分に襲いかからんとしていた炎竜の剣をレピアで払いのけた。 「サフィア・レーナから離れろ " " 」 怒号のように吠え、斧を握ったディーノを乗せた巨大な竜がロワール。アール・ フィージに襲いかかった。 しようし 「笑止 ! 」 腕をった鎧で、火花を散らしながら銀斧を受け止め、にいっとロワール。アール・ くちびるはし フィージは唇の端をあげた。ディーノの胸めがけて、炎竜の剣の切っ先を返す。 「させません ! 」 こんじよう しんじゅう 「今生で結ばれえぬ恋人たちには、心中もお似合いですよ」 ひるがえ 横からレピアで突きかかるサフィア・レーナから身を翻し、銀斧を払いのけたロワール = アール・フィージは笑った。 三人一緒に死になさいー 王ばくれつ 覇爆裂する強大な魔道力。 な降り落ちてくる水が、一瞬にして蒸発し、大地が大きくえぐれて消えた。 せんこう 華目もくらむ閃光が消えた後、ロワールアール・フィ 1 ジの前に、 ただひとっ残ったも しんけん 神剣シャイレン・ネルデを構え、背後にディーノを乗せた巨大な飛竜と、サフィア・レー の。 おそ いっしゅん にあ
140 の、美。悪をも善に転化させるほどの、強烈な魅力。 ( 殺される。ーー ? ) ぎんふ おそ きしん 銀斧を振りかぶって襲いかかるディーノの姿、雄々しき鬼神を思わせる男の姿に、アー さいだんささ いにえ ル・フィージは目を奪われた。祭壇に捧げるために屠られる生け贄になったかのような錯覚 を起こさせる、その男の存在に圧倒され、何も考えられなくなっていた。 えんりゅう 頭上から襲いかかったディーノの銀斧を、しかし炎竜の剣が、がちりと受け止めた。 われ 眼前で激しく散った火花に、はっとアール・フィージは我に返る。 からだ きびん 意識を縛り、支配していたロワールの身体が、ディーノに対し、機敏に反応していた。 殺意に及ぶほどの憎でのかけらの力を用い、変化したロワ 1 ルの肉体は、ディー ノを忘れてはいなかった。決して、許すはずはなかった。アール・フィージの意思がりつ いていようとも、敵にむざむざとやられるものではなかった。その男が雄々しければ雄々し びれい いほど、戦う力を有す男として美麗であればあるほど、憎悪は激しさを増し、殺意で肉体に 力は満ちる。 せいれいまどう 銀斧を受け止めたのは、ロワールの精霊魔道と龍珠のかけらの力が用いる、炎竜の剣だっ た。黒魔道の関与しない力。銀斧は闇の力と戦うためのもので、神から与えられたカと戦う ためのものではない 銀斧を打ちこんだ次の間、ディーノは炎竜の剣にそれを受け止められ、ものすごいカ やみ ほふ さつかく
するわけにもいかないし、悪くすれば、嫌な結果になる。 おもわく しかしサフィア・レーナの思惑よりも、この時、ロワールの動きのほうが早かった。 振り返ったサフィア・レーナは、あまりに近い位置にあったロワールの姿に、大きく目を 見開いた。 ま じゅもん ( 呪文が、間に合わない ) えくず ほのお しやくねっ にやりと笑み崩れたロワールが、激しい炎の尾を引く灼熱の剣を振りかぶる。この一撃 まどうは ほうむ の魔道波で、サフィア・レーナもディーノも、メリンダも、一度に葬れる は 水しぶきを跳ねあげ、海面に顔を出したフラナガンは、サフィア・レーナたちに襲いかか るロワールに、目を剥く。 「姫様あっ " こ りゅうけん 大気を焦がして振り下ろされた竜剣の魔道波が襲いかかるそのまえに、霧を巻き空間を とつじよ 割って、突如として箱舟が出現した。 せいれい ふしぎはんせん 聖き大量の精霊魔道の力に満ちた不思議の帆船。 かんぜん それは悪意ある竜剣の魔道波を敢然と跳ね飛ばし、そしてその攻撃を行った者も、き飛 はこぶね きり おそ まじ
ちだ えんりゅうやいばつらぬ 見覚えのある炎竜の刃に貫かれたまま、血溜まりの中に倒れ伏すサフィア・レーナの姿 に、ディーノは目をいた ディーノより一歩先んじ、サフィア・レーナを地に縫い止めた剣を引き抜こうと、に手 しようきおそ をかけたジューン・グレイスは、真っ黒な瘴気に襲われ、思わず悲鳴をあげる。 「退けー ごきあらどな 語気荒く怒鳴ったディーノがジューン・グレイスを押し退け、地面に深々と突き刺さった 剣を引き抜いた。倒れたままのサフィア・レーナは、びくりとも動かなかった。 「サフィア・レーナ : 「巒らないでリ しんらっくちょう 有無を言わせぬ辛辣な口調で、炎竜の剣を捨てたディーノを、ジューン・グレイスはサ ごういん フィア・レーナのそばから引き離し、その前に強引に割りこんだ。 くろかみ サフィア・レーナの黒髪の先が、かすかに茶色みを帯びていた。 ささ 覇刺激を与えないように魔道力で支えながら、そっと抱き起こしたサフィア・レーナの顔 は、紙のように白く、まったく血の気を欠いていた。全身、氷のように冷えきっている。衣 華服の内の胸は鼓動しているのかどうかわからず、の震える気配さえない。 さつらぬ 切り裂かれた腹部の傷、刺し貫かれていた傷に、癒しの魔道を与えながら、ジューン・グ くちびるか レイスは唇を噛む。黒魔道が、血と一緒に生命力までも、流出させていた。流れた血は癒し
196 こうけいしゃ せいりゅうおう そう、父・リカルドの後継者たる、次代の精龍王は、精龍姫サフィア・レーナによって 誕生した。もうどうしても、ロワールがいなければならない必然性はない こうちよく ひとみ しゅんじ 硬直したロワールアール・フィ 1 ジの瞳は、瞬時にして若草色から左右別々の色に変 化したが、身体は動かなかった。聖なる斧の気を帯びた光の剣が肩口に振りおろされる寸 前、アール・フィージはロワールの背面から、ずるりと抜け出た。 えんりゅうよろ、 光の剣は炎竜の織をまとうロワールの左肩から胸に向かって、深々と刃を食いこませた。 目を見開き、悲鳴をあげかけた姿のまま、ロワールの時間がりついた。 は ふしぎはんせん 渓谷の上空に霧を刷き、純白に輝く不思議の帆船が現れ出たのは、この、光の剣がロワー ルアール・フィージの身体に食いこんだ、瞬間である。 けがにん かんご まか メリンダに怪我人たちの看護を任せ、それぞれに定められていた持ち場についたのは、 ひりゅう マーカラインとヘイゼル・ヒンド、そして肩に小さな飛竜を乗せたフラナガン。チュニア・ リニーが行っていた行き先を調べる占い水盤と、オルファンの役目であった檣下帆を精 れいまどうし らしんばん 霊魔道師ニーナ・クレイエフが引き受け、老ソール・ドーリーが羅針盤を受け持っていた。 せんこう ディーノの振りおろした光の剣は、一条の閃光となりながら、ロワ 1 ルⅱアール・フィー のぞ ジの身体を割って食いこみ、その刃先を寺面に覗かせていた。 濃紺の法衣をまとう、アール・フィーらしき影が、光の刃をれてわずかに早く、背面 きり 0
4 十 / 「はい、 お母様・ : : ・ ! 」 さか 身のまわりの世話をしながら、行儀作法を教えるメリンダには、逆らってはいけない。し かしそれよりなお、母であるダイアナの存在は、ロワールにとって大きかった。ダイアナの ぜんあく 言葉ならば、そこに善悪の判断は何も必要なかった。言われたことはすべて、やるべき正し いことであるのだ。第官であり一騎士のメリンダより、ダイアナは絶対なのである。 「あいつはダイアナ様じゃねえっ ! 」 さけごえ 真実を告げるフラナガンの叫び声も、ロワールの耳には入らなかった。 おそ しかばね なんのためらいもなく、ロワールはメリンダに剣を向けて襲いかかった。屍を越えろとい う一言葉どおりにするのが、もっとも正しい礼儀であるように思われた。 炎をまとう竜の剣で真正面から分断されそうになったメリンダを、間一髪糒龍の魔道 りよくもち しりぞ 力を用いて、サフィア・レーナが退けた。 「やめて、ロワール ! 」 逃げるサフィア・レーナとメリンダを、恐ろしい勢いでロワールが追う。 きさま 「ヴァイ・グーン、いや、アール・フィージ ! 貴様 : ぎんふ ひりゅう 銀斧を出現させ、巨大な飛竜で向かい来るディーノに、空の散歩を楽しむように天馬を軽 かろ
128 舌打ちして、ジ = ーン・グレイスはでと印を変える。 ぐしゃ つな せいじゃ 「天に吊るされし愚者の足元に地に繋がれし聖者の頭上に未だ産まれぬ老女の髪で水 無し川の蝶を捕らえよ正義の襯はやかに我が前に閉じた扉を開かれん ! 」 はめつ 世界を破滅から救うために。悪しき力を振るう男と戦うために : えが 失われた古代文字を空に描いた剣を、気合いをこめてジューン・グレイスはまっすぐ前に しんけん 突きだした。呪文と印をもらい、不思議の光に輝いた神剣から、一条、黄金の光が伸びだ しようとっ ふかしかべ し、前方の空間に衝突した。不可視の壁に衝突したかに見えた光は、空間に火花を散らし、 それを扉のような形に押し開いた。 まどうし おもむき せいじよ それはかって、聖女との世界救済の旅で、魔道士が開いてみせたのと趣を同じくする門 ディーノにとっては、何度も通り抜けた経験を持つ、虹色の光に満ちた不思議の空間。 「行きます ! 」 後ろに乗るサフィア・レーナに、しつかり掴まるように声をかけ、ジューン・グレイスは 素早く剣を鞘にしまうと、飛竜の手纐を操った。 勢いよく動いた飛竜、振り落とされないように、ジューン・グレイスの腰に腕をまわして 掴まりながら、サフィア・レーナは後ろを振り返った。 ジュ 1 ン・グレイスに遅れることなく続こうと、巨大な飛竜を動かしたディーノは、ひど く心細い顔で振り返ったサフィア・レーナに、薄く笑った。 にじいろ かみ
は大きく目を見開く。 「それ、オルファンのシャイレン・ネルデ : ゆいしょ 神話に近しい時代から、オルファンの家で親から子に大切に譲り渡されてきた、由緒ある りゅうきしちょうしゅうにん しんけん 神剣。若くして資格を認められ、竜騎士長に就任した祝いに父から譲られたそれを、彼が どれほど大事にしていたか、オルファンと交流のあった者なら、誰でもが知っている。 剣を見つめ、。くサフィア・レーナに、お喋りをしている暇はないとばかりに、ジー こた ン・グレイスは見向きもせず、応えなかった。 負傷したオルファンは、マーカラインのおかげで助かったとはいえ、死の重傷である。 糒鷓サフィア・レーナを手助けするために、箱舟で同行しながら、な時になんの役 くや にもたてないことは、竜騎士長の任にある誇り高い彼にとって、どれほど口惜しいことだろ うか。意識不明のオルファンには、無断借用という形になったが、ジューン・グレイスはオ ルファンの心も自分たちと一緒に戦うことを願い、剣を持ち出した。 せいれい 覇切っ先で精霊魔道の印を空に描いたジューン・グレイスだったが、真っ暗な空から火山灰 なが降る、身を守る防御結界なしには、呼吸することすらままならないこの場所では、空間を 華開くような高度な精霊魔道など、とても使えなかった。普段なら下に降りて精霊門を開くの だが、灼熱のマグマが流れ、不阯に呼動を続けながら割れけていく地面など、もっての ワ工ゝ」 0 。カオ
192 ささ じゅくれんしゃ 駄の多い不思議の力も、熟練者たるアール・フィージの技術が支えてやれば、十二分に効 果を揮する。一途に、憎悪だけの塊であるロワールの心で挑むほうが、殺しあいという野 ばんこうい 蛮な行為においては適当であるように思えた。 「よくも姉様をつ " 】」 真の。あげる炎竜の織を、爆発的に燃えあがらせ、獣のように吠えたロワール。アー ル・フィージが、をって空に飛び、炎竜の剣を引き抜いてディーノに襲いかかった。 かろ ひるがえ かいひ 襲いかかるロワールⅡアール・フィージの一撃を、軽やかに身を翻して回避し、素早く左 みぎこし の手のひらに右拳をあてたディーノは、手のひらの中から光り輝く長剣を抜き出した。柄 ぎんふ せいりゅうおう ゅう が銀色をしたそれは、聖なる銀斧の変化したもの。精龍王たる力と、聖なる銀斧の力が融 ごう はじゃ 合した破邪の剣。 渾身の力をこめた一撃を、難なくかわされ、ロワール。アール・フィージは、懾てて体勢 きじんぎようそう くち を立て直して振り返る。鬼神の形相をしたロワール日アール・フィージに、ディーノはロ もと 許をほころばす。 「いい顔だ ! 」 にやりと笑いながら評価したディーノを、ロワール。ア 1 ル・フィージは憾怒の目で睨み つける。 「僕の姉様を返せー だ え
地に落ちた影で剣が抜かれたのを見、はっと顔を動かそうとしたサフィア・レーナめがけ て、炎竜の剣は振り下ろされた。 ちょう ひょうほんだい こんちゅう はね それは昆虫学者が、美しい羽をもった蝶を、ピンで標本台にとめるように。 さつらぬ 背中から腹部を刺し貫かれたサフィア・レーナは、で大地に縫い止められた。 襲い来た激痛に、息がつまり、大きく目を見開いたサフィア・レーナは、悲鳴をあげるこ ともできなかった。 くろまどう 黒魔道の気を帯びた、刃。 どくどくとれ出る血が、焼けた土生叫に広がり、ゆっくりと吸われていく。 に、魔道カまで流出していく。 、入らない : ( 力が : これでは魔道で剣を引き抜くこともできなければ、癒しの魔道も行えない ( このままじゃ : : : ) 覇悲鳴をみこみ、震えるサフィア・レーナに笑み崩れたロワール。アール・フィージは、 かろ ひるがえ な軽やかに身を翻して空に舞いあがると、その場を後にした。 麗 華 誰かに呼ばれたような気がして、ディーノは両の目をかっと開いた。 目を開けた間、自分が無様に地面に寝転がっていることがわかった。その体勢こ憤り、 おそ 血と一緒