134 空を蹴ったロワール日アール・フィージは、サフィア・レーナに向かって飛ぶ。 ぎようしゆく まどうりよく びぼう 凝縮させた魔道力を、光り輝くレピアに変えて握ったサフィア・レーナは、冴えた美貌 にら で、接近するロワール日アール・フィージを睨む。 かわい 「可愛いサフィア・レーナ。わたしを殺すのですか ? 一気に近くに寄って、ロワール日アール・フィージは今にも愛撫するかのように、サフィ ア・レーナの顔に手をのばし、落ち着いた声で優しく問いかけた。ロワールであるその顔と しゃべ 声は、サフィア・レーナの大好きだった兄、リカルドと酷似したもの。そして喋り方さえも みに真似られた言葉は、リカルドその人の口から発せられた言葉と錯しても、不思議は ない鏘きを帯びている。 まうぎよけつか、 舞いあがった海水が、激しい雨となって降り注ぐ。方御結に守られたディーノたち三人 えんりゅうよろ、 は濡れず、燃えあがる炎竜のをまとうロワール。アール・フィージは、濡れるよりも先 じようはっ に水のほうが蒸発してしまう。 しやまく 白くしぶきあげる雨を、蒸気に変えた紗幕の向こうの顔に、ぎりつとサフィア・レーナは りゅうび 柳眉を吊りあげた。 けが 兄リカルドと、その子、ロワールを、これ以上汚され、辱められたくはない。 「殺します ! 」 さけ 凜とした声で叫びながらサフィア・レーナは、こっそりと鞘から引き抜かれ、今まさに自 りん はずかし さや
ころ て転びながらも、二人がかりでなんとかダイアナを守る。箱舟は唐突に停まった。 「なんじゃ e: いったい、何が : しやくじよう とびら 錫杖を押しあてて扉を開いた老ソール・ドーリーは、何が起こっているのかと、部屋を こうはん かいそう か 飛びだし、甲板に出ようと、上の階層に向かう階段を駆けあがる。また何か起こってはいけ すみ しんちょう ないと、何が起こっても速やかに対処できるよう、慎重に身構えながら、ダイアナを抱い たニーナ・クレイエフが後に続く。 老ソール・ドーリーが居間と食堂のある階まであがり、甲板に出る階段に向かおうとした 時、再び箱舟が揺れた。 甲板に出る昇降口から、船室に向かって一。紅蓮の炎が噴き降り、魔道力の界によっ て素早く外に押し戻された。 少女の幼い響きを持つ、身もるような絶叫が、甲板の上を移動する。 さあっと音をたて、老ソール・ドーリーの身体から血の気が退いた。注意深くダイアナを 王抱えながら階段を上っていたニーナ・クレイエフも、大きく目を見開き、思わず足を止め る」 0 かたまり せんアん 麗移動した少女の悲鳴は、燃え盛る炎の塊とともに船舩の窓の外を通り過ぎ、激しい水音に よって消えた。 遠く離れた下のほうで、血を吐くようなフラナガンの叫びが、小さく聞こえた。 と、つとっと
へだ 語られない真実に隔てられ、やはりサフィア・レーナとディーノとの距離は遠い。しかし その心は、確実に近づいていることを、ディーノは感じていた。 みちび はる 不思議の空間を抜け、導かれ出た先は、まだ陸地には遠く及ばない、沖合い遥かな海上 はかよ けしき だった。『竜の墓場』のあった場所と、景色としてはほとんど変わりないが、陽の高さが違 う。祈りをこめた呪文は、三人を、まっすぐ王都に向かうはずの、ロワール日アール・ フィージが、必ず通るべき場所に導きだしたはずだ。間もなく来る。 野獣・炎竜を織として、力を利用していなければ、アール・フィージは黒魔道による影 よこしま やみ 移動で、王都に向かうことができた。聖獣は、邪なる闇の魔道である黒魔道を使うことはで てつつい かえん きないのだ。神々の怒りの鉄槌にも等しい、強大な破壊力を持っ炎竜の火炎は、いっさの 破壊という点において、黒魔道と方向性を同じくするため、利用されることができる。聖 邪、両方における強大な破壊力をほしいままにするアール・フィージだったが、細かなとこ 覇ろで制約があった。魔道で開く門は、正負の力を持つ者が同時に通り抜けることは、基本的 ぼうだい にはできない。強行するならば、かなり膨大な魔道力を一度に消費してしまうはずだ。少し 華ばかり時間はかかるが、目的地まで飛行魔道で向かったほうが、失う魔道力は少ない。破壊 のための力を、残しておくことができる。 じゃ こま
反った。まとっていた炎竜の織が、内側から加えられた圧に耐えきれなくなったように、ば らばらにけ散る。 りゅうし ロワールの全身の毛穴から、光の細かい粒子が噴きだし、ロワールの姿を輝かせた。 ディーノは龍珠のかけらを擱んだ手を、自分の胸の前に引き戻すように動かす。 「ディーノ様 ! 使ってくださいな ! 」 つばさ すかさず、ヘイゼル・ヒンドが銀色の小鳥をディーノに向かって飛ばした。翼で風を切っ て一直線に飛んで来た小鳥は、ディーノの顔のすぐ横で止まり、何やら見覚えのある銀色の 小箱に変化する。サフィア・レーナが龍珠のかけらを回収した時に、一時保管するのに使っ まどう ていた、あの魔道の小箱だ。 ディーノが腕を引き戻すのと同時に、輝いていたロワールの身体が小さく縮んだ。 ちゅう 目を閉じ、元の小さな少年の姿に戻ったロワールが、輝きを失って宙に投げだされた。 ひりゅう けいこく 一足早くディーノのそばに向かったメリンダが、飛竜を急降下させ、渓谷に向かって糸の 覇切れた人形のように墜落していく口ワールを受け止めた。 ばらばらに砕け散り、炎を消して落ちながら、鎧になっていた炎竜のは再び、干から 華びた一頭の飛竜の死骸へと凝り集まった。滅しているとはいえ、不思議の力を駆使した野 の遺骸を、そのままにうち捨てておけば、心ない者に悪用される危険がある。埋葬し、蜥 、いんほどこ 四印を施しておく必要があるため、ヘイゼル・ヒンドがこれを追った。 ついらく よろ、
122 「サフィア・レーナ姫 ! アール・フィージを止めよ ! 」 「彼を王都に向かわせてはなりません ! 」 お 墜ちていく箱舟から、ニーナ・クレイエフとヴェルトライゼンが叫んだ。 不安定に揺れ、斜めに傾いでいた箱舟は、あの恐ろしい爆発よりもわずかに早く行動を起 こしたフラナガンがたどりついてをとり、荒れう大気のなか、なんとかして平衡を取り 戻そうとしていた。 そう、王都。 そうせい 創世の神が、最初に降り立った地。 あそこにあの勢いで一撃を加えられたなら、世界は糸の切れた首飾りのように、ばらばら ほうかい めぐ に崩壊してしまう。世界のすべての生命力は、あそこを中心として巡っているのだ。 そしてアール・フィージを止めるということは からだこうちよく ぎくりと身体を硬直させ、サフィア・レーナは目を見開く。 「お前に殺せるのか ? 」 静かにさえ聞こえる声で、ディーノか問い力した みずか 止めるということは、殺すということだ。自らも死ぬつもりで世界を破壊しようとしてい るアール・フィージを阻止するためには、彼を殺さなければならない。そうしなければ止ま はこぶね なな
どもね。あんたたち二人が落ちてきたのにびつくりして、あたしたちは目が覚めたのよ。水 からだ なお か 面で打って、身体じゅうがたがただったのをなんとか自分で治して、駆けつけたの。・ うね、あんたたちが落ちてきてから、五分くらい、かしらね」 「そんなに : げきつうおそ 早く海上に戻ろうと隹 . って、少し身体を動かしたジューン・グレイスは、再び激痛に襲わ れ、顔をしかめる。 まどうりよく 「だめよ ! ちょっとじっとしてて ! 治癒のための魔道力がうまく入らないじゃない 「・ : ・ : すみません : ・ がた 高さと勢い、侵入角度によっては、水も地面より安全とは言い難い。今のように、鉄板や しようげき 石に向かって落下するのと同じくらいの、激しい衝撃を受けることだってある。 そしてオルファンは、それに加えて、凄まじい魔道力による攻撃を受けている 「ほかのひとたちは : 「さあ、どうなってるのかしらね。水があたしたちを守ろうとしてて、上の気の様子がさっ ばり読めないのよ。とにかく、今、この海の中にいるのは、あたしたち四人だけよ」 「そうですか・・・・ : 」 ならば、なんとかもちこたえている、のだろうか : あ すさ
「わかっていましたわ。ロワール、あなたにはできないって」 だから、丈夫。わたしは平気なのだし、いや失敗は、誰にでもあるのだから。 きっとディーノも、許してくれる。 救いを差し伸べるように、そっと手を出そうとするサフィア・レーナの前で、ロワール くちびる が唇を動かした。 「 : : : わかっていた、ですって : : : ? 」 重く静かなロワールの声に、小さな子供に向かってするように差し出そうとしていた手 を、サフィア・レーナは止める。本質に変わりはなくとも、自分の仕草が相手に対してなん ふにあ だか不似合いのように思えて気圧された。 「僕が、この男を殺せない。傷つけられない。 ・ : そう、わかっていたのですか ? 」 ゆっくりと顔をあげたロワールは、まっすぐにサフィア・レーナを見つめた。 サフィア・レーナに向けられたのは、若草色の瞳しかしそれは内にする溶岩の激 いだ しさを感じさせる、怒りを抱く瞳だった。 誰からもそのような目を向けられた経験などなく、しかもロワールにそんな目で見られよ うなどとは思ってもいなかったサフィア・レーナは、驚いて胸の前で手を握りしめる。 さいぎしん 動かない者は、腹の中で何を考えているものか、知れたものではない。猜疑心の強さで、 いたずらに言葉を発しなかったディーノは、サフィア・レーナの思っているような反応では
じよめいしよぶん もと精龍王候補者の一人であり、除名処分を受けた精霊魔道士アール・フィージの死亡 王が、浮空城で報告された。 る 。な 麗 華 おう 翁が来て、アール・フィージと話をした。しかしそれはアール・ 最長老ソール・ドーリー なっとく フィージが納得できるものではなかった。 どうしてこうなってしまうのか、いくら考えてもアール・フィージにはわからなかった。 はくだっ せいれい わからなかったがために、精霊魔道士としての資格も剥奪された。 精霊魔道師ニーナ・クレイエフにより、すべての魔道力と感覚とを消され、アール・ フィージは一人、曠に置き去りにされた。 するどきばつめ りゅうきしたい 数日後、その場所の近くに向かった竜騎士隊の精霊魔道士たちが見たのは、鋭い牙と爪で 引き裂かれた衣装の残と、おびただしい量の血癜といくつかの小さな肉片、そして骨のか けらだった。竜騎士隊は懸の携索を行って後、それ以上の違品の回収をあきらめて帰路に ついた。
講談社 X 文庫ホワイトハート 流星香の作品 黒い写本 イ かくおにゆうぎたん . 隠れ鬼遊戯譚 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 不良少年たちの背後に , 何かが忍び きさらぎはなみ 寄る ll 如月華蜜の存在が気になり , いつになく気もそぞろの悠司。周囲の 人々に、、恋わずらい″と冷やかされる が , 悠司の真意は別のところに・・ヨ ? 日萌芽の奥津城 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ あんじ 冬の桜花は , いったい何を暗示する のか冬も間近だというのに , 寝苦 しくなるほどの暖かい日が訪れた。 この異常気象に , 写本の影響を感じた 悠司は , 原因を探りはじめるが・・ヨ ? ことだま かげばうし 日言霊の影法師 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 黒い写本の最終章を取り戻すため , 学校へ向かった悠司を待っていたの どくろ は , 鎌を持った髑髏 - ー一死に神だった。 不滅の魂を持つ悠司だが華麗なる 聖戦土の超自然ファンタジー最終幕日 ほうが おくつき たましい
3 / ひりゅう ロワールから離れた巨大な飛竜のあいだに、メリンダとフラナガンが横から割りこみ、自 分たちの背後にディーノをかばう。 すご びぼうぬしね 凄みさえ増した美貌の主に睨めつけられ、気圧されてロワールはかすかに身を退いた。サ フィア・レーナがこんなに怒る様子など、これまで一度も見たこともなかった。 せいりゅうおう 「 : : : 姉様は、僕を精龍王にする気がないのですね : : : ? 」 「そんなこと、今は問題にすべきことではありませんー いらだ さすがのサフィア・レーナも、ロワールのあまりの聞き分けのなさに、苛立ちをつのらせ おさな だがしかし、幼いロワールの未来はすべて、精龍王になること、ひとつに向かって進んで いるものだった。勉強も、魔道の修も、何もかもーー・。否定はすなわち、ロワール自身 ささ あや みずか の存在理由を危うくする。自らの支えとするものを、ひとはそう簡単に手放しはしない。 ロワールは泣きそうな顔で、視線を落とす。 姉様は、そんなふうにるひとではなかった。 あの男が現れてから、姉様は変わってしまった。 姉様はあの男に殺される。 ひ