156 ( 助かった : : : ) 人数が増えれば、マギーザックを運ぶのは楽になる。 ジェイはリンゼに言った。 「手伝え」 しまたた 何を手伝うように言われたのかと、目を瞬いたリンゼは、ジェイとフェレスの間にある 茶色いものが、小山でないことに気がついた。 リンゼは溜め息をつく。 「ーーフェレスさん、すみません、車を貸していただけますか ? ちょっと汚しちゃうか もしれませんけど」 「え ? あ、ああ、そうだな : 荷車に積んで運んだほうが、ずっと楽で、早く運搬できる。 目の前のマギーザックの大きさに圧倒されて、それだけしか目に入っていなかったフェ うなず レスは、急いで頷いた。 「わがまま言って申し訳ないんですけど、あと、袋とか大きくて丈夫な布とか、縄とか、 たる 空の樽とかがあると助かるんですけど」 「わかった。ちょっと待っててくれ : マギーザックにかけていた手を放したフェレスは、荷車を取りに、急いで戻った。 なわ
306 「あれ、全部飲んじゃったんですかル まだ、小さい樽一つ分はあったと、リンゼは記憶している。 ゅうべ 「いや、昨夜。君が寝てるあいだに」 酒が入ると、自然と話し声も大きくなってしまうものだが、リンゼは熟睡していて、 まったく目を覚まさなかった。 やけざけ ジェイの自棄酒につきあって、いっしょに飲んだルミも、当然一一日酔いなのだが、苦痛 を感じないルミの場合、少し顔色がよくないぐらいで、行動にはほとんど変化がない。 うそ 「嘘でしようつ e: ぎようてん リンゼは仰天して目を剥く。飲酒の習慣がないリンゼには、あんな大量のものがどう なか して飲めるものなのか、理解できない。水や清涼飲料水では、お腹がいつばいになってし まって、とても飲みきれない量だ。 大声を発しているリンゼに、ジェイはゆっくり顔を向け、呟いた。 「 : : : 騒ぐと、殺す : : : 」 据わった目で睨んだジェイに、リンゼはひくっと顔を引きつらせた。 たる にら む つぶや
顎の力が緩められ、ジェイはルミのロの中に入れていた指を引き出す。 「ルミ : : : 、大丈夫か : : : ? 」 ルミを押さえていた手を放したジェイは、ナハトーマを浴びたルミの顔を、ルミの顔の 横に滑りをちていた濡れタオルで拭く まばた 目を見開いていたルミは、ゆっくり瞬きする。 : リン、ゼ : : : ? : ジェイ : : : ? 「大丈夫ですか : : : ? をし、目を潤ませながら、リンゼはルミに振り返る。ルミのロに入れていたジ = イの 人差し指と中指には、くつきりと歯形がついているのが見えた。革の手袋をしていなけれ ば、指を食いちぎられていたかもしれない。 ぬぐ 顔に浴びせられたナハト 1 マをジェイに拭ってもらったルミは、深呼吸して瞬きする。 すまない : 「ああ、大丈夫だ : の目を開けたルミは、リンゼに顔を向ける。 色「 : : : 驚かせたね、ごめん : ・ 彩 「いえ、僕はいいですけど : こんわく 優しい笑みで詫びられて、咳をしながら、リンゼは困惑する。 やさ ゆる かわ
106 「 : : : 鳥の話をしたんだ」 いりようきゅう ジェイとルミが、王都の医療宮の庭で、初めて逢ったときに。 「そう、なんですか」 それがどうして、誘いかける言葉と似たようなことになるのか、リンゼにはよくわから なかった。 「ジェイ : : : 」 「朝まで薬が効いているだろうから、もうさっきのような発作的症状はないと思うが、も しもうなされて暴れだすようなら、それを使って目を覚まさせろ。嗅がせる程度じゃ、ル ミは目を覚まさない ルミの苦痛は、夢の中にしかないのだ。現実で少々のことをしようとも、反応しない。 しげきぶつ ふんむ ナハトーマのような刺激物を顔に噴霧するぐらいのことをして、初めてルミは反応する が、それで目や鼻に痛みを覚えたり、咳きこんだりすることはない。 「眠っていても耳は聞こえている。顔にかけるときには、しつかり言い聞かせてからだ。 そのあとは、ルミの一一一一口うようにすればいい。 わかったな」 立ち上がったジイは、リンゼの寝台からけ布団を取ってきて、ルミの寝台の横に置 かれた三つ編みマットに座っているリンゼに渡す。使えとジェイに指示された物は、さっ き拾って使った、ナハトーマを含ませたビエナの実だ。
ルミの左胸を撫でたジェイは、ルミの肩に衣装を着せかけて腰を上げ、リンゼに振り向 「 : : : わかっていたのか ? 深緑の目をまっすぐ向けて尋ねられ、リンゼは思わずく。 「 : : : はあ、まあ、なんとなく、そうかなあって、雰囲気で、その : しと 聖地の使徒の家で、初めて二人の姿を見たときから、それは。二人が肩を並べている姿 は、あまりにしつくりとなじんでいて絵になるし、ただの友達、仕事のための相棒という には、親密すぎる。いっしょに旅をして寝食を共にして、確固たる証拠となるような場面 を目撃したことは、これまでになかったけれども 俯いて、しどろもどろになるリンゼに、ルミはばつの悪い顔をする。 「なんだ。じゃあ、すっかりばれていたのか」 「らしいな」 かどうりん ジェイは新しい煙草を取り出してくわえ、火導鈴で火を点ける。 「添え木にする。そこに落ちているのがちょうどいい」 かき 目の前に落ちている枯れ木の枝を拾って持ってこいとジェイに言われ、リンゼはきよと しまたた んとして目を瞬きながら顔を上げる。 ( はい ? )
かか 「お前は、ミランに関わっているスザナを見ていた」 ふてくさ 響きのいい声で、ほっりとジェイに言われて、不貞腐れて煙草を吸っていたフェレス は、はっとする。 「好きな誰かがいて、ひたむきに恋をしている者には、人を惹きつける素敵な雰囲気があ る。スザナのことを好きになっても、まったく変じゃない。でも、そうだな、ミランにな り替わりたいなら、君は弱くあるべきだったんだ」 いたら 悪戯つばい目で、ルミはフェレスを見つめる。なんでもできる者に、スザナのような娘 は目を向けない。自分がいなくては駄目で、居場所を作ってくれる男のほうに、自然と惹 かれてしまうものだ。 まじめ 「フェレスさんは真面目なんですよ」 とが リンゼはルミに口を尖らせる。誰もが認める立派な青年となっていることからもわかる しようぶん こそく まね とおり、そんな姑息な真似をして、スザナの気を引くような真似はフェレスの性分では できない。そしてたとえ病気で寝こんでも、フェレスは独りばっちで森に一人で住んでい 花 の るミランとは違う。 車 絶「そうか」 けむり くすくすとルミは笑う。新聞の文字を目で追いながら、ジェイは煙草の煙をゆっくりと 吐き出す。
ルミは腕力があった。ミランのシャツを掴んでいた手をもぎ離され、思いがけない強いカ の ゆかしりもち で鉀し退けられたフェレスは、床に尻餅をつく。 「穏やかじゃないね」 さんかくきん 左腕を吊った三角巾についた埃を払い、冷ややかな目でルミは三人を見下ろす。フェレ まき にらかえ ひとみ スは火のような瞳で、ルミを睨み返した。スザナは薪を捨てて、身を起こすミランに駆け よ 寄る。 ひど ミランー 「ミランー ・ : 酷いわ ! フェレス ! 」 目に涙を溜めて、スザナはフェレスを睨みつける。 「ミランに乱暴しないで ! 」 いいんだ、僕がいけなかったんだから : ゆる 怒られる心当たりならある。ミランは緩く首を振り、激しく抗議するスザナを押し止め 「スザナ ! こいつは : えりくび しゃべろうとしたフェレスの衿首を、後ろからルミが掴んで引っ張った。ぐいと引っ張 はず のど む られた弾みで強く喉を圧迫されたフェレスは、びつくりして目を剥く。 「フェレス、君、ジェイたちを送っていったんじゃなかったのかい ? 」 かばん 「・・・・ : 薬品鞄を忘れたんで : ・・ : 」 おた っ た おとど
108 ( う 1 これまでしてくれなかった、ルミに関する話を、どうして今ここでしてくれたのか、よ うやくリンゼにもわかった。ルミを看護するなら、知らずにはすませられない、重要なこ とだ。 しぶ かばん 仕方ないと渋い顔になったリンゼは、蓋を閉じた薬品鞄の上に、ナハト 1 マを含ませ てあるビエナの実を置き、寝台のルミを見る。 静かに目を閉じて眠っているルミは、とても綺麗で、寝台に落ちかかる月の光が見せる まぼろし はかな 幻のように儚げだった。なんの夢も見ていないルミの表情は、とてもひそやかだ。 「ーーおやすみなさい . ささや ひたい リンゼはそっと囁くように言って、ジェイの真似をして、ルミの額の上の濡れ手拭いを ひた 桶の水に浸して新しく取り替え、あまり必要はなかったが、少しだけルミの布団を直し 自信はないものの、形から入って、なんとなくその気になったリンゼは、掛け布団を からだ 身体に巻きつけて、三つ編みマットの上に腰を下ろす。 背中を向けてリンゼの声を聞いたジェイは、目を閉じた。 掛け布団にくるまって、リンゼは目を閉じながら考える。 ( 僕はルミにとって、仲間・ : ・ : ) ふた まね きれい てぬぐ ふとん
「このガキ : ・ 太い腕を伸ばした賊は、落下して藪の中に半分埋まり、目を回しかけていたリンゼを、 胸ぐらを掴んで引きずり出した。 「よくも虚仮にしてくれたな : ・ にら 血走った目で真正面から睨まれて、リンゼの全身から音をたてて血の気が引く。賊はリ こぶしにぎ ンゼの胸ぐらを撼みながら、もう一方の手に拳を握り、後ろに引いた。 拳で顔面を殴られることを覚悟し、リンゼはぎゅっと目を瞑り、歯を食いしばる。 「よく頑張ったね。下りていらっしゃい。大丈夫、受け止めてあげるから」 おだ 近くで聞こえた穏やかな若い男の声に、今まさにリンゼを殴りつけようとしていた賊 は、驚いてそちらに振り返る。 えりま ケープの上に柄物の新しい衿巻きをし、馬に乗ってやってきたルミは、木の上の娘に やさ ほまえ につこりと微笑みかける。うっとりとするほど美しく、優しい微笑みを向けられた娘は、 安堵のあまり気を失って、木から滑りちた。落下点が少しずれていたので、馬からひら りと下りたルミは、腕を伸ばし、上手に娘を受け止める。 なぐ かく′」 ゃぶ つぶ
で塞がれては、中の様子が見えない。 のぞ かわば いったい何が、と馬車の中を覗きこんだ二人の賊は、革張りの座席に優雅に腰を下ろし ている、長い金色の髪の麗人を見た。 「違、う : すそ 確かに金色の髪で、裾を長く引く衣をまとってはいたが、ケープを身につけ、大きな幗 かぶ 子を被ったその人物は、賊たちが目をつけた商家の娘ではなかった。耳飾りや指輪など、 あで 大粒の豪華な宝飾品を身につけた、貴族の姫君のように気品のある、艶やかな美女であ る。 「これは : なるほど、これならば目を奪われて、思わず急をむのもわかる。いくらか年齢は上 じようだま かったが、予定していたよりもずっと上玉だ。しかも、身につけている宝飾品だけでも、 一生遊んで暮らせるほどの値打ちがある。 「ーー逃げやがったな : ・ えもの 欲の皮の突っ張った賊たちは、目の前の新しい獲物に食指を動かしながらも、当初の獲 物のことも忘れてはいなかった。賊たちはかに、商家の娘がこの馬車に乗るのを見てい た。従者たちと賊が戦っているどさくさに紛れて、こっそりと裏から逃げだしたに違いな すきま とびら からだ 。崖に当たって半分も開かない扉だが、身体の小さい女性ならば、脱出できない隙間で ふさ れいじん