無壥な知で知んで、レイムは黒糒誘い、飛んだ。 気をまれ、ふらりと黒精霊はレイムの後に付き従った。 きゅうでん 支えをなくした宮殿は、しかし、もとのままの場所で浮かんでいた。 宙に浮かぶ宮殿目指して、レイムと黒精霊は飛ぶ。 まどうりよく いり・よ′、 みじん 山脈の一部が微塵に消し飛ぶほどの威力をもった魔道力に襲われながら、宮殿は変わ らず、静かにそこにあった。 「 : : : どっちも、化け物だね : そんかい 損壊することなく宙に浮かんでいる宮殿の公子も、その周囲を一撃のもとに破壊した聖 魔道士も。 「ーーあいつを怒らすような奴あ、命知らずのた馬鹿者だよ」 おだ 見た目の軟弱さ、性格の穏やかさで、なめてかかるととんでもないことになる。 つぶや ようせい 獣妖精の存在を確かめながら、吐き捨てるように、キーツは呟いた。 幻 夢 年ちょっとばかり乱暴な手段を用いたが、宮殿の中にいる者も、これで出てこないわけに はいかないだろう。姿を見せてくれれば、話もできる。あの砂岩で生活している生命のい えんりよ ないことを魔道で確かめて、レイムは遠慮なく岩山を破壊したのだ。こんな不毛の地でな
184 するどくろせいれい 鋭い黒精霊の爪が、サミルの側頭部と左肩を吹き飛ばした。 目の前で剣を振るっていたサミルが、いきなり泥となって崩れ、コンスタンスは目を剥 魔道による支えを失い、ぐらりといた宮既に、レイムは仰天する。 「キーツー 手伝ってくれとレイムに叫ばれたものの、キーツは何がどうなっているのかわからな 「ぼやばやしてないで、宮殿を浮かべるのよ ! ルドウィックについていた妖精に、金切り声を出され、キーツはようやく自分のなすべ きことを理解した。 大気を宮殿の下に集めたキ 1 ツは、魔道力で宮殿を崖の上まで移動させるレイムを手伝 、ゆっくりと宮殿を安全な場所に下ろす。 黒精霊に襲われ、一撃のもとに頭部と片腕を破壊され、石のように落下していくサミル きようがくまなざ を、ルドウィックは驚愕の眼差しで見つめる。 ついらく のうしよう ほ 血と脳漿をぶちまけ、砂岩に激突するように墜落したサミルに、歓喜して黒精霊は吠 まえあし たた えながら、二本の前肢で胸を叩いた。 むざん お あぜん 無惨な格好になって墜ちたサミルを、唖然として見つめたコンスタンスは、そのそばに 0 ようせい がけ かんき む
186 した どくしゅ 第十一章毒手 まどう はくあきゅうでん ついさっきまで宙に浮いていた白亜の宮殿は、サミルの強固な魔道によって形を保つ ていた、泥の宮殿だ。術が複雑であったために、サミルが絶命しても、完全に術が解ける しくらかの時間を必要とした。中にいるメイビクのために、レイムは魔道存 までには、 ) ほ′」こ 続の術を施し、しばらくのあいだ、宮殿がそのままの形でいられるようにしておく。 かんき くろせいれい ずがいこっ 慨らしい相手の頭蓋骨を割り、心臓を引き裂いたことに歓喜した黒精霊は、先の割れた よだれた 舌を出し、涎を垂らしながらサミルに向かって降下する。 「待って、ナイヴァス ! 食べないで ! 」 叫んだレイムに、降下しながら、黒精霊は何だろうかと、顔をあげる。 「ちょっとだけ、待って : 黒精霊に待ってくれるよう願い、レイムはサミルに向かって飛ぶ。 「おい、レイム ! 」 渋い顔をしながらキーツはレイムを止めようと、後を追う。
けつかい せいまどうし 宮殿の周囲に張られていた結界が、襲いかかる聖魔道士の魔道力に耐えきれず、次々 に爆発する。 支えていた砂岩の山ごと、宮殿がレイムの魔道力に、まれる 山脈を揺るがす轟をあげ、爆裂した砂岩が、砂塵を巻きあげる爆風にのり、飛び散っ つばさからだかば きようがく 翼で身体を庇い守ったナイヴァスは、あまりに過激な行動をおこしたレイムに、驚愕 まうぎよ する。防御結界を張ったコンスタンスは、そんなつもりはなかったが、同時にキーツとル ドウィックをも守ってしまいながら、肩で息をする。 じようだん 「冗談、だろ : ・ さ コンスタンスは張り裂けんばかりに目を見張り、爆風で髪と衣服をなびかせるレイムの 後ろ姿を見つめる。 こはくひめ あれでは、琥珀姫のいる宮殿ごと : すなぼこり 飛び散る砂岩と舞い立っ砂埃が少しおさまって、レイムは剣を鞘にしまう。 「こんなものかな」 うなず くろせいれい 頷いて、レイムは黒精霊に振り返る。 「行きましよう」 きゅうでん は 0 さや
メイビクを失うことよりも、レイムをメイビク姫に逢わせることのほうが嫌なのだ。 宮う既ごと守るのなら、目溢しもしてやろうが、メイビク姫だけを守るとあれば、見す ごすわけにはいかない 。しいだけなのかもしれませんけれど、あまり時間をかけるのは、好き 「もう千年、待てま ) じゃないな」 宮殿全体が揺れたかと思ったら、何やら外が騒がしい感じがした。 ながいす 長椅子に腰かけて物思いにしずんでいたメイビク姫は、顔をあげて少し眉をひそめる。 ( 何かしら : : : ) 客が来たようだから待っていてくれと言って出ていった公子は、戻ってくる様子もな 、使用人が宮殿の中をうろうろしながら働いている気配もない。 じしん それほど大きなものではなかったが、地震ならば、何か倒れたり破損したものがないか 獣どうか、見てまわる者がいて当然であるのに : こうげき いくさ 夢戦でも仕かけられ、この宮殿が投石機による攻撃でも受けたのではないだろうかとい う、嫌な感じがした。外だけが騒がしいのは、皆、外に出払っているからなのか 世界滅亡の危機が叫ばれ、領民を守るためにに身を捧げてから、いったいどのく らいの月日が過ぎたのか、メイビク姫にはわからない。ねたくとも、話すことができな さわ まゆ
ぞうお メイビク姫に急接近しようというレイムへの憎悪をこめた、凄まじい爆発が、山脈を揺 すった。 瞭い閃と轟とともに、山脈の一部が吹き飛ぶ。 まうぎよいん ものすご 予想もしない規模の爆発に、御印が不十分であったレイムは、物凄い爆風にあおられ がけ まどうつか 姿勢を崩す。魔道で掴まえていた宮殿を支えていた崖が、この爆発で粉々に吹き飛んでい ( 重い 宮殿を楽に支えられるようなかたちに、まだ術をかけなおしていなかったレイムは、歯 を食いしばって魔道力を送り、宮殿を爆風から守って浮かべ、そのままの位置に保つ。 けつか ) レイムの防御結で守られ、しかもその周りに、大気の壁をつくっていたために、爆発 しようげき まぬか による衝撃や影響はなんとか免れたものの、凄まじい爆風を受け、キーツたちはひとか たまりになって遠くまで吹き飛ばされる。 くろせいれい 爆発にまきこまれた黒精霊も、キーツたちと同様に、目茶苦茶になりながら、爆風に運 きようじん けた ばれた。炎に強く、桁はずれて強靭な肉体をもっ黒精霊でなかったら、ひとたまりもな かったにちがいない。 「死にな ! 」 ひめ すさ
みどりひとみ しつかりとした光を宿す翠の瞳を見て、ナイヴァスはほっとする。 「レイ、ム : ・ 「ごめん、大丈夫だ : ちょっと、油断した」 きゅうでん 全身がきりきりと痛む。肩で息をしながら、首を動かしたレイムは、宮殿をまっすぐ に見つめる。 けつかい びさい わな 宮殿を守る結界は、ある部分に接触すると発動する、罠にも似ていた。微細ものが点 在しているため、感知が難しい。しかしそのわりに、ひっかかったときの衝撃は、その まどうりよく すさ 周囲に仕掛けてあった魔道力のすべてを引き寄せて爆発するように、凄まじい あとかた ほうむ 高級魔道士であるサミルを、跡形も残さず葬り去った魔道士が、むざむざと接近を許す はずはなかったか。許可なき者は退去せよ、というところだ。だが、これでたじろいでは いられない。 なが 少し眺めてみたが、結界に接触した者がいるというのに、宮殿にはまったく変化がな 獣かった。 くちびるか 夢レイムはかるく唇を噛む。 年「仕方ないな、ちょっと乱暴だけど、強行するしかない : くろせいれい ひしよういん 受け止めてくれた黒精霊に礼を言い、レイムは飛翔印を用いる。黒精霊から少し離れ しんちょう た場所に、慎重に身を浮かべたレイムは、腰の長剣に手をかける。
201 千年の夢幻獣 ( メイビクだけでも : = = ! ) 。既を捨てて、メイビク姫だけならば、もっと小さな魔道で、強固に守ることができ る。宮殿に向かいながら、宮殿の中のどこにいるのか、レイムはメイビク姫の気を探す。 コンスタンスにとって、邪魔をする者はすべて敵だった。聖士も何も、関係ない。 凶悪な毒気を放っ魔道の気が、コンスタンスの握る剣を、禍々しい真紅に輝かせる。 行く手に立ちはだかるもののすべてを朽ち果てさせるため、毒気に病んだ魔道の剣を振 ろうとしたコンスタンスの真横を、サミルの放「た魔道弾がめた。 まゆ こうげき 自分に向けられたのではない攻撃に、コンスタンスはびくりと眉を動かす。 よ、つしゃ じんたい 甚大なる魔道力をこめられたサミルの魔道弾は、レイムを容赦なく撃ち落とした。 じゃま
こしよう 公子は部屋を出ていった。小姓らしき者が入ってくるとしても、まず部屋の外から呼び りん 鈴で知らせてから、というのが習わしだ。火急のことでもないかぎり、いきなり名を呼ぶ なんてことはない。 そのまま少し待ったが、やはり何も聞こえなかった。 空耳だったのだろうか。 ながいす ひめ 後ろ髪を引かれる思いのまま、メイビク姫は書庫に入るのをやめ、居間の長椅子に腰を 下ろした。 まどうだん 琥珀姫の名を呼んだレイム目がけて、宮殿から魔道弾が放たれた。 「ナイヴァスー まえあし 振り返ったレイムは、ナイヴァスの前肢に触れ、移動の魔道を用いて、飛び越えるよう よ に魔道弾を避けて、さらに宮殿に接近した。 ( 誰か、出てきて・ : メイビク姫か、誰か、メイビク姫に話を取り次いでくれる者 : 焦る黒精の気持ちがわかり、レイムも一刻のもならないと感じている。 「クシュファ公子様 ! 」 こた 名を叫んだレイムに応えるように、レイムの眼前に巨大な魔道弾が現れた。 こはくひめ きゅうでん よ
。しかしいつまでも地に足をつけていると、コンスタンスの足元からひろがった砂岩の どく くさ ふしよく 腐食にまきこまれて、足から毒に触れて腐ってしまう。 ようせい 妖精は慌てて、レイムの一一 = ロ葉に従って、飛行に必要な力をルドウィックに送った。 キーツとルドウィックを空に上げ、自分たちで身を守れるように状況を理解させたレイ ムは、新既に向かって飛ぶ。 一度サミルが術をした宮殿は、今、レイムの魔道によってその姿を保っている。魔 道の所在はレイムに移っているのだ。レイム以外の者が重ねて魔道の術をかけると、が から 絡む危険があるので、他者の術をはねつけるようにしておいた。腐食していく砂岩から宮 殿を守るのは、レイムの役目である。 ( 空に浮かべて、固定する・ : 宮殿に向かうレイムを、サミルは物凄い目で睨んだ。 「行かせないー 獣「お前の相手は、あたしだよ " " ひしよういん 夢飛翔印を用いて空に上がったサミルの行く手を、コンスタンスがふさいだ。 「退け ! 」 どな ようしゃ 怒鳴ったサミルは、コンスタンス目がけて、容赦なく魔道力を爆発させる。 ものすご にら