まどう 目に涙を浮かべ、ばっくり割れた傷口を、癒しの魔道を与えてふさいだジューン・グレイ スは、ディーノを見て礼を言いながら剣を鞘におさめ、立ちあがって後ろを振り返る。岩と しゅそ 地面を朱に染め、ものすごい量の血が流れ出ていた。 からだ 「どうりで身体に力が入らないわけだ」 あとかた なっとく 納得してジューン・グレイスは、ひょいと指を動かした。飛び散っていた血が跡形もなく 消え、ジューン・グレイスの顔に血の気が戻った。 「お前 悪い夢を見ているような気になり、気味の悪いものを見る目で、ディーノはジューン・グ なが レイスを眺めた。ジューン・グレイスは、にこっと笑う。 「わたしはリカルド様の、五の魔道力を、身体の中に分けていただいているんですよ。 サフィア・レーナ様を守るためには、これくらいでいちいち死んでいられませんから」 しんけんたずさ 最強の自己回復力を持っジューン・グレイスは、しかも今、箱舟の力と繋がった神剣を携 ことか えている。魔道力には事欠かない。 大気の中に気を読んで、サフィア・レーナの棹脈をしたジーン・グレイスは、顔色を 変えた。 「サフィア・レーナ様 " 血相を変えたジ = ーン・グレイスが、 1 に駆けて向かった先。 さや はこね つな
「あうつ : うめくちびるか 呻いて唇を物み、痛みに息を詰まらせて、ジューン・グレイスは顔をしかめる。頭の中が つらぬ 真っ白になりそうなほど、凄まじい痛みが全身を貫いた。 「だめよ、無理しちゃ : ささ 真横から、ささやくように言いながら、背を支えようと手が伸ばされてきた。 起きあがったみに微妙な感じで岩にのっていたバランスを崩し、斜めに傾いだジ = ー ン・グレイスの身体を、横からへイゼル・ヒンドが受け止め、座り直させる。 水の抵抗のおかげで、受け止めてくれる胸にゆっくりと倒れこんだジューン・グレイス は、カ萎えた手で〈イゼル・ヒンドの腕をむようにして、顔をあげる。 「 : : : ォルファン、は : 声を出すと、胸がきりきりと痛んだ。 しんけん なお だいじようぶ 「大丈夫、息はあります。治せます。神剣の使い手であることが、幸いしましたね」 覇尋ねたジューン・グレイスに、別の方向から返事が返った。 なジ = ーン・グレイスの上にさ「ていたオルファンをどけてくれた、マーカラインだ。 華冷たくさえ聞こえる、質な鏘きを帯びた特徴的な声の主を思い出し、ジ = ーン・グレイ スはヘイゼル・ヒンドに支えられ、すがりついたまま、マーカラインの声のしたほうに顔を ・同ける。 すさ
絽ちもない。それに世界じゅうのどこよりも、ここは安全な隠し場所だ。 「ちょっと ! あなたがいなくなったら、どうするんですか ! 」 何かあったら男手も必要になるのに、男性にとって危険な糒龍を、放りだして行くの ひりゅう か。降りてくる巨大な飛竜に向かうディーノに、グレイスは怒りながら近寄る。 しり 近くに来たグレイスの尻を、ひょいとディーノの手が撫でた。悲鳴をあげ、グレイスは ディーノのそばから飛び逃げる。 「何をす : : : 」 真っ赤になってディーノを睨んだグレイスの声が。 「るんですかー 一段低くなった。ぎよっとして目を剥き、グレイスはロを押さえる。グレイスの身につけ ていた衣装が、突然に変わった体型にえられず、仮縫いの糸をけさせた。 小さな飛竜を肩にのせて、巨大な飛竜に乗り、空に上がったディーノが高らかに笑う。 「これなら問題なかろう ! 後はんだぞ、ジ、ーン・グレイスー これだけは必要かと思っていた精龍王のカの一部、残っていた力を、予定どおりに与え、 たびじたく このえ 再び男に変化したジューン・グレイスを近衛の任につかせたディーノは、旅支度と着替えの ために部屋に戻る。城の場所は、占いでわかるから、離れても問題はない。 「なんなら、一生そのままでもかまわぬぞー にら
スだからこそ感じ取れた気だった。 はじ ひこういん ジューン・グレイスは弾かれるように腰をあげ、飛行印を結ぶと一気に地を蹴っていた。 つる とっぜん 弦を離れた矢のように、突然に飛び立ったジューン・グレイスに、何が起こったのかと、 ねこうはん 舟の甲板にいた者たちが驚いて顔をあげる。問いかける声も耳に入らない様子のジューン・ グレイスは、振り返りもせず、瞬く間に見えなくなってしまった。 ひりゅう 離れていても、気がついてもらえたことを感じた巨大な飛竜は、その場に留まった。迎え にこられたジューン・グレイスは、待っていた巨大な飛竜に、急いで近寄った。 何があるというのかと問おうとするジ、ーン・グレイスを、巨大な飛竜がう。 で、黄金の光の柱が屹した。 またたま
116 まどうりよく 動ける者のなかでただ一人、騎士の称号を持っジューン・グレイスが、魔道力で四人を 守ろうと申し出た。 騎士のなかでいちばん恥であっても、正式にその称号を与えられているジ、ーン・グレ まさ こうげきま、っ、よ イスの魔道力は、攻撃・防御の両面において、ヘイゼル・ヒンドやマーカラインよりも勝っ ている。ジューン・グレイス一人に四人も守ってもらわなければならないというのは、なん なさ だか情けない気もしたが、安全に素早く移動を行うことを優先させるなら、方法としてはそ れがいちばんいい。 せんこう 頭の中に閃光のように、嫌なものが弾けた。 武術訓練を専門に行っているジューン・グレイスの反応が、いちばん早かった。 「マーカライン ! 早く近くに ! 」 かか さけ 叫ばれて、チュニア・リニ 1 を抱えたマーカラインは、あの感覚がなんなのかと考えるま からだ えに、身体を動かした。 けつか、 素早く作られたジューン・グレイスの防御結に、ものすごい魔道力が襲いかかった。 はじ おそ
ナをかばったジューン・グレイス。 にら ひとみ 睨みすえるセピアの瞳に、すうっとロワールⅡアール・フィージは目を細めた。 せいりゅう 「なるほど。あいかわらず、たいしたお友達だ。 いや、今は自分の幸せも捨てて精龍 に。を尽くす近衛騎士ですか。グレイス、 しいえ、ジューン・グレイス。楽しいです か ? そんな恥ずかしい姿を人前にさらして生きていて」 「やかましい ! 」 どな そっちよく ジューン・グレイスは、かっと頬を真っ赤にして怒鳴った。変わらぬ率直さを見せる ジ = ーン・グレイスに、ロワール。アール・フィ 1 ジは、を鳴らして笑う。 「親切ぶっている連中が、心の中でどう思っているか、知ってますか ? 笑ってますよ」 「うるさい ! 黙れつ ! 」 むだ 「そう、あなたの大切なオルファンだって、例外じゃない。あなたには、言っても無駄だか ら黙っていますが、彼は、あなたのことを恥じてるんですよー しんらっ それが悪意ある嘘だとわかってはいたが。辛辣に言い放たれた言葉に、びくりとジュー ふる ン・グレイスは背を震わせた。 「やめて ! ひどいことを言わないでー 叫んだサフィア・レーナに、ロワ 1 ルⅡアール・フィージは、つんと顎をあげる。 げ・んきよう 「ジューン・グレイスを皆の笑い者にしている、すべての元凶は、姫様です」 ほおま あご
ォルファンに治癒の魔道力を与えていたマーカラインが、ほっと小さく息を吐く。 「これでなんとか、箱舟まで運べるで : 言いかけた言葉をみこんで、ぎよっとマーカラインは目を剥いた。ジ = 1 ン・グレイス もヘイゼル・ヒンドも、びくりと身体を震わせた。意識のないオルファンでさえ、かすかに 臉を震わせた。 それは身もる、気の、凄まじい悲鳴の波動だった。純粋な苦痛と恐怖。 発しているのは 「チュニア・リニー ? 一早く、それが誰だかわかったジ = ーン・グレイスが、名を叫んだ。 海面に影が落ち、四人から少し離れたところに、小さな人影が飛びこんできた。 それは、身体を包んだ紅蓮の炎で、周りの海水を蒸発させ、激しいに包まれながら、 勢いよく没していく。 覇「チュニア ! る ヘイゼル・ヒンドを振りほどいて、思わず飛びだしていきかけたジューン・グレイスは、 。な 華鎧のはずれた右肩にはしった激痛に、体勢を崩す。岩場から転げ落ちかけたジューン・グレ イスを、慌ててヘイゼル・ヒンドが引き戻した。 「任せてください ! 」 まぶた よろい まか あわ はこぶね ふる ころ
サフィア・レーナと行動をともにすることが多かったジューン・グレイスは、ロワール公 子と一緒に過ごした時間も多かった。サフィア・レーナを慕い、ジューン・グレイスに懐い てくれた、可愛い少年。小さな小さな赤ん坊の頃から、よく知っている。目も開かない頃、 すす ダイアナに勧められて、こわごわ腕に抱いたふわふわした感じも、おむつをつけた大きなお しり 尻を持ちあげて、初めて歩いた日のことも、覚えている。 せいれいもり しようちょう ロワールの存在そのものが、ジューン・グレイスの中で、精霊守の明るい未来を象徴し ひとみ ていた。陽の光の色をしたまぶしい金の髪と、萌え出る緑の色をした瞳は、守りたい自然の 一部をはめこんでもらったもののようだった。 ぐっとを鳴らしたジ、ーン・グレイスは、きつく目を閉じて口を押さえた。身体を折「 たジューン・グレイスの背中を、悲痛な顔でヘイゼル・ヒンドは撫でさすった。 チュニア・リニーを焼いた炎は、すぐに消えた。 いり・よ′、 覇威力を持っ魔道の炎なら、それ以上の魔道力で払い落とさないかぎり、対象物を焼きつく なすまで消えないというのが常識であるのだが、見たこともないほど恐ろしい威力を持ってい 華たわりに、その炎は簡単に消えた。 えんりゅう その昔、神々の怒りをかった炎竜は、身にまとった炎の衣を、この海の水ではぎ取られ ひだるま Ⅱたのだ。だから、炎竜の火は海水によって消える。火達磨になったチュニア・リニーは、そ かみ した いりト ` ′、 なっ
128 舌打ちして、ジ = ーン・グレイスはでと印を変える。 ぐしゃ つな せいじゃ 「天に吊るされし愚者の足元に地に繋がれし聖者の頭上に未だ産まれぬ老女の髪で水 無し川の蝶を捕らえよ正義の襯はやかに我が前に閉じた扉を開かれん ! 」 はめつ 世界を破滅から救うために。悪しき力を振るう男と戦うために : えが 失われた古代文字を空に描いた剣を、気合いをこめてジューン・グレイスはまっすぐ前に しんけん 突きだした。呪文と印をもらい、不思議の光に輝いた神剣から、一条、黄金の光が伸びだ しようとっ ふかしかべ し、前方の空間に衝突した。不可視の壁に衝突したかに見えた光は、空間に火花を散らし、 それを扉のような形に押し開いた。 まどうし おもむき せいじよ それはかって、聖女との世界救済の旅で、魔道士が開いてみせたのと趣を同じくする門 ディーノにとっては、何度も通り抜けた経験を持つ、虹色の光に満ちた不思議の空間。 「行きます ! 」 後ろに乗るサフィア・レーナに、しつかり掴まるように声をかけ、ジューン・グレイスは 素早く剣を鞘にしまうと、飛竜の手纐を操った。 勢いよく動いた飛竜、振り落とされないように、ジューン・グレイスの腰に腕をまわして 掴まりながら、サフィア・レーナは後ろを振り返った。 ジュ 1 ン・グレイスに遅れることなく続こうと、巨大な飛竜を動かしたディーノは、ひど く心細い顔で振り返ったサフィア・レーナに、薄く笑った。 にじいろ かみ
圓に水を気管に詰まらせたり、飲みこんだりすることもない。水圧も感じないし、凍えること もない。水の外にいるのと同じように、会話したりもできるが、伝わりにくい声は、ある程 まどうりよくおぎな 度魔道力で補うことが多い。 かんまんまばた ばんやりする頭で、緩慢な瞬きを繰り返しながら、ジューン・グレイスは自分の上からど けられたものを、見るでもなくめる。 よろ、 ごっごっした岩にあたっている背中。身につけた織が、半分はずれているのだろうか。そ の岩の質感が、衣服一枚の時のように、はっきりと感じられる。全身が、ばらばらになりそ , つに」痛 ) 0 短く刈った髪を立てた、見覚えのある誰かの影が動いていた。自分の上にのっていたもの いや、折り重なるようにして倒れ、上にのっていた者を、どけてくれているよう , 」っこ 0 回転のった頭で考えるジ = ーン・グレイスは、しかしどかされていくその男を、よく ゆる あかがね 知っていた。水の中、藻のように緩く揺れる、明るい銅の色のやわらかい髪 : ォルファンー はっと目を見開いたジューン・グレイスは、弾かれるように身を起こした。 からだ いきなり動かした身体に、激痛がはしった。 かみ はじ こ′」