目のほうがレイムは気にいっている。 きひんせき 貴賓席に座る主人を、レイムは振りあおぎ指示を求めた。 領主の自慢であるな花とわれる美姫ミルフ = は、清々しくりたつばかりのみ を浮かべ小さく目でうなずく。 ひるがえひざまず こうべ レイムはマントを翻して跪き、うやうやしく正騎士の礼をもって頭を垂れた。 たてごと 楽士らの席の裏手に置いていた自分の竪琴を取る。 レイムは姫様付きの吟遊んとはいえ、正式に音楽のなんたるかを学んだわけでもない。 えすぐ うやま 国じゅうから選り優りの立派な格式と才と学を持っ宮廷楽士たちを敬って、彼らより一段低 い位置に腰かけるため降りる。宮廷楽士に向かって一度深々と腰を折って礼をする。彼の一 きよしゆいちとうそく まよざ 挙手一投足を、皆は期待に満ちた差しで、わくわくと見守った。四方八方からの視線を浴 びながらレイムは緊張し腰を下ろす。が潮し、かあっと頭に血が昇っていた。しかし ひざ それも、竪琴を構え膝の上に親しんだ重みを感じたとき、すうっと消えた。彼は本来の生ま れついての歌唄い、自由な小鳥としての自分を取り戻した。 そ ) ノぼう 男としては甘い相貌が、演奏を始めるのだと優しくにつこりと微笑みを浮かべた。 つまび 整えられた指先が、しなやかに弦を爪弾きはじめた。 乾いた空気が、びーんとえ渡り、響き渡る音を遠くまで運んだ。 いっ
一部の甘さもしない険しい視線で彼女を射た。 挑むように彼女はうなずいた。 ひとみ 大きな瞳を見開いたまま。 翩けでんだ。 「わたくしが」 ささや 笑みを浮かべたままの唇で囁いた。 こぼ 見開いたままの瞳から、ほろりと大粒の涙が珠を結んで零れおちた。 ほうむ 「この手で葬りさります」 それが。 彼女が彼女である。 いる者としての証。 そして。 彼に対する真実の愛の証。 ほかの誰の手でもない。 彼女が。 手を下すべきの相手。 たま
124 えくず 愉快で堪らないというように、笑み崩れた。 「しいか ? 男は静かに少年に問うた。 答えるかわりに、少年は男を睨めつけた。 青い瞳で躰そうかという勢いだった。 「悔しいか ? 」 笑いながら、男は問うた。 少年はぎりぎりと歯を食いしばる。 ひんそうや 少年には、けっして力などには屈しない確固たるものがあっ・た。貧相に痩せた体には似っ かわしくない、雄々しさがあった。 慣れぬ。 絶対の存在位置を持っている。 たまし、 魂の格を有している。 「悔しいか ? 」 三度男は問い、 少年は内じみた唸り声に咽を鳴らした。 男盟新に太い笑みを浮かべる。 たま
65 天空の魔法陣 かたまり 燃えるような物はなかったが、火の粉に似た炎の塊が大穴の周囲に飛散した。 あしな 片足首を挫いていたうえに、驚いて足萎えた彼女はテラスにへなへなとうずくまった。 くな 0 て幾 0 も響にえ、顔を伏せて目を閉じ耳を」だ。 「には脅えるのか ? 」 太くよく響くが、頭の上から丈高に問いかけた。 声に聞きおばえがあった。 つい最近耳にした、それだった。 といきから 吐息が絡むほど、間近で聞いた声だった。 りゅうび 声の主を思い出し、彼女は柳眉を険しくして顔を上げた。 小柄な彼女からは普通でも見あげるだろうその男は、片手を腰に置き、蔑さえ浮かべる かという余裕の表情で悠然と彼女を見下ろしていた。
歌うことは好きだった。 趣味としても職業としても。 そして歌うこと、竪琴を弾くことに関しては、誰にも文句を言わせない自信があった。 「レイム ! 景気づけだ ! 一曲、威勢のいいやつを歌ってくれ ! 士気のあがりそうな、 思わずやる気になってしまうような、カのこもった歌をー こと剣技の競技会においては彼も武人の一人に違いはないのであったが、それでも。 ほかのどんなに立派な招待者である有名な詩んよりも、彼のそれが求められた。 どんなに疲れていようと、レイムはその申し出を断ることをしなかった。いつでもやか に澄み渡るような笑顔を浮かべて、快く承諾した。 宮廷芸人でありながら、騎士と呼ばれても不足のない誉れ高い腕前を披した都踟都は、 こた 期待に応え汗で熱く蒸れた重い甲胄を脱ぐ。 第三章懾 たてごとひ かっちゅう
そして。 らいめ、とどろ 雷噂が轟いた。 びりびりと空気を鳴動させた激しいそれに虚をつかれ、彼女は固く目をつぶり肩をすくめ なまりいろ 恐る恐る見あげた空は、どんよりとした鉛色の雲を浮かべている。 よく耳を澄ませば、ごろごろと和な音をたてて波打っている。 そうだ。 ここは滅亡の危機を迎えた世界なのだ。 きんこう 自然というものの何もかもが均衡を乱した、時から見放された世界なのだ。 何もかも、いつあっけなく崩れさってしまっても文句のないところなのだ。 身をすくめ、部屋の中に退去しようと彼女が腰をあげたとき。 庭に、落雷した。 凄まじい音がして、ぐらりと床面が揺れた。 落雷の直撃を受けた畳が爆裂し、大穴が開いた。 すさ らくらい ) しだたみ ゆかめん
192 「俺の中にだと : 変な事を口走り始めたなと、ディーノは女王を眺めた。とても正気の発言とは思えない。 そんな物がこの世にあるなどとは、信じがたい。 もしもあったとしても。 それはディーノに勝手に住みついたのだ。ディーノがそうしたわけではない。ディーノの 内にあるのかどうかも定かでないのに、手放すもなにもない。 し、カ・ない 0 根も葉もない御を並べ立てて丸めこもうとしても、そうま、、 ディーノはふんと鼻で笑った。 「少しは利口かと思っていたが、とんだ買いりだったようだな」 あからさまな蔑を浮かべた表情で女王を見た。 「なんだと ? がちやりと音をたてて剣のに手を掛けたバルドザックを、女王は腕を出して制する。 ここは聖なる礼拝堂。。次は禁じられている。 バルドザックはきつぐを噛み、剣の柄から手を放した。 き どんな形で斬りかかられてこようと防ぐ自信があるからなのか、ディーノはバルドザック けんまく の剣幕にもまったく動じず、腕を組んだまま微動だにしなかった。
かっとレイムの頭に血が上った。されたと思った。そして心の迷いを見透かされてい たと思った。声を欲している自分自身をも恥じていた。 長、に囲まれた、きらきらと星を浮かべるな鸚色の瞳が、ディーノを激しく睨み つけ、思わず何か言いかけた。だが声を失っているロは、ただばくばくと開かれただけだ。 むきになり自分の状態を失念していたレイムは、愚かな行為に慌てて口をつぐむ。わずか だったが唇の動きだけでも、ディーノの言い方に対する抗議であるらしいことは読みとれ 貧しくとも実直に生きてきたレイムが、己の誇りとをもって第するのは当然であ ディーノは、ふんと鼻を鳴らした。 陣何にもまして、この乙女の存在自体に問題があるようだった。 魔忙しく視線を巡らせるバルドザックにはディーノの言い分もレイムの気持ちも、理解でき ろこっ 、バルドザックですらこのやり方は喜んで諞識しにく 空た。ディーノほど露骨でないにしても 。もしもそれを受けるのが自分であったならと仮定しても、おそらく幾評かは彼女からの 行為に、男性としての意識が関与することを否めない。
「落ちたとき、気を失ったみたいです。今までずっと眠っていました」 「そうか : : : 」 ディーノは息を吐いた。 目の前にいる若者は、無茶苦茶のやりたい放題で、ひとの命などなんとも思っていなし 蛮んだったが、彼女にはまる「きりの悪人であるとは感じられなかった。ましてや今目の前 ごくあく ごくしゃゅうへい で立派な身なりをしている若者が、極悪な罪人として獄舎に幽閉されていたなどと、彼女に 想像できようはずもない。 乙女はカなく肩を落とす。 「わたしのことは、わたしよりもあなたがたのほうがよく御存知です。わたしは何も知りま せん。何も、覚えていないのです」 悲し気につぶやいた。そう自覚するたびに、思い出すことすらできぬ恋しい者のことが慕 陣われる。面影ひとっ浮かべられない自分の薄さに悪する。 魔不可思議な物言いに、ディーノは微かに眉を寄せて乙女を見つめる。嘘ではない。えた 天その表情は、ついさっき手すりに腰掛けていたときのそれだ。 「手を放していただけますか ? 」 穏やかに乙女はディーノに願った。ディーノはつられたようにこくんとうなずいて、握り
くらいのことはやってのけられるはずだ。われた、おぞましい血の祝福を与え、招喚の喜 びにわく人々に精神的衝撃を与えて気力を奪うことくらいはする。 それにしても。 えんぎ 悪すぎる。 縁起は悪い。 とのくらいかはわからないが、かなり長いあいだ 陽の高さから見て、あの日ではない。、 眠っていたように思う。 黒雲を浮かべて不穏に揺れる天空。微かに腐敗臭のする冷たい風。自然のそれらに何も変 きざ わった兆しが感じられないとすると、世界はまだ救われていないことになる。 伝説の乙女の招喚はならなかったのか。 世界はやはり滅亡へと進むしかないのか。 陣思いを巡らせ、ディーノはふんと鼻を鳴らす。 魔どのみち彼に関係ない。なるようにしかならぬのだ。たかがひとの分際で自然に対抗しょ とぎばなし 空うなどと、大それたことをディーノは考えない。お伽話に踊らされ無駄な時間を過ごすよ り、もっと有意義に残された時間を楽しむ方法はいくらでもあるはずだ。 どうせ世界が滅亡するのなら、皆が死なねばならないのなら。 かす