138 からだ 両親も、自分たちよりも子供に、より多くを食べさせたのだ。身体の大きな大人は、子供 よりも多くの食物を必要とする。大人たちは子供を守るために無理に無理を重ねていたか すいじゃく ら、病に倒れてからの衰弱も早かった。何日かに一度は、一家で村に顔を見せていたミ ふしん ランたち一家が、まったく姿を現さなくなったことを不審に思い、 村の者が村長の使いで ミランの家に来たときには、すでに遅かった。森の中に住んでいたミランの父は、自分た かんせん ちの一家が、村に病を持ちこむことを恐れたのだ。それが村の人間から感染したものだと も知らないで。息があったミランは、村のほかの患者と同じように、病院がわりに使われ ていた教会に運ばれた。 「高い熱が長く続いて、意識がなくて。やっと意識が戻ったときには、もう、ミランのお 父さんもお母さんもいなくなってて」 いた 遺体が傷むのが早かったため、葬儀は速やかに行われ、ミランは両親に別れを告げるこ ともできなかった。独りばっちになってしまったミランに、村長は村で暮らさないかと誘 いをかけたのだが、ミランはそれを遠慮して、森の中の家に戻った。昔から人見知りする おとなしい少年だったミランは、それまで以上にふさぎこみがちになり、その後もよく病 気になって寝こむようになった。 ( そういえば、あまり食べてなかったな ) 食の細い様子だった朝食のときのミランを、ルミは思い出す。朝だからかと思ったが、 たお
Ⅷに時間をかけさせてもかまわないだろうと、村長は判断したのだ。ミラン一人に任される かく ことになった、カレットの絵を描くという作業は、それまで隠れていたミランの才能を引 ほうび き出すきっかけとなった。数年後に、領主から褒美をもらえるほどの絵師になるなどと、 村の誰が予想しただろう。夢にも思っていなかったことに、村の皆は驚き喜んだ。今で は、ミランは村の自漫の絵師だ。カレットの絵師としての評判を聞きつけ、ミランが作る はくせい 鳥の剥製も、わざわざ売りこゝゝ 。し力なくても、注文が来るようになった。最初の数年間は、 スザナ一人で摘んで毎朝ミランのところに持っていっていた花も、今では村の女たちがミ ランのために、毎日交代であちこちから摘んできて、スザナの家に持ってきてくれる。 フェレスが運んでくる食糧も、今持ってきたお昼ご飯用のバスケットの中にも、農場の手 伝いにいったときに渡されたものがあり、ミランのための村人の気持ちがこめられてい る。 「あのときみたいに、ひどく高い熱が出て、どんどん弱っていくっていうことはないけれ かぜ ど、ミランはよく風邪をひいて寝こむんです。同じ病気にかかって、治った村の人たち は、もうすっかり健康になったのに。 : ミランはまだ、あのときの病気が本当には治っ ていないのじゃないかしら。すごく痩せているし、顔色だって、あまりよくないし : ・ ひか 独りばっちになってしまったミランは、もともと控えめな少年だった。熱病にかかった 病人の治療施設となった教会から、皆が平癒して出ていくのに、自分だけが残るわけには へいゅ
ミランは早くから起きて羊の世話をしていた。毎食あの調子なら、確かにあのか細い体格 も理解できる。 ミランの両親と同じときに亡くなったスザナの叔父は、農場で働きながら、年に何回か 人手が必要なときに、ミランの父親のところで木こりとして働いていた。スザナは叔父や 木こり仲間のためのお使いものを持って、母や叔母たちとよくここにやってきて、ミラン とは小さい頃から仲よくしていた。教会にもほとんど顔を出さないミランのことを気にし て、に家を訪ねるのは、スザナとフレスだけだ。 ほうかい たくわ 世界崩壊の危機から脱し、少しばかりの蓄えもできて、ようやく村は落ち着いて、以前 のように祭礼に村からもカレットをという声があがったとき、絵師としてミランを推した のはスザナだった。ミランが小さい頃からたくさんの話を知っていたことを、スザナは覚 えていた。教会に出向くことはなくとも、聖書はよく読みこんでいるし、新聞を届けると とても喜んで読んでいる。手先が器用で、字も巧い。絵だって、練習すれば、きっと描け るに違いない。両親を亡くして気落ちし、病気になって寝こむことも多かったミランは、 花 罠を仕掛けて森で獲った鳥や木の実を村の農作物と交換したり、剥製にした鳥を人に頼ん で街で売ってもらうことで、一人ほそばそと暮らしていて、村にとって労働力として頼ら れていた存在ではなかった。それまで絵を描いていた者が亡くなっていたし、ほかに適任 者も、希望者もいない。誰がやっても大差ないという状況で、ミランならカレットのため わな うま ′、せい
266 ふられることなど端から全部わかっていたのだと、リンゼに言われたフェレスは、不貞 くさ 腐れた表情で、横を向く。 「まあね、当事者たちよりも、周りで見ている者のほうが冷静な目で見られるものだよ」 ほまえ ルミは言って、につこりとフェレスに微笑みかける。不満たつぶりの目でフェレスに見 返され、ルミは苦笑する。 「どれだけ数が集まったって、片方だけしか見てないんじゃ、あてにならない。そうだろ スザナとフェレスを結びつけて考えていた村の者たちは、フェレスといっしょにいるス ザナのことしか見ていなかった。フェレスがスザナのことを好きで気にかけていたし、ス ザナは親切で優しくて頼りになる、兄のような存在としてフェレスのことを慕っていたか ら、勘違いされても仕方ない。 ルミはスザナとミランのことで話をしたことがある。そのときに、スザナがミランに対 いた してどういう感情を抱いているか、簡単に予測がついた。はっきりした態度をとっている わけではないが、ミランもまんざらではない様子だ。村に通っているジェイやリンゼに話 を聞いてみたが、スザナは奉仕活動を理想として、活動している娘ではなかった。独り暮 らしで不自由している者は村にも何人かいるが、スザナにとっては、ミランだけが特別な のだ。 かんちが やさ した
290 ひりゅう 適当に休んだら出ていくかと思ったが、小さな飛竜はちゃっかりと居座って、昼食まで いっしょに食べた。ルミたちは、茹でたマギーザックの肉と野菜。そして肉しか食べない ジェイは、マギーザックの肉で作ったソーセージだ。ジェイの皿からソーセージを取って かじ 齧る小さい飛竜の姿を見て、リンゼは笑う。 「なんだか、似てますねえ : 朝は果物、昼は肉。 そしやく 笑うリンゼを、ソーセ 1 ジを咀嚼していたジェイと小さな飛竜は、眼球だけを動かして 見た。 明日出発を予定しているジェイたちは、出発のことを報告し、活動記録書を提出するた めに、午後から村の教会に向かわなければならなかった。動けるようになったので、今日 そろ はルミも揃って、事務的な手続きのために三人で村に向かう。 おくむか 村からミランへの使いや頼まれ物はこれまでどおりだが、ジェイたちの送り迎えは今日 で最後だ。昼食が終わる頃、荷車に乗「てやってきたフ = レスは、佐のジ = イの左 腕にくつついている小さな飛竜を見て、目を丸くした。 「そんなの連れてたのか」
218 悲恋は永遠のロマンスである。 ナンの一 = ロ葉に、スザナたちは、またひとしきり、きゃあと笑いさざめく。 バラ・ノ 1 スってさあ、もしかしたら子供が欲しかったのかもよ ? 1 に言われて、スザナたちは考えこむ。 ハラ・ノースの年齢で、再婚するのにちょうどいいような独身の男は、もう村には きこんしゃ 残っていない。釣り合いのとれる年頃の男は既婚者だし、未婚の男は十以上も若い。村の 外に出て、誰か相手を見つけて結婚するなら別だが、今のままならば、彼女は死ぬまで あとくさ ずっと独りばっちだ。ミゼルの使徒ならば、一度きりの関係で後腐れないし、ジェイのよ うに男前で若いなら、願ってもない。 かわい 「ジェイ先生の子供だったら、絶可愛いわよねえ 「金髪よね。目は深緑色で、睫毛が長い← 「でも、ずーっと怒ってるみたいな顔で、煙草吸ってばっかりかもよ」 くすくすと笑っているスザナを、お茶を飲んでひと息ついたユウナは、頬杖を突いて見 つめる。 「いいなあ、スザナは。フェレスなんだもん」 かっこう 「そうだよね。頼りになって格好いいし」 「農場だって、村で一番大きいし」 ほおづえ
「ミランが絵を描く、うちの村のカレットが、どこのものより一番素敵なのよ」 ねえ、と同意を求めるように視線を送られ、褒めちぎられて自慢されているミランは赤 くなってき、お茶を飲みながらフ = レスは、ふんと鼻を鳴らす。 からだ 「身体が弱いんだ。それぐらいの取り柄でもなきゃな」 父親が木こりだったというが、ミランには家業を継いでいる様子はない。か細い身体つ ぜいじゃく きから、見るからにミランは脆弱そうだった。色も白く、太陽の下で仕事をしている感 じでもない。 はくせい 「まあ、フェレスったら。ミランは鳥の剥製を作るのも巧いじゃない。それに、領主様か ほうび らご褒美をいただくときには、自分のことみたいな顔をしているくせに」 内気でおとなしいミランは、人にじろじろと見られたり、詮索されたりするのが嫌で、 森に引きこもったまま、ほとんど人前に出ない。祭礼にも、スザナに引っ張られて仕方な くほんの少し顔を出すだけで、晴れがましい場所には姿を見せない。 くすくすとスザナに笑われ、フェレスはばつの悪い顔になる。 こいつがどう、っていうんじゃなくて、うちの村のカレットのことだか の「あれは・ ら」 それにあんな場所でおどおどしていては、村の格を落としてしまうし、格好が悪い。代 表は代表らしく立派に振る舞うのが、当然だ。 、つま せんさく かっこう
206 きいちご 家に入ってミランはルミに誘いかける。ミランの言っている木苺のコーディアルは、昼 まえにジェイが作っていたものだ。潰した木苺に酢を加えて、布で漉し、砂糖を入れて煮 た、水で割って飲むシロップである。冷ましたものをに入れて、ジ = イが地下室に持「 ていったのは、ついさっきのことだったように思う。飲みたいなら、お茶の時間に飲めば しいとジェイは言っていた。お茶の時間にはずいぶん早いけれど。 「いいね、飲もう」 目をきらきらさせているミランに賛同し、ルミは微笑む。 「僕、作りますね。ルミさんは座って待っててください 安静にしているようにルミを卓につかせ、お茶の時間を待ちきれなかったらしいミラン 。いそいそと地下室に向かった。 村には六十数軒の家があり、村から少し外れたところに住んでいるスザナの家や、森の 中に家があるミランを含めても、人口は二百名ほどだ。小さな村なので病院はなく、医者 いなか そぼく はいない。学校もない。公共的な建物としては、教会があるだけの、田舎らしい素朴なと しと ころだった。フェレスの荷車でやってくるミゼルの使徒の姿をひと目見ようと、どの家か らも人が出てきている。 「ーーーよそからほとんど人が来ないところだから つぶ ほまえ
してしまうような癖があるなら、厳しいことを言うのも仕方ない。 「 : : : あんなのは友達じゃない」 にら 吐き捨てるようにジェイは言い切り、リンゼを睨んだ。 からだ ミランは力もなく身体も弱く、木こりの仕事を継ぐことも、農場の仕事を手伝 ・確かに、 うこともできないかもしれないが、だからといってお荷物だなどと、面と向かって言って ごうまん いいはずがない。あれは優位に立った者の、傲慢からくる言葉だ。友達関係はお互いに対 等であって、補い合うもので、上下の別があるものではない。 しかも、たとえ一人だけの功績ではないにしろ、絵師として仕事をしたミランの存在が ほうび あって、この村のカレットは領主から三度も褒美をもらっている。ミランはきちんと村に こ、つけん 貢献している。フェレスは村で一番大きな農場の息子だが、村長ではない。絵の具を運ん ゝ乍ロロを乍り上げたのはミランたちだ。その だりという協力を頼んだかもしれないかししイロイ えら 者たちをさしおいて一代表として褒美を受け取っているような者に、偉そうにされ、卑し められねばならない謂れなどないはずだ。 花 ( ひー 絶余計なことを言ったリンゼは、笑顔のまま青くなる。ルミは、くすっと笑った。 「まあ、どうだろうと、わたしたちには関係ない。そういうことだ」 しと しばらく休ませてもらって、また回国の旅に出る。ジェイたちがミゼルの使徒として関 かか
物見高い様子で、にこにこしている村人たちの姿に、フェレスは恥ずかしくなって赤く なる。横に座っているジェイを気にして、フェレスはちらりとジェイを見たが、煙草を 吸っているジ = イは、相変わらずの佐である。 「どこでもこんなものですよ」 えしやく ままえ 見送ってくれる村人に、同じようににこにこと微笑んで会釈し返しながら、リンゼは きげん あいそ フェレスに笑う。ジェイに愛想がないのは、いつものことだ。機嫌の悪そうな顔でも、べ つに怒っているわけではない。 あいさっ 教会で書類を作成したジェイとリンゼは、フェレスに連れられて村長のところに挨拶に いった。そこからジェイとリンゼは別行動だ。 ぼくし この村では牧師が教会で、子供を集めて勉強を教えている。今日の午後は、ミゼルの使 徒の先生が来て、勉強を教えてくれるというので、子供たちはリンゼが来るのを楽しみに めんどう つづかた いなか 待っていた。田舎の小さな村では、あまり必要ではないということで面倒がって、綴り方 や算数の勉強をほとんどしていない子供も少なくない。ただ単に、村に来たミゼルの使徒 花 おもしろ しことだ。 車が珍しいだけなのだろうが、面白がって集まってくれるのはいゝ 色 「それじゃあ、ジェイ、またあとで」 彩 「ああ」 村長の孫といっしょに、村長の息子の荷車で、来た道を戻るリンゼと別れて、ジェイは し