1 十′ 色のの褞をはためかせながら中空に浮かんでいた魔道師バリル・キハノは、かすか に笑うようの端をめ、静かに地に降りる。確かにそこに実在しているのに、影か幽霊 でもあるかのように重みというものが感じられない動きだった。 キハノはゆったりとした動作で腕を上げる。 「さあ『運命の公女』よ、とともに」 呼びかけられ、座りこんだままルージェスはゆるりと首を巡らせる。 しぐさ ひとみ 目の前に存在するそれそのものを、確実に瞳に映そうとする者の仕草だった。 まっすぐに闇色の魔道師を見つめ、ルージェスはゆっくり口を開く。 「お前は誰 ? わたしに何をさせるつもりなのだ ? 」 ひどく素直な一円の放った質問に、にいっとキハノは笑う。 「知れたこと。それこそがあなたの旅立ちの理由。集められた時のを用いて世界を安定 させることができるのは、天空の聖女の心臓を生きたまま取りだすことができるあなただ け。その儀式のために、出発したのではありませんか」 「それは : それはそう。だが何か変だ。何か : そうだ、どうしてあの聖魔道士がわ たしの兄上だったのだ ? 兄上は、レイム兄様は、父上の懇にしている領主のもとに預け られて暮らしているのではなかったのか ? しかる後その領地の領主となって、再び兄弟ま
・ファラ・ハン ・ティーノ をようあく しゆらおう 自ら孤高の修羅王を名乗る、華麗で凶悪 世界を滅亡の危機から救うために具現し らようぞう たいく ばんぞく おとめ な蛮族。彫像のような素晴らしい体驅を持 た、紜説の翼ある乙女。透きとおるような 白い肌と漆黒の髪に彩られたその姿形は、 ( つ。自己中心的で、自分の欲求ーーー破壊行 誰もが見惚れるほどの麗しさである。はか為と路奪ーーー・のおもむくままに生きる男で ないイメージだが、正義感が強く自己犠牲あるが、聖選によってファラ・八ンを護る ″勇者ラオウ″に選出。自分と同じ黒髪、青 もわない膕な性格を合わせ持つ。マ・ げんえい フィルニー幻影都市で、夫われていた記の瞳を持っファラ・八ンを恋うようになる 憶がやっと蘇ったが、キ八ノの妨害で片翼が、それをに認めることができず、ゆ かっとう ひんし えに必要以上の葛藤に苦しむ。 をもきとられ、瀕死の重傷を負ってしまう。 ひとみ
女王が行くとするならば。 祈りの塔か賢者の塔か。 そのような儀式に関係する場所に邯いない 世界でいちばん神秘に近い聖王家の血を受け継ぐトーラス・スカーレンならば、バルド ザックの感じているこの漿なものをもっとはっきりと感じているはずである。巫女でもあ る予一言者トーラス・スカーレンは、すでに何かを知っているのかもしれない。 ひそう 息を切らして駆けるバルドザックは悲壮なまでの表情をしている。 ばくだいそうしつ 莫大な喪失の予感におののいている。 だからこそ、どうしてもトーラス・スカーレンを見つけずには落ち着かない。 バルドザックは思いつく限りのめばしいところを一通り見てまわる。見落としがないよう すみ に、それこそ隠し小部屋の幕の隅までめくりあげるようにして確かめた。それぞれの場所は 離れ、奥まったところに位置しているため移動には時間がかかる。いなくなったことに気が 樹ついてすぐに走りだしたはずだが、まず初めに向かった場所がはずれだったために、トーラ 時ス・スカーレンからひどく出遅れた形になっている。 影「女王っ ! 」 乱れた息の合間に叫ぶ声は悲鳴にも似て、かすれて割れていた。こんな状態のバルドザッ クの声を耳にしたならば、トーラス・スカ 1 レンはどこにいても驚いてきっと姿を現してく けんじゃ
166 胸の前でバルドザックの剣の切っ先をかわしたウイグ・イーが、すばやく横に跳びすさ けもの きようぼうひとみ ぞうお 獣じみた凶暴な瞳が、憎悪をこめてバルドザックをにらんでいた。 運命の公女を阻止しようと背を向ければ、ウイグ・イーはバルドザックに襲いかかる。 運命の公女を止めねば、トーラス・スカーレンは殺される : 「リディシュ・カーツ ! 」 ひりゅう バルドザックは自分の飛竜の名を呼んだ。 だが飛竜は。 翼を折って飛べない。足を折って動けない。吹いても炎は届かない。悲し気にくだけ。 せいへき まどうし かっちゅう なんとか聖壁に近寄ろうとする魔道士たちも、影の兵士や黒い甲胄の兵士との応戦にい そがしい。自分のことだけで精いつばいで、とてもバルドザックを援護できるような状態に オし 跳びかかってきたウイグ・イーをかわし、バルドザックは運命の公女の後ろ姿をにらむ。 何がなんでも、トーラス・スカーレンは殺させないー こんしん 大きく振りかぶり、渾心の力をこめてバルドザックは神剣を投じた。 勝ち誇るかの余裕をみせて、運命の公女が振り返る。 神剣は。
みえる日が来るはずだったのではないのか ? 」 敵対し隙あらば寝首をこうかという関係も、この娘の父に言わせれば懇ということに なるのか。相手の領地にもぐりこませた息子に姫を殺させ、あげくの果てにはそこを乗っ取 らせようなどとらんでいたとは、いかにも卑劣で手段を選ばないと噂されているカルバイ こうしやく ン公爵らしい えしやく 何も知らない公女に、笑いを噛み殺したキハノは緩やかに会釈して見せる。 「レイム様はルージェス様を手助けされたかったのでありましよう」 もっともらしくキハノは言った。世界救済などという大任をうけなげな妹の身を「 た兄の行動だろうと。 だがキハノはレイムを攻撃している。お互いに敵として戦っていたのではなかったか。 かぶり ルージェスはきつく目を閉じて頭を振った。 お力しいとこかか狂ってる、何かか違う : : : ! 「ちょっと待って : 家に伝わっていた予言書。ルージェスのやろうとしていることは、忠実にそれに従ってい ハンを必要としていたの たはずだ。一刻も早い世界救済をめざして、ルージェスはファラ・ だ。自分よりも無能で要領の悪い聖戦士たちの手に缶せておいては、時間ばかりがかかり、 被害がどんどん大きくなるだろうから。世界のことを思うからこそ、ルージェスはひとを傷 ごういん つけ血を流させることや、強引な行動のことなど問題にもしなかったのだ。天空の聖女一人 ゆる
グ、ーツ ・レイム ・ルージェス ファラ・八ンの心臓を狙 ″魔道士スティープ″に選 、」うしやく そうめい ばれた、優しく聡明な若者。う、カルバイン公爵の娘で、 優秀な剣の使い手でもある。血を分けたレイムの妹。 ・トーラス・スカーレン 気品と威厳を備えた麗し の女王。滅びかけた世界の 救済を、聖戦士たちに託す。 ・エル・コレンティ 世界を代表する偉大な老 魔道師。あらゆる魔道を駆 使する、女王の心強き片腕。 ・マリエ 王都の女官頭を務める宮 廷白魔道士。女王やバルド 《い ~ ー ~ 、ザックを育ててきた女傑。 ・ハルドサック ・シルヴィン ・ハリル・キハノ このえきしだんたいらよう 女王の近衛騎士団隊長。 ″竜使いドラウド″に選出 闇と盟約を結ぶ邪悪な黒 トーラス・スカーレンに報 された娘。頑強な驅と自魔道師。世界救済の旅を ( われぬ愛を注ぐ実直な男。 然を見極める能力を持つ。 み続ける真の目的は : やみ じゃあく ねら によかんがしら 、ーん
分を残していることを、ディーノは感じる。そうであることを知っているが、踏みいるべき 時が満ちてはいない。 裏切られることがけっしてないから、失望することがないと確信できるから、ディーノは ハンかいる、ファラ・ 急がない。あせる必要がない。そこにファラ・ ハンからディーノに寄 りそい、優しい温もりを伝えてくれているというだけで、安心することができる。 「女主人ソルティス・ソニエが戻った ! 開門ー みずか 女は進みながら自ら大きく名乗りをあげた。 ハンの体から 金のをもっ薄桃色に光るみずみずしい果実にも似たをめ、ファラ・ 匂いたっ甘い香りを楽しむように目線をさげていたディーノは、女の声に顔をあげる。 やかた 高い壁に囲まれて、小山のようにそびえる黒い館がひとつある。崖にはさまれるようにし てあるその館の影は、風景に無理なくとけこんでしまい、うつかりすると見落としてしまい 樹そうだ。 よろ、 空 時女の叫び声に反応し、門の内でがしやりとのこすれあう音がしたようだった。 門が開かれる。 影主人に足を止めさせなくてもいいように、間合いをびたりとはかり、 ディーノのもでも楽に飛びぬけられるだけの高さと幅をもっ門。館を囲む壁とまったく 四同じ暗い色をしたそれは、まるで壁そのものがこの時突然に切りとられたみたいな錯すら にお がけ
すがるような目で、バルドザックは老魔道師を見やった。トーラス・スカーレンが文字ど おり骨身をって願いつづけた世界救済の夢を、こんな形で打ちかれたくはなかった。 おとめ 眠るように息絶えている金色の髪の乙女をそっと抱きあげながら、老魔道師は首を振る。 未来の見はできなかった。見えぬ未来の意味することは、定まりきらぬもの。そして、 どうにでも変わる可能性をもつもの。今起こっているのは、誰も答えを知らないこと。 「できることをせよ」 静かなエル・コレンティの言葉に、トーラス・スカーレンが薄く目を開き、顔をあげる。 けんじゃ 「賢者オルロフの御言葉でしたかしら : : : ? 」 笑んだトーラス・スカーレンに、エル・コレンティはうなずいた。 希望を捨てぬこと。努力を続けること。 それが聖女のを行った最初から、抱き続けていた想い。 礼を述べてバルドザックの助けを断り、両足でしつかり大地を踏んで立った、トーラス・ きぜん 空スカーレンは毅然と背筋を正す。 の「王都に残った者たちを集結させなさい。王都を失うことになろうとも、ここを守りきれれ 幻ばかまいません ! 祈りの力を。全世界に残っているものたちに呼びかけを ! 」 しようちょう うるわ 世界滅亡の危機に立ち向かう賢き女王、世界の繁栄と存続を象徴する麗しの女王の命じ る声が響いた
158 まどうし 王家の庭に向かうことのできる、『魔道師』なのである : しようき 瘴気から出現した魔物の気配を感じ、王都に残った魔道士たちは、にわかにざわめきなが ら行動を開始した。かねてから老魔道師エル・コレンティに言いつけられていたとおり。工 ル・コレンティの予測は少しもわず、現在の、この妖しくおぞましいものを伝えてくれて 王家の庭に群がる魔物を阻止するため、魔道士たちは王宮の奥へと集結する。 ひょうころ しゅうあく ごろごろと雹の転がる地面、そこかしこにある影から、醜悪な魔物がじわり、にじみで てくる。 浄化の魔道力を駆使し、魔道士たちは出現する魔物を撃退した。 光あるかぎり影は生じる。どこからでも魔物は現れる。魔物の出てこられない場所などな 機を待っていたかのように、突然に魔道士自身の影から魔物が出現した。 自分の落とした影から現れた魔物に襲われ、数人の魔道士が同時に半身を引き裂かれた。 あちこちで激しく吹きあがった血柱に、ぎくりと魔道士らが振り返る。 恐ろしい見落としを自分がやっていることに気がついた。高位を授かる王都の鑞の魔道 士でも、格のわずかに足りぬ者は自分の影までも完全支配できない。低級の小魔の形こそし
142 裂けた繭から首を出した幼虫が、と見なしてソニエの左肩に食いついた ! 肩を保護したこと、ばりりと噛みかれ、ソニエがすさまじい悲鳴をあげた。 くわえられたまま幼虫に振りまわされるソニエの咽からほとばしる悲鳴が、広間の壁にわ んわんと反響する。 ぶつつりと止んだ聞こえぬ音に、解放されたディーノたちは肩に入っていた力を抜く。 「あの方を助けて ! 時のをに渡さないで " " ・ハンが悲鳴をあげる。 宝珠ごと食らわれようとしているソニエに、ファラ ディーノの手の内に斧が現れた。 レイムが印を結んだ。 うなりをあげて空を薙いだ銀斧が、幼虫の首を刎ねた。 火花を散らす聖魔道力の光弾が幼虫に炸裂した。 微に体を礒された幼虫の首が、ソニエをくわえたまま、ばとりと落っこちる。 腐。のような体液をまき散らし、顎にとらえたソニエを盟し、跳ねながら激しくのたう っ幼虫の首。魔道の粉を持ってソニエに駆け寄ったレイムが、魔物浄化の魔道でもって幼虫 を分解する。 魔物にわれていた館が、核となる魔物を失って、おぞましい鳴き声をあげながら溶け崩 れた。魔物によって命奪われた兵士や、支えていた小魔をなくして崩れ落ちた、どろどろの さくれつ