翔太に驚かされるのは気にならない。 うれ ( こういう子が親友になってくれたら嬉しいだろうな ) こうが いっしか巨河はそう考えるようにまでなっていた。 こうが なんでこんなに気に入ってしまったのかなあと想いを巡らせていたある日、巨河はついにそ の事実に気づく 「ああ ! そうか ! 」 「うわっ ? なんだよ急にでけー声出して」 しようた こうが 合同練習が終わって、道場の端で剣道具をしまっていた翔太が、恒河の声に飛び上がる。 こうが 巨河はごめんとあやまりながら言った。 しようた そらにい 篇「わかったんだよ。翔太くんって、宇宙兄に似てるんだ」 「僕の兄さん。翔太くんみたいに、ぜんぜん遠慮しないで、いつつも僕に直球を投げてくるん 物 子 寮「ははつ、なんだ、そっかー」 「なにがそっかーだ ! オレがおまえのにーちゃんに似ててなんだってんだー 無礼者だッ ! 」 しようた しようた 0 ぐ どーせオレは
レキは思い出したようにくすくす笑い始める。 「あいっオトすの、大変だったんだぜえ ? 初めのうちは生徒会に誘ってもてんでなびかねえ し、目つきメチャ悪で、先輩たちにもがんがん呼び出しかけられるしよ。けどそのうちわかっ たんだ。あいつ、ガンコなんだよな。納得できるまでぜってえ譲らねえの。あんなガンコなや つ、オレ以外に見たことねえよ。けど」 ひょいっと顔を近づけ、そこから先は宇宙の耳もとに囁く。 が 「ガンコなやつほど、オトシ甲斐あると思わねえ ? そら 目を丸くした宇宙の顔を見上げて、レキがぶくくと笑った。 「オレ、ぞくぞくしちゃったぜ。えーと、あいつをくどきオトして生徒会にヘッドハントした 篇ときと、うちのオケの指揮まかせたとき。オレってホント、見る目あったよなー」 倪そう言って笑う生徒会長の顔があんまり無邪気なので、字宙もうつかり信しそうになってし 校 ( ばかか ! あんなのオトして何が楽しいってんだよ ! 惑わされるなオレ ! ) 男レキはそうして複雑に変化する宇宙の表情をしっと見つめていたが、やがて言った。 寮「あいつは信頼できる男だよ。オレは勝手にそう思ってるぜ」 軽く首を曲げて、指の背でとんと宇宙の胸をたたく。 そのとき、レキが首から吊り下げていた携帯がプインとうなった。
246 「ど、ど、フい、つこと ? 」 そら 「ノイローゼだったって言ったろ ? 宇宙、母さんはね、おまえを殺しかけたんだよ」 「ええっ ? 」 これには宇宙も度肝を抜かれたような顔をする 」、つカ たつや たつや 竜哉がそばにいたからよかったようなものの、巨河には竜哉の支えがなかったら、兄はその 場にしやがみこんでいたのではないかと思えた。 茉莉花があわてて手を振る。 「ああごめん。そうじゃなくて。母さん、ほんとうに話がへただね。ごめんね。つまりその、 ほんとにおまえを殺そうなんて思ったわけじゃなくて、気がっかなかったの。ある日、おまえ は熱を出してて、でも母さん気がっかなくて、そのままおまえのこと放って、一晩中チェロの 練習してたんだよ。おまえは夜中に熱が上がって、父さんが気づいて医者を呼んでなけりや死 んでるとこだった」 そのときの光景を思い出しているのか、茉莉花は顔をしかめながら続けた。 「母さんの不注意で、おまえを死なせかけたんだよ。ただでさえ、その頃の母さんはおかしな 行動ばかり取ってたからね。父さんはもう許してくれなかった。母さんも自分が許せなかった し、許されたってちゃんと母親でいられる自信がすっかりなくなっちゃって、だから離婚届け に判を押したんだよ。一一度とおまえたちには会わないっていう約束をして」 どぎも
たつや こうが そんな竜哉の様子を目にした巨河は、むしろ感動してしまっていた。 そらにい ( 宇宙兄の都合に付き合わされてるだけなのに、文句ひとっ言わないでずっと一緒にいるなん くにえだ て。やつばり国枝先輩ってえらいなあ ) そうして時間ばかりが過ぎてゆき、閉店時間を迎えてしまった頃。 宇宙はようやくカウンターから立ち上がり、それまで顔を見ることもしないでいた母親に、 まっすぐに向き合った。 そら まりか 母・茉莉花もまた、店内に他の客が残っていないのを確認すると、宇宙の視線をしつかりと 受けとめて向き合う。 先にロ火を切ったのは、茉莉花のほうだった。 篇「よく食べてくれたね。小さい頃のおまえは、私の作ったものなんてぜったいに食べなかった 語 校「覚えてないの ? そう。無理もないね。ずいぶん昔の話だもの。あの頃の私は、演奏会や音 男楽家どうしの付き合いに忙しくて、めったに家には戻らなかった。おまえたちのことはぜんぶ 寮専属のコックさんやお手伝いさんに任せつばなしだったからね。私は料理も下手で、子どもの しようた しようた 好物なんか知りもしなかった。再婚してからは、一翔太に合わせていろいろ勉強したよ。翔太は アレルギーが多かったから。どうしても手作りの料理にしなくちゃいけなかったんだよ」
18 「ああ。かもな」 そら どうやらたいして信じてはもらえなかったようだ。宇宙はなげやりに言うと、サングラスを かけ直し、弟のほうに向かって手を差し出す。 こうが 直河はその手をぐっと引き上げ、字宙はもう片方の手でチェロケースを引き寄せながら立ち 上がった。 「行くか」 文 字宇そ恒やそそ に宙ら河ががびの 気ははてえ建 づこ兄目立物 いうがのつは たいサ前て高 のうンに は芸グ現た立 、術ラれ。派 恒豸的スてな 河がなをき レ の建外たン ほ造し黒ガ う物、い塀 がにう鉄に 先弱っの囲 だいと門 ま 。りはれ つ 。かそ様ま らの々る そ門なで のの凝要 門形っ のにたの 横見み意しよ の惚ほ匠う 柱れでな 石て飾圧 いら倒 彫るれ的 な 込に宇そた ま気宙らた れづのす てい目 ま いたを 色 の ( 2 ) 謎の微笑み
134 こうが そら 暗い森の中は迷路だ。宇宙はしきに道に迷い、直河たちの姿を見失ってしまうことになる。 そら 最悪なことに、そうして迷っている最中に、字宙は敵の別の戦闘グループにばったり出くわ してしまった。 「逃がすな ! 敵だ ! 捕まえろ ! 「あうツー 体を木の幹に押しつけられて、宇宙は猛然と抵抗する。 こうが ド 1 ルズ・ガ 1 ディアン そうしている間にも菜の花東の花姫守備隊は次々に倒され、字宙と恒河の距離はどんどん開 いてゆく きよう・こう 宇宙はなかば恐慌をきたしかけていた。 きりゆ、フ 「おいよせ、桐生ッ ! 深追いすんな ! おまえにはムリだー 「あきらめろ ! もうタイムリミットだぞ ! 」 少年たちが宇宙の背に向かって叫んだが、宇宙には届かない。 こうが 字宙は巨河を連れ去ってゆく黒い服装の一群を、必死になって追いかけ始めた。 こうが こうが 「直河 ! 恒河を返せ 0
楽屋は礼服を着けた出演者でごった返している。 たつや その中には指揮者の竜哉はもちろん、チェロの字宙、そしてピアノの恒河の姿まであった。 「まいったよな。いきなりオレたち兄弟に特別枠なんかくれちゃうんだもんな」 ぎようぎ 黒のタキシード姿の宇宙が、どっかりと身を沈めた椅子を後ろに倒し、鏡の前の台にお行儀 悪く、組んだ両脚を投げ出してつやく 「そりや、オレとおまえだったら、すぐ弾ける曲はいつばいあるけどさ」 「そだね」 こうが 同しようなタキシードを身に着けた巨河が、兄の映っている鏡をひょいと覗いて言った。 くにえだ 「国枝先輩の配慮だよ。ありがたいじゃない。おかげで僕たちは父さんと母さんの両方に、僕 篇たちの生の演奏を聴いてもらえることになったんだから」 倪「ふん」 字宙は腕組みをしたままそっぱ向く。 語 校素直しゃないなあ嬉しいくせに、と思ったけれど、もちろん演奏前にそんな兄の神経を逆な 男でするようなことは言わない。 こうが 寮発表会の前にはいつもそうしてきたように、巨河は兄の前に自分の両手を差し出した。 ツ」、つが・ 全そら 宇宙は恒河の手を両手で包みこみ、そっとその手にロづけする。 そうやってなんとなく続いてきた兄弟の儀式を、背後で見ていた男が声をかけてきた。 0
216 はず 「ずいぶん弾んだハンガリー舞曲だな」 音楽練習室の扉をコッ : ・とたたく音がする。 こうが 振り返った恒河は、扉を開けっ放しにしていたことに気づいて、あわてて言った。 「すみません、国枝先輩。うるさかったですか」 「いや。楽しませてもらった」 しようた 暗くて翔太の表情がよくわからない。 こ、つん だが巨河はもう不安になったりしなかった。 体じゅうが会話している。 しようた こうが 抱きしめてくる力が、翔太の心を直河にはっきりと伝えていた。 やがて翔太がつつと背伸びしてくる。 しよ、った こうが こうが 巨河が腰を支えてやると、翔太はそのまま巨河の耳にひそっとささやいてきた。 「ホント ? ホントにオレのことさらってくれる ? ( 9 ) 連弾 しようた
「ああ。ここなんだ ? そら いんらん 「そう締めつけるものしゃない。宇宙 : ・ あいかわらす淫乱だな。ここまで感度のいいやっ もそうはいないぞ。実は向こうでさんざん遊んできたんしゃないのか ? 「ん・ : ツ、ちが : ・ツ そ・ : 、体が・ : ) 体だけ、自分の意志とは切り離されてどこかに行ってしまったかのようだ。 たつや この夜も、そしてきっと明日の夜も、同しようにぐちゃぐちゃにかき乱されて、竜哉の好き にされてしまう。そうなってしまえば、もうどうしようもなくなるのだ。 勵今にも溶かされてしまいそうな意識の端で、字宙は叫んでいた。 こんな、全寮制の男子校なんかに転校してくるんしゃなか 倪 ( こんなとこ来なきやよかったー こうが 巨河 語 物 校 子 男 きりゅうそら こうが 贐桐生宇宙が弟の恒河といっしょに全寮制の男子校・菜の花東高校に転校してきたのは、今か 全 らひと月ほど則のことになる。 こ、つが その頃、字宙を悩ますものはまだ、恒河と音楽の他は何もなかった なはなひがし 0
258 ( 恋ってちっとも落ち着かないよ。どうしてみんな、こんなのしたがるのかなあ ) でも恋を知ってしまったら、もう一一度と知らない自分には戻れない。 こうが それは恒河にもわかっていた。 自分の内側に特別な音程でも備わってしまったかのようだ。 その音程でメロディを流されたら、心も体もくたくたになってしまう。 こうが そのとき、土手のほうから巨河を呼ぶ声がする 見ると、土手を駆け下りてくるのは宇宙だった。 こうが 「おっせーよ、巨河 ! さっさと橋を渡って来ー わざわざ迎えに来てくれたのだろうか。 つが 弟に対するときのこういう過保護なところは、そういえば、あまり変わってないなと直河は 少し嬉しくなる。 こうが 字宙は戻ってきた恒河を両手を開いて迎え入れ、そのままぎゅうっと固く抱きしめた。 くにえだたつや こうが 宇宙の肩越しに土手の上に向けられた恒河の目は、字宙に付き添ってきていた国枝竜哉の姿 を映す。 明るい月明かりの下では、苦々しいその表情まで読み取れてしまいそうだった。 ( うわあ、こつわー ) 0