104 ディーノがどんな状態でいるのかもわからない。 「どうぞ、奥へー ソニエはディーノに言ったと同じように、レイムにもすすめた。 レイムには、ディーノのようにまずなんでも疑ってかかる習慣はない。 すく、罠にひっかかりやすい貴重な人種だ。 さそ 誘われて恐縮しながら、レイムは部屋の中に入る。 とびら 扉が閉ざされた。 レイムが薄幕を通りぬけてくると、驫でもディーノを見ることになる。いつもの激しいば かりの輝きを失った、拠けのようなディーノを。 それは誰より気広の高いディーノにとって、掫ならないことでもある。 まどうし 『魔道士・ : 「え ? 」 ぎくんとレイムは足を止めた。 いきどお 激しく憤るディーノの音のない声が、聞こえたと思った。 ただならぬそれ。このすぐ向こうにいるらしい、ディーノの思考。 わな とてもだまされや
人間としての力しかもたぬ『今の』ディーノ。 我が身を盾としたディーノの前で。 闇が弾けた。 ディーノの声に、びくんと背を震わせてファラ 闇が弾けた瞬間だった。 ぐらり、ディーノの乗る飛竜が傾く。 ハンはディーノに向かって飛ぶ。 悲鳴をあげ、ファラ・ 背後から求め抱き支えるように、矢のように飛びながら腕を伸ばしきたファラ・ 飛竜の手をぐいと引いたディーノが顔を向ける。 その右手に斧があった。 空不思議のが、キハノの放った闇の力すらも打ちいていた。 時 いまにも泣きそうな顔をしているファラ の ・ハンに、ディーノはあのいつもの表情で、にや 幻りと笑う。 変わらぬ様子をみせるディーノの胸に、光の翼を消失させたファラ ・ハンが飛びこんだ。 一アイーノは、しつかりとファラ・ ハンを受け止める。 たて ・ハンが振り返った。 ノ、
ディーノを出迎えて、小さな飛竜がディーノの腕に飛びつく。巨大な飛竜は大きな翼を広 げ、ディーノのそばに優雅に降りたった。 あるじ 「この館の主はどこですか ? ゴゝゝナこ、ディーノは少し館のほうを振り返る。 細い声のし力し。 「兵士を魔物にけしかけていた。あの様子なら、不利になれば真っ先に出てくるはずだ。最 たて 後の一人の兵士すら、平気で盾にすることだろう」 ハンを拯えきた兵士は顔を伏せる。 ふんと鼻を鳴らすディーノに、ファラ・ 「仕方ありません。撚は、あの方のための兵士なのですから」 「勝手に死に急ぐがいい」 ディーノは、にべもなく言いきった。 「与えられた存在は誰にも変えることはできませんわ。それが自然界の決まりなのですか ら ・ハンはディーノに近寄る。腕を出したディーノの 空少し足元をふらっかせながら、ファラ ハンはディーノに願う。 の手にすがるようにして立ち、ファラ・ 幻「ソルティス・ソニエさんを、一緒に捜してください。あの方が時のを持「ているのに 違いありません」 「館の中だぞ」
残してディーノを見た子供たちは、いっせいに顔を見合わせ、にこっと笑った。 ディーノに向かって突進する。 ぎよっと目を開けたディーノに子供たちが飛びついた。小さ新ディーノのにあた 「こらー を振りあげたマリエに、きゃあと声をあげて、子供たちは逃げるように走り去った。 またた ぼうゼん 頬に手をあて、茫然としたディーノはばちばちと目を瞬く。 拳をあげて追いかけて、掃き出し窓のところまで行ったマリエは、優しい笑みを浮かべて 子供たちを見送る。 以前のとおりの日常が確かに戻ってきたのだと、しみじみと感じる。頬をなでる風は、生 命の輝きを含み、さわやかで優しい 「なんの用だ ? ぶつきらばうに尋ねられ、マリエはディーノに振り返り、目を細める。 「お礼も満足に言えないのかい ? 」 子供たちの質問攻めから助けてやったことに対して。目を細められ、ディーノはぎくりと し、視線をうろうろとさせながら唇をなめる。他人に対して礼など言ったことがない。 こんわく 困惑するディーノの様子に、マリエはふっと笑った。 る。
ではない。ひとくちごとに目を閉じながら、こくんこくんと咽を鳴らし、ファラ・ ハンは ゆっくりし榊を干した。ロあたりのいい酒は、体の中を落ちていきながら少しずつ熱を帯び る。ファラ ハンの背にあてられたディーノの大きな手のひらが、熱い。杯の傾け加減を示 すために杯を支えるディーノの手を包んだファラ・ ハンの両手は、触れるかぎりのディーノ の手の形をくわしく感じ、知ろうとしている。 酒のせいかディーノを意識しているせいか、かああっとファラ・ ハンの胸が熱くなった。 杯を寝台横の小机に置いたディーノは、ファラ・ ハンを軽く抱きあげ、そっと寝台に横た えた。横たえさせ、間近い位置から自分を見おろすディーノに、ファラ・ ハンの心臓はどき こどう どきと鼓動を早くした。頬が赤くなっていくことがわかる。隠れるようにファラ・ ハンは上 掛けを胸の前に引っぱりあげる。 「では戦士様はどうぞこちらへ , ていちょう 丁重な声で、兵士はディーノを誘った。 「ああー とびら ディーノは簡単に返事し、先にたった兵士は扉のところで待つ。 「この酒よ蛍ゝ、ゝ 。弓しカ後に残らぬ。短い時間でも熟睡できるはずだ」 「はい・ 寝台から腰を浮かすディーノを、ファラ・ ハンは目で追う。 ほお さそ
を果たそうとするか弱い聖女に、ディーノの胸が痛んだ。この世界が滅びようと滅びまい と、それがこの乙女に影響を与えるわけではない。乙女はただ、という儀式で強制的 に具現させられ、世界救済という苦難に満ちた大偉業を押しつけられた者でしかない。 ひとごと たまらなくなってディーノは独り言のようにつぶやいた。耳に届いた声に答えるため、 ファラ ・ハンはディーノの首筋に顔を寄せる。か細い声でもこれなら体に直接響くはずだ。 「 : : : あなたはここにいるでしよう : : : ? 何も終わっていないわ。わたしは、まだ、死ぬ そうでしよう : 。。。し力ないの・ ひた、 ハンを、包むようにディーノは抱きしめた。汗ばんだの 御に薄く汗を浮かべるファラ・ かんび 放っ甘美な体臭はいよいよ濃く、ディーノの肺を満たす。 「死ぬな」 瓦するほどにも切ない声で小さく、ディーノはファラ 「わたしは、この世界を救うのよ : : : 」 ハンはささやく。 夢見る者のように、ファラ・ 「勇者ラオウに選ばれしディーノに願います : 「 : : : 高くつくぞ」 わたしを、助けていただけませんか ? ・ハンに命じた。
るディーノの姿を見たような気がして、哀しく瞳をくもらせる。 「ファラ・ ハンの傷を診せて : : : 。僕がカになれるかもしれないから : : : 」 ゆっくりとささやいたレイムの声を、ディーノは頭の中でくり返す。 まどうし 「魔道士 : : : ? 」 かすみのかかったようなディーノの記憶に、足元に立っ若者、をやかな優しい顔をした翠 おとめ の瞳と金色の髪をもっ青年のことが浮かびあがった。腕に抱いた乙女のことだけで頭がいっ ばいで、自分が誰であったのかさえ、になっている。 そうだ。世界救済の途中だった。この乙女は、そのの儀式で具現した天界の聖女だ。 滅亡に向かう世界を救うことのできる、ただ一人の者だ。魔道士は、その世界救済の旅に同 行する聖魔道士、聖戦士。けっして乙女に害なす者ではない。 ディーノはレイムに小さくうなずくと、抱きかかえたファラ・ ハンを見つめながら、そ うっと飛竜から下りた。 樹地面に牋を落としたディーノは、向きあう形にファラ・ ハンを抱き、後頭部と腰を支え 時て背中をレイムに見えるようにする。血の気を失い青ざめて冷たくこごえたファラ・ ハンの か、ことんとディーノのに触れた。血も熱も、すべてを与えるとばかりに、ディーノは 幻 ファラ・ ハンを強くかき抱きたいのだが、そのか細い奢な肉体はディーノにはあまりにも れもろすぎる。刻一刻と着実ににじり寄る暗いものを感じながら、ディーノはただ脅えおのの
246 「いい格好じゃないかいー とびら 寝室の扉を開いたマリエは、勝ち誇ったようにおおらかに笑いながらディーノを見た。 い埆の出現に、子供たちは懾ててディーノの上からどき、寝台を下りて寄りそい 立つ。 またた ディーノはひっくり返ったまま、目をばちばちと瞬いてマリエを見る。 「まったく ! 何回言ったらわかるんだい ! 」 どな はしたないところを見られた子供たちは、マリエの怒鳴り声に、きゅっと目をつぶる。 「あんたの言いたいことはよくわかったって言ってるだろう ! さっさとあの騒な物をお しまい ! なくて通れやしないよ ! 」 怒られているのはディーノ。子供たちは、そろそろと片目ずつ開けて、マリエを見る。 しぐさ ディーノは気取った仕草で髪をかきあげながら、体を起こす。 「べつに通れなくても構わん」 ちゃんと通って入ってきたくせにと、ディーノはちらりとマリエに視線を流す。 「まあだわかってないようだね」 小脇に大きな荷物を抱えたまま、ずしずしと足を鳴らして近寄ったマリエは、肉厚い手を 伸ばし、やにわにディーノの頭をつかんだ。脳から豪快につかまれ、仰したディーノ しろまどうしふしぎ は暴れようともがくが、宮廷白魔道士の不思議の力をもつ手は、びくとも動かない。
110 「いったい、何がどうしたんですか ? 」 「生きてるうちに動け ! 」 助けの手を振りはらい、ディーノは辛辣に言葉を叩きつけた。確かにってはいない が、そう言われても、まず思考してから体の動くレイムには、どだい無理な注文でしかな このやんわりしたところが、レイムの良さでもあるのだから。 突き飛ばされるほどにも乱暴に手を振りはらわれ、レイムはたたらを踏む。 逃げたソニエを追うよりも、ディーノには気にかかることがある。 部屋を出ようと体を向き変えたディーノにならって、レイムも動く。一緒に来たはずの きじん ファラ ハンの居所が気になるのだが、ぎりつと目を吊りあげた鬼神のような顔をした ふんいき ディーノが、ゆっくり説明してくれるはずもない。目的は同じだろうことは雰囲気からわか る。 なだれ 駆けだそうとしたディーノの行く手を、ばらばらと雪崩こんできた兵士がふさいだ。 レイムには名宀〕掀の機会である。 ディーノより入り口に近い位置にいたレイムは、すばやくディーノの前に足場を確保す まどう 立ちふさがる者を吹き飛ばす程度の攻撃魔道ー
112 古代ザルジア文字による印をすばやく空間に描き、印を結ぶ。 ごう 轟 ! うな 唸りをあげた火炎が渦巻きながら兵士に襲いかかった。 はじ 眼前で勢いよく弾けた火炎の色に、反射的にディーノは顔をそむける。だがそれは野 士による力なので、けっして瞳を射たりルを鮃がしたりするものではない。 魔道力を放出し、レイムは軽く息をつく。 そのレイムめがけて、炎をくぐりぬけた兵士が襲いかかる。 「うわ ! 」 一身してレイムは兵士をかわした。油断なく身構えていたディーノが兵士の めがけてを容赦なく振りおろす。次々と襲いくる兵士を、銀斧のでなぎ払う。 「失敗か」 いちべっ 役立たずと、ディーノがレイムを一瞥した。レイムは足元近くにがっていたディーノの 長剣を拾いあげ、てぎわよく背お「てらせる。浄化の魔道がきかなければ、カ勝負だ。 むだに魔道力を消費することはない。ディーノの長剣を借りて、道を切り開くまでだ。魔道 を用いなくても、レイムには相手を殺さない戦いかたができる。むらがりくる兵士に、 ディーノの動きをフォローするため、レイムはディーノと背中を合わす。 剣を的確に動かしながら、レイムはきつばり言いきった。