。亡くなった者を思い出すことが辛いと、道具からもついつい距離を置いてしまう。 いつもとはちょっと 「我はミゼルの使徒にして、知の神ミゼルの神聖なる使いなり。 違うけど、こういうのも悪くないな」 さず ミゼルの使徒は、人を幸せにするための知恵を授けられた者だ。 「そうだな」 ろうそく しよくだい まだ外は少し明るいが、屋内は暗くなったので、吸っていた煙草を使って燭台の蠑燭 なべ に火を点けたジェイは、洗いおわった食器を片づけ、鍋を洗う。 「よく食べたよね」 「ああ」 昼食が少し遅くなったのと、夕食が早いのとで、今日はお茶の時間をとらなかった。料 理の皿を見つめ、かふかふと一心に喰べているリンゼにつられて、ミランも食が進んだよ うだ。ジェイの作る料理は、どれも美味しいし、食卓は大勢で囲んだほうが楽しい あぶら きれい 綺麗にな「たに、マギ 1 ザックの脂を入れて溶かし、ジ = イが蠑燭を作ろうとしてい のるところに、衣苺を摘みおえたリンゼとミランが戻ってきた。ミランは鍋で溶けている脂 たば もめんひも 純を見て、急いで地下室に下り、木綿の紐を巻いてある束と、型に使う金属の管を探してき 「なんだか、すごくひさしぶりです・ : つら
204 まどうしとう 使って、魔道士の塔のある大きな街に書類を送り、そこの魔道士の塔から、書類は王都に しと 送られる。居場所を報告したあと、活動をした場合には、ミゼルの使徒は活動記録書を、 その街や村の責任者はミゼルの使徒の活動報告書を、提出する決まりになっている。書類 を提出し、きちんと確認されれば、ミゼルの使徒の活動に対して王都は援助を行うのだ。 これにより、ミゼルの使徒はかかる費用を気にすることなく、滞在して活動を行うことが できる。 「立ち会いを頼む」 えしやく 書類とメダルを持ってきたルミは、ミランとフェレスに会釈する。 怪我をして療養中のルミは、ミゼルの使徒として活動できない。しかし、ジェイたちと ともにいることは、報告する義務がある。安静にしている必要があるので、ルミは教会ま なついん で足を運ぶことができない。提出する必要書類にここで記入捺印するので、ミゼルの使徒 としての身分証明の手続きの立会人が必要なのだ。 「はい こくいん ミランとフェレスは緊張したが、それは身分証明のメダルの刻印と、ルミの指紋での捺 印という簡単な作業を見守ることだった。身分証明のメダルの裏の刻印は、ルミの指紋で 作ってある。これによって、本人かどうかが確認される。王都のミゼルの塔には、メダル かた の刻印と同じものがきちんと保管してあって、ミゼルの使徒の名を騙る者による不正が行 しもん
「ううん。用事がすんだから帰ってきたの」 「ずいぶんと早かったねえー いねむ ひざ スザナの祖母は縫いかけのキルトを膝の上に置き、スザナが出かけてから、ここで居眠 りをしただろうかと、空を見上げて考える。ごとんごとんと回っている水車の音は、どう にも調子がよくて、ついつい居眠りをしてしまうものだが、日の高さはまだほとんど変 わっていない。 しと 「ミランのところにいるミゼルの使徒さんたちがね、いろいろとやってくれるから、する ことがなくなっちゃったの」 となり バスケットを置いたスザナは祖母の隣に腰を下ろし、足をぶらぶらと揺らす。 ほこたか みな 神聖なる神の使いであるミゼルの使徒たちは、神の御名に恥じない、誇り高く、よいお 手本となるような者だ。回国の活動をして世界じゅうを行くのだから、自分の身の回りの ことができるのは、当たり前だ。世話になっている家に、負担をかけるようなことはしな い。独り暮らしのミランの場合、ミゼルの使徒が来てくれて、かえって助かることになる 花 車だろう。 絶「そうだねえ うなず い、なるほど確かにそうだと、微笑んでスザナの祖母は頷 ミゼルの使徒という存在を思 2 し / ままえ
4 ノ、 「なるほど」 つか 小金を掴ませれば、ちょっとした悪事に加担する役人など、どこにでもいる。顔を見ら れないように気をつければ、そんなことを言った覚えなどないと、しらをきりとおしてお くろまどう あやっ かんいさいばん しまいだ。あるいは金を使わず、黒魔道の術で、役人を操ったのかもしれない。簡易裁判 しょ ろけん 所で告白の水を用いても、記憶になく自分の意思で行ったのではない事柄は、決して露顕 することはない。魔道士の力を借りるような大事にならないかぎり、黒魔道が使われたと とうぞく はわからない。金持ちの馬車が盜賊に襲われるなどということは、、 へつに珍しいことでは オし ルミやジェイが所持している医薬品や道具は、よほど精製や加工が難しいもの以外は、 店で買うのではなく、自分たちで調達する。今日、森に近い道を選んで歩いていたのも、 適当なものを見つけて、補充しておこうと思ったからだ。たまたまそうして森を歩いてい たおうじよう たとき、馬が暴れて立ち往生している馬車を見つけ、どうしたのだろうかと近寄ったら、 賊が襲撃してきたのである。知恵を伝えるための回国の活動をしているので、本来、ミゼ しと ルの使徒は戦いに加勢するようなことはしないのだが、い っしょに襲われてしまっては、 戦わないわけにはいかない。 ミゼルの使徒は、取得している資格によって、回国の活動をする際に着用する制服があ
しと もちろん、ミゼルの使徒になるには、相当の教育機関で学習し、その後に資格取得の試 験を受けて、それに合格して免許をもらわなければならない。そうして申諢すれば、ミゼ ルの使徒になることができるが、もちろんそれだけで研究員採用試験を受けられるという ものではない。ある規定以上の距離を旅して、ミゼルの使徒としての活動をし、実績を証 明する『評価点数』を得なければ、受験資格がもらえないのだ。評価点数の算出法には、 厳格な規定がある。ミゼルの使徒の出発地点は聖地だが、聖地からあまり距離を隔ててい めぐ かせ ないところをいくら巡っても、高い評価点数を稼ぐことはできない。 一般教育課程を修了した者のうち、成績優秀な者が受験して取得できるのが、教員免許 である。一般教育課程を修了すれば、専門教育課程である大学に進むことができる。王立 学問所を目指すなら、一級の大学に進学しなければならない。一級の大学に入学して、大 じゅんぶうまんばん 学院に進み、博士の学位を授与されるまでには、順風満帆に問題なくいっても、八年か かる。ミゼルの使徒になって、評価点数を稼ぐことを目的に活動すれば、うまくいけば一 年くらいで王立学問所の研究員採用試験の受験資格が得られる。一日も早く王立学問所の 研究員になりたかったリンゼは、一般教育課程の卒業試験に合格したのち、一級大学への 入学試験を受けず、教員免許の取得試験を受け、ミゼルの使徒になって評価点数を稼い で、王立学問所の研究員採用試験を受けることを選んだのだ。 こうていしんせいしょ リンゼが独自の理由から作成した、途方もない距離を旅する行程申請書が採用されてい へだ
130 わって、解決しなければならないようなことではない。 「リンゼ、薬を作るための薬草や木の実を、集めてきてくれないか。わたしは : 「寝てろ」 今日の予定を提案するルミに、ジェイはすかさず哭下した。苦笑して、ルミは続ける。 「わたしは、安静にしている。ジェイは ? 「何か動物を獲ってくる」 ミゼルの使徒としての活動をしていないため、ここでどれだけ世話になっても、ミゼル の使徒の活動を円滑に進めるための王都からの援助はない。ミランにかける迷惑を最小限 にとどめるよう、食料の調達は自分たちの仕事だ。薬草から薬を作って売り、小金を入手 して、自分たちが消費した分の埋め合わせをしていく必要もある。 「じゃあまあ、そういうことで。 しし、刀し ? ・ 「はい うなず リンゼはルミに頷いた。十分な薬品がなければ、ジェイの医療活動に支障が出る。村に 戻ったスザナとフェレスから、ミゼルの使徒の医師と薬剤師と教師がミランの家にいるこ とが話されるだろう。ミゼルの使徒の力を必要とする急ぎの用事があったなら、何か言っ てくるはずだ。 えんかっ めいわく
: こんにちは、ルミさん : ・ : ・。あの、ミランは : なまず さお 「ミランはたぶん、沼に鯰を釣りにいったんじゃないかな。朝、リンゼと竿をいじってた きのこ から。リンゼは薬に使う茸とかをとりに、森に行ってるはずだ」 出かけるときには、ミランは行ってきますと声をかけて出るのだが、控えめなミラン は、上で休んでいるルミを起こすほどの大声は出さない。 「沼で、鯰 ? 」 ミランが釣りをするなんて、聞いたこともない。きよとんとしているスザナに、ルミは 笑う。 「このまえ、リンゼと釣りをしてきたときには、ずいぶん大きなのを釣ってきたよ。ジェ イといっしょにミランが台所で料理して、すごく美味しかった。ミランは気が長いから、 釣りは向いているのかもしれないね」 「ミランが料理をするの ? ひど 「うん。ジェイに教えてもらいながら、台所に立ってるよ。最初は酷かったけどね、上手 花 になってきた」 そうぜっ 色 壮絶な味だった料理を思い出し、ルミはくすくす笑う。ルミは苦痛を感じない。ミゼル 彩 しと の使徒になってジェイと回国の活動をするようになってから、味のない料理を食べたの まず は、本当に初めてのことかもしれない。破壊的に不味い肉料理に、ジェイは無言になり、 ひか
310 しと カレット 「ミゼルの使徒」第二巻『彩色車の花』発刊です。お待たせしました D さず 王都を出発したミゼルの使徒たちは、世界じゅうを回って、ミゼルの神によって授けら れた知恵による活動を続けています。主人公のジェイたち三人も、ほかのミゼルの使徒た ちと同じように旅をし、活動を行っているのですが : 、今回は、アクシデントのため、 ちょっとだけお休みです。しばらくの休養のためにジェイたちが宿を求めた場所は、街の 中の宿屋でも教会でもなく、森の中にある一軒の小さな家でした。 つな 人と人は多くの場合、さまざまな関係で繋がっています。ミゼルの使徒であるジェイと ルミとリンゼの三人は、仲間として。そしてジェイとルミは、それぞれの立場で。 友達って、どんな関係でしよう。同じような年ごろの人たちが集まる場所では、とても よく耳にするものですけれど、身近にあるそれは、本当に正しい意味ですか ? いい友達 じまん がいることは自慢になりますが、いないからといって恥じる必要はありません。その場所 めぐあ では、たまたま呼吸のあう人と巡り合えなかっただけなのですから。 やったことのないことは、誰だってできません。自分ができないことを、できる誰かに 頼るのは、悪いことではありません。しかし、やろうともせずできないままでいること、 たいだ あくへき 他人任せにして知ろうともしないことは、怠惰からくる悪癖に間違いありません。大人に なるということは、たくさんのことを自分でできる人間になっていくということです。
にた ヒのようなものからとれるヤニを加えてもう一度煮立て、木箱で作った石鹸型に流し入れ て、固めて切りわけてから、乾かして保存する」 「まえ、僕に教えてくれたときと、言い方が違いますよ」 しぼうさんじゅしさん 石鹸とは、脂肪酸・樹脂酸の金属塩。以前、難しい言葉を使って、石鹸の作り方を言わ ほおふく れたリンゼは、ジェイに向かって、ぶっと頬を膨らませる。 「リンゼ、きみは教師だから」 解説を加えて、さらにリンゼを絶望的表情にしたルミは、くつくっと肩を揺らして笑 しと う。ミランに教えるなら、材料と作り方を教えれば、それでいし ミゼルの使徒で、教師 として人にものを教える立場のリンゼの場合、何をどうすればどうして石鹸ができるの か、その仕組みをきちんと理解していなければならない。 「すみません、書くものを取ってきます : : : ! 」 聞いてわかったのだが、覚えきれないと判断したミランは、急いで紙を取りに居間に 走った。十分な灰汁が必要なので、石鹸作りは春の仕事だ。それまで、きちんと覚えてい なければならない。ジェイはもう一度、ミランに向かって同じことを教え、ミランはそれ を一生懸命に書き留めた。 「プリザープやコ 1 ディアルはどうする ? 」 きいち′」 上品につまみ食いしているルミから、食べ尽くされないよう木苺のバスケットを取り上 せつけんがた
・はう る。医師であるジェイの場合は白いコ 1 ト、薬剤師のルミはケ 1 プと大きなべレー帽、教 しよ、フぞく 師のリンゼはライトコ 1 トと帽子がそれにあたる。装束のすべてではなく、上着や帽子、 かばん 鞄といった感じで、資格ごとに定められているものだが、それは少なからず目にして、世 しと いちもくりようぜん 界じゅうの人々が知っている。格好から一目瞭然、ミゼルの使徒であることがわかるう えに、ジェイとルミはミゼルの使徒であることを告げている。ミゼルの使徒に刃を向ける ふていやから ことは、それは天に唾する行為にも等しい。神威を恐れない不逞の輩は、それに見合った ばっ 罰を受けなければならない。 くろまどう ミゼルの使徒として、禁じられた術である黒魔道を用いて悪事を行う者を処分するの たいぐ は、まったく合法である。そして賊の残りの三人は、警告したにもかかわらず、大愚なこ とに自ら死を選択した。 「本当に、ありがとうございました」 ていねい 娘はもう一度、従者たちとともに丁寧に礼を述べた。 の「いや : ・ かどうりんかく 色特別なことをしたわけでもないと、ジェイは新しい煙草に火を点ける。火導鈴を隠しに しまったジェイは、不安そうな顔で見つめている娘たちの視線を感じ、そちらに目を向け かっこう しんい