の血の染みも、散乱した荷物や遺品も、避けることなく踏みにじっていく。 子供が大事に ころ たてごと 持っていただろう人形が転がっていようと、カスタネットや笛や竪琴などの楽器が散らばっ ていようと、まったく気にせず踏み壊していく。 けが 死者を汚すに等しい無神経な行為を目の当たりにし、シルヴィンが色をなす。ひとの生活 する場所では、『けがれ』を持ちこむことをもっとも嫌う。死者に対してこんな乱暴なこと をする者たちが「けがれ』を持たないはずはないのだ。自然を友とする一族に育ったシル ヴィンには、とても信じられないことだ。 さほう 一般常識として、あまりに不作法で礼儀を欠く。たとえどんな時代であれ、こんなことが 許されていていいはずがない。 「ちょっと ! 何やってるのよっ ! 」 大声で怒鳴りながらシルヴィンはうを降下させた。 もくもく 黙々と作業を続ける兵士たちは、誰一人として手を止めなかった。本当に声が届いたもの なのか疑いたくなるほどの見事な反応のなさだった。 乗りものを使う監視役の者だけが、ゆっくりと声のした頭上を振りあおぐ 空高く飛竜に乗る者たち。それらがどういうことをする者たちなのかを見極めようとする かのように、じいっと見つめる。 ~ をまとい、血をつけるその格好からは、表情などまっ たく見えない。
210 第十三章闇珠 1 の出現により、飛竜たちの起こした恐慌はびたりとおさまった。 ハンを乗せた飛竜は器用に体をひねり、体勢を 背にしがみつく畆んに気をい、ファラ・ こっぜん たてなおした。ファラ ・ハンは、ほっと息を吐き、忽然と姿を現した黄金竜を見つめる。黄 金竜のわせる無壥な雰弭気が、あの小さい飛竜のものだった。本質を見極めるファ ハンの目には、それが確かに小さな飛竜の得た姿であることがわかる。 じ ぎよ くちびる ぐい、ディーノは肩に入った力を抜く。 飛竜を御そうと焦れ、歯で切った唇の血を指でぬ 暗黒竜が黄金竜に関心をうっしたため、にらみあいから解放されたレイムは、肩に入った まどうりよく しようき ひた、 力を抜き、ににじんだ汗をぬぐう。瘴気によって体の中から打ち消されていた魔道力が、 黄金竜によって復活していた。なんとか魔道を行えそうだ。一刻も早く二重星の魔法陣 じくうじゅ を描いて、時空樹の成長をくい止めなければ。 行動を起こすレイムを見て、シルヴィンは周りの様子を確認する。 しゅうあく 揺れ動く地表からは、暗黒竜に引かれて醜悪な魔物たちが出現を開始していた。 やみだま
114 とびら 扉が開かれた。 びくっと翼を震わせた小さな〉は、目を開ける。 兵士が一人、小さく扉を開いて部屋をいていた。 そのまま踏みこむことなく、扉が閉じられた。そこにいることを確認しただけのようだ。 くちびる 唇から果実酒の甘い香りをさせて眠っているファラ・ ハンのな寝顔に、小さな飛竜は みめうるわ かんば にお 嬉しそうに顔をすりよせる。見目麗しく、独特の芳しい体臭と果実酒のいい匂いをさせる ファラ ・ハンは、天界の果実か菓子そのもののような、愛らしく美啝しそうな魅力に満ちて いる。ゃんちや心を起こしてをなめたいところだが、それをすることすらもったいない感 じがする。小さな飛竜はふんふんと鼻を鳴らし、な様子で厖尾を振りながらファラ・ ハンの寝顔を見つめる。 よーく見つめて満足し、小さな飛竜はもう一度目を閉じる。 しばらくして。 第七章瓔
とがわかっていた。ルージェスを自分の手で殺したレイムが、その後どういう行動をとるか の予測は簡単についた。どうせ失う命なら、役に立てていくのにこしたことはない。 しやくりあげるシルヴィンの後ろに、背の高い人影が立った。 しりぞ 影から感じた人物に、素早く振り返ったシルヴィンが横に退く。 力なく震えるか細い声で名を呼び、ファラ・ ハンが腕をあげた。 はっと全員が顔を向け、彫像のように々しく立っ若者を見る。 ろうまどうし ディーノは老魔道師の腕に助けられるファラ・ ハンを見つめる。 ファラ ・ハンがディーノを見返す。 老魔道師はディーノのため、ファラ・ ハンを抱いて立ちあがった。女王たちも腰をあげ ひとみ 空目の高さを同じくし、青い瞳が見つめあう。 のゆっくりと、ディーノはファラ・ ハンに近づいた。 幻近づきながら、問いかける。 「約束は : : : ? 尋ねられ、ファラ ・ハンが微笑んだ。 る。
186 ゝえ、『入り』ます ! 」 「入れなかったではないかー こどう しようヂき 体を襲った衝撃から抜けきれず、胸の鼓動を激しくしているファラ・ まゆ ・ハンは意を決し、まっすぐにディーノを見つめる。 は眉をひそめる。ファラ 「わたしひとりなら、入れるはずです : ・ ファラ ・ハンは。の儀式で具現した天界の聖女。ひとと同じ姿をもって、しかもけっ して『ひと』ではないもの。 ろうまどうし その『ファラ・ ハン』を、術に溶けて五官をもなくしているとはいえ、あの老魔道師が判 別できないはずはない。 ・ハンのために、開かれるべきものでな 王家の庭を守る強固なる壁も、救世の聖女ファラ ければ意味がない。 「お願い、降ろし下 真摯な青い瞳に見つめられ、内識しようとして、ディーノはためらった。 「お前、翼が : : : 」 さよく キハノにもぎ取られ、左翼を失っている。片翼だけでは飛べない。飛べないファラ・ を、ひとりで空に放りだすことができるはずがない。 ・ ( ンは花がほころぶほど優しく、ふわりと笑む。 案じるディーノに、ファラ ンに、ディーノ
涼やかな声が、ざわめく広間に響いた。 ぎよくざとびら 玉座と扉をつなぐ位置にいた者たちが、さわさわと退き、道を開ける。 玉座の下段の守護位置、かつんと音をたてて長靴を合わせ、隊長バルドザックが 儀礼用の剣を構える。 道をつくるため、広間に配置されていた近衛騎士たちが一歩前進し、いっせいに剣を鞘か ら引き抜いた。 近衛騎士が音をたて、剣を構えなおす。 とも 切っ先でまっすぐに天を示す剣に、クリスタルのシャンデリアに灯された、たくさんのロ ウソクの光がえる。 宮廷楽士によるファンファーレが高らかに鳴り響いた。 衛兵がゆっくりと扉を開く。 しろまどうし 宮廷白魔道士と老魔道師の間に守られる形に並び、四人がゆっくりと歩を進める。 華やかにきらめくまばゆい光を浴びながら、女王の玉座めざして進む。 白魔道士の婦人のすぐ後ろを胸を張って歩くのは、りりしく正な顔立ちをした背の高い 黒髪の若者。和に輝く青い瞳が、強い光を放ち、まっすぐに前を見つめている。織に身を 包んだ立派な依驅は形よく見事に引きしまり、誇り高い第なを彷彿とさせる。 羨望のまなざしで若者を見つめる者たちに、若者の左腕にくつつく小さな叫が誇らしげ はな しりぞ さや
る。 女王が討たれたのである。王宮にが入りこんだに違いないー 「すみません : ・ ぎりりとをしくし、素早く音をさせないように静かにバルドザックは立ちあがる。 すみけは、 部屋の隅に気配があった。 「お待ち ! 」 振り返りざまに剣を引き抜くバルドザックの動きとマリエの声が重なった。 部屋の隅の気配は影。 まどう ゆるりと暗い染みを広げ、小山のように盛りあがっていくもの。魔道による移動。 「エル・コレンティ様」 顔をあげる魔道師の名をマリエが呼んだ。 巨大な一木の枯れ木にも似た な老魔道師は、ひたとトーラス・スカーレンを見つめ 「賊が入りこんだのではない」 深いで断言した。 ハンと同調している」 「女王は今、ファラ・ ままた 言われ、バルドザックとマリエはきよとんと瞬きする。 マリエが泣き顔とも笑いともっかない曜な表情で、首を振った。
ディーノは、じいっと見つめてくるファラ・ 「一人寝は寂しいか ? ー 「そんな : ・ ハンは顔をうように、さらに上掛けを引っぱりあげようとす 忙しく第。きし、ファラ・ る。自分がそんな顔をしていたのかと思うと、恥ずかしくてならない。 「すぐ戻る」 バラ色に頬をほてらせる可な顔をめ、ディーノは言った。 ハンの目に涙がにじんだ。泣きたかったわけでもなんで 言われた瞬間、じわっとファラ・ もないのに。ファラ ・ハンは、涙の珠をこばさないように目をばちばちさせながら笑む。 「眠ってますから平気です」 「それが平気な顔なのか ? 指摘されて、こそこそとファラ 樹「無理するな」 時「してません」 影「そうか ? 」 こうてい ファラ ・ハンは黙った。嘘や強がりは見透かされそうで、肯定することができなかった。 「俺がそばにいては牙魔か ? 」 ・ハンは顔の下半分を上掛けの中に隠す。 ハンに笑う。
220 だからこそ、この世界が存在する。 プ・ラ・ ・ゼー・タ。 男・真実 ( 銀 ) ・女・夢・いっか ( 可能なこと ) ・ ファラ ・ハンは静かに、キハノに向かって白い手をさしだした。 「あなたの心を救いましよう。わたしにあなたの持っ闇のを : : : 」 かく優しく、まろい響きで耳に届く声。 うなだれたままのキハノは、緩く首を振る。 「我が魂にすでに闇の奥に捕われ、のものではない。どうあっても、我を救うことなどで きぬ : : : 」 「 : : : できますわ」 ファラ・ ハンはキハノに、 にこりと笑む。 おも そうせい 「信じることが、この世界の基本原理ではありませんか。想いをもっ心、創世そのもののカ であるそれが、救われないことなどありません」 キハノは、じわりと顔をあげ、まぶしそうに目を細め、ファラ・ ハンを見る。 まっすぐにキハノを見つめ、ファラ・ ハンはうなずいた しようき きりうずま 胸の前に出したキハノの左手の上に、瘴気の闇、霧が渦巻く ゆる 、の名をもっ世界。
かったのではなかったか。 ここは、この館はどうなっているのか。どうしてディーノが身動きかなわない状態にある のか。 確かに何かが狂っている。ここが魔道の明土であることに間、いはない。 強固なる抵抗をこころみているディーノの動きはなかなかはかどらない。 ソニエは楽しそうににやにやと笑いながら、じいっとディーノを見つめている。 むりやりディーノから誘わせようとしている。 「お連れの方が到着なさいました」 とびら 静かに扉が開き、兵士がそう告げた。 ソニエはディーノの向こうに薄幕を見る。 光の透過性の関係で、ソニエの側からは扉のところがはっきりと見える。 うるわ ほうえ 深緑色の法衣をまとう、麗しい魔道士の青年がいた。 空若い身体の放っ匂いは、さわやかでみずみずしい生気に満ちている。 きれい の目の前のたくましい若者とはまた違った、透明に澄んだ、綺麗な生命の輝きがある。 幻「お招きありがとうございます」 お レイムはよく通る声で穏やかに礼をのべた。 薄幕をへだてたレイムのところからは、中の様子はまったく見えない。だからそこに にお さそ