江戸屋敷 - みる会図書館


検索対象: シナリオ 2016年10月号
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1. シナリオ 2016年10月号

政醇「間に合わなかったか : : : 」 信祝「はつはつはつは」 追い出された湯長谷藩士たちが荷車を引 いている 相馬「馬鹿な。いくらなんでも沙汰が早すぎ 信祝、嬉しそ、つに笑う るであろう ! 」 極蔵「お頭からの連絡によると奴らはその後、秋山「一同、磐城平藩に身を寄せるのじゃ ! 」 木村「燃え残りでよければ持って行って良い とばとばと引き返したそうです」 『湯長谷藩秋山平吾』 信祝「愉快じゃ。慌てて帰ったのに藩がもう 駕籠には琴姫が乗っている 木村、背を向け、慌てて城内に向かう。 なくなっていたのだからな」 秋山、近づいていき、 相馬「終わった : ・ とうとう湯長谷藩はっ極蔵「御意。もはや奴らはただの浪人にござ秋山「姫。拙者は行きます」 いえた : : : 」 います」 琴姫「待て、秋山 ! どうするつもりじゃ ! 」 政醇「立て。民がきっと困っているはずだ」 信祝、噴き出す。 秋山「詮議もろくにせぬまま湯長谷を潰した 政醇も傷心し、焼け焦げた湯長谷の旗を信祝「厳儔殿はもう江戸に着いておるな ? 」 信祝を許せませぬー 拾い上げる。 極蔵「はつ。殿も間もなく湯長谷へ出立しま琴姫「まだ傷は治っておらんだろう」 福田の声「殿さま ! 」 すー 琴姫、秋山の手を握って止める よれよれの裃を着て骨折した左手を三角信祝「よし。わしも行くぞ。じきじきに内藤秋山「湯長谷が奪われたのです , 巾で吊った福田弥之助 ( 浦 ) が走って来る へ切腹を申しつけてくれる」 琴姫「行くな ! 」 政醇「福田 ! 何があった ! 」 極蔵「ご老中も行かれるのですか ? 琴姫、秋山を見つめる。 福田「申し訳ございません」 信祝「今わしは江戸におらぬ方がよいわ 秋山、琴姫の気持ちに答えたいが、行か かっておろ、つ ? 「湯長谷藩次席家老福田弥之助」 ねばならず顔を引き締める。 福田、土下座。 極蔵「あっ : そうでございましたな」 秋山「拙者だけ一人、手をこまねいているわ ズ福田「湯長谷を守り切れませんでした。かく 極蔵、にやりと笑う けには行きませぬ。これを」 なる上は腹を : ・ 信祝「よし。ついでに湯長谷藩江戸屋敷の芋 秋山、琴姫に書状を渡すと、走っていく タ 福田、片手で腹を切ろうとする 侍たちも叩き出せ 琴姫、書状が「脱藩届」であることを見 代政醇「待て ! 事の次第をまず話せ」 極蔵「はっ , て驚き、声をかけようとするが、駕籠が 無念でございます 出立する。 勤福田「、つつ。ううつ : 参 〇 湯長谷藩江戸屋敷・表 琴姫「秋山・ : 速 高 福田、涙にむせぶ。 『湯長谷藩江戸屋敷』 超 尾張柳生の藩士「ここは尾張柳生藩の江戸屋〇 浜松藩江戸屋敷・表 浜松藩江戸屋敷・信祝の部屋 敷である ! さあ、早く出て行かぬか ! 」 秋山、一人で乗り込もうとして、刀を抜 〇

2. シナリオ 2016年10月号

〇 江戸城・大手門前 ( 夜明け ) いたしておりました」 五平 ( ) と与作 ( ) 、収穫した稲穂 豪華な駕籠と家臣たち。 輝貞「日々写経をしていたと聞くが、覚悟は を稲木に干している 武士の声「これより徳川吉宗様、日光社参へ できておるようだな」 子供たち、あぜ道でチャンバラごっこを ご出立にござる」 している 信祝「どのようなご沙汰であろうとお受けす 一同「おう ! 」 る所存にございます」 五平「殿さまはいつになったら帰ってくるの 駕籠の中には徳川吉宗 ( 祀 ) の姿。 信祝、頭を下げる。 かのう」 松平輝貞 ( れ ) 、駕籠の横にいる。 輝貞「上様が日光社参に出られたことは知っ与作「江戸を発ったのはひと月前らしいが、 吉宗「留守中のこと、しかと任せたぞ」 ておるか」 のんきなもんじゃ」 『将軍徳川吉宗』 信祝「御意。私も陰ながら手を合わせようと五平「江戸まで五日で行ったっちゅうからな。 輝貞「御意」 思っております」 疲れたんじやろ」 『老中首座松平輝貞』 輝貞、「下」と書かれた奉書を信祝に突 子供たち、チャンバラが加熱して畑に乱 行列が出立する き出す。 入する。 日光社参の壮麗な行列の絵。 輝貞「信祝。日光社参の恩赦によりお主の蟄五平「こらっ ! 田んばを踏むでねえ ! 」 Z 「日光社参とは江戸の将軍が、徳川家康を居を解く」 五平に怒鳴られて子供たち、逃げていく。 5 まつった日光東照宮に参拝する行事である。信祝「 ! ありがたきしあわせ」 五平「悪ガキどもめ」 その行列は万人を超え、先頭が午前一一時 信祝、平伏する 与作「殿さま、また江戸で土産を買ってきて に出発し、最後尾が江戸城を出るのは午前輝貞「お主はわしの甥ゆえ、上様もお目こば くれるかのう」 十時に到るほど壮大な規模であった。そし しされたのだ。二度と失態を犯すでないぞ。五平「ご家老がケチじやからなあ。土産話だ ズ て今回の社参は吉宗により七年ぶりに計画罪を悔い改め、しかと老中の責務を果たせ」 けで終わるんじゃねえか」 ン されたものであった」 輝貞、立ち上がって去って行く。 与作「まったくだ」 タ 一一人、笑う。 信祝「粉骨砕身、あいっとめまする」 代〇 浜松藩江戸屋敷・広間 信祝、平伏したままにやりと笑、つ。 子供たちがまた走ってやってくる。 勤 「浜松藩江戸屋敷』 その表情はひきつっている。 のぶとき 松平輝貞と松平信祝 ( ) が対面している。 ロタイトル「超高速 ! 参勤交代リター 五平「こらっ ! やめろといってるじやろ ! 」 速 高輝貞「信祝。蟄居を命じられてから、いかか ンズ」 与作「おい、なんだありや : : : 」 過ごしておった ? 」 子供たちの後ろから男たちが押し寄せて ゅながや くる 信祝「はつ。我が身の至らなさに、深く反省〇 湯長谷村

3. シナリオ 2016年10月号

を植えて作っていかんと」 〇 あぜ道 大根が一本だけ生き残っている 政醇、うつむいて歩いている。 江戸市中・堀端 あるじ 政醇「茂吉。湯長谷の本当の主はな、お前の駕籠かき < の声「どいたどいた ! 」 二人、極蔵を尾けていると細い路地に ように土とともに生きる者だ」 山駕籠がやってきて、駕籠からお咲が転 入っていく かり出てくる。 与作の声「殿さま ! 」 大岡「どこへ行くのだ」 政醇、反対側の畑を振り向くと、与作とお咲「内藤さま ! 」 秋山「大岡様。我らも尾けられています」 五平。 政醇「お咲 ! こんなに早く着いたのか : : : 」大岡「えっ ? 」 政醇「おお与作 ! 五平もか無事だったか」 政醇、お咲に近づく。 秋山「振り返らないでください。罠です。我 五平、泣きそうになりながら、 お咲「ま、待って : : : 。気持ち悪い」 らの見張りがばれていたようです」 五平「無事なもんか ! あれだけ手塩にかけ お咲、道端で吐きそうになり口を押さえ大岡「なに ? 」 る。 めちゃくちゃになっちまった た田んばが、 秋山「後ろは拙者が止めます。大岡様は坊主 政醇「お咲・ : : 」 を」 大岡「しかし : : : 」 与作「あいつら用水路まで壊しやがって、も瀬川の声「殿 5 ! 」 う水も引けねえ」 瀬川、ようやく追いついてくる。 秋山「拙者が戻らぬときは平藩江戸屋敷の琴間 五平と与作、うなだれる 政醇「おお、瀬川も来たか」 姫殿に伝えてくれませんか」 政醇が見ると用水路が壊れ、田んばが干瀬川「 ( 肩で息をしながら ) 死ぬ思いでつい大岡「 : : : なんと言えばよい」 上がり、魚が死んでいる て来ました : : : 」 秋山「心から想うていた、と」 政醇「もう一度、直せばよいではないか」 政醇「瀬川。湯長谷の傷は思いのほか深い」大岡「断る。生きて自分で言え」 秋山と大岡、角を曲がる。 与作「できるもんか ! 一揆の奴ら、収穫し た米をみいんな持っていきおった。これ〇 後ろから来た影たち四人もそれを追う。 浜松藩江戸屋敷・表 じゃあ生きていくこともできねえ ! 」 信祝、屋敷の前で駕籠に乗り込む 待ち伏せていた秋山が斬ってかかる 五平「殿さまが留守にしてたから、村がこん 極蔵、それを見送っている。 先頭を斬り倒すが、まだ三人いる 大岡は極蔵を追う なになったんだ ! どうしてくれるだ ! 」大岡「刺客はあの坊主頭だ。側用人殺しの現 与作「今頃帰って来ても遅えだよ ! 」 場を見た者がいる」 秋山「その剣、柳生と見た」 政醇「すまぬ。すまぬ : 秋山「生け捕らねばなりませんね」 刺客、無言で斬ってかかり、秋山は受け 政醇、沈痛。 大岡「行くぞ」 るが、その間に他の二人の刃を受けて傷 大岡、尾行し始める つく。 〇

4. シナリオ 2016年10月号

関所番 < 「確かに死んでいるな」 宗春「倹約ばかりでは息が詰まる。芝居小屋宗春「うむ。頼んだぞ」 関所番「おい。こんなことしたらバチがあ も遊郭も好きにさせてやればよい」 信祝「御意」 たるんじゃないか」 宗春、ロは立つが、底の浅そうな顔つき。 信祝、立ち上がって辞する 関所番 < 「しかしなあ」 信祝「まさに。享保のご改革などとうるさく その顔には宗春を馬鹿にしたような笑い 関所番 < 、迷いつつも棺桶を開けよう 言うわりには、日光社参で一一十万両も費や が浮かぶ。 とする し、民のことをまるで考えておられませぬ」 宗春「信祝。お主は民思いじゃのう : : : 」 〇宇都宮城・広間 棺桶の中 信祝「はつ。何事も民のためでござる」 吉宗、老中の酒井忠音 ( 料 ) から報告を 増田、菊千代のロを押えている。 宗春「しかし信祝。先日は窮鼠にかまれたな」 受けている。 信祝「身勝手な田舎の小藩にはほとほと手を 「老中酒井忠音』 〇 高萩の関所・中 焼いております。こけの一念で己の土地に酒井「信祝が不穏な動きをしておるとのしら 関所番 < 、棺桶を蹴ろうとする。 しがみつき、土がどうの故郷がどうのと騒せがございますが」 政醇「 ( 腹話術 ) 開けてはならぬー ぎ立てるのですからな」 吉宗「案ずるな。江戸には大岡がおる」 関所番 < 、驚いて周囲を見回すが、死人宗春「わしの手の者はよくやっておるか ? 」酒井「しかし : : : 」 に扮した政醇と今村しかいない。 信祝「さすがは尾張柳生。上様のお庭番より吉宗「改革でわずかに余裕も出た。今はまず一 関所番 < 「おい、今何か言ったか ? 」 腕が立ち申す」 国中に幕府の威信を示し、飢饉で傷ついた 関所番「いいや」 宗春「吉宗め。御三卿など考えおって。我ら民の心の拠り所とならねばならぬ」 棺桶の中からカリカリと不気味な音が御三家をないがしろにするとは言語道断」 する 信祝「将軍就任のときも大奥を抱き込み、策〇 関所番 < 「 ! ( 恐怖 ) もうよい、早く行け ! 」 を弄されましたな」 鈴木、川岸に半裸で倒れている。 宗春「そのことよ我が父は謙虚なばかりに、 洗濯しに来た女たち、鈴木を見つけ、 〇 尾張藩江戸屋敷・大広間 吉宗に将軍の座を奪われてしまったのだ。女 < 「きゃーっ ! 見て ! 」 『尾張藩江戸屋敷』 このままではすまさぬ ! 」 女「土佐衛門かしら : : : 」 壇上に徳川宗春 ( ) 、その前に信祝が信祝「上様におかれましては理解のできぬこ女 o 「でも、 しい男ね」 いる とばかり。こうなれば次の将軍はぜひ宗春女「あら、かわいらしい仏様が : 信祝「尾張は賑やかなようですな、宗春さま」殿に 。天下を取るための手立ては着々 女、下帯のない下半身を拝む。 『尾張藩主徳川宗春』 と進めております」 鈴木、目を覚まして飛び起きる 〇 4 -0

5. シナリオ 2016年10月号

瀬川「山駕籠か : : : 」 ねばなりません」 お咲「山駕籠 ? 牛久宿・鶴屋の表 ( 夜 ) 鈴木「なるほど。目付がどこかで見ているか〇 もしれませんしね」 政醇、相馬、荒木、今村、鈴木、増田の瀬川「これは軽くてかなり早いのですが、乗 り心地が良くないのです 丸腰の一同。 相馬「牛久までは行列で来たからよいとして、 あと一度くらいは、派手な行列を見せねば政醇「これより湯長谷へ帰る ! 一同、走るお咲「かまいません」 お咲、駕籠に座る。 ならぬか・ : : ・」 駕籠かき < 「じゃあ行きますぜ」 今村「ご家老、中間を雇う金は大丈夫です一同「おう ! 」 皆、提灯を持って走り出すも、泥酔の千お咲「はい。あ、瀬川さまは ? 」 鳥足で提灯があちこちに散る 瀬川「 ( 笑って ) 拙者とて多少は足に自信が 増田「行列の道具も必要ですし : : : 」 あり申す」 相馬「、つ : ・ 相馬、つらそ、つ 駕籠かき < がお咲に ( 舌を噛まないよう 木陰 ( 夜 ) に ) 手ぬぐいをくわえさせる。 柳生の隠密、向井多次郎 ( ) が見張っ お咲「 ( みんなに向かって ) あたし、もう一 ている 駕籠かき < と「そらっ ! 」 度ここで働きます」 山駕籠が猛スピードで走り出す。 政醇「お咲 ! 」 お咲「ヴーツリ」 陸前浜街道 ( 夜明け ) お咲「身請けをした三十両、皆さまで使って〇 瀬川「お、おい、待て ! 」 朝日の中、飛脚が走っている 下さい 瀬川も走るが、差が開いていく 湯長谷一同が走って飛脚を抜いていく。 鈴木「お咲殿。そんなことを考えている者は 飛脚「なんだありや」 一人もいませんよ」 ズ 一同、近道のため林の中に突っ込んでい〇 浜松藩江戸屋敷・信祝の部屋 鈴木が微笑み、一同も肯く。 「浜松藩江戸屋敷』 一政醇「よし。支度を急げ。出立は四半刻後 松平信祝、人型の紙 ( たとえば呪術の紙 飛脚「天狗か ? 」 人形のようなもの ) に名前を書いている 代一同「はっ ! 」 「内藤政醇」という文字が見える 〇 牛久・駕籠屋 勤政醇「お咲。お主は後から駕籠で参れ」 参 幻道「信祝様」 政醇、一同の顔を見回す。 瀬川とお咲、駕籠屋に入ってくる 速 障子の向こうから声がする 瀬川「すまぬ。駕籠はあるか ? 」 高政醇「瀬川、お咲を頼む」 駕籠かき < 「あいにくこれしかねえんですよ」信祝「幻道か」 瀬川「はつ」 幻道「はつ。湯長谷の者どもは慌てて牛久を 両側に扉のない駕籠が一つ余っている お咲「内藤さま : : : 」 〇 O ′

6. シナリオ 2016年10月号

e 「老中会議」 言いかけた井上を幻道の刀が貫く。 のりさと ただなが 輝貞、信祝、松平乗邑 ( 的 ) 、本多忠良〇 同・御用部屋 ( 菊 ) が集まって老中会議をしている 信祝、書状を手に出てきて、御用部屋に〇 料亭・表 ( 夜 ) 本多「湯長谷藩の一揆はどうなったのだ」 入っていく 田中、家来を引き連れて出てくる e 『老中本多忠良』 井上と田中が机で仕事をしている。 ころころと花火の玉のようなものが転 乗邑「今、目付が向かっておるが、小さなも信祝「先ほどは失礼した」 がってくる のなら見逃してやる手もある」 井上「いし 田中「何だ ? 「老中松平乗邑』 信祝「一揆の沙汰が決まった」 玉を拾った瞬間、爆発する。 輝貞「うむ。内藤ほどの男じゃ。帰れば自然 信祝、書状を渡す。 坊主頭の森極蔵 ( ) が見ている と一揆はおさまるのではないか」 田中「確かに承った」 極蔵「ふふ、木っ端微塵よ : : : 」 信祝「はつはつはつは」 信祝「・ : ・三人を見つめる ) 」 後ろに青い仮面をつけた男 ( 実は段蔵 ) 一同、急に笑い出した信祝にぎよっとす田中「・ : : ・何か ? 」 が立っている る 信祝「お主らの名を思い出すのに苦労した」青い仮面「むごいことをする」 信祝「一揆が起これば藩主の失態とするのが 信祝、不気味に微笑んで出て行く。 極蔵「顔を潰せとのご命令だ」 慣例でござる」 輝貞「 ! 」 下城する井上と田中たち。 〇 浜松藩江戸屋敷・信祝の部屋 ( 夜 ) 本多「お主 : : : 。それは私怨ではないのか ? 幻道「終わりました」 信祝「滅相もない。わしは道理を申したまで。〇 武家屋敷の一角 ( 夕方 ) 信祝「よし」 上様お留守の折、湯長谷が乱れておるなら 井上の駕籠が進んでいると、顔の縦半分 信祝、井上と田中の紙を火鉢で燃やす げんどう ば取り潰し、すみやかに別の者が治めねば が赤い仮面で覆われた柳生幻道 ( ) が 机の上に人型の紙が千枚くらいの東に ならぬー 襲撃してくる なっている 一同「 : : : ( 正論なので言い返せない ) 」 十数人の護衛が一瞬でやられ、駕籠が地幻道「ご老中。事が成った暁には我ら柳生一 乗邑「別の者というが、心当たりがあるの 面に落ちる 族の悲願を : : : 」 か ? 」 井上「何事じゃ ! 」 信祝「尾張の者は裏の仕事ばかりやらされて 信祝「うってつけの者がおりまする」 井上、駕籠から出たとき幻道がゆっくり いるのだったな」 信祝の笑顔を輝貞が不安そうに見る。 と歩み寄る 幻道「長らく闇に務めましたが、そろそろ日 井上「無礼者 ! わしを誰だと : : : 」 の目を見とうございます」 -6

7. シナリオ 2016年10月号

術指南役の柳生と違い、陽の当たらない存在の彼らはきっ と、くすぶっていることだろう。湯長谷藩はピンチになれ ばなるほどよい。最後は絶体絶命のピンチを主人公が切り 開いてくれるはすだ。 走る行列は前作でやっているので、帰りはさらに苛酷に しなければならない。ふと忠臣蔵のことを調べてみると、 内匠頭刃傷を知らせる早駕籠は、江戸から赤穂のおよそ 一五五里を五日で走り抜けている。ならば湯長谷藩士たち も、もっと早く走れるのではないか。 よってリターンズでは飲まず食わず眠らずで走り続け、 湯長谷に帰ることになった。 この、国まで戻るところを前半の一時間にすることにし た。続編なので前作と同じようではつまらないし、後半は 新たな要素である「故郷を奪われる」という展開に突入し たかった。 藩士たちが帰ってみると、城は柳生に取られているし、 一揆で国はポロポロ。おまけに悪い老中が大量の幕府軍を 引き連れて湯長谷に向かっており、仲間だった忍びは裏切 りし、ヒロインはむやみに告白を迫って : : : とかなり気の 毒な目に。 それにしても帰る場所がないというのはつらいものだろ 1 ラップして う。これは現在の福島の困難区域ともオー いる。人間にとって故郷とは何なのか、生まれ育った家は どれほど大切なのか。湯長谷の人々は泣き、お取り潰しに なった湯長谷の藩士たちも途方に暮れる。だが、故郷や仲 間は何よりも大事なのだと気づき、到底かなわぬ敵に挑む ことになる ただ、悪役の老中を描く中で、私はこの人が意外に好き だなと気づいた。嫌なやつだけど、哲学はあるし、努力家 だし、仲間にはきっちりと金を渡す。だるい平和主義者よ りは、はっきり物を言う悪人のほうが気持ちいい。今、お りしもトランプ氏がアメリカ大統領になるかもしれないと いう時代だ。 だがこの物語の主人公は、はっきり物を言う平和主義者 である。また、江戸には心強い味方もいて、物語のミステ ー部分を解決に導いてくれる。群像劇で大変だったが、 実力ある俳優陣が揃い、見所はできたかと思、つ ( どばし・あきひろ ) 1969 年生まれ。大阪府出身。関西大学工学部卒業後、エンジニアと して日立製作所に勤務。 8 年退社後、制作会社を立ち上ける。そ の傍ら、 *> ドラマ、ラジオなどの脚本、小説を手掛ける。 8 年「スマ ィリング」で第回函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞クランプ リ受賞。同年「海煙」で第回伊豆文学賞優秀作品賞受賞。材年「緋色 のアーティクル」で第 3 回 l—mco 連ドラ・シナリオ大賞入選。同年「超 高速 ! 参勤交代」で第回城戸賞受賞。同作品は映画化され図年に劇場 公開、第田回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。

8. シナリオ 2016年10月号

えに来たのだ」 すまぬ : : : 」 江戸城・黒書院 信祝「なに」 政醇「私が望むのはただ一つ。荒れた湯長谷 上段に吉宗が坐し、酒井、本多、乗邑が 秋山の声「江戸の土産だ ! 」 を元に戻していただきたく : ひれ伏している 秋山、出て来て、縛られた極蔵を放り出す。輝貞「うむ、しかとやる。上様の御意志でも本多「上様におかれましては無事のご帰還、 政醇「秋山 ! 」 ある」 恐悦至極にございます 秋山、政醇に肯いて、 政醇、頭を下げる。 吉宗「少しくたびれたな。変わりはないか ? 」 秋山「こいつが全て吐いた。老中信祝の命令信祝「おのれ : : : お前さえいなければ ! 」 乗邑「御意。湯長谷のことも片がっきまし で側用人の田中殿を殺し、上様の暗殺を企 信祝、刀に手をかけるが、何本もの捕り た」 てたとな」 方の細縄が飛んでくる。 吉宗「天晴れ、内藤。またも湯長谷の土を守 信祝「 ! 」 信祝「大岡 ! このわしに縄をかけるか ! 」 りおったか。江戸の土も同じことよ。民の 大岡「信祝。観念いたせ」 大岡「貴様は武士の風上にも置けぬ。引っ立 土台ゆえな」 信祝「おのれ、町奉行の分際で・ : 本多「おそれながら上様、信祝遠島の御沙汰、 この を斬れい ! 」 信祝「 ( 一刀で細縄を切り ) 離せい いささかご寛容かとも 輝貞の声「信祝、もうやめい」 期に及んで逃がれはせぬ ! 」 吉宗「怒りは敵と思え。堪忍こそ無事長久の もと 馬から下りた輝貞が出てくる。 捕り方たち、大岡を見る 基よ」 輝貞の家臣「控えい ! 老中首座、松平輝貞 大岡、頷く。 本多「御意」 さまなるぞ ! 」 捕り方たち、縄を離す 吉宗「しかし世襲ばかりでは幕府も危、ついの 柳生軍、どよめいて片膝をつく。 信祝「髷が乱れたわ」 信祝「お、叔父上 ! 」 信祝、髷を直し、堂々と歩いて行く。 輝貞「もう終わりじゃ」 茂吉の畑 信祝「わしは間違うておらぬ」 輝貞、「下」と書かれた奉書を取り出す。 大岡、政醇に会釈する。 湯長谷一同が畑を耕している 政醇、頷き返し、 輝貞「上様より沙汰がくだった。松平信祝。 子供たちが相撲を取っている 老中の任を解き、古河藩本多忠良殿の預か政醇「皆の者 ! 湯長谷藩の参勤交代、これ政醇「良い笑顔じゃのう」 りとする。追って沙汰を待て。お主のよう 瀬川「田畑は子供たちの遊び場でもあったの にて仕舞いとする ! 」 ですな」 な者、もはや身内と思わぬ ! 」 一同「おう ! 」 政醇「この土がまた、子供や孫を育んでいく」 信祝「く 湯長谷の民の歓声がわく。 、川のメダカなど美しい日本の原風景が 輝貞「内藤。湯長谷はお主に返す。たびたび 。こやっ 〇 〇

9. シナリオ 2016年10月号

創作ノート 『超高速 ! 参勤交代』が帰ってきた ! 行きが参勤、帰りが交代 遠足は家に帰るまでが遠足というが、まさか、この映画 に続編があるとは思わなかった。 だが思い返せば一作目から、「まさか」が重なっていた ただの映画好きの凡庸なオッサンが脚本を書いて、まさか の城戸賞受賞。そしてまさかの映画化さらにはアカデミー 賞脚本賞まで頂いてしまうとは。 だが映画では「まさか」な事態が求められる。人は極限 の状況に置いてこそ、真価が発揮される。威張ってた奴が 逃げ出したり、気が弱いと思っていた奴が急に活躍したり。 そんな人間の面白さを描くのも脚本の醍醐味かと思う。 第一作では、強欲な老中から参勤交代を命じられた弱小 藩の必死な努力を描いた。その過程で取材するにしたがっ て、参勤交代のさまざまなトリピアが出てきた。 「金のない大名は宿代を浮かすために走った」 「産婆と飛脚は行列を横切ってもよい」 「水増しで人を雇うこともあった」 などなど 「これは使える ! 」と思ったし、実際に使ってみたらうま くいった。俳優さんたちもやりきってくださったし、監督 土橋章宏 にも見事に映像化して頂いた。見た方にもご好評を頂いた ので、みんな幸せだっただろうと思う 「続編をやろう」と言、つまでは そう、続編は難しい。統計でも成功率は二割にも満たな いなんせ一作目でいいところを使い切っている。残って いたトリビアは「行きが参勤、帰りが交代」ということだけ。 やる気はあったものの、なかなかアイデアが湧いてこな い。三人寄れば文殊の知恵と、プロデューサーと監督と私 とでウンウン唸ったものの、時間が虚しく過ぎていくだけ 思えば山田洋次監督は偉大だった。寅さんも釣りバカ日誌 も延々と続編があって、それでいてみんな面白かった。 「そうか、キャラか ! 」とそのときふと思った。参勤交代 をする湯長谷藩の藩士たちは殿さまをはじめ特徴のある人 が多い。だったら、オールキャストに活躍してもらおう、 と考えた。それにはどんな舞台が必要なのか このとき監督が素晴らしいアイデアを出してくれた。 「帰ったとき城がなかったら面白いんじゃないか ? 」と ここでようやく羅漢さんが揃い、リターンズの脚本が進 み出したのである 最初は城を燃やそうかとも思ったが、帰ったとき知らな い人がいたほうが面白いのではないか。また、湯長谷の面々 は武芸達者だけど、最高の敵といえばやはり柳生新陰流だ ろう、などと発想は続き、吉宗のライバル、徳川宗春の下 の尾張柳生にしようかということになった。江戸の将軍剣 一わ

10. シナリオ 2016年10月号

広がる 相馬「しかし、こたびは走り通しで疲れたわ〇 茂吉の畑 今村「あの年増をか : 鈴木「もう一一度と参勤交代はしたくありませ鈴木「いけませぬか ? んね」 今村「い、いや、いけなくはない。むしろいい」〇 増田「しかし信祝もさすがに腹を斬らされる増田「鈴木 ! 我らは本当の仲間だ ! 」 だろ、つ」 増田、鈴木に抱き着く。 荒木「この手で介錯してやりたいところだが鈴木「ちょ、ちょっと ! 」 な」 お咲の声「皆さま、ご飯ですよー お咲、お亀、お鶴が笹包の麦飯の握り飯 増田「ところで秋山はどこに行ったのだ ? と茶を運んでくる。 今村「江戸だ。そそくさと発ちおった」 鈴木、お亀に握り飯を渡され、照れる 増田「琴姫様のところか : : : 」 鈴木「秋山は江戸勤めになるそうです。殿の茂吉「殿さま。これもおあがりくだせえ」 やってきた茂吉、皿に盛った大根の漬物 粋な計らいですね」 を出す。 今村「お主も早く嫁を取れ。迷惑じゃ」 鈴木「えっ ? 政醇「おお、これじゃ。これが食いたかった 増田「好きな女子はおらぬのか ? 」 のじゃ」 鈴木「 : : : います」 政醇、大根の漬物をかじる 政醇「やはりうまいのう」 ズ今村「ま、お主なら選び放題だろうがの」 一鈴木「それがそうでもないのです・ : いっ茂吉「荒れた畑を見たときはどうなるかと思 もつれなくされて」 いましたが・ : ・ : 」 いったい誰じゃ」 政醇「ふむ」 代増田「え ? 茂吉「磐城の大根は、折れても、うもうござ 勤鈴木「 : : : お亀さんです」 参 います」 一同「えーっ ! 」 速 高 政醇、につこり笑って頷く。 超 あぜ道 〇 ( フラッシュ ) お咲と炊き出ししている年増のお亀。 〇 段蔵、湯長谷城を振り返って笑い、お美 代を肩車して去って行く。 祭囃子が聞こえてくる。 湯長谷村 政醇とお咲がやってくる 村人たち、総出でじゃんがら念仏踊りを 踊っている。 微笑ましく見ている二人。 村人たちにうながされて、一一人は踊りの 輪の中に入っていく。 ( 了 ) 3 )