120 まち 供。街の中にいるだけでわしい少年。少年をひきとるなどという物好きは、まともな考え 方をする人間の中にはいない。異民族である彼がいったいどのような種族の人間であるの か、想像がっかないからだ。 , 彼の肉親者が、自分たちの利益しか考えぬ利己的な征服者とな ばんぞく るような蛮族でもあったなら、たまったものではない。 われた血を持っ民族の子供であっ たなら、自分たちまで汚れてしまう。いい方向に考えるより、悪い方向に考えておいたほう ひど が、後々慌てなくてもすむ。酷い目にあわなくてもすむ。関わりを持たないほうが、無な ことに間違いはない。だから、カ弱い子供であるうちに自分たちの側から追い払いたいと、 誰もが思っている。 戦場でしか生きられぬような凶暴な男が少年にちょっかいを出していても、誰も責めな 男を非難してを撼ね、彼が獅催を働く対象が自分に移行してはたまらない。 少年がいじめ殺されたとしても、自分たちに罪や責任はないと思っている。 直接手を下していないのだから、関係ないはずだと思いこみ、信じて疑わない。 本当の罪は、ひとの心に根づくものであることを、知らない 汚れていくのは手や誇りや名声などではなく、魂の本質であることに気づいていない たましい
222 レイムは乙女と目をあわせ、包みこむようにかく、ふわりとんだ。 透きとおる翠色の瞳は夢見る少女ほどにで優しげだったが、その奥には紛れもない きぜん 戦士たる若者の、毅然とした輝きが宿っていた。 失敗や困難を恐れず、自分を信じようとする者の決意が見えた。 自分に与えられたカで、自分という存在で、心置きなく突き進む者の気迫があった。 それこそが。 乙女に不足していたもの。 忘れていたもの。 聖地で黽の背から飛び降りたときの乙女に、確かにあったはずのもの。 傷つきたくはない。生きて、恋しいひとに会いたい。 死ぬことは怖い。 でも。 恋しいひとがいるから、ひとを愛しているから、怖じ知づき弱くなって何からも逃げ腰に なっていいということではないのだ。 恋しさを弱さへと転換してはいけない。 ここで果たすべき役割を終えれば、おのずから彼女は自分の世界に戻れるのに違いない。 きはく
「ファラ・ ハンのお目覚めのお知らせよ」 「ああ、なんて素敵なんでしよう」 にぎにぎ 台風が去っていくように賑々しく、子供たちはばたばたと駆けさった。 重くきしみながら、しぜんと扉が閉ざされる。 ( ファラ・ 彼女は自分を呼んだとおばしきそれを、微かに眉を寄せて応した。 名前なのだろうか。 自分の。 じっくりと考えて首を既げる。 実感がない。 陣座りこんだ自分を見下ろす。 そして。 空自分の体、それ自体、妙な違和感があることに気がついた。 これは。 彼女の体であって、そうではない気がする。
とによって自分の居場所を自分で確保してきた。裏づけのある自信を守りにして、誰にも文 とな 句を言わせない非を唱えさせないと、胸を張ることができた。 だから。 レイムはミルフェの死を望みはしなかった。 そうして得たものになんの魅力も感じなかった。 死を贈られたことによって、レイム自身がそれまで懸命に築いてきたものが無に帰した。 かな おとめ 後に残ったのは哀しみと、将来ある若き乙女を自殺にまで追いこんでしまったという支え きれない自責の念だけだ。自分の存在に対する疑問だけだ。 結局ミルフェはレイムの本質を理解してはいなかった。 , 彼こ恋心を抱かせ、愛されるべき 女性ではなかった。ただりし、挙げ句、レイムからすべてを奪い、打ちのめした。 行く当てもなく生きる気力もなくしたレイムは、死を望んで谷川に身を投げた。 まどうし 危ういところで通りかかった旅の魔道士らに救われた。 そして。 魔道士となる道を選んだ。 レイムはのろのろと自分が寝かされていた部屋を見回した。
も転がしておけば十分だったんです ! どうせ病気なんてしやしません。藩をしのげるだ けでももったいないくらいだったのに、高貴な客人のようにもてなして、離宮を与えて好み ああ ! 数えあげただけでも悪がし の調度をえて、衣服を誂えてやるだなんて : ・ ます ! ただでさえ扱いにくい無法者だというのに、これ以上あいつがいい気になったら、 どうなさるおつもりですか ? 」 ひとみ めじり やや目尻の下がる優しげな茶色の瞳を怒らせていっきに捲したてるバルドザックを、女王 は困ったような少しばかりすねたような上目づかいで見あげた。バルドザックが誰よりも、 自分の身を案じているだろうことは、知っている。近衛騎士としての務めを越えた領域のそ ちきようだ、 れであることも。女王にとってもバルドザックは、誰より近しい位置にいる大切な乳兄 だ。彼の気持ちはわかるが、事態はそう都合よく運んでくれるものではない。 「気を揉む必要はありません。ディーノは聖選を受けた勇者です 陣気楽に女王は断言した。 身的に誰かの為に尽くそう、世界を救おうなんて考え 魔「自覚があったらの話でしよう ? 空方を、あの男がするはずがないではありませんかー バルドザックの見解は的を射ている。々な目にあい、馮を味わってきた分だけ、利己 的なディーノの性格を承知している。本心から言えば、バルドザックは輪祭ディーノに関
レイムは乙女に手をさし出した。 乙女はためらうことなく、レイムの手に自分の手をのせた。 静かに腰をあげたレイムに引かれ、乙女は立ちあがった。 乙女は「ファラ・ ハン」と呼ばれた。 伝説によるの儀式にてこの世に具現した聖女であるのだという。翼ある乙女である びき 陣のだという。この世でただ一人、世界を救う力を持っ美姫であるという。 魔しかし彼女には記憶がない。名前がない。翼がない。奇跡を駆使する力がない。自分を ・ハンだと認める自信がない。自覚がない。 天 もろか 彼女が現実に持っているのは、自分の存在するこの世界に対する違和感だ。か弱く脆い可 なる肉体だ。激しく誰かに恋焦がれていた、われることのない薤しい想いだ。あまりに 第九章導光 どうこう
218 おとめ 乙女は悲鳴のような声で叫んだ。 「囎々には、どうにもならぬのです : 血を吐くで、も魔道師は繰り返した。 これが現実なのだ。このために伝説によるや聖選に頼るしかなかったのだ。いかに 強大なる魔道を駆使しようとも、もう人間には、どうすることもかなわない。 「そんな : ・ 乙女は自分の無力さを思い知るしかなかった。 彼女には剣を用いて戦うことはおろか、その剣を持ちあげることすらできない。 魔道も何も知らない。 もろ 無力で非力な、脆い存在に過ぎない。 自分だけ魔法陣に守られ、ただ泣くことしか、できない。 たま こぼ 乙女の目から涙が珠を結び、零れ落ちた。 泣きながら詫びていた。何もできない自分を恥じていた。 肩で荒い息を吐き、に浮き出た汗をったレイムは、泣き崩れている乙女に気がつい 彼女が泣くようなことがあってはいけない。
りこうどうもう はあるが、道具、物としてわりきって見てしまうことはできない。利ロで獰猛で忠実な、ほ かのどんな生き物もかなわない最高の戦友。それがである。相手を見抜き、なかなかひ とに馴れず、ずる賢い。馴れたように見せかけて、簡単にひとをく。主人と認めない者の 橋な振るまいを許さず、殺してしまうことすら珍しくない。 飛竜を駆ることのできる者、自分の飛竜を持つ者は、その本質的な面における人間的評価 が高い。飛竜の振る舞いや行動から、主人の才覚が露見する。実力が伴わなかったり、性格 ひぞく あやっ 的に卑俗な者が飛竜を操る資格を持っているわけではないのだ。どこに行こうとも自分だけ ていちょう の飛竜を持っ貴族や武人は、丁重にもてなされ歓待される。 半年ものあいだをかけて里に居残ったヨルグは、最近になってようやく自分の捜し求めて いた飛竜と巡りあうことができた。 野生種の飛竜を、里の者とともに自分の手で捕らえたのだ。 飼い慣らすことが奇跡とさえ言われる、野生種の飛竜。飛竜の純粋種には遠く及ばなかっ うな たが、それは里の者をも唸らせるほどの、立派な飛竜だった。 無とした武人たるヨルグに見合ったその飛竜は、あらゆる面に秀でていた彼と深く意気 投合し、生来定められていた存在ででもあるかのように馴染みあった。お互いが相手を慈し いつく
だった。これは自然の産物ではない。自然の恵みに関わりのない鴉なる闇の生物だ。 世界がこんなものたちに占されようとしている。滅せられようとしている。 シルヴィンがしみよりも強く感じたそれは、激しい憤りだった。 彼女は自分の知る、自然にいきづく生命であり、しかも自然の神秘にも近しい強大な力を 持つものを夢中で呼んでいた。 乙女は立ちあがり、背筋を伸ばして姿勢を正した。 呼吸を整えるように目を伏せる。 戦う。戦える。逃げない。自分のカで自分がなくしたものを取りもどす。 目を閉じたまま、大きく息を吸いこんだ。 レイムは両手を組み合わせ、聖魔道士の絶斌印を結んだ。 ひとみ 陣乙女がその清らかなる青い瞳を見開いた。 魔レイムと乙女が、同時に開かれた。 空 天 「我は求める太古より継がれし神秘なる象徴をもってためされん天界の七賢者七つの とびら 鍵を持ちよりて閉ざされた重き扉を押しひらけ
突然、眠れる自分が真の闇に包まれたことを感じ、うんと姫は身じろぎする。 寝返りを打とうとした姫は、微かに開いた瞼のあいだに、ひとの姿を捕らえた。 自分の寝台の側にひとが立っていることに気づき、姫は驚いて目を開いた。 姫が顔を動かすのと。 レイムの腕が振りおろされるのが。 同時だった。 息を飲んだ姫の耳の真横に。 レイムの握った影の短剣が、ぐさりとっき刺さった。 切り裂かれた枕から純白の羽毛が飛び出、雪のように舞った。 つらぬ 顔を動かさなければ、の中央から後頭部に、真っ直ぐ刺し貫かれているところだった。 陣姫は寝こみを狙われたことよりも、それがレイムであったことに驚いた。 自分の一番恋しいひとであったことに驚いた。 空身分違いの恋である。 姫にとっては初めてであり、幼い頃から長きに渡り抱き続けてきた真実の想いだった。 あの強弘さが取り柄のような父にかかれば、どんなに蜘な理屈を並べ立てても、縁談 ねら ひた ) まぶた