170 宝飾品の受け渡しゃ代金の支払いなどの客の応対を店の者に任せて、宝飾品店の主人の ひりゅう ツェペシは、小さな飛竜を抱いたルミとロラントスを、店の上得意だけを通す、奥の一番 むか しい応接室に案内した。応接室にはルミを迎えるために一番いい食器と銀器が出され、給 したく 仕係がお茶の支度をしていた。 「もったいないことでございます : ・ ながいす ひんきやく 長椅子にルミとロラントスをかけさせ、賓客の接待を務める給仕係の男性店員にお茶 をいれさせたツペシは、ひたすらに頭を下げる。訪問といっても、視察とぎなどが こうしやくけ 目的なのだろうと考えていたツェペシは、まさか高貴な侯爵家の人間が、あのように商 売をしてくれるとは、夢にも思っていなかった。宝飾品の本当の価値がわかるのは、専門 むく 家だけだ。うまく細工してあれば、無垢な純金属とメッキの見分けすらっかないし、宝石 けんま とぎた などは石の大きさや研磨、カットの形を取り沙汰されるぐらいで、デザインに、より多く くずいし の関心がいく。大きくて立派な原石をカットしたときに出る屑石のいいところだけを集め しろうと て、豪華に仕立て上げたものであっても、素人にはわからない。宝飾品を扱う者は、そ の場の印象や雰囲気に左右されて価値が変わって見えることを熟知しているので、高級さ を演出することを怠らないのだ。最高級の宝飾品を産出しているフォルティネン侯爵家の びれい 子息ということもあるが、美麗な容姿のルミならば、ただ客の前に出るだけで、商品が何 十倍もの価値に見える。あの方のところで作っているものならばと、れとともに信頼さ
のように量を捌けるものではないが、単価が違ってひとつが売れると大きいので、ここに 宝飾品を置いておくことは大切だ。 あいさっ 宝飾品を見せて受け渡す作業は船で行うが、店に挨拶に出向くことは忘れない。スク めい ル 1 ドに命を受けた従者は、すぐに使いにたち、宝飾品店に向かった。 湯浴みをしたスクル 1 ドは、自慢の巻き毛に乱れがないようきちんと整えて、きらびや ふさわ きれい こを」うせき かな宝飾品店に足を運ぶのに相応しいよう、綺麗な服に着替えた。もちろん、金と金剛石 の装身具も、忘れずに身につける。 いつものように馬車に乗り、宝飾品店を尋ねたスクルードは、しかし主人であるツェペ でむか シの出迎えを受けられなかった。 「申し訳ございません、ただいま、ちょっと出かけておりまして : : : 」 馬車を迎えに出たのは、ツェペシの甥であるプラットスだ。礼儀正しく実直そうな青年 は、すまなそうにスクルードに何度も頭を下げる。 「ああ。それならば待たせてもらおう」 鷹 さわ ほほえ あお 白 スクルードは爽やかに言ってプラットスに微笑んだ。碧の三角に立ち寄るとき、スク の 海ルードはいつも十一時のお茶の時間になるように、宝石商を訪ねることにしている。使い を送ってから、スクルードが店に到着するまでには、そんなに時間がかかったわけではな かった。急いで呼びにいったとしても、戻るまでにはいくらか時間が必要だろう。 おい
ルミのことを気にして、そわそわとしているフェイズに、和やかに言ったスクルード は、落ち着き払った様子で部屋に戻った。 部屋に戻ったスクルードは、控えの間を通り、奥の居間に入ってから、憾激する。 「宝石商だと この碧の三角にある宝飾品店は、ツェペシの店だけだ。スクルードは今、そこに行って きたというのに ツェペシの甥のプラットスは、ツェペシが出かけていたと言ったが、出かけていては店 みが を訪ねたルミを迎えることなどできない。清掃中という応接も、磨いているところだと 説明された銀器も、金彩の補修をしているという陶器も、風邪をひいて休んでいたという ふさ 上手にお茶をいれる給仕も、美味しい最上級の茶葉も、何もかも、ルミのために塞がって さぐ いたのだ。宝飾品店の周りにいたトカゲ車は、ルミの行動を探っていたのに違いない。先 すご を争うように、もの凄い勢いでスクルードの馬車を追い越していったのは、ルミが宝飾品 店を出たことを迎賓讎にいる主人に知らせるためだ。それとなく様子を探っていた彼ら 鷹 いるす 白は、ルミに先を越されたスクルードが、ツェペシに居留守を使われ、満足なもてなしも受 海けられずに帰ってきたことを、きっと知っている。 「スクルード様、湯みの支度ができております」 あお むか
171 蒼海の白鷹 こうしやくけ うるわ れる。だから、麗しいフォルティネン侯爵家の姿絵は、額装されて店内に飾られている。 今日のように、ルミに目の前で直接に見立ててもらったものは、客にとっては思い出とと もに、とても貴重な宝飾品だ。 あいさっ うかが 「こちらにはいつも引き立てていただいておりますのに、これまで挨拶にも伺わないま ま、失礼しておりました。商売には慣れておりませんが、少しはお役に立てましたか ? りんご ひざ ひりゅう 給仕係に頼んで林檎をもらい、膝に座った小さい飛竜に林檎を与えて、ルミはツェペシ ほまえ ににつこりと微笑む。謙虚な態度に出るルミに、さらにツェペシは感動する。 「それはもう : ・ からだ 一日にあれだけの売り上げのある日は、滅多にない。興奮と感激で身体が震えてしまっ て、ツェペシは一一 = ロ葉にならないぐらいだった。 すす ルミが印象をよくしておけば、店では優先的にフォルティネン侯爵家の宝飾品を勧め て、より多くを売ってもらえるだろう。これも故郷のためだ。見目麗しく、美しいことに 対してたつぶりと自覚のあるルミは、とてもル配がよく、心にもない愛想をふりまいて点 かせ 数を稼ぐことなんて、いつでも造作もない。 あらし あお ロラントスはツェペシに、今朝がたまで続いたひどい嵐を越えてこの碧の三角に到着 し、船を降りてゆっくりと休むまえに、ルミがここにわざわざ足を運んだことを話して聞 かせた。回国の活動でえていて、十分に身体は丈夫だし体力はあるのだが、色白で華奢 けんきょ めった
はとても一一一一口えない 「疲れを癒すのにとてもよいハープがございます。もうじき十一時のお茶の時間になりま すし、そちらのハ 1 プティ 1 をおいれいたしましよう」 ツェペシは給仕に合図して、部屋の一角に設けてあるカウンターに向かわせ、プレンド したハ 1 プティ 1 をいれさせる。 「こちらはこの碧の三角でも、ごく少量しか採れません極上の品でございます。船の旅で つかえておられました胸のあたりが、すうっと楽になられますよ」 自信たつぶりにツェペシが言ったように、いれられたお茶を口にすると、身体が軽くな さわ るような感じがした。香りも甘く爽やかだ。 ( 疲労回復物質が含まれているな ) 上質のビタミンとミネラルが豊富に含まれているらしいと、優雅にゆっくりとお茶を味 わいながら、ルミは納得した。 ルミが迎賓讎を出て少ししてから、ビズウェイ侯爵家の第二爵位継承者スクル 1 ドの 乗「た馬車が、迎賓館に到着した。スクルードは、社交界でも有名な、お洒自慢の青年 でむか 貴族だ。先に来させておいた従者の出迎えを受け、気取った様子で歩を進めて迎賓館に きれい もてあそ まゆひそ 入ったスクルードは、綺麗に整えた自慢の金の巻き毛を指で弄びながら、眉を顰める。 あお からだ
びぼう あお なルミは、あえかな美貌もあいまって、見るからにか弱そうである。碧の三角にいる者 あらしほんろう つら は、皆、海をよく知っている。嵐に翻弄される船で、ルミがどれだけ辛い思いをして航海 くもん をし、碧の三角に到着したのかを想像し、ツェペシは苦悶の表情を浮かべる。 あいさつうかカ 「お呼びいただけましたなら、わたくしどものほうからご挨拶に伺いますものを : ・ まれ 高位の貴族は一般の者には姿を見せることなど稀で、自分からわざわざ、店に足を運ん でくるなどということは、ほとんどない。宝飾品を求められたのならば、店はその希望に そろ さん 見合う商品を揃えて、貴族のもとに馳せ参じるのが普通なのだ。貴族家の者が直接に関わ るときは、宝飾品を仕入れるときも同様で、指定された場所へ商人のほうから商品を受け 「ありがとう。しかしそれでは、わたしどもの宝石がどのようにして人の手に渡っていく : ああ、 ものなのか、見ることはできません。迷惑を承知で押しかけてしまいました。 裏から入るべきでしたね。すみません」 まっげ 客ではなく、関係者であったのだから。思慮が浅かったと、長い睫毛を動かしてそっと 視線を落とし、頭を下げるルミに、ツェペシはおろおろする。 めのう ばっ 「美を愛でる神、瑪瑙のターレスの罰を受けてしまいます : ・ どうぞお顔をお上げに なってくださいませ : 一生のうち、もう二度と足を運ぶことなどないかもしれない貴人に、裏から入れなどと 力。カ
ラーを巻き付けさせながら、ルミについて調べてくるように従者に命じた。なぜルミがこ んな場所にいるのか、わけがわからない。 湯みをしているあいだに、宝飾品店のツェペシからの使いが来ていたが、立腹してい たスクルードは、後ほどこちらから連絡を入れると従者に伝えさせて追い返した。ルミに いるす かまけていて、まんまと居留守を使ったツェペシには負い目があるだろうから、早朝だろ さん うが深夜だろうが、呼びつけたなら馳せ参じるはずだ。 いらいら 苛々した様子を見せたなら、それこそいい物笑いの種になる。ルミは初めてここにやっ てきて、そしてもう一一度と訪れることがないかもしれない人間だ。スクルードは何度も来 ているし、この先にも立ち寄る予定がある。たまたま同じときに、同じ場所に来合わせて ふところ こうしやくけ しまっただけだ。ここはフォルティネン侯爵家のルミナティスに譲ってやって、懐が深 かし、」 いところを見せるのが、ビズウェイ侯爵家のスクルードとしては賢いだろう。少しでも はばか からだ 裁を保っため、人目を憚ったスクルードは、部屋で身体を休めながら頭を冷やした。 しおり 寝櫛子で少し寛いで本を読んでいたスクルードは、時計に目をやると本に栞を挟んだ。 うるわ 昼食をとりにいくのに悪くない時間だ。麗しのルミナティス様に間近でお会いしたいと、 どうせ皆浮かれていることだろうから、今日はもう誰も誘わずに、一人で食事をとったほ 、フカしし 「食堂に向かう」 くつろ
「お世話になっております」 すべ ロラントスにエスコートされて馬車を降り、金糸のような髪をさらりと肩から滑らせた ひりゅう えしやく ルミは、小さな飛竜を腕に抱いて、涼しい声で言ってツェペシに優雅に会釈した。まずひ びぼう と目でルミの美貌に圧倒され、なんとも言えない高貴な雰囲気に酔いしれたツェペシは、 赤くなりながら何度も深く頭を下げる。 「このようなところにわざわざ足をお運びいただきまして、大変恐縮でございます : どうぞ、中にお入りくださいませ : 先に到着していたロラントスの従者が扉を開き、ルミとロラントスは店内に入る。 ホーンズ・コン・ホーンという、あまり一般的でない場所にあっても、店は大きな街に あるのと同じくらい、立派だった。宝飾品店の店内では、ふんだんに水晶を使った高価な シャンデリアと、明かり取りの窓の大きなステンドグラス、そして美術館よりも華やか ガラス まばゅ に、硝子のケースに陳列されたたくさんの宝飾品が眩く輝いていた。宝飾品をより美しく 見せる、ビロードの布、可憐に咲きれて甘い香りを放っ色とりどりの花。粋でお洒な 鷹 岶小物。年代物の豪華な調度品。すべてが輝くものを引き立てて、そこは溜め息が漏れるほ 蒼ど美しい場所だ。 店内には二組の客がいた。どちらも従者を供に連れた金持ちの紳士だが、すらりとした 青年と、のいい男だ。それぞれ店内の別の場所で、店員に宝石を見せてもらっている とら
312 ん ! 」 そして船員が多いこの場所では、ミゼルの使徒の制服を着た一一人は、とても目立つ。誰 かが見ているはずだ。 人海戦術による捜索を行うため、船員たちは手早く食事を終え、町に出る。 注意を払っていても、誰かが見ているものだ。遠くの建物の窓から、たまたま姿を見て さぐあ いた者まで探り当て、アーウインたちはジェイとリンゼの足取りをどうにか掴んだ。牧師 館を出たリンゼは、港で牧師に声をかけられていた。リンゼの姿は、その後まったく目撃 あお されておらず、港のあたりで行方知れずになっている。碧の三角に滞在していたすべての 牧師を教会に呼び出して尋ねたが、リンゼに声をかけた者はいない。身を隠すのに考えら れるのは、倉庫か船しかない。そして、船を降りてから店で買い物をしたジェイは、どこ かの貴族の従者らしき男に声をかけられたようだ。駄目でもともとと、すべての店に当 たってみた結果、宝石商のツェペシが、宝石の売買のために訪れたスクル 1 ド・ビズウェ すちが イの船で、ジェイらしき男と擦れ違っていた。そして調べてみると、航行試験のために昨 日の午後、港を離れたスクル 1 ド・ビズウェイの船は、まだ戻ってきていない。 ツェペシ が船を降りて間もなく、スクル 1 ド・ビズウェイの船が出航したという記録が残ってい る。昨日の午後、ジェイたちの姿が見えなくなった頃から今まで、出航した船は、その一
ープティーの管理をしているのも、あの給仕であったということで、スクルード は上等の茶器で十一時の美味しいお茶を飲むことはできなかった。 しばらく待ったが、ツェペシは姿を現さなかった。 お茶のお替わりを運ばせたほうがいい状況になり、プラットスはスクル 1 ドに頭を下げ うかが 「申し訳ございません。叔父が戻りましたなら、こちらからお伺いさせていただきますの 「気にしないでくれたまえ。また出直してくることにしよう」 長い付き合いのなかには、たまにはこんなこともあるだろう。スクルードは気分を害し た様子もなく、席を立った。プラットスは大変に恐縮しながら、スクル 1 ドを送り出す。 / スクル 1 ドが帰りの馬車に乗りこんでも、一一十台ものトカゲ車は、まだ誰かを乗せたま ま宝飾品店の周りに停まっていた。スクルードの馬車がしばらく進んだところで、後ろか ら次々に凄い勢いでトカゲ車がやってきて、馬車を追い越していった。トカゲ車は、まる 鷹 あお 岶で競争でもしているかのようだ。スクル 1 ドはこれまで何十回と碧の三角を訪れている 蒼が、こんなことはこれまで一度もなかった。 妙なことだらけで、気味の悪い思いをしながら題賓に戻っていくスクル 1 ドは、迎賓 る。 で :