理店とも契約していません。直接来た仕事 だけ受けているんでしよう」 夜のタメル地区を行く深町と涼子。 羽生を探す深町と涼子 ( モンタージュ ) 人やリキシャが行き交う雑然とした路地。 商店街の路地を、深町の姿を探し求めて 深町「ほかに手がかりは ? 」 斉藤「ありません」 深町と涼子が、登山用品屋の店頭で、店 歩く。 深町「そうか : ・・ : 」 主に何か話を聞いている 主人、首を傾げる。 斉藤「ともかく徹底的に探しましよう。きっ レストランバー・店内 ( 夜 ) と見つかりますよー 登山者のサインが壁中に書かれた店内。 深町と斉藤の話をよそに、涼子は、カト 登山用品を買いに来た地元の男に、深町 涼子と深町が、ネパール料理を食べてい る。 マンドウの人々の営みを眺め続けている と涼子が訊ねている 深町「 ( 英 ) ビカール・サンという男に心当涼子「私たち兄妹は幼い頃に両親を失いまし た」 同・広場 男たちが、四角いポードを囲んでサイコ 男、知らないと首を振る 深町「確か、羽生さんも : : : 」 ロ博奕に興じている。その中に、ガナシ 涼子「ええ、同じ境遇です。私たちにとって一 アムも混じっている 炎天下のカトマンドウを歩く深町と涼子。は、家族のような存在でした」 深町と涼子が来る。 涼子、流れる汗をハンカチで抑えながら深町「・ : 歩く。 男たち、怪訝そうに深町を見る 涼子「兄が死んだ時、いろんなことを言われ ました : : : でも、兄は決して羽生さんを恨 深町、一ドル札を取り出して、男たちの んでなんかいません。あれは事故だったん 手に握らせながら、 カトマンドウ・広場 ( 夕方 ) 広場を、歩き疲れた深町と涼子が歩く。 です」 深町「 ( 英 ) アン・ツェリンというシェルバ 涼子、訴えるよ、つに深町を見つめる を探している。居場所が分かったら教えて深町「疲れたでしよう。ずいぶん歩きました 嶺 から : ・・ : 今日はも、つこれぐらいで : ・・ : 」 深町「 : : : ( 軽く頷く ) 」 山 くれ」 の 深町の前に、ガナシアムが来る 涼子、胸のペンダントを見る。 涼子「兄は羽生さんを心から尊敬していまし 々 神 た」 ガナシアム「 ( 英 ) 僕がきっと見つける。見涼子「大丈夫です。もう少し探してみましょ ス 斉藤が店に入って来て、 ーテンに声を つけたら川ドル払ってくれ」 レ 涼子、真剣な目で広場を行き交う人々の 掛ける。 ヴ深町「 ( 英 ) 「いいだろう」 中に、羽生の姿を探し求めている 斉藤「 ( ネ ) どうだ、息子の具合は ? 」 ガナシアム「 ( 英 ) 本当だな。約東だぞ」 深町「 ( 涼子を見つめて ) ・ バーテン「 ( ネ ) もらった薬で熱が下がりま 深町「 ( 英 ) ああ」 4 冖 /
した」 下さい」 深町「特別な人だったんですね」 斉藤、ハーテンに軽く手を上げて、深町深町「 ( 英 ) 羽生は、どこにいるんだ ! 」 涼子「え ? のテープルにやって来る アン・ツェリン「 ( 英 ) 羽生丈二という男の深町「羽生さんです」 斉藤「深町さん。トレッキングッアーのガイ ことは忘れて下さい」 涼子、本心を見抜かれて一瞬動揺するが、 ドから、話を聞けました」 アン・ツェリン、立ち去る 冷静になって、 深町「・ : 深町、アン・ツェリンを追いかける。涼涼子「兄を失ってから、ひとりになった私を 斉藤「アン・ツェリンは最近、市内の登山用 子も続く 支えてくれたのは、羽生さんだけでした」 品店に出没しているそうです」 リキシャが走って来てふたりの行方を遮深町「 : : : 」 涼子「羽生さんは ? 」 る。やり過ごして進もうとするが、今度涼子「羽生さんは、私にとって一番大切な人 斉藤「現れるのはアン・ツェリンだけです は反対側からも来る。 でした」 深町「・ : ・ ( 涼子の想いを感じている ) 」 カトマンドウ・路地裏 ( 翌日 ) 広場 登山用品店「ガネーシャ』の看板 深町と涼子が住宅に囲まれた広場に出て ホテル・表 ( 翌朝 ) 来る。 深町と、トルコ石のペンダントをした涼 深町と涼子が、ホテルから出て来る 子が歩いて来る。 しかし、すでにアン・ツェリンの姿はど そこにガナシアムがやって来る こにもない。 ドアが開いて、ザイルなどの登山用品を ガナシアム「 ( 英 ) 見つけたぞ。日本人、川 背負ったアン・ツェリンが出て来る。 深町と涼子、雑踏に佇む。 ドル払え」 深町、アン・ツェリンの前に走る 深町「 ( 英 ) 川ドル ? 」 深町「 ( 英 ) 羽生にーービカール・サンに会 遺跡の塔 ( 夕方 ) ガナシアム「 ( 英 ) アン・ツェリンの家が分かっ わせてくれ ! 」 大きな遺跡の塔がある たよ。昔シェルバをしていた男から聞いた 遅れて涼子も来る その途中の階段状になった石段に、深町んだ」 アン・ツェリン、驚いたような目で涼子 と涼子が腰を降ろしている 涼子「・ : のペンダントを見つめる。 眼下に、カトマンドウの街並が広がって いる 涼子と深町、怪訝そうに顔を見合わせる アン・ツェリン「 ( 英 ) 岸涼子さんですね」 涼子、羽生を想いながら、カトマンドウ 涼子、いきなり名前を呼ばれて驚く の風景を眺めている アン・ツェリン「 ( 英 ) その石を大切にして 深町、そんな涼子を見つめている 山間の道 雄大なヒマラヤの山脈 月沿いの道を、ミニハンか走って行く。 8 3 」
エヴェレスト神々の山嶺 スーツケ 1 スの脇に、涼子が立っている。 涼子「色々とお世話になりました。今日の便 で帰ることにしました」 涼子、トルコ石のペンダントを取り出す。 涼子「これは羽生さんに返していただけます か」 深町、ペンダントを受け取る。 深町「僕は、羽生さんの挑戦を見届けます」 涼子「 ( 頷いて ) それじゃあ」 涼子、玄関を出て行く。 その後ろ姿を眺める深町 ナムチエバザール ( 1993 年材月半ば ) 川の脇にある立派なストウーパのマニ 車を回しながら、深町が歩いている。 山肌に、石造りの家が蝟集している 『ナムチエバザール標高 3 4 4 0 メートル』 吊り橋 ミルクを流したよ、つに白濁したドウ ド・コシ日 高い吊り橋を、深町が渡って行く。 キャンズマ エヴェレスト街道を進む深町。 遠くにエヴェレストの峰が見える。 深町「写真を撮らせてくれ。あんたが登って ペリチェあたり いる姿を」 水たまりに張った薄氷を割って、深町が羽生「 : 歩き続ける 深町「嫌だと言ってもついて行く。ついて行 けるところまで : : : 」 羽生「・ : 8 ロブチェ ( 朝 ) 深町、テントの横で、リンゴを皮のまま深町「 ( 縋りつくように ) 頼む」 囓っている 羽生「勝手にしろ」 e 「ロプチェ標高 490 0 メートル』 深町「そうか ! じゃあいいんだな ? 」 深町の「羽生、どこだ : : : 羽生、早く来いッ 羽生とアン・ツェリン、歩き去る 深町、慌てて荷物をまとめてふたりを追 エヴェレスト・ 5000 メートル地占 深町が岩に腰掛けて、紅茶を飲んでいる 同・キャンプ地点 8 人用の大型テントと、羽生の小型テン e 『標高 5000 メートル』 トが張られてある。べースキャンプでは 視線の先には雪稜、足元には流れる氷河 がある。 なく、羽生のプライベートなキャンプ地 氷河の下流方向を見て、深町が腰を上げ 点で、辺りにほかのテントはない。 る。 e 『べースキャンプ標高 5300 メー サイドモレーンの向こうから、荷を積ん トル』 だヤクを連れた羽生とアン・ツェリンの 『気温マイナス幻度』 羽生、大型テントに荷物を運び込んでい 姿が現れる る。 羽生とアン・ツェリンの姿を見つめる深 町 その様子を深町が撮影している 深町「あのカメラはエヴェレストで見つけた 羽生とアン・ツェリンが来る んだろ」 無言で深町の前に立ち、羽生が睨む 羽生「八千百メートル地点だ。下見で登った 4 ・
羽生「・ : 涼子、くるりと背を向けてドアに向かう。 同・表 深町が立っている。 涼子、家から出て来る。立ち止まって畑 を見る アン・ツェリン、畑で作物を収穫してい る。それを手伝うニマ ドウマは、近くの岩に腰を降ろして、赤 ん坊に乳を含ませている 気にするように、涼子を眺めているドウ マ。 涼子、坂道を下って行く。 深町、家のドアに向か、つ 細く開いた隙間から中が見える 薄暗い室内に、椅子に座る羽生の姿があ る。 仏壇の下に置かれた段ボールに、ザイレ ピッケル、アイゼンなどの登山道具があ る 深町、段ボールの登山道具に気づく。 深町「もう一度やるんだな : : : 」 羽生「 : ・ 深町「冬期南西壁 : : : ( 羽生の表情を伺いな がら ) 単独・ : ・ : 無酸素 : : : 」 羽生「 : る。 羽生は無言。だが、深町は羽生の表情で 確信する。 宮川「それで、羽生は何を企んでいるんだ ? 深町の声「冬のエヴェレスト南西壁」 ミニバン・車内 宮川「やつばり南西壁か」 上気した深町、運転席に乗り込んで来る。深町の声「しかも単独・ : : ・無酸素・ : 運転席に座って涼子を見る 宮川「 ( 興奮して ) おおツリ」 涼子、泣いている。 宮川、模型の急峻な南西壁に顔を寄せて 深町、涼子に掛ける言葉も見つからず窓 見つめる。 の外を見る 丘の上のアン・ツェリンの家ーー ホテル・ロビー 涼子、深町の腕を掴む。 深町、国際電話を掛けている。 深町、涼子を見る。 宮川の声「文字通り前人未踏ってわけか」 深町「俺は羽生に食らいついてャツの写真を一 深町、エンジンを掛ける。 撮る」 アン・ツェリンの家・中 8 岳遊社」・編集室 車のエンジン音が遠ざかって行く。 受話器を握った宮川 羽生、薄暗い室内で、登山用品を磨いて深町の声「べースキャンプの近くで待ち受け いる る」 エンジンの音が聞こえなくなる。 宮川「分かった。羽生を追え」 羽生、手を止めて耳を澄ますが、再び磨深町の声「そのためには金が要る」 き始める。 宮川「金は心配するな」 一心不乱に登山の準備を続ける羽生。 ホテル・ロビー 電話を掛けている深町 引「岳遊社・編集室 ( 翌日 ) 受話器を握った宮川が、期待に満ちた目深町「じゃあな」 で、エヴェレストの立体模型を眺めてい 深町、受話器を置いて振り向く。 一 4 一
エヴェレスト神々の山嶺 ミニバン・車内 羽生「ドウマはアン・ツェリンの娘だ : 深町がハンドルを握っている。助手席に羽生「 : 涼子。 涼子「・ : 羽生「七年前、俺はエヴェレストを狙った。 無言で見つめ合う羽生と涼子 : ・ だが、八千メートルを少し超えたところで、 橋のたもと 風と雪に行く手を阻まれた : 清冽な川の流れ 羽生、涼子を促すように家に向かう 涼子「・ : その上に小さな橋が架かっている。 涼子、羽生に続いて家に入る。 羽生「べースキャンプまで戻ったが、そのま 深町が運転するミニバンが走って来て停 深町、羽生と涼子を見送る ま動けなくなった。死にかけた俺を、たま まる たまそこに来ていたドウマとアン・ツェリ 同・中 ミニバンから深町と、トルコ石のペンダ ンと交代で担いで、村まで降ろしてくれた ントを首に下げた涼子が降りる。 裸電球が一つぶら下がっただけの薄暗い ・ : それで命が助かった : ・ 丘の上に、石造りの古い家がある 部屋。 涼子「・ : 羽生が涼子に椅子を勧める ドオマ、涼子の前に紅茶を置く。 アン・ツェリンの家・表 椅子に腰を降ろした涼子、奥の暗がりに 羽生、ドウマに目配せする 石造りの家が建っている。 赤ん坊を背負ったひとりの女がいること ドオマ、軽く頭を下げると、ニマの手を一 表に大や山羊が、寝そべっている。 に気づく。その脇には、小さな子供が立っ 引いて表に出て行く 深町と涼子、坂道を登って来る。 ている。女は、ドウマ ( ) 、男の子は 涼子、食い入るように羽生を見つめる アン・ツェリンが、野良仕事をしている 息子のニマ ( 3 ) である。 羽生を見つめる涼子 : ・ 深町と涼子、アン・ツェリンに向かって ドウマ、涼子に鋭い視線を送っている 涼子「 : : : 会いたかった : ・ 進む 涼子の胸に掛けられたトルコ石のペンダ 何も言えない羽生 : アン・ツェリン、ふたりを見て、仕事の 涼子「・ : ・ : でも、会わない方が良かった : : : 」 手を止める。 それをじっと見つめるドウマ : 羽生「・ アン・ツェリン「 ( 家に向かって ) ピカール・ 羽生、ドウマを見る。そして、その視線 かまどのヤカンから湯気が上がっている を涼子に戻す 涼子、スッと腰を上げる ドアが開き、羽生が家から出て来る ドオマ、立ち上がって、紅茶を淹れ始める。涼子「必ず死ぬと分かっているようなことだ 涼子「・ : けはしないで : : : 約東して下さい、絶対死 羽生「妻のドウマと、俺の子供たちだ」 涼子、七年振りの再会に、感極まって言涼子「 ! 」 なないって」 葉が出ない。 3 )
同・ヘースキャンプ 荒い呼吸で下る深町・ : 凍りついたまま動かない羽生 天候は回復している。 深町の「指が動かなければ歯で雪を噛みな 深町「俺が連れてってやる。約東する。俺は 不安げな涼子が、双眼鏡を覗いている がら歩け : : : 歯もダメになったら、目でゆ 必ず連れて帰る」 け : : : 目でにらみながら歩け : : : 」 凍っている羽生 涼子、双眼鏡を離し、諦めて座り込む : もし 深町「あんたのように俺も休まない : 読経を読んでいるアン・ツェリン、ふと同。べースキャンプ 目を開ける。 休もうとしたら、俺を突き落とせ。俺を殺 深町を視界に捉えた涼子、輝くような表 せ。俺の肉を食らえ」 アン・ツェリン、何かを見つけ、立上がる 情で、 深町、輝く山頂を見上げる アン・ツェリン「リョウコ ! 」 涼子「深町さーん ! 」 深町「 : : : 俺は死なん : : : 俺は生きて帰る アン・ツェリン、遠くを指差す。 涼子の目から涙が溢れる 涼子「え ? 」 凍りついたままの羽生。 涼子、立ち上がり、双眼鏡を構える 同・ 5800 メートル地占 深町、万感の想いで羽生を見る 涼子「どこ ? どこ ? 」 深町、全身を捩るようにして、一歩ずつ一 凍った羽生の頭に、自分の額を押し当て 涼子、必死に双眼鏡で深町の姿を探す ゆっくり足を踏み出している て、 涼子「あ ! 」 虚ろな目で必死に歩み続ける深町。 深町「羽生よ。羽生 : : : 俺に取り憑け ! 取 涼子の視界に小さく動く深町が見える 深町と羽生の「目もダメになって、本当に り憑け、取り憑け、取り憑け ! 取り憑い 双眼鏡を離して、肉眼で深町を確認する。 ダメになったら : : : 」 て俺について来い ! 」 涼子の顔に、喜びが溢れる 深町、全身全霊を込めて、足を踏み出す。 深町、羽生から額を離して立ち上がる。 深町のよく見えるところへ走る涼子。 深町の「思え。ありったけの心で思え。想 深町「羽生 ! 行くぞリ」 アン・ツェリン、手を合わせ、感謝の読 凍りついたまま動かない羽生。 経を詠み始める 気力を振り絞って足を運ぶ深町 深町、岩陰を出たところで羽生を振り返る。 深町の「想え、想え : : : 羽生、俺は生きる 動かない羽生、その腕に掛けられたトル同・ 800056000 メートル地占 ・ : 生きるリ」 コ石のペンダントが揺れている 深町、必死に斜面を下っている 歩き続ける深町 : 羽生を見つめていた深町、覚悟を決めて深町の「足が動かなければ手で歩け : : : 手 神々しいエヴェレストの威容 斜面を降りて行く。 が動かなければ、指でゆけ : クレジットルタイトルが流れ始めて : 終 一 4-
赤子「どこに命があるのよ、命のあるところ になって転がり込み、 老作家「・ : を教えて頂きたいわ ! 」 老作家「 : : : もう、やめなさい。君は金魚な 溶暗ーー。 んた。ま、、、、 老作家、咳き込みながら投げ返す。飛ん ( く力しなくちや生きていけない」 でいった物が鏡台に当たり、鏡にひびが 赤子、暫し立ち尽くしていたが、外へと 老作家の屋敷・書斎 入る 一歩を踏み出す。 溶明 ・ : も、つ 幼い少女、デパートの制服を着た女、明老作家「 : : : わかったよ : : : ばくは : ・ 畳に敷かれた新聞紙の上に、尾鰭の千切 治時代の善良そうな女、丸子等が断片的長くないんだ、病気なんだ」 れた金魚の死体。 に映し出される お腹が大きいまま死んでいる 赤子、プルッと震える 老作家「その時まで : : : 一緒にいてもらえな 鬱然と肩を落として死骸を見つめる老作 老作家「作られた者の命なんて儚いね。ヒト いか : : : 老人の頼みを聞いてほしい。ばく 家。金魚をピンセットで弄っていた辰夫 の末路だって儚い。どんなに愛したって、 は : : : あるだけを書いて、あるだけを叩き が顔を上げる。 どんなに書いたって、あの世へは何も持っ 売った。もう心はポロだよ。君は最後の辰夫「ガキがね、目の前で石ころみてえに蹴っ ていけないんだ、儚いねえ、儚い ! 」 ・ : 最後の : : : 」 飛ばしてたんでさ。ありゃあ先生にお買い一 赤子「そんなに儚いなら儚さと一緒にお墓に赤子「・ : 上げ頂いた三歳っ子じゃねえかって気づい 入ればいいのよ ! 」 老作家「 : : : 一人にしないでくれ : : : 淋しい て。その時はまだ息があったんで、水槽に一 飛び出そうとする赤子を阻む老作家。 放り込んだんですがーー」 老作家「こんな口汚い化け物になるんな 赤子、あまりの言葉に動けない。 老作家「 : : : 子供たちは、どこでこれを」 ら、稚魚のうちに踊り食いすればよかった老作家「 : : : 頼む : : : この通りだ : : : 」 辰夫「四丁目の橋だって言ってますけどね」 長い静寂を破って・ーー離れから、小母さ老作家「・ : ・ : 橋」 赤子、うまいこと潜り抜けて部屋を飛び まの声。 辰夫「ほら、海に出る : そこ ( と池をしゃ 出す。 小母さまの声「お父さん : : : お父さん : : : お くり ) で野良猫にとっ捕まって、橋まで持っ 赤子「鬼 ! 人食い ! あばよ ! 一昨日お 父さん ? 」 てかれちまったのかなあ」 いでだー 思わず庭の方を見やる老作家。 老作家、悲痛に顔を歪める 老作家「待て、尻軽金魚 ! 」 赤子、限りなく静かな表情で老作家を見老作家「 : : : わざわざ、ありがとう」 つめてーー微笑。 辰夫「こいっ ( 死骸 ) はどうします ? 」 同・書斎 赤子「さようなら。おじさま」 老作家「ねんごろに弔います」 赤子、駆け込む。老作家も息も絶え絶え 赤子、静けさを纏ったまま、庭へ出ていく。 辰夫、軽くお辞儀して帰り支度を始める。 108
近 ) を示す。 長谷「ところが羽生さんは、うっとりした目 長谷「ここだ」 で、頂上直下のウォールを見上げていた 長谷が帰った後の室内のエヴェレストの 深町「・ : 模型。 長谷「ここで、遠征隊のキャンプ設営や荷揚深町「 : : : 」 心ここにあらずという顔の深町・ げに明け暮れていた時 長谷「 : : : ぞっとしたよ : : : その時の彼の顔 涼子と宮川も、気持ちが高まっている は今でもはっきり覚えている」 涼子「私、向こうに行きます」 深町、驚いて涼子を見る 貶エヴェレスト・ oq 付近 ( 1985 年 ) 荷物を背負った羽生と長谷が登って来る。 深町、食い入るように長谷を見つめてい 涼子「羽生さんを探しにカトマンドウに行き る。 羽生、足を止めて、エヴェレストの山頂 ます」 を見上げる。 深町「長谷さん。彼は、向こうで何をしよ、つ宮川「なあ、深町 : : : 羽生丈一一とマロリーの 羽生「気持ちいいだろうなア、ここを真っ直としているんでしよう ? カメラ。これほどおいしいネタはねえな」 ぐ登ったら : : : 」 長谷「山だ : : : どこでどんな暮らしをしてい 長谷、冗談だと思って、笑い顔で羽生を ようが、羽生丈一一は山屋だ。ほかの生き方宮川「ここまできたら、お前も行くしかねえ 見る なんてできるわけがない : だろ。金なら会社が何とかする」 だが羽生は純粋な目で山頂を眺めている 長谷、模型を見て黙り込む。 深町「 : 宮川と長谷、怪訝そうに顔を見合わせる。 岳遊社』・編集室 ( 1993 年月 ) 長谷「きっと何かとてつもないことを狙ってミニバン・車内 ( 一ヶ月後 ) ( 19 9 3 いる : : : 羽生丈二にしかできないことを 長谷、深町、涼子、宮川が模型を囲んで 年月 ) 車窓に、原色に彩られたネパールの街並 宮川、怪訝そ、つに模型を指差しながら、 深町、長谷を見て驚く 宮川「南西壁のルートは、イエロー 模型を見つめる長谷の目は、昔の登山家 後部座席で、街の風景を眺める涼子。神 沿って、こう迂回して頂上に向かうんで だった頃のように鋭く、煌々たる光を と人間が共存する街のエネルギーに圧倒 されている 放っている しよう。 ( 指差して ) ここを真っ直ぐ ? 」 長谷「ここは、ほとんど垂直の壁だ。しかも、長谷「羽生丈二という男の中には、何か鬼み 涼子の隣には深町。運転席にネパール人 ポロポロと岩が剥がれる。とても人間が登 たいな恐ろしいもんが棲みついているんだ の運転手、斉藤が助手席。 れるようなところじゃない」 斉藤「トレッキングのガイドをしているよう 深町の心に、長谷の言葉が突き刺さる ですが、アン・ツェリンも羽生もどこの代 4 -0
ある 乱暴に戸を叩く音。 羽生は、岩の途中で確保している。 登山者が来て戸を開けると、雨が吹き込神保町 ( 1993 年 9 月 ) うだるような残暑 : んで来る 体重を乗せた途端岩が剥がれ、岸が落下 その中を、興奮した深町が歩いている。 表を見た登山者が驚く。 する 血だらけの岸の屍体を担いだ羽生が立っ ザイルがするすると延びていき、引き摺 ている。 ビアホール・店内 られた羽生が岩肌に激突する 深町が入って来て宮川のテープルに座る ーケンで、かろうじて羽生の体が止ま る 深町「 ( 店員に ) ナマ ! 大ジョッキ ! 」 岸の遺体が横たわっている。 深町、ハンカチで汗を拭く その脇に座って羽生がじっと遺体を見つ 岸の体も、三十メートル落下してガクン めている 深町「羽生は、七年前ネパールに渡ってその と停止する。衝撃で岸の体が大きくたわ ままだった。ヾ む。 ノスポートは一九九一年で切 登山者が電話を掛けている。 そうです : : : ええ。 x x 岩あれている。つまり不法滞在ってことだ」 たった一本のハーケンが、羽生と岸を支登山者「はい、 えている 宮川「だから何だ ? 」 たりで滑落して : : : 」 深町「それで説明がつく」 ハングの岩から空中に宙吊りに 岸の遺体を見つめる羽生 : ・ なったまま動けない岸。下は目も眩むよ井上の声「ザイルは岩で擦れて切れたって宮川「何が」 うな空間である ことで一件落着したんだが、山屋はみん深町「羽生がビカール・サンと名乗っていた のは、不法滞在がバレてしまうからだ。素 な、羽生が切ったに違いないって噂したよ 岩の上の羽生も身動きが取れない 性を隠さなきゃならないからマロリーのカ 羽生「大丈夫か」 メラも公表できない」 穏やかな岸の死に顔・ : 岸「すみません」 深町、真剣な顔で宮川を見る 羽生「どうだ。プルージックで登って来れる井上の声「羽生なんかに見込まれた岸文太郎 は可哀想なャツだった : : : するするザイル深町「金を貸してくれ。もう一度、ネパール か」 ートナーを続けてれば、きっと俺も岸の 岸「無理です」 宮川「ふざけんじゃねえよ。そういうことは ようにあいつに殺されてた : : : 」 身動きが取れない岸の顔に諦観の色が浮 な、前の借金を返してから言え」 岸の遺体を無表情で見つめる羽生 : ・ かぶ 井上の声「岸文太郎が死んで、あいつは、屏深町「 : : : 」 岩の上から愕然と岸を見下ろす羽生 風岩の疫病神と呼ばれるようになったん宮川「羽生だマロリ 1 のカメラだって、夢み たいなことばっかり言ってる場合じゃねえ 山小屋・中 ( 1978 年 8 月 ) ビレ っ ~
蜜のあわれ スをする 前田家代々の墓地が並ぶ。 化粧道具を取り出し、すっかり魅了され、 赤子「ーー今夜はあたいの初夜だから大事に あれこれ試すーーー突然、鏡に亀裂が走る 佇む老作家の肩越しに、愉しげに散策す る浴衣の男、アクタガワ ( ) と芸者が して頂戴」 赤子「 ! 」 熱を帯びて見つめ合う一一人に、雨音がせ 割れた鏡に、幼い少女、デパートの制服 数名。その中に、短命そうな酌婦 ( ) り上がってくる の姿。 を着た女、明治時代の善良そうな若い女、 教員風の女 ( 丸子 ) 等、幾重もの女の顔老作家の声「震災で家族を連れて里帰りして が断片的に映る。 たんだ。そこへ彼が遊びに来てくれた。大 同・赤子の部屋 雨が降りしきる。横たわる老作家、ふい 赤子、仰天して尻もちを突き、部屋を転正十三年。自殺の三年前だな」 がり出る ーー墓石を眺めながら、物憂げな表情に にロの中から真紅の鱗を取り出す。隣に なるアクタガワ は濡れた乱れ髪でぐっすり眠る赤子。 同・一階・書斎 老作家「 ( 見つめて ) ・ 赤子、駆け込んで来る。老作家が上体を 幻老作家の屋敷・書斎 雨は土砂降りになっている 起こしている。 老作家「あれ以来、色々な文士が自死を遂げ たよ。でも彼みたいな死は他になかった。 赤子、ふと目を覚ます。眠る老作家の頬 赤子、不安げにもぞもぞしがみつく。 「水洟や鼻の先だけ暮れ残る』ーー・遺した をつついたり揺すったりするが、起きな老作家「 ( 険しく ) 二階に上がったね」 、 0 句の意味はよくわからないけど、純粋に文 赤子、つまらなそうに口を尖らせ、赤子「ごめんなさい」 学的な死だったとばくは思う」 老作家「大きな目をして : : : 怖かったかい」 起き上がって廊下へ出る 老作家、思い詰めたような顔で黙り込む。 赤子「 : : : おじさま、おうちの小母さまはお 赤子、老作家の胸や首筋に指を這わせ、 同・屋敷内・ニ階へ続く階段 二階へは上がれないわね」 唇を押し当てる。 赤子、じいっと薄ぐらい階段を見上げて老作家「ああ。十九年間寝たきりだ」 老作家「 : : : 金魚とこうなったと知ったら、 いる。赤子、そろりそろりと上ってゆく。 老作家、煙草に火をつけ、 彼は笑うかな」 老作家「・ : ・ : ばくはアクタガワ君の夢を見て 赤子「 : : : おじさま。あたい、おじさまのお いたよ」 同・ニ階の部屋 腹の中が恋しくて、出てくるとさびしいみ 赤子、暗い廊下に辿り着く。一つの部屋赤子「蜘蛛の糸の人 ? ラショウモン ? 」 の襖を開ける。無人の室内の隅に上品な老作家「ああ」 老作家「まるで君を孕んでるみたいだな」 鏡台。足音を忍ばせて中へ入る。鏡台の 0 前に座り、顔を映してみる。化粧箱から つな 金沢・野田山・年前 5 老作家の回想赤子「 : : : あたい、死んでもおじさまにお逢 9