お姫さんに逢いに行けるはずがないだろう ? かな せいさん うれ めがみ 自分が原因となった凄惨な争いを哀しみ憂えたからこそ、メイビク姫は運命の女神に祈 ささ けんじゃ りを捧げたのである。ここにおける自分の存在を、メイビク姫が厭うたからこそ、賢者の とうむか 塔が迎えに現れてしまったのだ。 言われるまでそれがわからなかったルドウィックは、赤くなって視線を落とす。 キーツは確信する。同じ価値観をもっているレイムならば、必ずメイビク姫を賢者の塔 から出すことができる。レイムなら、あの姫君を、憂えさせない きり とびら 霧のなかにひっそりと立つ、賢者の塔の扉は開いていた。 前例の記録がなく、その扉を開いた者がどうなるのかわからなかったから、自分にもそ れができるとわかっていたが、サミルはあえてレイムに、賢者の塔の扉を開けさせたの 獣塔の入り口に立ったサミルは、レイム同様、塔の中には入らず、足を止める。 まどう 夢賢者の塔は、いっさいの魔道を寄せつけなかった。気を読むことはできないが、この中 千にメイビク姫がいることはわかる。 「琥琦姫 ! 」 呼びかける声を聞けば、きっと自分であることはわかる。何か機嫌を損ねたのなら、機 ひめ きげんそこ
けんじゃとう 賢者の塔の真正面に移動を行い、キーツとルドウィックを連れて現れ出たレイムは、何 ひとみ 時間か前と変わらず、そこにある塔を、切ない瞳で見つめる。 「も 1 う ! 遅いんだから ! どこに行っちゃってたのよお ! 」 とびら よ、っせい 塔の扉に向かう石段に足を置いたレイムに、塔にいたらしい妖精が飛びついた。 しまたた びつくりして、レイムは目を瞬く。ごちやごちゃしていて、妖精の存在など、すっかり 失念していた。水浴して、髪まで洗ったのに、気がっかないとなれば、これはもう、救い よ , つかない たいき やけに妖精が出てこないなと思っていたキ 1 ツは、やれやれと溜め息をついた。 「やんなっちゃう ! 」 レイムの肩にった妖精は、レイムの心を読み、ぶんとむくれて腕を組む。 「ああ、ごめん。いっこい、 ) さばく、つま 獣「砂漠馬の連中が、レイムを襲ったときょ ! 」 夢一番最初の爆風で飛ばされて、のままだった妖精は、塔の石段のあたりに落っこちた 年らしい。レイムが近くに来てくれて、やっと姿を現すことができた。 「あれから何かあったか ? レイムの後ろから、キーツが妖精にねた。
その間を目撃しなくても、メイビクが塔の中に入ったことがわかった。 扉が開いたままの賢者の塔に向かっていくサミルを、に身を潜めていた黒繿が発 そうぞう 見し、後を追った。争うサミルと黒精霊の騒々しさに、キーツとルドウィックは驚いて、 そちらに顔を向ける。 「レイム様・ : : 」 コンスタンスにかまっているよりも、塔に向かったほうがいいのではないかと、ルドウ ィックはレイムに声をかけた。コンスタンスも魔道士である。少々っておいても、死ぬ ことはないだろう。それに、頼みもしないのに、自分から楯になったのだ。 そうだっせん メイビク姫が塔に入ってしまったために、姫君の争奪戦は振り出しに戻った。今度は先 んじればいゝ。 うなず わかっていると、振り向かずにルドウィックに頷き、レイムはコンスタンスを見つめ 獣ルドウィックの考えも、レイムにはわかる。だがレイムには、コンスタンスの真意がわ まひ からない。意識のはっきりしているコンスタンスならば、魔道で神経を麻痺させておい 千て、魔道の矢のを受けた部分を取り去り、癒しと再生の魔道を行うことができるはず だ。呪は確実に身体をんでいるのだ。生命力がどんどん失われていっている。手当ては 一刻も早いにこしたことはないのに、コンスタンスがそれをしないことに、どんな意味が たて
「でも、サミルさんは : あとかた 「ああ、死んで、跡形もなく消えちまった。だが、あいつが『公子』とか言わなければ、 けんじゃとう さば′ゝつま お前はあの砂漠馬の連中を、賢者の塔に近づけさせなかっただろう ? こうてい キーツに言われて、レイムは肯定するように、押し黙る。 貴族家について、まだよくわかっていないレイムは、聞き覚えがない家名を出されて こうきゅうまどうし も、サミルの言葉をそのまま信じた。高級魔道士を連れていたことも、名門貴族家の者 こうげき らしいと、思いこむ要因になった。また、加えられた攻撃魔道も、魔道士の塔できちんと 修行をした、高級魔道士のそれだった。 けいかいしん 自分以外の公子が現れ、しかも、その者に対して、メイビクがまったく警戒心を表さ ともな ず、そうするのが当然であるように、伴われて行ってしまったので、レイムはただ黙って むか 見送るしかなかったのだ。メイビク姫を迎えに現れるのは、金色の公子だ。誰が『金色の 公子』なのかわからない状態のメイビク姫であったのなら、そこにいたすべての者に対し 獣て、等しく警戒し、興味を抱くだろう。 さら 夢「横からかっ攫われた、ってのも、奇妙な話だと思うんだが」 年「さようでございます」 うなず マリエはキ 1 ツの言葉に頷く。 「賢者の塔は、金色の公子に姫様を引き合わせるための、守りの塔です。まったくかかわ
217 千年の夢幻獣 したう 絶好の機会であったのに、レイムを殺し損ねたと、サミルは小さく舌打ちした。 名を呼ばれ、その声にはっとして、メイビク姫は目を開けそうになったが、その後から こわ 聞こえてきた声に、怖くなって、目を開けることができなくなってしまった。 光の中、完全に既をなくしたメイビク姫の背後に、細長く高い、大きなものがばん やりと現れる。 むか けんじゃとう 賢者の塔は、再び、メイビク姫を迎えるべく出現した。 吸いこまれるようにメイビク姫が塔の中へ消え、ゆっくりと光が薄れる。 きり 消滅する光と入れわるように、静かに霧が流れはじめた。 ゅうぜん 砂岩の崖の上に、扉の開かれたままの賢者の塔が、霧をまとい、悠然と立っていた。 ころそ」 ひめ
232 ぞうお サミルが嫌い。ナイヴァスの憎悪がサミル一人に集中したため、ナイヴァスの気持ちは 『ほかは嫌いじゃない』というものに変わった。 じようずじゅ くろせいれいみちび レイムは一一 = ロ葉で黒精霊を導いて、上手に呪の取り消しをやってのけた。これでもう、誰 ねら も黒精霊に狙われることはない。 おだ おっとりのんびり、穏やかで優しいくせに、大事なところを押さえておくことを、レイ 、」そく ムは絶対に忘れなかった。少々姑息な手であっても、レイムが行うのならば、そんなに嫌 ふんいき ばかもの らしい感じはしない。あの雰囲気に丸めこまれてしまうほうが、馬鹿者だ。 サミルが塔の中に呼びかけ、少しして、人の出てくる様子がうかがい見えた。 「少しだけここで待っててね、ナイヴァス」 きり けんじゃ レイムは黒精霊を待たせて、霧の中、賢者の塔に向かって進んだ。 こ、つげ・き サミルはレイムを攻撃することはできない。 レイムはサミルを攻撃するつもりはない。 そんなことをすれば、メイビクはけっして塔から出てきてはくれない。 にら けんせい 牽制し、振り返っていたサミルは、賢者の塔に向かってやってくるレイムを睨みなが はいご ら、レイムの視線で、背後に人影が現れたことに気がついた。 『・ : : ・クシュファ様・ : : ・』 音のない声で昔の名を呼ばれ、サミルはびくりと背を震わせ、目を瞬く。 と、つ ふる し ! たた
「娘、殺スナラバ、俺、食ウ : 黒い腿の美女の言葉に、醜悪なる姿形をした怪物が、吠えた。 毒に冒されて食べられなくなる前にと、メイビクに向かって飛ばうとする黒精霊の前 に、レイムが立ちはだかる。 だめ 「駄目だ、ナイヴァス ! メイビク姫を食べちゃいけない ! 」 ひるがえ 青いマントを翻した、長い金色の髪の青年。 ( あの人 : : : ) しまたた 背を向けているが、確かに見覚えがあると、メイビク姫は目を瞬く。 けんじゃとう 賢者の塔を出たとき、砂にいた青年だ。 メイビク姫 : そう名を呼んだ声にも、聞き覚えがあった。 塔の扉が開かれてすぐに、えにきたと、言った声だ : ・ 夢 メイビク姫は混乱して、眉をひそめる。 の 年 夢で顔を知っていたために、疑いもせず信じこんでしまったが、今となってよく考える 千 しようこ と、クシュファ公子が賢者の塔の扉を開いた者だという証拠はなかったのだ。迎えにきた と言ってくれたのは、クシュファ公子ではない : まゆ 0 0
しようち 第四章招致 こはくひめ 千年前の琥珀姫についての調査は、マリエが引き受けた。 まどうきゅう レイムは魔道宮にキーツとルドウィックを連れていき、そこから賢者の塔に向かって、 移動を試みる。 魔道宮から移動の魔道を用いて、賢者の塔への移動を行うだろうと、魔道宮ではレイム そろ おおぎよう の移動の魔道のための準備がされていた。地下の、大仰な術具を揃え、複雑な魔法陣の 描かれた部屋に通され、レイムは面食らう。 「 : : : 普通は、この程度の準備がなければ、とうてい行えない移動だ」 獣賢者の塔探しに出発する前、一週間にわたって魔道訓練を行ってくれていた、魔道教官 夢の一人が、なかばあきれるような口調で、レイムに言った。 年時の宝珠を探して、世界を移動していたときので、レイムは少し常識的な感覚を欠落 みちび させていたらしい。天界の聖女のいたあのときは、本当に特別な状態にあったし、導いて くれる、核になるものがあったので、自在に世界を移動できたのだ。 、」ころ けんじゃとう
背後から感じるのは、メイビク姫の思考ではなかった。 きりしやまく 霧の紗幕の向こう、塔から現れたのがメイビク姫ではないことに、レイムは眉をひそめ けんじゃとう る。賢者の塔にいたのは、メイビク姫だけではなかったのか なまりかたまり サミルはゆっくりと振り返る。全身が鉛の塊にでもなるように、重くなっていく。 賢者の塔から出て、サミルの後ろにいたのは、見覚えのない老女だった。 「ヤスミナ姫・・ : : 」 逢ったこともない老女であったが、サミルはそれが誰だか、知っていた。 知っていたが、認めたくなかった 緩く首を振ったサミルは、逃げるように足を動かそうとした。しかし足はひどく重いも のに変わってしまったように、びくとも動かなかった。 じゃま 邪魔するべきではないことを感じ、レイムは足を止めた。 ようせい 妖精の加護を受けているため、魔道を使えないキーツやルドウィックにも、言葉として くろせいれい 獣送られた心の声が聞こえた。黒精霊やキ 1 ッたちも、いったい何が起こっているのかと、 夢サミルと老女を見つめる。 年 千 『長らく、お待ちいたしました : : : 』 うまく動かない足を引きずるようにして、よろよろとヤスミナ姫はサミルに近づいた。 ゆる ひめ まゆ
まどうし その才能に自他ともに固執することはない。その気がなくなれば、いつでも魔道士なんて やめてしまえという目で見たキーツに、魔道士としての立場に疑問や迷いをもっていたレ イムは、救われた気がして、知んだ。 「行きます」 いざな 魔法陣の中央に進み、振り返ったレイムは、キーツとルドウィックを琇う。魔道で灯さ れた明かりを浴び、澄んだ翠の瞳がきらめき、長い金色の髪が輝いて優雅に舞った。 いのちも まぶ 命萌える若葉の瞳と、眩しいお日様の色の髪。世界をあまねく包みこむ、優しくおおら とぎばなし かな存在感。世界救済物語が終わっても、なお続く、お伽話 わき ひじ 魅せられたように立ち尽くしてしまったルドウィックの脇を、かるくキーツが肘で突 「行くぞ」 きび ルドウィックにだけ聞こえるような声で呟いて急かしたキ 1 ツの横顔は、厳しく、どこ かな さび か哀しいまでに寂しかった。 さばく けんじゃとう 賢者の塔は、ひっそりとレイムを待つように、砂漠の真ん中に立っていた。 けつか ) とびら メイビクがいたときの、周囲に張られていた賢者の塔による結は消えている。扉は レイムが開いたままの状態で、塔は誰の侵入をも許すかのように、開いている。 こしつ つぶや とも