厩戸 - みる会図書館


検索対象: 明日香幻想 玉響の章
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1. 明日香幻想 玉響の章

とうと きんき いっきのみや べき行いを為したっ ! 斎宮という貴い地位にありながら、男を受け入れるなど : : : 禁忌を犯 すなどリ」 「拒むことは : : : できませんでした。異母兄さまを拒むことなど、私には。厩戸さまとは、父 おおきみ 大王より斎宮として日神に仕えるよう命しられる以前より : : : いずれはと約束を交わしており とうとほとけか′」 ました。厩戸さまは一度だけ伊勢に参られ、そうして三・ : 自分には尊い仏の加護があるからと 日神は自分たちを許されるとおっしやって : : : 」 ぐこ、フ 「日神が、許されたと一一一口うのかっ ! そなたたちの愚行を 「私には、わかりません。けれど厩戸さまは、そう、取られました。長い一夜が通り過ぎた おそ 後、朝はこれまでと変わらすに明るく一日を語りはしめ、畏れていた何事も起こることなく、 あかし やしろあすか 厩戸さまは伊勢の社より明日香に戻ってゆかれました。私に : : : 証だけを残して」 しんと、音が消えた。酢香手姫王女の他には人がいないかのように、息遣いすら耳には届か ・ : なにゆえ、今このような告白をなさるのです ? 酢香手姫王女」 長い沈黙の後に口を切ったのは、蝦夷であった。 「厩戸王子は昨年の春に亡くなられ、酢香手姫王女の言葉が真実であるかどうかを知ること は、もはや誰にもできません。なのになぜ、斎宮としての役を全うなさった今になって、波風 の立つようなことをおっしやるのです」 な ひのかみ にい まっと

2. 明日香幻想 玉響の章

こわね しわがれた低い声音が問いかけるのに、熱を帯びた酢香手姫王女の声が答える。 「それ設に。厩戸さまが生きておいでの間は、できませんでした。私の告白があの方にどのよ つぐ うな累を及ほすか : ・ : ・それを思うだけでおそろしく、ロを噤むことが私にできる唯一のことで した。けれど厩戸さまは既に亡く : : : 私ももう、長くはございませぬ。その前に、どうしても 大王に・ : ・ : 罪を告白し、裁きを下していただきたかったのです。禁忌を : : : 私は犯し、穢れた ・ : 私を : ・ 身のままですっと、日神に仕えて参りました。日神が許されても : : : 私は : 彼女は吐息を一つつき、目を閉した。 「そして : : : 吾子に、謝罪を。願わくば : ・ まゆ きようがく 蝦夷の眉がひそめられ、目がつうっと細められるのを見た。同様に、大王が驚愕から覚め厳 しい顔になるのを目にする。 章山背大兄王も、その言葉にはっきりと表情を変えた。 「御子が、生きておいでだと ? 酢香手姫王女 , ~ ・蝦夷の声はいっそう低く、かすれたものになる。 たかむくのおおきみ 想「高向王。その名を持つ者が、私と厩戸さまとのあいだに生まれた赤子にございます」 晒高向王 : ・・ : っ卩 明 先とは異なる衝撃が走るのを知った。指先が震えるのを、必死に抑える。 けが

3. 明日香幻想 玉響の章

194 こころ - し おおきみ 志を持つ者が、大王を受け継いで参られれば」 それは誰を意味している ? 蝦夷。 心の中で、田村大王はそう尋ねた。 お前は誰を見ている、今。 ひぎ しまのみや 「今でも思いだします。嶋宮で、父と厩戸王子が膝を突き合わせて倭の未来を語っておられた らんらん のを。父の奧まった黒い瞳も厩戸さまの色素の薄い透明な瞳も、爛々と輝いていましてな。こ じゃくはい こから倭は変わるのだと、若輩ながら私も熱く思ったものです , そうぼう しみしみと語る蝦夷を、くばんだ双眸で見すえながら。 「そうだな。蝦夷」 言葉にだしては、そう言った。 わたしいしずえ 「いずれ倭は、大唐に一歩も引けを取らぬ国家となろう。朕をも礎として」 だが礎の上に乗るのは、この血脈でなくてはならない。 「ははあ : : : なるほど」 くら うまや ゅづき 厩の中で、鞍を抱えた弓月は何とも言えない表情をして見せた。

4. 明日香幻想 玉響の章

さかのぼあめくにおしはらきひろにわおおきみ も、遡れば天国排開広庭大王の血を汲む者。その、高向さまと同じ薄い色の瞳が私と大王の吾 子の目に出たとしても、なにも不思議はないのではありませんかー 宝姫王は子供をあやすみたいに、柔らかにほほ笑んだ。 「大王がおっしやった厩戸王子と高向さまにしても、直系ではございません。厩戸王子の御子 やましろのおおえ であられる山背大兄どのは、見事に黒い目をしておいでですわ」 たむらのおおきみ 田村大王はぐっと、返答に詰まる。宝姫王は笑みを唇に刻んだまましばらくのあいだ田村大 王を見つめていたが、やがてほう、と息を吐いた。 「わかりました。それでは新年の祝賀には、尾張より大海人を呼び寄せましよう。そうすれば にばかばかしいものであったか、きっとわかっていただけます 大王の不信がいか 「なに」 「私は大王の御身とあの子の身体が心配で、ずっと宮に大海人を呼ぶことを止めてまいりまし 玉た。大海人にも、こちらには呼ぶまで来ないようきつく言い含めて参りました。ですがそれ が、かえって大王に疑心を呼ばせることになったのですね。申し訳ありません」 想 「宝 香 日 「大海人を呼びましよう、大王。きっとあの子も喜びます、 明 宝姫王は半ば呆然とした田村大王の腕に己の手を添え、うっとりと目を細める。 271 「そのためには、何よりも大王に良くなっていただかなくては。どうぞ横になって」 ぼうぜん

5. 明日香幻想 玉響の章

雨が強い。音が、、フるさい。そこに。 心の臓が、飛び跳ねたかと品治は思った。今の声は。 王子。 足を、また一歩踏み出したとき。 たむらのおおきみ ・ : なたは田村大王の血など、一滴も引いてない。王子と、呼ばれるべきものではない。薄 うまやどのみこ たかむくのおおきみ い瞳は、厩戸王子から高向王へと伝えられたもの。あなたはその : 雨音に混しって、よく通る声が耳に届いた。 がつんと、後ろからカ任せに殴られたみたいな感しがする。頭がぐらぐらした。 玉何て言った、今。 ひざ 膝ががくがくした。その足を、叱るように叩いて先へゆく おおきみげんり おおのおみほんじ 「 : : : 琥玳の瞳 : : : 大王は玄理からの手紙に疑問を抱き、多臣品治の言葉に確信し、私に見極 めるよう命しられました」 近付いてくる声、語る内容が、いっそう鮮明になる。 品治は息を、呑んだ。 なぐ しか

6. 明日香幻想 玉響の章

270 うつわ 器を口に運び、田村大王は重い声で尋ねる。 「つい今し方ですわ。夕方には戻ると申しておりましたでしよう ? 」 「そなたに、聞きたいことがある。宝」 細めた眼が、探るように宝姫王を見つめた。 「はい」 「尾張にいる大海人は、誰の子供だ」 小首をかしげた彼女に目をすえたまま、彼は空の器を卓に戻した。ことりと、音がする。 「私とたの吾子ですわ。何をいきなりお 0 しゃいますの、 あぜん 唖然として、宝姫王は目を見開いた。 「なぜそのようなことを」 ーんり わたし 「大海人の瞳は薄いと、玄理が書き寄越した。朕は覚えている。高向王がひどく薄い色の目を していたことをな」 「そうですの ? 私は、高向さまの目の色は覚えておりませんけど」 うまやどのみこ 「薄かったのだ。厩戸王子と同しにな」 つか 田村大王は彼女の腕を、がっと掴んで引き寄せる。 「大海人は誰の子だ、宝。お前と高向との間に生まれた子か」 「大王。私たちは、多かれ少なかれ同じ血を引いています。私も大王も亡くなられた高向さま おわり

7. 明日香幻想 玉響の章

まろこのみこ 「高向王ですと ? それは麻呂子王子 : : : 酢香手姫王女どのの兄君の御子さまではございませ んか」 重ねて尋ねる蝦夷の声は、どこか遠いもののように聞こえた。 おもんばか 「兄さまが : ・ ・ : 私と厩戸さまの身を慮って : : : そう、して下さったのです。すべてを秘密のう ちに隠すべきと」 浅くくり返される呼吸のうちに返される答えも、また遠い。 おおきみ おはりだのみや 「我が子は生きて : : : 兄さまの子として小墾田宮に、大王に仕えております。伊勢より戻った 私のもとに、兄さまの使いとして祝いの品を持ってきてくれました。子が生まれると : : : 聞き ました。父親になるのだと」 そのためか。 苦いものがロの中に広がるのを感じる。 酢香手姫王女が何を真に望んで告白をしたのかが、わかった。 己の恥ずべき行為を、その罪を裁かれたいと願ってのことなどではない。己の息子である高 とう・と おおやけ 向王にどれだけ尊い血が流れているかを、それが伊勢の日神が許した関係であったことを公に しよ、つとしている この女は。 みにく 横たわる女性がとてつもなく醜く、また強いものに見えた。 0

8. 明日香幻想 玉響の章

葛城が腰の大刀に手をかけた、同じ瞬間に。しわがれた静かな声が割って入った。 ひじり 「漢王のことは事故でございました。そのような邪推をなさるなど、仏法を信し聖であられた 厩戸王子の御子には、ふさわしくございませんな」 ずんぐりとして小柄な老人が、彼らの方へ向かってきていた。隣には、三十歳前後くらいの 男性の姿がある。いすれも高い身分の人物と思われた。青年の方には山背大兄とも葛城とも、 おもかげ ふんいき 面影が重なる部分がある。おっとりとした雰囲気は、大海人ともちょっと似ていた。 きっと血縁の近い王族なのだろう。 その二人の後ろから、いかにも武人といった雰囲気を持っ男性が影のようについてきてい た。こちらは護衛か 「葛城どのも、このような場所にてそういう物騒なものは抜かれませぬように。言葉の行き違 章いだけでは、済まされぬことになります 玉老人は落ちくばんだ眼を葛城の腰に向け、ゆっくりとした口調で言った。 「葛城は少々感情の起伏が激しすぎるからな。もう少し、心にゆとりを持ったらどうだ ? 」 相 5 あにうえ 虹「義兄上 : : : 」 ほお 香 老人のそばにいた男性の言葉に、葛城は頬を朱に染めて唇を噛む。 明 義兄上。 品治は男性を見直した。

9. 明日香幻想 玉響の章

ひざ 膝が、がくんと落ちる。その身体を男の腕が掴まえ、持ち上げて樹に押しつけた。 「父 : : : 上は」 「白々しい。父などと、呼ばれぬよう。あなたは田村大王の血など、一滴も引いてない。王子 うまやどのみこ たかむくのおおきみ と、呼ばれるべきものではない。薄い瞳は、厩戸王子から高向王へと伝えられたもの。あ なたはその血の上にいる」 左手は完全に動かない。右腕も、カがもう伝わらなかった。 げんり 「琥瑜の瞳。それがなければ、今もわからないままだった。大王は玄理からの手紙に疑問を抱 おおのおみほんじ き、多臣品治の言葉に確信し、私に見極めるよう命しられました」 「品治 : 見ているしかできない。命を奪おうとする者の、動きを。 「今、楽にして差し上げます。そしてその眼球を抉り取り、大王へ。証拠の品として」 響 きらめく刃を大海人の目は捉えた。喉を狙って構えられた切っ先が、見える。 玉 まだ手の内にある刀の柄を、握り直そうとするが 虹「大海人の名を、一一度と騙られませぬよう」 く、つ 香 空にある刃が風を裂く方が、速い あやのおおきみ 明 「漢王」 濡れた大海人の手から、刀が滑って落ちる。 つか かた のど つか えぐ

10. 明日香幻想 玉響の章

128 「いえ。お : ・・ : 私より、葛城さまが」 ひじり せっしよう 「あれが偉大な摂政の息子、聖である厩戸王子の心を受けついだ者だそうだ。笑わせる。父上 すく に敗れたくせにまだ大王位に色気をだして、少しでも父上の足を掬わんとしている奴が」 大殿への門に一度目をやり、葛城は品治に歩くよう促した。 「奴は今回の、父上の私と大海人への新たな湯沐の地の制定を快く思っていない。だからあん おとし うわさ な風につつかかって、下らない噂を流して父上や母上の権威を貶めている」 共に宮門へと進みながら、葛城は半ば独り言のように言葉を吐きだす。 えみし 「そうかと思えば、蝦夷のように王族の一員でもないくせに宮にのさばり、大王に成り代わろ うとしている奴もいる」 そがのおおおみのえみし ではあれが、蘇我大臣蝦夷だったのか。 品治はちらりと大殿への門を、ふり返った古人王子と一緒だった老人の、王子たちを前にし ごうぜん いやむしろ傲然とすらしていた雰囲気を思い出す。 ても平然と : ちょっかっ 「知っているか ? 奴の私兵は、大王の直轄する軍よりも巨大なのだ。ここ四代に亘って、大 王の地位は蘇我の助力を得た者に委ねられた。王族の血も持たぬ者が、王族に己の血を送り込 み取り込もうとして」 葛城の言葉は強く、だが先のような感情の露出はない。 「私が、成人していれば。もっと力があれば。蘇我になど : : : 」 ゆだ ゅ ふんいき おおきみ