「きゃー ハンの胸 ・ハンが、驚いて顎をひく。少し距離をあけたファラ・ 頬をなめられたファラ 小さな飛竜は抱きつく。きゅんきゅんと鼻を鳴らして胸に頭をすりよせる小さな飛竜 に、ファラ ・ハンは優しく笑む。 小さな飛竜が女の子に対して、やきもちをやいていたような、そんな感じにとれた。 「もう・ : 、仕方のない子ねえ・ : ・ : 」 ・ハンは小さな飛竜をなでた。 苦笑しながら、ファラ 「貴様っ : どごう ハンは振りかえった。 背後から響いた怒号に、びくんと身をすくませてファラ・ ゅうどう ・ハンたちの 炎から逃げるひとびとを誘導していた、衛兵のひとりがそこにいた。ファラ 耳に届いたものは、避難するのに手間どっている女子供に向かってかけられるべき声の調子 ンにしがみつき、ファラ・ ハンも 小さな飛竜がファラ・ 道ではない。ただならぬに、 のぎゅっと小さな飛竜を抱きしめる。 まもの いん こみち 闇すらりと剣を引き抜いた衛兵は、魔物に対する印をきり、径に足を踏みいれた。 向かってこられ、ファラ・ ハンはじりつと後ずさりした。 レイムに教えてもらったところによると、ファラ・ ハンはもうひとつの神話を信じる者に
244 わけではない。 まどう 魔道の力によって、ぐちゅりとファラ・ ハンの体を突き抜けたものだ。 くった先をもっ鋼鉄の義手は、ファラ・ ハンの前に浮かんだ時のの下で緩やかに 広げられ、それをつかみあげた。 ほうえ ファラ・ ハンの後ろでこごった影は、そのまま実体のある法衣となる。 「残るはひとっ : ぞろりと響く不快なはそう告げ、性色の法衣からあがった顔が、にいっと笑った。 ひとみ 赤く輝く瞳が、やや離れた場所に座りこんだルージェスを見た。 「公女様、予言のとおりでございます。世界を救う運命の公女たるあなた様のために必要な ものは、もうこれでそろったのも同じ。あとひとつの時の宝珠は、集められた宝珠のカで、 ここに引き寄せることができましよう。さあ、わたくしのそばにおいでなさいませ」 うやうやしく、闇色の魔道士はルージェスを誘った。
レイムはディーノを見た。 ひとみ ディーノは青く燃える炎のような瞳で、ぎろりとレイムをにらみつけた。 ディーノが激しく怒っていることを感じ、レイムは黙って目をそらした。 レイムだけではなく、ファラ・ ハンにまでもを向けるだろうディーノの行動が予測で き、レイムにはなにも言えなかった。 ひと殺しは、ディーノにとって磁ではない。禁戒ではないが、今、この場で行われるだ かな ろうその行為は、あまりにも哀しい 孤独というをまとい、という盾を持っディーノ。 みずか 彼はおそらく、自分の心まで滅ばそうとする。自らの強さの前に、自滅する。 道それがわかっていながら、レイムにはなにもできない。 の ( この世界救済が、自然秩序だけでなく、ひとの心をも救えるものとなりますように ) 闇レイムには、そう祈らずにはいられなかった。 この世界、今までに過ぎてきた時間の制れそのものを、ディーノは押しつけられてき たのかもしれないと、レイムには思えた。 ディーノを尊重するがゆえに。
転がり、気絶した。 女の子をさらい、押し倒して体をせようとした形で背を斬られたファラ・ ひとみ かっと青い瞳を見開く。 髪のひと筋、血のひと取たりと、不用意に落としてはならないのだ。 その存在を何十、何百倍にも増強させる、絶大なるカがるものを、この地を徙徂する まもの 魔物どもにくれてやるわけにはいかない : 魔道によって『蜥じる』必要がある : ・ 倒れ伏しながら ファラ ・ハンは印を結んだ。 自分の果たさねばならないことを、にしてのけた。 切られて散った数本の髪と、飛び散った血の滴が、封じられ、光を発して消滅した。 血を噴く背中の傷口に、封じの魔道によって薄皮が張った。 士 道 ハンと小さな飛竜によって、衛兵の振るった刃かられることのできた女の子 のファラ・ 色 ぼうぜん 茫然とこの光景を見つめた。 女の子は、魔物は、街を守る衛兵によって斬り捨てられてしかるべき存在だった。 、ンま 0
ひとの姿をして、しかもひとでないもの。けっして正しい生命の法則にないもの。 ぞっとシルヴィンの背筋に悪が走った。それと同じくして、激烈な怒りが爆発した。 ひとみ シルヴィンは水色の瞳をぎりつとしくし、金色の髪の娘をにらむ。 「このゲテモノ女っ " " 」 ばとう これまで聞いたこともない罵倒を浴びせられたルージェスが、ぎよっと目をむいた。 振りかえったレイムの目に、飛竜を飛ばせるシルヴィンめがけ、真横から跳んだ黒い大き な影が見えた。 ひとのような形。四肢で地をつかむようにして、炎をあげる建物によじ上り、勢いよく跳 んだもの。 「シルヴィン、右っ ! 」 けいこく レイムの警告に、かれるようにシルヴィンが反応した。 炎をあげて燃え落ちる建物の壁によじ上ったウイグ・イーが、旋回してくるシルヴィンの 道飛竜を待ちうけ、それに跳びかかった。 の飛竜の上へと襲いかかられたシルヴィンは、舌を鳴らし、鞍の上から跳びのいた。 闇突然にウイグ・イーに乗りかかられた飛竜が、がくんと高度を落とした。 「があー 飛竜の背を踏みつけ、跳んだウイグ・イーがをあげてシルヴィンに跳びかかる。 した くら
第一章死線 ふぶき 風がうなっているのが聞こえる。激しい吹雪の音だ。この山をとりまいて、風が吹きおり ている。それは針のように鋭い冷気をつきたてて引き裂こうとするかのような、凍れる風。 たかここは寒、くない 。ここには風はない。兆で守られ、吹雪を起こす術の核を近くに置 くここは、風の中心点。ただひとつ、安定している空間。 高い山の頂上近くほっかりと口を開けた洞窟の中、二頭のがいる。一組の男女がい ひとみ る。漆黒の髪と宝石のような青い瞳をもっ二人が。男のほうは横たわっている。女はその横 に座っている。男は聖なる銀の斧を使う者。にして飃き者、孤高の修羅王を名乗る跿 士の若者。そして女は救世の聖女。背中に白き翼をもっ神の一人。により具現した伝説 道おとめ 魔の乙女。 色 ぐったりと横たわったディーノは、すっかり血の気をなくしていた。全身をめぐる毒のた め、ときおりびくんとする動きがなかったなら、その姿はもう死体と変わらない。心臟 しつこく するど
、あったんですか ? 」 「なにか : けもの 問いかけられて、ファラ ・ハンがびくんと背を震わせた。ディーノが追いつめられた獣の ひとみ ような瞳をレイムに向ける。 「なにもない : ぎりつしを引き結び、ディーノが言いきる。毒に冒され、一晩生死のをさまよった ディーノが、なにかできようはずもない。筆様な姿をさらしていたことをあらためて思いだ したディーノがをになっても、不思議ではない。そして甘ったるい幻想にひたり、あり けいべっ えない幸福に酔っていた自分を、ディーノはひどく軽蔑している。 「こんな : ・ ひとでもない化け物相手に、なにがあるというのだ ? 」 ハンの動きが、凍てついた。その言葉の乱暴 吐き捨てられたディーノの一 = ロ葉に、ファラ・ さに、レイムがぎよっと目を見開く。 化け . 物 0 ひとでもない、 というのなら、それは正しい。ファラ ・ハンはの儀式でこの世に具 現した聖女だ。現実の、血肉をもってひきつがれ、生まれた生命ではない。だが : 「ロを慎んでくださいー レイムは静かな口調でディーノに意見した。に澄んだ翠の瞳は、自分が傷ついたよう かな な哀しみの色を浮かべていた。本当のことを言ってなにが悪いかと、ディーノがレイムをに つつし
団る。たしか、この吹雪を起こしていた魔物・叫は蜥じたはずではなかったのか。 「これはレイムが追っ手を寄せつけないように、小さな飛竜と時のもを使って起こしたも のです。夜明けに、消えます , 「ふん」 目を細め、腕組みしたディーノは、雪で白く濁るをかす。 「もうまもなく夜が明けるぞ。あの遅刻好きの魔道士は帰ってこないではないか」 腰ルに吹かれて今度こそ逃げたのではないかと、ディーノはレイムをばかにする。悲 そう 壮な決意をして出かけたレイムを知っているファラ ・ハンは、目を伏せる。 「夜明けまでに戻らなかったら : ・ : ・、追いかけるから、先に出発してくれと言われました ぎろりと目玉だけを動かし、ディーノはファラ・ ハンを見る。ファラ ・ハン盟む。 「 : ・・ : もしもの場合は、わたしひとりでも、行くようにつて : ・・ : 」 おもわず、ディーノはファラ ・ハンに向き直っていた。シルヴィンを迎えにいくため出て いったレイムの姿を思いだし、カ弱くディーノに笑んで、ファラ・ ハンは一一 = ロう。 「夜明けまでに二人が戻らなかったら、先に出発ですね」 ほうぎよく ひとみ ファラ ・ハンは青い宝玉のような瞳で、まっすぐにディーノを見つめる。ひたむきな視 線に、どきりと胸を鳴らしたディーノだが、むっとして横を向く。吐き捨てるように言っ
ばかなことをと、笑いとばせなかったディーノに、レイムは確信をもつ。 ひとみ ディーノは青く燃える炎の瞳で、レイムをにらんだ。 「その首を刎ねられたくなければ、二度と言うな ! 」 、まれなる剣客であるレイムほどの反射神経でなければ、今の一撃で肩口から真っ二つに どな 斬り殺されていただろうに。ディーノはそう怒鳴って石畳から剣を引きぬいた。 みにく ここうしゆらおう ディーノ。孤高の修羅王を名乗り、ただ一人で生きぬいてきた男。ひとの醜い部分にだけ ハンは、そうだ、なにものにもかなわぬほど 触れ、しけられてきた彼にとってのファラ・ に、ディーノが欲していたすべてのものを持っている乙女であったはずだ。その美しさ、可 さを抜きにしても、すさんで渇ききったディーノの心をかく潤すのに、これほどふさわ ハンに惹かれても、まったく不思議はない。だが。 しい存在はない。ディーノがファラ・ ディーノはそれを否定する。ひとならざるものである『の乙女』という彼女に対して ぐろう し。。し力ないのだ。化け物とファラ ハンを愚弄するディーノの は、その感情を認めるわナこよ ) ゝ 、ンに惹かれようとする自分 士言葉は、そのままにディーノ自身に対するものだ。ファラ・ 魔を、激しく恥じて咤しているのだ。ファラ ・ハンが傷つくよりなお深く、ディーノが傷つ とうしようもないものの内であがいている。 色いている。傷つけずにはいられない、、 ハンを気にかける気持ちは同じかもしれない。しかし、 花や小鳥を愛することとファラ・ ハンを、ディーノが『ひととして』本気で愛するとなれば、話は 花や小鳥ではないファラ・
うなが まち そしてシルヴィンも、めざとく街を見まわし、逃げるひとびとを促している衛兵たちの存 ひりゅう 在を確認する。飛竜に乗り、視界が広いとはいえ、シルヴィンがでしやばる必要はなさそう だ。シルヴィンは自分が見つけださねばならない、道の土たる場所を渦巻く炎の中、な んとか発見しようと目を凝らす。 建物をなぶり、高くあがる炎を避けて降下させた飛竜の上、煙を直接吸いこまないように ひとみ ・ハンは、一瞬、瞳の端をか 顔の下半分を手で押さえながら小さな飛竜を抱いていたファラ すめたものに、はっと振りかえる。 せまい路地の、栓のはまった地下室の窓の中に、幼い少女がいた。両側の建物には、 すでに火の手がまわっている。出られないのだろうか。いたずらでもして、おしおきのた め、ちょっと閉じこめられていたというのだろうか。火事の騒ぎは、あの地下室にまで届い ているはずだ。このままだと、あの少女は地下室に残されたまま、焼け死ぬ。我さきにと逃 まど ごうごう げ惑うひとびとが、轟々と燃える炎と悲鳴の中、置きざりになった少女のことになど気がっ くはずがない。たとえ肉親であっても、一度逃げるひとびとの波にのまれてしまったら、引 きかえすことなどできない。戻りたくても、押し流され、ただ進むしかない。 シルヴィン、降ろしてつ ! 」 「お願い 真後ろからの金切り声に、シルヴィンはびつくりして振りかえる。 お願い、ここで降ろしてー 「女の子を助けたいの ! 地下室にいて出られないみたいー