281 蒼海の白鷹 。お印冫ネの使いたろう ? 「そうだ」 しと こうてい ミゼルの使徒なのだからと、ジェイは肯定する。でも。 「疑っていたのではなかったのか ? うそ 「お前は嘘をついていない , ジェイを見つめ、ゼルアドスは断言した。 すいしようりゅうつめ ふさわ 人魚の真珠と同じく、水晶竜の爪もそれを所持するのに相応しくない者の手に渡った すとお のなら、穢れただろう。ジェイに見せられた水晶竜の爪は、透き通る銀色に美しく清らか に輝いていた。 「もう少し早くそう言ってくれればな」 たいき ジェイは小さく溜め息を漏らす。そうだったなら、荷物を調べる手間はいらず、ジェイ なぐたお には見張りをつける必要もなく、ジェイは見張りを殴り倒すこともなく、海賊たちはいな くなったジェイを捜して船のなかを走り回ることもなかっただろう。 「俺にも都合がある」 たかな 白い鷹を撫でながら、澄ました顔をしたゼルアドスは、はっと顔色を変えた。白い鷹 ナ、んい・す・ は、ばさばさと羽音を響かせて飛び立ち、ゼルアドスは長椅子から立ち上がる。 「どうした ? かいぞく
294 惚けた声で呟いた男の目から、ぶわっと涙が溢れた。 やくぜん ( 薬膳効果のあるもの : : : ) 投薬しない方向で、ゼルアドスのためになる食事をどうにかしなければと、考えながら そうぞう まゆひそ ちゅうぼう 房にやってきたジェイは、やたらと騒々しい食堂の様子に眉を顰め、くわえていた 煙草を手に取る。 「ーーなんだ ? 」 響きのいい低い声に、スープの鍋の前でお代わりを奪い合っていた男たちは、はっと顔 おさなご を上げる。きらきらきらっと輝く幼子のような目で見つめられたジェイは、あまりの不気 すみ 味さで思わず腰が引けた。ジェイの肩の上にいた白い鷹は、視線に耐えられず、厨房の隅 の止まり木に逃げる。 「あんたも飯食うのか ? 」 あいそう いくら監視の白いを連れているとはいえ、愛想のいい様子でキルシュに尋ねられ、先 かい′、く いぶか ほどまでとは一変した海賊たちの態度を訝しみながら、ジェイは答える。 「 : : : ゼルアドスの分の夕食を作る。了解はとってある」 その場に立ち会っていた白い鷹は、もちろんジェイの一一一一口葉に反発しない。ジェイは煙草 をくわえ、調理を開始する。 つぶや なべ あふ たか
しいようにやられた船員たちの手当てをしながら、ジェイの隣で船医のキャベリイは大 きな背中を震わせて、不満そうなア 1 ウインに笑った。本格的な武器を持っていても、 ジェイは最初からそれを振りかざしていたわけではない。刃物を持ち出した者に対して、 ひきようもの 見合う武器を掲示したにすぎない。もともとが多勢に無勢だったのだ。ジェイが卑怯者 すじあ 呼ばわりされる筋合いではないだろう。反論できず、ア 1 ウインはむくれる。 「医者のくせに : けがにん 自分の手で怪我人を増やすなんて、医者失格ではないのか。 「うるさい」 ( いい加減にしたらいいのに : ふきげん 不機嫌なジェイの声を聞き、診療簿を記入しながら、リンゼはロの減らないアーウイン ひりゅう をちらりと見る。小さな飛竜は、リンゼの借りている書き物机の上で、機嫌よくおやつの 林檎を齧っている。 「あんた、自分のやったことわかってんの ? 白しかも、煙草を吸いながら、佐嵶酳で怪我人の治療だ。 ひだりまゆ ばんそう 海恨みがましい目で見られたジェイは、ア 1 ウインの左眉の上の傷口を塞ぐように絆創 くき 蒼こう 膏として貼りつけようとしていた、タ 1 ムという植物の茎のテ 1 プを置き、黒い手袋をは 」ぶし めた左手を持ち上げて拳を向ける。 りん′」かじ 、つら となり ふさ
188 港に停泊している船の上を、白い鳥が一羽、飛んでいる。 : ロラン殿、あの鳥は : まゆひそ 海鳥ではない。形のいい優しげな眉を顰めたルミの視線を追って、ロラントスは一度険 しい顔になる。 たか 「白い鷹です。海賊ゼルアドスが、この近くの海域にいるのでしよう」 「海賊、ゼルアドス : : : 」 ひりゅう ふむ、とルミは考え、何か面白そうな話をしていることに気づいた小さな飛竜は、テラ スに飛んでくる。 「ただ一隻の船で海賊行為を働く手です。あの白い鷹は、どんな船が港に停泊している か調べて、ゼルアドスに伝えるために来たのです」 「調べて伝えるのですか ? 「ウキュ ? 」 しゃべ 鳥は人間の一一 = ロ葉を喋るわけではない。それなのに、調べて伝えるとは。軽く首を傾げる うなず ルミに、ロラントスは頷く。 「ゼルアドスは鳥と通じ合える男です。白い鷹は海鳥を襲わないかわりに、海鳥たちから 情報を集めている。船にどんな積み荷があって、どのような人間が乗っているか鳥たちは よく見ていて知っています。ゼルアドスは自分が欲しい物を積んでいる船を襲い、必要な かいぞく かし
282 しまたた 緊迫した様子に、何事かと目を瞬くジェイにかまわず、ゼルアドスは船尾側の窓を開け たか て、海面に目をやる。肩の上に止まった白い鷹も、ゼルアドスといっしょに外を見下ろ す。 ( なんだ : ・ まね 腰を上げたジェイは、ゼルアドスと白い鷹を真似て、邪魔しない場所を選び、そっと窓 のぞ の下を覗く。 かいぞくせん 海賊船の後を追うように、三十頭もの海脈の群れがいた。 こはくいろひとみ 真剣な表情をし、琥珀色の瞳で海豚の群れを見つめていたゼルアドスは、ひとっ頷き、 きびす とびら 窓を閉めて踵を返すと、急ぎ足で部屋の扉を開けた。 おもかじ 「帆をたため ! 面舵いつばい ! 下の帆は出せるか 大きな声で叫びながら、ゼルアドスは部屋を出る。ゼルアドスの肩から飛んだ白い鷹 は、いっしょに来いと一一 = ロうようにジェイの顔の近くで飛んだ。 ( 下の帆を出す : : : ? ) 白いコートに袖を通したジェイは、白い鷹に案内され、外の甲板に出る。 にわか しようろう ゼルアドスの声で、海賊船は俄に緊張し、檣楼に上った海賊たちは急いで帆をたたん そうだしゅ だ。操舵手は帆柱に負担をかけないよう、注意しながら面舵をとる。ゼルアドスは船首に そで じゃま かんばん うなず
剣で賊を斬り捨てたゼルアドスは、はっと顔をあげ、頭上に近い場所を飛んでいた白い くちばし 鷹を見た。白い鷹は、嘴でくわえていた銀色のプレートのついた首飾りらしきものを、ゼ ルアドスに放る。 「連中のつけてる銀のプレ 1 トを奪え ! つけてる奴のは斬り飛ばせ ! 」 白い鷹からもらった銀のプレートを首にかけたゼルアドスは、襲いかかる賊の胸にある どな それを狙って斬り飛ばしながら、皆に怒鳴る。カリオスト海賊団のその銀のプレートは、 つけている者とつけていない者がいる。 ゼルアドスに銀のプレートを吊るした紐を斬り飛ばされた賊を、プレ 1 トをつけていな い賊が斬り捨てた。 まゆひそ 不自然な光景を目の当たりにして、ジェイは眉を顰める。敵と戦いながら、ゼルアドス は仲間に一一 = ロう。 じゅじゅっ かいらい 「こいつらは生きていないー 呪術で動かされている傀儡だ ! 」 鷹 白プレートがある者は、仲間。そうでない者は敵。ゼルアドスに教えられ、チコたちは賊 蒼から銀のプレートを奪い取る。どこからか拾ってきたプレートを白い鷹に投げ渡され、そ にぎ れを握ったジェイは考える。 ( 呪術の傀儡 : : : ) たか ねら ひも
「並べ・ : 命じられたアーウインたちは、ばっと散らばると、親についていくカルガモの雛のよう はいぜんぐち に配膳口に並んだ。 食堂は大盛況で、船員たちはいつもの倍という、旺盛な食欲をみせた。 くつぶ 「碧の三角に着くまえに、食い潰されるぞ、こりや : あごひげな 料理長のホプキンスは白い顎髭を撫でながら、計算が狂うといって、ジェイに笑って肩 こわもて を竦めた。食がすすめば酒もすすんで、何もかも豪快に減る一方だ。しかし、強面で屈強 な男たちが、一変してやんちゃな子供の顔になって目を輝かせ、先を争うようにおかわり をしにやってくるのでは、食べさせてやらないわけにいかない。 「適量があるだろう」 ちゅうぼう 腹も身のうちだ。そういつまでも続くまい。厨房の配膳台の片隅で素っ気なく言って、 ぶどうしゅ ジェイは自分の夕食である干し肉を口に運び、葡萄酒を飲んだ。 白ジェイは朝が苦手なので、朝食は手伝えないことを伝えて、厨房の作業を終えたジェイ 海とリンゼは、船室に戻った。二人が戻って間もなく、部屋の前までロラントスに送られ ひりゅう て、小さな飛竜を連れたルミが戻ってきた。 「ロにしたものは ? あお すく おうせい かたすみ ひな
「海賊たちに告ぐ ! 速やかに抵抗をやめよー すでに船は包囲され、カリオスト海賊団の船団は、鎮圧された。従わなけれに弩 0 躰抜 くと、矢が向けられていた。一気に形勢逆転となり、ゼルアドスは昏倒しているカリオス ひず えりくびつか トの襟首を掴んで引き擦り起こし、ルミに叫ぶ。 「賞金首をくれてやる ! 生きてこの海を出たければ、俺たちにかまうな ! 肩に白い鷹を留まらせたゼルアドスの声に呼応するように、海が揺れた。この海域に集 くじら まった何十頭という数の鯨が、船を取り囲んでいるのだ。 ( ゼルアドスという男・ : ・ : ) 揺れる船の甲板に危なげなく立ちながら、ルミは思う。鳥と通じ合うことのできるとい いるか そっう うゼルアドスは、そのほかの動物とも意思の疎通ができるのに違いない。海豚や鯨は、カ リオストに襲われたゼルアドスを助けようと、集結したのだ。 おど ロラントスとスクル 1 ドも、ゼルアドスの言葉は脅しではないと確信する。鯨たちが集 ぐうぜん まる、こんな偶然などあり得ない。 白ゼルアドスは仲間に命じて、船に乗り移ってきたカリオストたちを海に捨てさせた。ス のぼう 海クルードはゼルアドスに金の延べ棒や宝石の原石等を奪われているが、カリオスト海賊団 はそれをいくらか上回る賞金首だ。自分たちをゼルアドスに襲わせることで、カリオスト めいよ 海賊団をおびき寄せたのだとすれば、スクルード・ビズウェイの名誉は保たれる。海に投 かいぞく たか かんばん すみ こんとう
266 りんきおうへん 臨機応変に対処しなければ、診察が行えないこともある。ゼルアドスが短剣を鞘に収め ぶっそう るのなら、ジェイも物騒なものはしまう。 つばさ のぞ ゼルアドスの後ろから覗きこんでいた白い鷹が、ばさばさと翼を動かす。 すいしようりゅうつめ 「 : : : 水晶竜の爪 ? 」 つぶや かわ 呟いたゼルアドスに、ジェイははっとして目を上げる。ジェイが左手の黒い革の手袋に しこんで持っているのは、金属の刃ではなく、水晶竜という伝説の聖獣の爪だ。 「知っているのか ? 「いや。初めて見た」 水晶竜の物語は、聖書に記されている。しかし最後に残された一本の爪が、こういう形 状になっていると知っている者は、ごく少ない。そう聞かされていても、半信半疑で見て いるのが普通だ。いきなり言い当てられることは、これまでになかった。 「そうか : 。なぜわかった ? 」 「営業上の秘密だ」 けげん 怪訝な顔をするジェイを、ゼルアドスは短剣をしまいながら鼻で笑った。海賊を相手に していたことを思い出し、ジェイは納得した。 「横になれ」 しよくしんあおむ 腹部の触診は仰向けに寝た姿勢で行う。聴診器を外して白いコートの隠しにしまった たか かく かい′、′、 さや
かわからない。しかも、ルミになんの連絡もなく。 「 : : : 失礼ですが、メイエンさん、そのときの用事とはなんですか ? ざんげ 「はい、同郷の者はいないかと呼ばれまして、懺毎の一言葉を聞いておりました」 「そうですか」 あや ぐうぜん ますます怪しいとルミは思う。たまたま偶然いないときではなく、呼び出されたとき に、その使いというのは来ている。 わずら 「どうも、気持ち悪いですね。ロラン殿、手を煩わせて申し訳ありませんが、ジェイとリ ンゼがどこにいるのか、捜していただけませんか ? 」 うかが あお 「はい 0 わたしもそのほうがよいように思って、お伺いした次第です。碧の三角は狭いで すから、船員たちを動かして皆で手分けすれば、すぐに見つかることと思います。念のた めに、碧の三角のほうには、どんな形であれ船を防波堤の外に出さないよう、朝一番に圧 力をかけておきました」 「ルミナティス・フォルティネンの名を使ってください」 鷹 白 碧の三角の事務局からの通達であっても、出航に制限をかけられた貴族は、いい気分は の 海しない。、 とうしてそんな制限がかけられねばならないのか、聞いてくるはずだ。ポルカー ししゃ′、け ノ子爵家の名前よりも、フォルティネン侯爵家の名前のほうが、カが強い。侯爵家の名前 もんく でかける圧力ならば、面と向かって文句を言う者はいない。