと一緒に苦労して歩いた山や緑の丘陵が、あっという間に形を変えて後方へ 一過ぎ去っていく。 商船を装っているが、実は軍事用の連絡船である。 碧 足は速いが、あまり多くの荷物はのせられない。ペリントスの状況を王都ベラの留守部 隊に届け、折り返し、ペラからの情報をフィリッポス二世率いる外征軍に届けるのが主な と笑って答えながら、ハミルは唐突に胸がつまった。 ( リュシアス : ・・ : ) 「ハミル、また会おう」 ハミルは顔を伏せた。 うれ 涙が出るほど嬉しかった。

5. 碧きエーゲの恩寵

の ハミルは船に乗り、エ 1 ゲ海の最北端を東に進んだ。 工 きアイノスというへプロス川の河口で船をおり、そこから上流に向かう船を捜した。が、 やはりなかなか見つからない。 困っていると、凍えるような北風の吹きつける中、小ずるい商人が一頭の馬を売りつけ 「いや、どうしてもってんなら、ヘブロス川の河口のアイノスまで行ってそこできいとく れ、アイノスに寄る船荷ならすぐルっから : : : 」 ハミルが男を見据えたまま、一つ息をついた。 「すまないー ほっとした男は、つくづくとハミルを見ながら言った。 あん 「気の短い兄ちゃんだなあ : : : あんたもやつばりトラキアの出かい ? 」 ハミルは首を横に振った。 「トラキアなんかくそくらえだ」 の焼けるような地酒を一気に飲み干すと 男たちもしんとなった。 、ハミルは怖い顔で黙りこくった。

6. 碧きエーゲの恩寵

いう感じだ。 ハミルはあわてて手伝いながら念のためにたずねてみた。 「一人でも、逃げるつもりだったの ? 」 ううん、と姫は首を横に振った。のない長い髪が揺れた。 「船の手配ができなかったから : : : 船はどこに ? と逆にハミルにたずねてきた。 生意気な口のききようだが、多少舌たらずなせいか声は妙に幼くてかわいく響く。 ハミルは半分とまどいなからもこう答えた。 「船なら、若い漁師を二人、金で雇っておいた。この近くの浜で待っているはずだ」 「そう」 寵それで安心できたらしい 恩ひぎした の膝下あたりまでのすとんとした夜着のまま、少女は身軽く窓の手摺をまたぎ、 ゲ 「いいお月さま」 工 だんがいぜっぺき と笑って、断崖絶壁に飛び出した。 碧 もうまく 絹糸のような髪がふわりと空に躍ったのが、ハミルの網膜にかろうじて残った。ハミル はあわてて窓枠から外に身を乗り出した。 てすり

7. 碧きエーゲの恩寵

ルリはでたまらなくなった。 「もちろんお守りなんかさせないさ テュロスはそんなに安穏な街ではないー 海に出たいんだろう ? と顔をのぞきこむと、カイルーズの瞳がみるみる輝いた。 「ああ、船に乗りたいんだ」 「乗せてやろう」 「本当に ? カイルーズの心は震えた。 もちろん、のはずがない。このルリの後ろには、商業都市テ = ロスが誇るフ = ニ キアの大商船団が、それこそ地中海の果てまで船を漕ぎだそうと、彼の指示一つをひたす ら待ち構えているのだ。 の リュシアスからむさばるように話を聞いた異国の大地を、いよいよこの足で踏むことが 一できるのだろうか。 工 ルリが半分背中を向けながら言った。 碧 おやご 「話は決まった。親御さんに事情を話してこい 「親はいません」 あんのん ひとみ

8. 碧きエーゲの恩寵

372 た ルデトの穏やかな様子が脳裏によみがえる。 長身でいい体格をしていたが、軽く足を引いていた。もとより剣に物を言わせるタイプ ではない男が、みすみす抜き身の剣の林に入っていったようなものだ。どれだけ頭が切れ じようき すで ようが、常軌を逸して憎しみに燃える同胞に対し、素手で何ができるというのだろう。 見殺しにはできない。 ちきしよう、とハミルは腹をくくった。 ( ルデトを連れ戻す : : : 引きずってでも無事に連れ戻して、サラの街づくりをまた手伝わ せるんだ ) サラを一人放り出すことなど許せない。サラには彼が必要だった。サラの街にはなんと してもルデトが必要なのだ。 「おい、カビュレに行く船はないか」 あぜん 聞いた男たちは唖然とした。 「まさか、あとを追う気かい ? だめだだめだ、今さらカビュレまで行きたがる船なんて ないよ。あそこはもう戦場・ えりくび ハミルにまた襟首をつかまれそうになった男はあわてて言い足した。 にく

9. 碧きエーゲの恩寵

ぐれた調教を受けた、マケドニアでも指折りの、働き盛りのすばらしい馬だったわけだ。 「お前、ひょっとして老眼なのか ? 」 馬はのどかにいななくばかり。 王族が飼う馬と一緒にしないでくれと言っているようである。 、、ミルは海しがった。 駿馬と駄馬の見分け方を教えてもらうのが先だったかと だが、ハミルが歩くよりは若干速いかもしれない。それになんといっても馬の体は温か いらいら しばらく苛々しながら平地を進んだが、やがて山間部に入り森が深くなってくると、道 が川を離れる箇所が多くなってきた。そのころになって馬はようやく本領を発揮しはじめ 寵「なるほど、お前は山向きか」 の次第に川は幅を狭くし激しさをました。小さな村に船着き場があった。どうやらここが 一船でのばれる最終地点らしい。切り出されたすばらしい木材が所狭しと並べられている。 きカビュレに向かったルデトもここで船をおりたはずだ。 ( なんとかカビュレに入る前に追いつけないものだろうか ) そのうち川がいくつもの支流に分かれた。

10. 碧きエーゲの恩寵

( 漁の船が戻ったのかな ) 街は、主に左岸にかたよっていた。 右岸の側は、こぢんまりとはしているが切り立った岩山がすぐ海岸まで迫っており、そ の向こうがどうなっているのかは船の上からではよくわからない だが、この岩山の向こうに、サラの住む新しい街があるという。 ( 会いたい ) 吹きさらしの甲板で、ハミルは怖い顔になった。 会わない方がいい という強い信念があった。自分がバルシネを押し倒したときのこと を思ったからだ。父の愛人であるあの人にさえあんなことをした。ずっと恋しく思ってい るサラに会ったら、何をするかわからない怖さがある。 寵だが、自分はそれほど意志の弱い男だろうか。 の ( あのときは、まだロ 1 ドス島でぬくぬくと暮らしていた ) 一あれから何か月もたっている。 今のハミルには、自分自身がある程度コントロールできる自信がついてきていた。理性 碧 という若木が真ん中に一本、なんとか生えてきたような気がする。 ( サラに会って、元気な顔を見せるだけだ。ここでおれのことを待っててくれと伝えた かんばん