というウワサは、その日のうちに菜の花東校内を駆けめぐった。 チェリストの兄、ピアニストの弟。 それだけでも華やかすぎるイメージがあるのに、さらに一一人のできすぎた容貌は菜の花東の 生徒たちを刺激するのに十分なインパクトがあった。 おうか これが隣の桜花学院高校なら、少し事情は違ったかもしれない。 あくたがわうみひこ 桜花学院高校の芥川海彦校長が理想とする教育は、未来の日本を背負って立っ指導者を育て あげることであり、その人格形成に必要なものはあらゆる角度から検討され、多額の費用を投 して用意されていた。 ( そのために要する資金はすべて学資金及び寄付金によってまかなわれ ひっきよう たので、畢竟、生徒は裕福な資産家の息子ばかりということにもなっている ) 。 そうした裕福な環境に育った桜花学院の生徒たちは、たいてい美しいものを好み、文化的・ 教養的・外見的に優れた者に高い価値が置かれる。 が、菜の花東高校ではそうはいかない。 広大な土地を所有する地主であった父亡き後、兄・海彦と同様、先祖代々からの土地と古い やまひこ 屋敷を受け継いだ弟・山彦は、兄とは正反対の理念の元に菜の花東高校を設立した。 兄・海彦が「容れ物こそこの世に存在する現実。現実を直視し、その容れ物をふさわしく満 たすことこそ、人間らしく生きることである」と主張するなら、弟・山彦は「人間、容れ物よ こう たましい り魂」と主張し、兄弟の主張は真っ向からぶつかった。 ま なはなひがし 工
ピルランピルランピルルル丿ノ かずし ひるがえ レキはばちりと目を覚まし、うつせていた体を翻して、和士の顔を眺めた。 苦虫を噛みつぶしたような顔だ。 「わり。メールだ。オレの携帯取って」 「レキ」 「だから電源切るからさー」 レキの大きな瞳で見つめられれば、たいていのことは許してしまう。 かずし 和士はホッと溜め息を吐いて、べッドサイドの携帯電話を取ってやった。 かずし 元気なオレンジ色の携帯だ。そうして和士から携帯を手渡されると、レキはばちっとボタン 篇を押して、とりあえず届いたメールを確認する。 なはなひがし 倪「なになに ? 菜の花東高校のみなさんに質問です ? クエスチョン 1 菜の花東高校の寮の 部屋はだい壁が薄そうですが、夜などは声が洩れたりしないのでしようか ? 校レキは一瞬、目を丸くし、それからべッドにひっくり返って笑い出した。 男「あはは、そんなの洩れまくりに決まってんしゃん。菜の花東の壁なんてべらんべらんだぜ ! 寮オレ、昨日も隣のやつらがケンカ始めたの聞いて、途中で乱入したもんなーっ 「その〃声〃しゃないんじゃないか ?
教育はみずから学びたいと思う者、学ぶための魂を持つ者すべてが平等に学べるようである べきである。 という山彦の信念に沿って、菜の花東高校の授業料および寮費は破格に安い。のみならす、 多分野にわたる特待生制度も適用され、卒業後の後払い制まで設置されている。 そのため、中学教師あるいは親が持て余した生徒、親を亡くし、学ぶための機会を失ってし まった生徒、学校環境に適応できない生徒など、全国から実に様々な問題を抱えた少年たちが 菜の花東高校に送りこまれてきた。 もっともそうした事情から、資金は常に不足状態で、曾祖父の時代に建てられた古い建造物 はあちこちガタがきていたが、山彦校長によれば、すべての困難は生徒を発憤させるためのエ ネルギー源であり、すべての不便は生徒に独自の発想をうながすための仕掛けである。 ひやくせんれん 倪そのような校風の中、自然、校内にはカによる上下関係が生まれ、自主独立の風潮は百戦錬 磨の猛者を生み出すようになる。 ターゲット 物そんな菜の花東の生徒たちにとって、美しすぎる兄弟など、標的にしかならない。 子その上この兄弟、弟はともかく、兄のほうはまったくと言っていいほど可愛げというものを 持ち合わせていなか 0 た。 ふ、つぼう ただでさえ目立っ風貌。 綺麗な顔に似合わない暴言の数々 たましい はつぶん
コバルト文庫 く好評発売中〉 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆ほくたちはみんな恋をする一 ◆ ◆ ◆ 全寮制男子校物語レ丿ース ま【初恋篇】 ◆ つの男子校、菜の花東と桜花では、 月に一度激しい戦いが行われていて ! ? ◆ ◆ ま【蜜月篇】 ◆ ライノヾル関係の両生徒会長レキと和士 ◆ が禁断の恋。レキの危機に和士は・・・ ま【恋愛篇】 菜の花東恒例の夏合宿で少年たちの恋 ◆ か動く。レキの誘拐事件が起き ! ? ◆【野望篇】 敵対していた桜花に編入した レキを巡り和士と京夜が対立 ! ? 【祝祭篇】 バレンタイン、ノヾースティなど 特別な日を迎える少年たちの ◆◆◆◆◆ 0 花衣沙久羅 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆◆ ◆
い口月 的 撃 ) 攻流 で一 用細は にしのみやかずし 宇高繊前 諌西ノ宮和士 ( 桜花学院高校 2 年 ) 菜の花東に隣接する桜花学院の生徒会会長 ~ 、桐供チカイザーと呼ばれ学内で絶対的権力を誇る。 くにえだたつや 国枝竜哉 ( 菜の花東高校 2 年 ) 宇宙のルームメイト。 オーケストラの指揮を務める。 和菜ま後 士のわう と花り藤 れ 恋東か き 人高ら 同校絶暦 士の大 。生な 徒指の 会小花 め 校 る 2 年 3 ー 0
そらにい 「あれ ? ねえ、ここ、菜の花東高校じゃないよ、字宙兄」 「え」 おうかがくいん いや、〃おうか〃かな。桜花学院高等学校、 「学校の名前が違う。ええと〃さくらばな〃 ? だって」 いったいどこにあるんだよ、菜 「えーっ ? なんだよ。ここじゃないのか ? ちくしよ、つ ! の花東高校ってのは ! 」 「菜の花東なら、川の向こう側だよ」 兄弟そろって心臓が飛び出しそうになる。 巐 ( ぜっ、ぜんぜん足音がしなかったぞ卩 ) 倪あせって振り向いた二人の目に、竹刀を手にした一人の少年の姿が映る。 ( わあ ) 語 」、つが 物恒河は思わず目をみはった。 そらにい 子 ( きれいな人だなあ。宇宙兄ほどしゃないけど : ・。でもこういう人って他にもいたんだ ) 贐すらりとした細身のその人は、部活の途中なのか、剣道着を着けて立っている。 全 琥玳色の瞳が光を吸いこんで、見られているほうはなんだか落ち着かなくなる。 宇宙が守ろうとするように弟の前に立ち、相手をにらみつけた。 なはなひがし
「関係ないだろ。顔でチェロ弾くわけじゃねえよ」 ぶっちょうづら 宇宙はまだ仏頂面である。容姿の話題は兄には禁句だ。 こうが もっとも直河は知っていたが、宇宙は誰かに対して仏頂面を見せないことのほうが少なかっ 「それはそうだけど、綺麗な子は多いほうが楽しいよ。花姫選びもあるしね」 「ああ。いや、きみたちはまだ知らなくてあたりまえか」 「 ? あんた、菜の花東のことにくわしいのか」 「まあ、そうかもしれないね。桜花学院の校長先生と、隣の菜の花東高校の校長先生は、実は 兄弟でいらっしやるんだよ。そのせいか共同で使う施設も多くてね。僕もついさっきまで菜の 花東の副生徒会長と共用の道場で剣道の練習をしていたくらいだから」 「ふーん。隣接校どうし、べタベタ仲良くしてるってわけかよ」 「べタベタ仲良く・ : ? なぜだか不自然な長さの沈黙が続く。 ほほえ やがて桜花学院の副生徒会長だというその人は、美しい顔に謎めいた微笑みを浮かべて言っ 「どうかな。自分たちでたしかめてみたらどうだい ? ドール
138 そら ハッとしたよ、つに顔をあげ、宇宙は言った。 こうが こうが 「そうだ、巨河 ! 巨河はっ ? パイレ 1 ツ・ディ 「心配するな。午前〇時を過ぎれば海賊の日はお開きだ。おまえの弟は、もう寮に戻っている だろう」 「え」 ドール 「今夜の勝負は俺たちの負けだ。菜の花東の花姫は午前〇時の時点で桜花学院校内に拉致され ドール た。レキは向こうの花姫を奪い返されたりはしなかったが、午前〇時の時点ではまだ菜の花東 の校内にたどり着けなかった。そういうことで勝負がつく」 「あんたは ? 何してたんだ ? 」 「フ。俺か ? 俺はどっかのバカを探し回っていたからな」 : オレ ? 」 宇宙がばかんと口を開ける。 たつや しばしの沈黙の後で、宇宙はプイツと竜哉から目をそらして言った。 「しゃあ、あんたもバカしゃないか」 たつや のど とたん、クッと竜哉の咽が鳴る。 瞳の端に映った笑顔。 字宙の胸はドキッと音を立てた。 らち
ふとサングラスを装着しそこなったことに気づいたが、後の祭りだ。 字宙はいっそ、つ烈しい目を向けて言った。 「誰だよ、あんた ? そらにい 「そっ、宇宙兄」 こうが てきがいしん 敵愾心をむき出しにした兄の態度に、恒河があわてる。 こうが 昔からこうして自分の前に立っ宇宙の背中を見て育ってきた巨河だ。 こうが 幼い頃、小さかった恒河を守ってきたのはいつも兄の宇宙だった。 そのシステムはとっくに背丈を追い越された今になっても、兄の中では変わらず続いている らしい だが宇宙のそのあまり礼儀正しいとは言えない態度にも、相手はたいして気分を害した様子 きれいほほえ もなく、綺麗に微笑んで答えた。 えのもときようや 「ああ失礼。僕はこの桜花学院の副生徒会長を務める者だよ。榎本京夜だ。どうぞよろしく。 きみたちは ? もしかして隣の菜の花東高校に転校してきたのかな ? その楽器、専科の転校 生だね ? 」 「ああ」 「そうか。残念だな。うちには専科はないんだよ。きみたちのような綺麗な子たちを菜の花東 に取られてしまうなんて、くやしいな」 っと
なはなひがし おうかがくいん こ、つが 巨河はそこで初めて、菜の花東高校と桜花学院高校とのあいだで伝統的に行われてきたこの 満月の夜の行事について知ったのだ。 こうがドール 直河が花姫に選ばれたことを知って、猛烈に反発してきたのが兄・宇宙だった。 そらにい 「わかったよ。僕、宇宙兄が来てくれるのを待ってるね」 こうが 「ああ、恒河。約束だ」 一一人だけの音楽練習室で、兄弟どうしは誓い合う。 パイレーツ・ディ 海賊の日の前夜、兄はどうしても自分を菜の花東高校から連れ出すと言い張った。 こんなばかげたお祭りさわぎに付き合う必要はないと言って。 ′イレーツ・ディ こうが こた だが兄の想いに応えて約束したそのときでさえ、巨河は自分がどうにかして海賊の日の夜に ド 1 ル 篇敵の花姫をさらいに行くだろうと知っていた。 こうが 倪抑えの効かない熱い血が、血管の中でマグマのように滾ってゆくのを、巨河は止められない 疆でいた。 物 校 子 男 制 全 「しゃあやつばり、翔太くんが僕の義兄弟だというのは事実なんだね」 「データはそ、 2 一一一口ってるな」 しようた