同じよ ! 」 けいはリーん こぶしにぎ 敬虔な神の子であるユウナは、思わず拳を握り、断固として抗議する。まあ落ち着けと 手で図して、コーニーは余裕の笑みを浮かべる。 きれい 「家の中に花を飾ったり、綺麗なシ 1 ツを用意したりしたみたいだけど、ジェイ先生、き ちんと診察しただけで、まるで相手にしなかったんだってさ。ざまあみろって感じよ あんど ゅうわく からぶ 悪女の誘惑が空振りに終わって、娘たちは安堵する。 コーニーの焼いたパウンドケ 1 キをもらいながら、スザナは考える。 バラ・ノ 1 ス程度の女じゃ : ジェイさんって、ルミさんを見慣れてるんだもの。 あ、無理よ」 「え 1 ? 何それ」 「ルミさんって、ミランのところにいる、もう一人のミゼルの使徒の人のことでしょ ? 「男の人よね ? うなず 三人に、ぐっと顔を近づけられ、スザナは頷く。 せいまどうし 「男の人よ。でも、聖魔道士様みたいに、ものすごく綺麗な人。目がばっちりしてて、金 髪の長い髪でね、ふわっとした長い服着てて、宝石とかたくさんつけてて、知らないで ばっと見たら、絶対女の人だって思うような人なの。背は、ジェイさんみたいに高いんだ しと
「ロスタ 1 ・ルツツ 10 0 、ニックソルデ一滴を二人分 ! ナハトーマ三滴を二人分 ! なんこう ルクレイセット軟膏を 1 ! 」 かばん かのう ルミはジェイの言葉を復唱して、薬品鞄を開ける。ジェイが言ったのは化膿防止薬を ぬぐすり 含む痛み止めが一一人分、気付け薬が一一人分、そして打ち身の塗り薬の分量だ。 ぬがら リンゼは診療簿とペンをジェイの近くに置き、虫の脱け殻を使いやすいように切った、 半透明の丈夫で軽い携帯用の小さなビ 1 カ 1 を、ホルダ 1 にセットして水を入れ、ルミに 渡す。ルミはリンゼの差し出した水のビーカ 1 と、気付け薬をしみこませた綿花玉とを交 換する。 「これを顔の手前で振って嗅がせるんだ。刺激が強いから、くれぐれも顔に当てないよう ほおは に。それとお付きの子は、気がついたら、頬が腫れ上がらないように、これを塗ってあげ て。何か飲みたいようなら、自由にさせていい。落ち着いたら、診察するから出てくるよ うに一一 = ロって」 「はい」 気付け薬の綿花玉をのせたパレットと塗り薬を受け取ったリンゼは、馬車の中に寝かせ じじよ た娘と侍女のほうに行った。 痛み止めの水薬を持ったルミは、治療をしているジェイに近づく 「タームの五番十センチを三本 ! 」
弓による援護は望めなくなった。馬車の手をとり、警護にあたっていた従者は二名。 くつきよ、つ まうじゃくぶじん 賊は四名。力に任せて、傍若無人に振る舞うことをよしとする、屈強な無法者の類の剣 客三名と、決衣に似たフードつきの長衣をまとう痩せた男。 ( いや、四対一か : つらぬ もう一人の従者が、腹部を剣で貫かれて倒れた。負傷していないのは、ジェイ一人であ 「ねえ ! 」 鍔迫り合いとなっているジェイに向かって、左手からもう一人、剣を振りかざした賊が 斬りかかる。 「ちっー うな ジェイは受け止めていた剣を押し戻し、唸りをあげて襲いかかる剣を避けて、賊から離 れた。 かっこう にか ジェイの背後、剣を握り替え、腰を上げかけた中途半端な格好で馬車の前にいた従者 は、別の方向から襲いかかった賊に斬り捨てられそうになり、からくも身を捩って、それ 色を回避した。 すきのが この瞬間を狙っていた賊は、ジェイたちが退いた隙を逃さず、馬車に取りつく。 「おらおら、おらあ ! 」 ねら たお たぐい
ほまえ 艶やかに微笑みかけられ、スザナは恥ずかしそうに頬を染めた。 お茶を飲み干し、フェレスはカップを置く。 「スザナ、帰るぞ」 ぐずぐずしていると、農場で皆が働く時間になってしまう。今日は思いがけない客がい たので、時間を食ってしまった。 「わたしはもう少しいるわ。皆さんのこと、ミラン一人じや無理だし」 ふきげん にこやかに答えたスザナに、フェレスは不機嫌な顔になる。 「農場は」 「わたし一人が、少しぐらい遅れても、差し支えないでしよう ? それに : ここはなんとかなるよ」 さえぎ スザナの言葉を遮って、ミランは遠慮がちに口を挟む。 「僕もいますから」 ミラン一人に何もかも押しつけるわけではないと、リンゼはにこにことスザナに微笑み 花 車かけた。泊めてもらった礼に、自分たちのこと以外にも、ミランの手伝いをしつかりさせ 色 てもらうつもりだ。 リンゼをちらりと見たフェレスは席を立つ。 「それじゃな。今度こそ、ちゃんとやっておけよ。村のお荷物のお前にまともにできるの あで はさ ほお
オし 道を走って逃げたのなら、その後ろ姿を賊の誰かが必ず見つけている。見つからずに逃 とびら げたのなら、森の中に逃げこんだに違いない。道理で、馬車の扉を開けられても、娘を守 るはずの従者たちが、誰一人として慌てないわけだ。 ちくしよう 「畜生 : じかんかせ 時間稼ぎの策に、まんまとひっかかったことを知り、賊の一人は忌ま忌ましげに舌打ち し、森に走る。 「へへ・ なまつば ごくりと生唾を飲みこんで、残った二人の賊の一人が、馬車の中の麗人を捕らえるた ちしぶきよご め、馬車に乗りこんで血飛沫で汚れた手を伸ばす。 きれ まっげ まばた だいだいいろひとみ 綺麗な横顔を向けたまま、長い睫毛を動かして瞬きし、麗人は橙色の瞳で、ちらりと 賊を見る。 「神の意思に背く、不徳の者たちょ。疾く去るがいい。卑しく磁れ多きその身で、神の使 の徒たるわたしに近づくと、命を落とす」 色「ーー男 ? はっと目を見開いた賊は、耳を打った声に驚いて手を止める。 柔らかく、しかししつかりと響いた声は、女生のものではなかった。ほっそりとしてい あわ れいじんと したう
びぼう 間ルミは、その美貌で人を惹きつけることは少なくない。今の、この青年のように、失望か めった 落胆するような反応は、滅多にないことだ。 ( 誰かと見間違えた、か : あで ほまえ えしやく やってきたルミは、家の中にいる青年に、艶やかに微笑んで会釈した。三角巾で腕を ・かにん 吊っているルミは、説明しなくても、見ただけで怪我人だとわかる。 むかい ジェイたちを家の中に迎え入れ、青年は会釈する。 「この家には僕が一人で暮らしています。僕は不調法者なので、皆さんをおもてなしする ようなことは、何もできません : 申し訳なさそうな表情の青年に、ジェイは緩く首を振る。家に泊めてもらえるだけで、 十分にありがたい。ルミは青年に、につこりと微笑みかける。 「すみません。突然に大勢で押しかけてしまって」 はたち 二十歳そこそこの年齢だろう、ミランと名乗ったか細い青年は、この家に暮らしてい ほ、つかし た、木こりの一人息子だ。木こりをしていた父も母も、七年まえの世界崩壊の危機のとき はやりやまい に、流行病にかかって死んだのだと、ミランはジェイたちに話した。 きれい 独り暮らしというわりには、家の中は綺麗に片づいていて、青年のいる居間にはたくさ はな にお いろあざ んの花が飾ってあった。色鮮やかな花のおかげで、家は華やいでいて、優しいいい匂いが ゆる やさ さんかくきん
164 いなか 家庭料理を出すのが恥ずかしくなるような、立派な料理だった。外食の習慣がない田舎の 村では、飾り切りした野菜を目にすることも、皿に絵を描くようにかけられたソ 1 スを見 ることもないだろう。王都に近い宿場町の食堂、一流の料理人と言ったルミの言葉を、ミ ランたちはしみじみと実感する。見たこともない華やかな都会に、少しだけ迷いこんだよ うな気分になった。 卓に並べられる料理が、どう見ても一人分少ないと感じていたミランたちは、ステーキ さか于 . き の皿を持って、水の杯しか置かれていない席に着くジェイを、不思議そうに眺める。 ルミはミランたちに、くすっと笑う。 「ジェイはこういうものを食べないからね」 料理はするが、ジェイは肉以外食べない。 「それは ? 」 興味をもって、フェレスはジェイに尋ねた。 「レバーだ」 臓物は傷みが早いので、新しいうちにしか食べられない。食べるかと、ジェイに目で問 われたが、レアの状態に焼かれたものを見て、フェレスは即座に遠慮した。レバーステ 1 キのレアは、かなり癖がある。追加を頼まなくても、卓に置かれた料理だけで、けっこう な量があった。 いた はな なが
142 「そうなんだ」 それでは、安静を言い渡されている今のルミにも行けない。 なが 「気持ちを落ち着けるのには、素敵な眺めかもしれないけれど : : : 」 湖を見つめ、スザナは泓めをついた。焦がれても、行けない場所を眺めさせること は、スザナは気が進まなかった。 「じゃあ、言ってないんだ」 せいまどうし 「 : : : 聖魔道士様に相談したことも : ・ : 。だって、お断りになられたら、ミランが辛い思 いをするでしよう ? ミランは控えめだから、そんなお願いしないし : : : 」 「大胆なことをしたよね、君」 呆れるやら感心するやらで、ルミは笑う。 ほ、つかい 世界を崩壊から救った英雄の一人である聖魔道士のほうから、たった一人の若い絵師に 逢うために、こんな小さな村に出向いてくれただけでも、畏れ多いことだ。そのうえさら に相談やお願いごとを持ちかけるなど、無礼打ちになっても、まったく不思議ではない。 やさ 「 : ・・ : あんまりお優しそうで : 気がついたときには、必死になって話をしていた。 スザナは赤くなってく。 ルミは青く澄んだ空を見上げる。 あき ひか おそおお つら
280 したく リンゼと朝食の支度をしながら、ミランは足一兀に目をやる。 ひりゅう ミランの足元には、人間の一歳児ほどの大きさの、小さい飛竜が丸くなっていた。木に 絡んだにもつれてひっかかり、怪我をして動けなくなっていたらしいのだ。じいっと見 つめている視線に耐えられず、ミランは蔦を解いて、連れ帰ってきた。家にはジェイがい るし、怪我の手当てをしてもらえる。 「飛竜って、僕、実物をこんなに近くで見るのは初めてですけど、この子小さいですけ ど、猛獣ですよね、確か」 野生の生き物なので、それを扱えるのは竜使いの里の者と、その飛竜が認めた人間だけ うわさ と、リンゼは聞いている。ミランも噂に聞いて、飛竜のことは知っている。 「こんなに小さい子供の飛竜が、一人でうろうろしているわけはないと思うんで、その、 親が捜しているんじゃないかなとは、思ったんですけど : : : 」 からだ 身体に絡みついて動けなくしていた蔦を解いて自由にしてやったら、それでいいかと、 ミランは小さな飛竜を一度地面に下ろした。しかし、まだ何か物言いたげに、じいっと見 つめていたので、いっしょに来るかどうかと、ミランは飛竜相手に人間に話しかけるよう に話して、連れ帰ってきてしまった。出ていきたいものを閉じこめておく気はないので、 家の窓は大きく開け放されている。飛竜はよく人語を解するという。人を見るらしいし、 悪意はないことを、わかってくれるはずだ。善良なミランは、悪人にはとても見えない。
けどね。近くに行くと、すうっとするようないい匂いがするし、まるで、貴族のお姫様み たいよ」 やさ びれい せいまどうし 一年ほどまえに村を訪れてくれた、美麗で優しい聖魔道士のことは、まだ皆の記憶に鮮 明に残っていた。ルミの優雅で艶やかな姿を思い出し、うっとりするスザナを、三人の娘 たちは食い入るように見つめる。 「聖魔道士様っていったら、かなりよ、それ」 「男の人がお姫様みたいなの ? 」 「でもそうなんだもん」 「女の人みたいって、それ、気持ち悪くない ? 」 どう女性めいているのか想像するのが難しく、三人の娘たちは神妙な顔になる。 きれい 「ルミさんは、女の人っぱいわけじゃないの。綺麗すぎて、そう見えるだけで。しゃべり 方とかは、ジェイさんたちと同じだし、くねくねしてるわけじゃないし。でもねえ : なんだかねえ、ジェイさんといっしょにいると、雰囲気いいのよ : なんて言うのか な、すつごくお似合いなの」 間に割りこむなんて、とんでもないというか 「男の人同士でお似合いって、スザナ : : : 」 し」ろ・ 小さな村すぎて、ここにはそういう趣味嗜好の男性はいないが、大きな街にはそういっ あで にお せん