272 筆圧が強くって、木のにナワバリを示すのル痴のように、跡を残します。 エンピッを握るとすぐに先つほが丸まっちまいます。下敷きを使わないでポールペンで ノートなどに字を書くと、三枚下までくつきり跡が残ります。破り捨てた電話メモを復活さ せようと、そーっとエンピッでこすって文字を白く残そうとしても、跡が数枚分重なってる ところはわけわかりません。 『書いた』って、しつかり残らないとなわけなのね。充実感が必要なのよ。 だから、ついつい力が入るの。エンピッみたいに力の加減で色が変わるものは、本当にむ きになって書くわけよ。先つばけて粉散って真っ黒。縦書きの場合、手の横面黒光り。 学生時代からシャープペンシルでもエンピッでも、愛用はだと余分な力が必要 しん ここちょ で、肩が凝るのね。って芯がやわらかくって、それでもって心地好い黒さなわけよ。以 わらばんし 上に硬いものを使った場合は、筆圧でプリントの藁半紙を文字の形に書き破きます。 エンピッでも筆でも、握ると人差し指の第一間節が、『んに ! 』って反り返っちゃうの。 あ - し J カき」 こ
202 そうせい 呼び戻すのか。このような茶番、我が手で終わらせてくれるわ ! 創世の二神がどうしたと いうのだ ! 貴様たちのためにある世界など、滅びてしまえ ! 指をつきつけられて叫ばれ。 ディーノは目を見開く。 キハノが何を言っているのか、わからなかった。 わからなかったが。 自分とファラ・ ハンのことを言われているのだと感じた。 、なんだと : 「俺が : ひとみ かすかに震えを帯びた声でささやき、ディーノはキハノに青い瞳を向けた。 ふんと鼻を鳴らしたキハノには、答える気などまったくない。 この世界を造るために降臨した神の心がもっていた記憶を蜥じられ、力ももたずに転生 し、ただの男となりさがった者を、キハノは蔑の目でめた。 「エル・コレンティめの目をあざむき、ここまでこぎつけるのに、二百年もかかったわ」 印を結んだ手をあげたキハノの周りに。 しようきやみうずま 瘴気の闇が渦巻いた。 くろまどうし 黒魔道師バリル・キハノは高らかに叫ぶ。 「いでよ暗黒〉 ! みもっの血肉を依り代に、この世を闇と嚠きで満たせリ
次にどういうことが起こるかをよく知っている子供たちは、首をすくめて顔をそむける。 「あんたはどうでもいいの。わたしたちが、困るんだよ ! 」 「わ、わかった ! わかったっー のうみそふっとう 目の前に勢いよく火花が散り、ディーノは悲鳴のような声をあげた。脳味噌が沸騰し、ス ークするような錯がして、いまにも頭部が爆発しそうだ。呼吸ができない。 しつかりしつけてから、ようやくマリエは手を放す。解放されたディーノは、肩からカ を抜き、目を瞬きながら息をする。 「あのー、マリエ様。この部屋をお使いだった姫様は ? おずおずと、子供の一人が尋ねた。マリエは穏やかにむ。 「世界を救うお仕事を終えられたので、空に帰られたのですよ。だから今晩のパーティーに も出席されません」 「そう、ですの : ハンのそばにいたこの子供たちは、王 空しゅんと子供たちは顔を伏せた。目覚めたファラ・ 、ンに会えることを楽しみにしていた。 の都に戻り、今日ふたたびファラ・ 幻「勇者ディーノ様も、今晩の用意でお忙しくていらっしゃいます。自分の仕事にお戻りなさ きつばりと言われ、子供たちはしぶしぶ和う識の意を表して頭をさげる。ちょっと未練を
108 て放たれた音に、を用いる魔道士としての力をもっ彼が過敏に反応を表しても不思議はな 。「音を聞いた』という感覚で、無意識にレイムは耳を押さえたのだ。 疑り深く、なかなか奥に踏みこもうとしなかったディーノと違い、レイムは自分からエ に礼をのべながら、誘われるまま、奥にはいってこようとしていた。ディーノがレイムに呼 あやっ びかけるまで、ソニエはレイムの身体を操ろうなどと考える必要はなかった。レイムが足を 止めなければ、ソニエはレイムに働きかけなかった。 レイムが耳を押さえたから、ディーノはソニエが用いていたものが音にかかわるものであ るとわかった。障害物があると音波はうまく伝わらないことがある。だからディーノのに 身を隠した時とそうでない時とでは、はっきりとした違いがあってしかるべきだ。 さすがのディーノも、香でも魔道でもない、何か道具を使ったという様子のない、ひどく 耳こえないものに対して 自然に近いようなものを使われたのでは、たまったものではない。門 耳をふさぐことなど、思いつくはずがない。目に見える範囲で考えれば、音の出所はソニエ 本人に関するところであるらしい。 何がこの場所で起こっていたのか、レイムにはよくわからなかったが、とにかくこの館の 女主人が彼らに害をおよばそうとしたことだけは、はっきりしているようである。 なことを考えながら体を起こすディーノを前にし、ソニエは身を翻した。目の前の若 さそ こう やかた
水びたしになった床につつぶしていたレイムは、をつき、肩で荒い息をしながら目をば ちばちする。何が自分を襲ったのか、よくわからなかった。 ひとみいか 青い瞳に怒りを燃えあがらせ、ディーノがゆらりと腕をついて身を持ちあげる。まだ少し 感覚がいか。操られようとする身体の動きを、強烈な意思のカで阻止していた影響に違い かなりのものであったはずだ。 ない。筋肉や骨にかかっていた負は、 ずぶ濡れになったソニエが、躰すような目でディーノをにらむ。 ナは、 ふしぎこうそく もうあの不思議な拘束の気配はなかった。ソニエの表情から、今すぐに、ふたたびそれが なされることはないことがわかった。 こくはくほおゆる にやりとディーノは酷薄に頬を緩める。 「なるほど、音か : 手の内が読めた。見切ってしまえばこんな女など、相手のうちにはいらない。素手で首を ねじ切ることだってできる。 空ディーノの言ったことを心の内でくりかえし、レイムはどうして自分が耳を押さえたの のか、やっと理解する。 幻音のすべてを人間が知覚できるわけではない。耳に聞こえない音域にある音が、影響を与 えることもないわけではない。 音なき声でをなぞらえ、術を唱えることのできるレイムである。あきらかな害意をもっ
104 ディーノがどんな状態でいるのかもわからない。 「どうぞ、奥へー ソニエはディーノに言ったと同じように、レイムにもすすめた。 レイムには、ディーノのようにまずなんでも疑ってかかる習慣はない。 すく、罠にひっかかりやすい貴重な人種だ。 さそ 誘われて恐縮しながら、レイムは部屋の中に入る。 とびら 扉が閉ざされた。 レイムが薄幕を通りぬけてくると、驫でもディーノを見ることになる。いつもの激しいば かりの輝きを失った、拠けのようなディーノを。 それは誰より気広の高いディーノにとって、掫ならないことでもある。 まどうし 『魔道士・ : 「え ? 」 ぎくんとレイムは足を止めた。 いきどお 激しく憤るディーノの音のない声が、聞こえたと思った。 ただならぬそれ。このすぐ向こうにいるらしい、ディーノの思考。 わな とてもだまされや
ぎよっと目をむいたバルドザックを、爆裂の魔道が襲った。 剣士としての本能で反射的に突きだした神剣に、キハノの放った魔道が分断される。 勢いを殺し切れず、あおられて錐もみした飛竜が落ちた。編を取り落としたバルドザッ クは、飛竜から投げ出されたが、かろうじて受け身をとり、素早く剣を構えて立ちあがる。 みどりひとみ 攻撃をかわされた黄金の乙女が、ふんと鼻を鳴らして目を細める。透明な翠の瞳の中心で 赤く燃えている瞳孔をまっすぐに向けられ、バルドザックの体に、ぞっと悪が走る。 この黄金の乙女を、王都の衛隊長であるバルドザックは知っている。 こうしやく ルージ . エス・イース・カルバイン。東に裕福な領地を持つ、カルバイン公爵の一人娘だ。 どうしてこの娘がここにいて、そしてなぜキハノの目と黒魔道師の 1 を持っていなければな らないのか、わからなかった。わからなかったが、それを理解したところで目の前で起こっ ていることがどうにかなるわけではない。 ただひとりで何ができようぞ」 「神剣を持っ聖剣士かー くちびる くちょう 空ぞろりとした口調で言い、黄金の乙女は、にいと赤い唇の端を吊りあげた。 の守るものをもっバルドザックは、ぎっと瞳をしくし、ひるまない。 かぎ 幻キハノⅡルージェス、文字どおり世界の鍵を握る『運命の公女』を敵とする聖剣士に、黒 の兵士たちが剣を抜いて斬りかかった。バルドザックを援護して、彼の飛竜が火炎を吐く。 ころ でく 火ダルマになった兵士が、焼けた虫から転げ落ちる。魔道による木偶人形にしかすぎぬ者、 ばくれつ
なぜ笑われなければならないわからず、ル 1 ジェスはキハノを見つめる。 ばかりこう おろ 「さすがに血をわけた兄妹よ。愚かしい賢しさまでもよく似ておるわ。もう少し馬鹿か利ロ であったなら、救われるものを」 ぐっぐっと笑いを噛み殺した声でキハノがつぶやいた。 キハノはルージェスに向かって腕を広げる。 「さあおいでなさい。一緒に行くのです。血にまみれた天界の乙女と六つのを得て、約 束の地へ , さそ 誘われ、ルージェスは嫌々するように緩く首を振る。 キハノは小さく舌を鳴らす。来る気がないなら引きずっていくまでだ。 すべ 目を細めて腕を下げ、今にも音もなく滑るように近づきくるかの様子を見せるキハノに、 ルージェスは色をなす。 「来るな ! 」 悲鳴のような声をあげ、ルージェスは腰を浮かせた。知らず今まで一緒にいたものの、そ れがたとえようもなく鴉悪な存在であることに気づいていた。 動けぬまま首を動かしてルージェスを目で追うウイグ・イーは、情けない顔でおどおどと キハノの出かたをうかがう。 した さか
178 振るう剣は、わずかながらも魔道の気を帯びている。うかつに癒しの魔道を行えば、を絡 める恐れがある。 だがキハノはも命も恐れてはいない。伝説と化すほどの実力をもっ黒魔道師は、肉体 を捨てても、復活する術を知っているとでもいうのか : 公女は高らかに笑う。 ためらわず頭部を狙うだけの度胸がなかったことを朝 " っていた。 キハノにはレイムのもっこの優しさが、最大の弱点となることが初めからわかっていた。 ( ルージェス : : : ) ( ルージェス : : : ) ただひとりの妹。 肉親がいることすら忘れ、何もしてやれず、そして目の前で黒魔道師に蹂躪されている 黒魔道を知らぬレイムには、無理にも瀕し、この術をほどく方法がない。 利用されたままであると、たいした時間もかけず、ルージスの自が崩壊する。魂ごと 黒魔道師に捕われて、暗闇のはてに墜ちてしまう。ルわれた魂として、られ続ける。 いくらレイムが聖魔道士であっても、強大な魔道力をもち、渥れを知らぬ者、まぎれもな い聖女である「運命の公女』、キハノ日ルージェスに立ち向かえるだけの力はない。 妹。 じゅうりん
見あげるファラ・ ハンに、ぶつきらばうにディーノは〈叩じた。 「キャウ」 うんうんと、ディーノの腕にくつついたままの小さな竜もうなずく。 いつまでも気を張ったままだともたない。時の宝が気になってあせるのはわかるが、ど ちらかと言えば蜥の囃法陣を復活させることのほうが急ぐ仕事だ。この辺りで魔物が現れ 出ようとしている刻限が避っているのは、ディーノにも感じられる。時の宝珠で世界を救う ことはファラ・ ハンにしかできないが、時の宝珠を持つだけなら野である飛竜、ディー ノの腕にくつつくこの小さな飛竜にだってできる。 今の自分が足手まといのお荷物でしかないことを、ファラ ・ハンは知っている。 「はい・ 細く高い声で、ファラ・ ハンは小さく返事した。 とびら 前を歩いていた兵士は、しばらく行って客用の寝室の扉を開けた。 意地悪く値ぶみをするように目を細め、ディーノは寝台とその周りをじっくりと見る。お かしな調度品はないかと疑ってかかったが、ある物は寝台と書き物机とテープル・セットと クロゼットという、間に合わせのような粗末なものだった。ただカーテンやシーツなどは ごこち きちんと清潔そうに整えられ、純粋に眠るだけならば心地が悪くはないだろう。