人 - みる会図書館


検索対象: シナリオ 2016年5月号
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1. シナリオ 2016年5月号

次、 督もカメラマンもカラミを撮るのに夢中で、「はい、 放尿 ! 」とか言ってる。「こんなところで死ぬのは嫌 だ。お前らと死ぬのはごめんだ」と思った。彼らはプ ロだった。僕だけプロじゃなかった。これから日本は 大混乱になる。今までの生活はもうできない一瞬に して、こんなふうに人生って変わるのかあの時、自 分の生活は一変する、もう映画をつくることもできな いと信じていた。もっとちゃんと生きていればよかっ たと後悔した : ・ あれから五年、あの時の自分をすっかり忘れ、あの 時なんてなかったみたいに、惰眠を貪り、無為な生活 を送っている 当時を振り返り、自分の記憶だけを頼りにここまで 記してみたが、果たして、どこまで正確なのだろう 人は断片的にしか記憶できず、忘れたことは脳が勝手 に補完して、物語を作って思い出にするとなにかの本 で読んだことがある。脚色したつもりはないが、意識 下で僕は嘘をついているかもしれない。人は自分に嘘 をつく。これで、なにかできないかと思った。時には 嘘をホントだと信じなければ、つらくてつらくて死に たくなることだってあるはずだ。嘘が人を生かしてい ると言えないか。記憶の曖昧さは生きていることの曖 昧さに繋がらないかと、ぐだぐだと考えながら書き進 めたが、 果たしてうまくいったのだろうか 震災モノは荷が重かったのかもしれない。被災者の 気持ちは結局のところわからない。そこへ届こうとど こまで踏ん張ったのか死んだ人の分も生きるだなん て、僕には書けない。「中野さんは他人のことなんて これつほっちも考えてない。自分の考えを押しつけて るだけ」と年下の坂本礼にいつも怒られる。そんな人 間が震災のことを書いてよかったのかそもそも震災 のことを書けたのか。結局、坂本はピンク映画と亡く なった身近な人への想い、僕は叶わなかった凡庸な願 望と欲望を吐き出しただけなんじゃないのか「『個か ら普遍へ』ですよ」と坂本は慰めてくれるかもしれな いが、今はただただ怖い ( なかの・ふとし ) 1968 年新潟県生まれ。主な作品「黒と黒」「デッドラ イン」「愛妻日記より 5 饗宴 5 」「月下美人」「薔薇」「幸福」 「戦争と一人の女」 ( 共作 ) 「さよなら歌舞伎町」 ( 共作 ) など。 133 ー

2. シナリオ 2016年5月号

一人は親を殺した。この二人で押せばよかった。— co に殺される いく感じがあれば、魅力的な作品になったはずだ。別れた夫と、絣 ジャーナリストは余計だし、タリウム少女も活きていないタリウ の師匠との三角関係にするとか、危うさのようなものがほしい。 久 ム少女は取調室で田之倉に向き合わせるべきだ。そこで田之倉が人留米の自然や方言が生かされていて、作者の愛着がうかがえる を殺すということについて、僕なら考えさせたい。ラストの面会室 『わるくち』書ける人だと思う。セリフ、人物造型ともにセンスを も、もの足りない℃田之倉さん、僕の命の恩人ですやん。このセリ 感じる。しかし、選考会では僕は推さなかった。ラストに至る流れ フのあと、二人の男を正面から向き合わせてほしかった。「天国と で谷川俊太郎の絵本の言葉に頼りすぎていると思ったからだ。今後 地獄』の面会室を想起して。 に期待する 「折り花』匿名の精子から生まれた男の話。父親が誰かを、そこま 『折り花』をのぞく右の四本には、これを書きたいのだという作者 で引きずるものなのか。僕にはわからないのだが、うまく読まされ の思いのようなものを感じた。そういう作品に接することができて た。筆力があるのだろう。育ての親との関係が良好ではないから血 よかった。今年はレベルが高いといえるのではないか最終選考に のつながりのことから抜け出せないのだろうから、そこを考えるの残った皆さん、もっと良いものを書いてください。日本の映画の明 が大事ではないのだろうか伊藤の両親の話が弱いし、銀座のママ 日を自分が切り開いていくのだとの気概を持って書いてください とのラストには首を傾げた。達者な人だと思うが、素材をうまく料切に願います。 理したという感じで終わっていて、作者の顔というか、強いものを 感じさせてほしかった。 「海へ還る道』子連れの男と結婚したあとに男が死に、自閉症の子 をかかえた若い母親が、その子を受けいれる気持ちになるまでの話。 起伏の少ない淡い話だが、なせかひきつけられた。簡潔なト書きで、 読んでいると不思議な温もりに包まれる。好きな作品だ。しかし、 ラストの二度目の行方不明は苦しい。そういう事件がなくても、子 どもと二人で川を下っていくテはなかったのかまた、亡くなった 夫が元気だったときの親子三人の生活も回想ではなく前半にほしい と思った。 『藍の記憶』子供をなくして絣を捨てた女が育児放棄の母とその息 子との交流を通して絣の織り手として認められるまでの話。子ども をいとおしく思う一方で邪魔だと感じる母親のジレンマを見つめて いる。よくまとまっているが、主人公の女が窮屈なままで、弾けて 8

3. シナリオ 2016年5月号

の誕生日。大好きな人が死んだ。三島由紀エマ「じゃあね」 エマを背負って歩く、祐之介 夫が、死んだ」 響子「転んだりしちゃだめよ」 祐之介の背中で眠っているようなエマ。 エマ「大丈夫。そばにいるから」 まるで赤ン坊をあやすように揺すって歩 ク無伴奏を前 エマ、祐之介の腕をしつかり掴む いてゆく、祐之介 通りを歩いてくる響子。 祐之介、渉をちらっと見て微笑む 空を見上げる。雪が落ちてくる エマ、無邪気な笑顔で、響子と渉に手を 千葉家・外 ( 夜 ) 立ち止まると、地下への階段を下りる。 振って出てゆく。 すでに雪はあがってる 二人の消えた入口を見つめる渉。 腕を組んで歩いてくる渉と響子。 。無伴奏を中 響子「どうしたの ? 」 響子、雪を集めて門の脇に兎を作る。 店に入る響子。渉を見つける。 : エマに何も話さなかったんだね」 渉も並べて兎を作る。 響子「 : : : あ」 響子「言えないわ。これからも絶対に」 響子、南天の実で目を入れる。 渉の隣に、エマと並んで座る祐之介。 渉「きみは変わった女の子だ」 響子「彼を諦めて」 エマが気付いて手を振る 響子「普通よ」 渉を見上げ、目をそらさない響子。 三人のほうへ歩き出す響子。 笑顔の響子をじっと見る渉 響子「これ以上思っても、何も生まれないわ」 ぎこちなく挨拶を交わすと、渉の隣に座響子「私が何も言わない理由、渉さんならわ渉「わかってるよ」 る響子。 かるでしよ」 響子を強く抱きしめる渉。 エマ「四人そろったのは久しぶりじゃない」渉「 : : : わかるよ」 響子「信じてるわ。忘れないで」 響子「順調なの ? 響子「それにエマは今、幸せなはすよ」 ・ : 忘れない」 エマ「 ( サイン ) バッチリよ」 渉「僕もそ、つ思う : ・・ : 」 雪の兎を眺める二人、キスしようとする。 響子「おめでとう。来年はお父さんね」 が、女子高生が通りがかる 茶室・中 ( 夜 ) 身体を離す一一人 ふふつ、と笑う祐之介、エマに何か囁く エマが顔を輝かせてうなずく。 炬燵に入り、果物ナイフで林檎の皮を剥渉「じゃあまた」 じっと二人を見ている、渉。 く、エマ 去っていく渉の背中を見つめる響子。 祐之介「悪いけど、お先に失礼するよ」 笑顔のエマをみている祐之介。っーっと 涙をこばす。 茶室・前 ( 夜 ) 祐之介は立ち上がり、響子を見る。 渉が飛び石を渡ってやってくる。 エマも席を立つ。 輪王寺・境内 ( 夜 ) にじり口の板戸の前。

4. シナリオ 2016年5月号

書けるが、それ以外はどうなんだ ? 」と懸念の声があがったが、実 りで、でも愛すべきキャラクターになっている。サプキャラクター の更にダメダメな感じも作者の計算なのか、ツボにはまってしまっ際、受賞した人たちがプロになったという話は聞かない。 ーリップのアップリケ』の五藤さんと『折り花』の近藤さん た。最後、主人公二人がわるくちを言い合うシーン、好きです。た は「プロでも通用する」と評価する声があがった。確かに、両作品 だ全体としては『藍の記憶』とは逆で、良くも悪くもまとまってな とも現代的な素材を巧みに取り込み、ちゃんと作劇している。力の い印象を感じてしまった点が今後の課題かと思う ある書き手であることは間違いないと思う。そこを評価するという 今年の講評は以上です。来年もカ作期待しています ことにおいては私も異論はなかったが、積極的に推す気にはなれな かった。というのも、この二人の作品の登場人物の誰にも共感でき なかったからだ。それも、「自分の周りの話」を越えたところで勝 負している志の高さゆえ消化しきれなかったのだと考えれば受賞は 今年は豊作だったのか ? 順当だとは思う さて、そんな中、私は荒木智史さんの『ローカルヒーロー』を推 黒沢久子 した。どうしてもこの作品を受賞させたかった。ふとしたことから一 組の金を盗んだ下っ端のヤクザが、夫に逃げられた母とラプホテル 最終選考に八本残った今年は豊作だったのか ? 「今年はレベル で働く娘、女の二人暮らしの農家に入り込み農作業を手伝いながら、一 が高い」という審査員が多かったが、私は首を捻る。面白いことに、何となく更生していくという話。「ヤクザなんてこんなもんじゃな レベルが高いと言った審査員たちは「チュ ーリップのアップリケ』 い」という説得力のある反対意見が多数出たし、その意見を論破す ることも出来なかったが、自分でも不思議なほど、しつこく拘り続 と「折り花」を評価し、「本当にそうなのか ? 」と疑問に思った私 けた。筋だけ話すと「こんな人いる ? 」という話なのだが、脚本を と小川さんは「わるくち』と『ローカルヒーロー』を推した。どう 読むと、「なんか、いるよね ? こういう人」と登場人物たちに寄 も選考基準が違うようだ。 り添えたし、じわりと来る奇妙な面白みが、この作品にはあると感 「一本は書ける。それは自分のことを書くことだ」と新藤兼人がい じた。それは前述の二作品には感じられなかったもので、それ故に、 、その言葉は中島丈博の「祭りの準備』にも引用されて、いっし しつこく推し続けたのだ。とはいえ、この作者は自分の面白さに無 か、脚本を目指す者の金言となった。その「祭りの準備』はまさに 自分のことを描いた作品であり、脚本としては、未だに色褪せない 自覚だろうと推測する。自覚して書くには相当の技術がいるし、そ れを身につけることは大変で、その前に大半の人たちがそこに躓き 傑作だ。 「祭りの準備』的な作品が受賞することが続いた時期があった。拙潰れていく将来性を買ったのだから、がむしやらに頑張って欲し いが、説得力のある作品が多かった。その際、「自分のことだから 『チュ 一方、

5. シナリオ 2016年5月号

と「イスラエル人質事件」はダメだけど、これはいいのか知らな への懐疑を、まっすぐに問うた作品に仕上っています。産む性であ かったのか自然が人を殺した震災。それを背景に実際にあった三 る女は、誰もが子供を欲しがるものという一般的な社会常識 ( 思い つの殺人事件を並べることで、人は人をなぜ殺すのかと投げかけた こみ ) に反駁したい作者の気持が伝わってくる親たちの都合で一 シナリオではないのか危なかったなあ、「チュ ーリップのアップ方的に生みだされた子供の苦悩は誰が引き受けるのか ? スト 1 丿ーの展開は今一つですが、媚びないシナリオに仕上っています 使っちゃいけない事件Ⅱ新聞記事なんてない使い方のうまい、 秀一が、遺伝上の自分の父親を探しにいくラストは、あれでよかっ へたが問題なだけだ。 たのか、作者にちょっと聞いてみたい気がします 五藤さや香「チュ ーリップのアップリケ」 阪神大震災と東日本大震災。一一十年をはさんで出会った二人の警 官が、石巻で向き合う過去と現在の事件この悲劇の地に、警官堀 寸評 内の殺人、タリウム殺人事件の少女、被差別部落コンプレックス、 井上正子 はては後藤健二を思わせるニュースまでぶちこんで、憎悪と呪詛の一 物語に仕立てている。 ( が、後藤健二のことは安易に物語の「背景」 2 に使ってほしくなかった。というより、してはいけないことでし一 今年は最終選考に 8 本もの作品が残っていて、どれも水準は越え ていて、しかし特に強く推したいと思える決定的な作品はなく。 二人の警官、主人公の田之倉と堀内、自分の娘だけを助けたと非 激論の末に順位がくつがえってしまうということもなく、すんな難される女教師・聖子の造形などは、面白くできています り得票どおりにおさまった。それでいいのだけれど、だったら全員、 奨励賞にしておくべきだったかと、ちょっと悔んでもいる 初見弘貴『わるくち』 以下、寸評です 他の 7 篇にもいえることですが、タイトルがとてもつまらない タイトルは重要です。再考を。さて、東京都心からちょっとはす 近藤希実「折り花』 れた西武線の走る街、大泉学園を舞台に展開する高校生のこの話 新人のシナリオにいちばん求めたい要素はいかに作者の書きたい は、リアルで瑞瑞しい作品です。主人公と恋人未満のガールフレン ものが書けているかどうかという点です。その点、近藤さんのシナ 友達とそのガールフレンド、彼らの、なんだかうまくいかない リオは、主人公の新人弁護士秀一が、国選弁護人として引き受けた なんでもない日常が、なんでもない会話が、しかし、ビビッドには 殺人事件を通して、セルフ受精をしてまでも子供を持っということずみ、この作者は感性とかなりの書く力をもっていると感じさせて

6. シナリオ 2016年5月号

モヒカン故郷に帰る 治「やれ、行くか」 治が、とばとばと一人で歩いてくる。 引き返す一一人。 やがて、後ろから、永吉が杖を持って追 治、ふと足を止める いかけてくる 眼下に、島の風景が拡がっている 永吉「おい、どこ行く ! どこ行く ! 」 治、じっと見下ろしている 治、舌打ちを一つ。 ・ピザ食いたいのお」 永吉を嫌がりながら、歩いていってしま治「・ 先をゆく永吉、振り返る 永吉、追いかける 一定の距離を保ち、トボトボと歩いてい 8 田村商店・店内 酒買いがてら遊びにきた、登、金ャン、 く二人。 重ちゃん。 春子が酒を新聞紙でくるんでいる 長い階段 ( 朝 ) 春子「あー、食べた食べた、還暦のお祝いで、 先の長い階段を見据える治と永吉。 赤いちゃんちゃんこ着て」 治・永吉「・ 聞き込みをしている永吉と由佳。 杖を差し出す永吉。 登「あれ、なんでピザ食ったんや ? 」 治、受け取らず、階段を登っていく。 金ャン「赤いけえじやろ ? 」 永吉、杖をついて登っていく。 重ちゃん「ピザ、赤いかいのお ? 」 春子「冗談半分じやろお」 墓 ( 朝 ) 切り崩した山の斜面にある『田村家』の永吉「なんか、ウインナーが入っとったとは 言っとるんよ」 墓の前。 治が、杖によりかかり、汗だくで座り込春子「え、何、そのピザじゃないと、ダメな んでいる んね ? 」 汗だくの永吉、墓石に水をかけ、線香の永吉「そん時のが、食いたいんと」 春子「覚えてるわけないじゃないねえ」 灯を燃す。 永吉「それ、どこで買ったん ? 春子「安川の方じゃったと思うけど」 手を合わせる二人。 6 由佳が、早速、携帯で検索。 由佳「安川って、ピザ屋 3 つもあるよ」 困ったと笑う登たち。 永吉「・ 由佳「どうする ? 」 永吉「・ : 全部頼むか」 一同「え」 永吉「どれか当たりじやろ」 携帯をスピーカーにして電話している永 吉。見守る一同。 ・、っちはそ ピザ屋の声「島はちょっとー ういうの、やっとらんのんですよー」 永吉「親父が癌なんですよー」 ・あの、冷めちゃい ピザ屋の声「えーと・ ますしー」 永吉「親父が癌なんですよー」 ピザ屋の声「・ 永吉「親父が癌なんですよー」 高速船・客室 甲板に、ピザの原付が乗っている 三人のピザ屋、お互いを意識しあって 座っている 海沿いの道 ピザの原付が、三台走ってくる。 1 17 ー

7. シナリオ 2016年5月号

通せるものって、何かしら」 にじり口の前で響子を招く渉。 渉「 : : : 人を愛してゆくってことじゃない 輪王寺・参道 入ってゆく響子。 か」 並んで歩く響子と渉。 響子「え ? 」 同・中 響子「静かでいいところね」 渉「人と人との愛がなくて、革命なんか起 、つなずく渉。 沓ぬぎ石に、男物の靴とパンプス こせるかな」 響子「祐之介さんは ? 」 響子、靴をぬぎそろえて正面を向く。 眩しげに渉を見上げる、響子。 渉「いるよ」 床の間を背に、祐之介とエマがキスして いる 響子「デートじゃなかったのね」 四千葉家・響子の部屋 ( 早朝 ) 渉「エマもいる。部屋でレコードを聴いて ハッとする響子。 デッサンノートの文字ーー。 る」 唇を離す祐之介とエマ。 『愛がなくては、革命なんか起こせない響子「そう : : : 」 正座する響子。 視線を落とす、響子。 祐之介「かしこまらなくていいよ。ここは茶 鏡の前。片肌を脱ぐ響子。背中を映す。 室じゃないから」 赤い擦り傷や、打撲の痕。 安藤家・前 エマ「そう、バケモノ小屋」 響子「 ( 溜息 ) 」 武家屋敷のような土塀に囲まれた家。 渉「 ( 失笑 ) ひどいな」 血の染みたプラウスを鋏で切る響子。 歩いてくる、渉と響子。 響子「わかる。なんだかひんやりしてるもの」 三人の名前を書いたコースターと血のつ響子「立派なお屋敷ね」 響子に微笑むと台所に行く渉。 いたハンカチ。 渉「ああ。僕らの部屋はここじゃないけど響子「でも冬は暖かそう」 窓を開ける響子、鳥かごの鳥を放っ ね」 祐之介「いや、底冷えがするよ。炬燵にもぐっ と渉、小道を入る。後に続く響子。 て冬眠するしかない」 5 バス・中 前方に孟宗竹の一群があらわれる。 エマ「あたしも一緒に冬眠させて。ダメ ? 車窓から初夏の光が流れる。 その隙間に身をいれる渉。 祐之介、答えず笑う。 風になびく響子の髪。 渉「さあ ( 手をさしのべる ) ー 祐之介「にじり口の意味って知ってる ? 」 渉の手をつかんで向こう側へいく響子。 響子、首を横に振る。 輪王寺・バス停 連なる飛び石の先に、古びた茶室。 祐之介「あそこで俗世と訣別するんだ」 バスから降りる響子。迎える渉。 茶室の板戸に目をやる祐之介。 一一人並んで歩き出す。 茶室・前 エマ「つまりここは異界なの。面白いでしょ ? 0 3 -6

8. シナリオ 2016年5月号

三人の客がテープル席で盛り上がってい る。 軽トラが国道六号線 ( 広野町 ) を走る 停車した軽トラの中 交通量が増え、左手に常磐線の電車が 道宏、激しい咳をしている。 若井「あいつら、なんもしねえで、毎月、賠 走っている 風子、そんな道宏を気にしつつ、携帯を償金だけ貰いやがって。こっちは毎日、汗 軽トラ、赤信号で停まる。 見ながら、 水流して働いてるってのによ」 道路脇の住宅の庭で、花に水を撒く老婆風子「スー ーひたち、出たばっかり。次、里島「年寄りが仮設に頼るのはわかるけど、 の姿が見える 一時間後ですよ」 もう四年ですよ。子供がいる若い夫婦がア 道宏の咳はやまない。 ートも借りないで、仮設の造りが悪いと 走る軽トラの中 ( 広野町 ) 風子「少し、休んでいきますか」 かなんとか文句垂れてるの聞くと、どう 風子「東京へは何しに ? 」 なってんのかなと思っちゃいますよ」 道宏、卒業アルバムを開き、幸子を指差す。 若井「パチンコ屋は、暇してる避難者でいっ 風子「誰 ? 初恋の人とか」 祐スナック「シュシュ」・店内 ばいだし」 道宏「・ : 道宏、カウンター席の隅で、焼きそばを里島「理不尽ですねえ」 風子「そうなんだ。いいなあ」 食べている と、テープル席の後藤 ( ) が空になっ 道宏「 ? 」 隣りに風子、常連客の若井 ( ) 、里島 たアイスペールを持って来て、 風子「おばちゃんになっても、会いたいと思っ ( ) と座っている。 後藤「ママ、こっちさ、来たらいいべ」 いじゃな てくれる男の人がいるなんて、 カウンターの中から、ママの愛 ( ) が愛「今、行く」 いですか」 道宏にウーロン茶を差し出す。 とアイスペールを受け取り、氷を入れる 道宏、窓外を見る。 風子「ママ、若いでしよ」 若井と里島、シラケて呑んでいる 送電鉄塔が山々を越えて、南の方角へと 道宏、頷く。 後藤「暗いなあ。どしたの ( 若井の肩を抱き ) 送電線が伸びている。 風子「三年前に、儲かるからって、むつ市か ママ、この人たちにも、一杯あげて」 らいわきに来たの。ね」 若井「いらねえ」 いわき駅・前 愛「来月、駅前にもう一軒出すの。よかっ里島「俺らは自分で稼いだ金で呑みますから」 駅前に設置された放射能モニタリング測 たら来てくださいね」 後藤「なんだよ、それ」 定・表示装置が「 0 ・ 123 ()n > 』を と、テープル席から、客たちの笑い声が若井「あんた、どこの人 ? 」 表示している 聞こえてくる 後藤「広野だよ」 軽トラが停車する。 若井と里島、テープル席を見る。 若井「広野は避難解除されたべ。何で帰んね

9. シナリオ 2016年5月号

〇 〇 瑞穂の隣の席に座る松本。鞄に入ったス 草木に紛れて、日用品などの漂着物で埋 田之倉が同僚の一人・河野に話しかける ポーッドリンクを飲む。 め尽くされている海岸。 田之倉「河野巡査は、出向期間を延長した ん ? 瑞穂、見ている。 数十人の警官が熊手で漂着物を掻き分け ながら、遺留品を探している。 河野「いや、もう永久出向なんですわ」 宮城県警本部式典会場 ( ニ 0 一三年 堀内、泥にまみれた片方だけの手袋を田之倉「永久出向 ! 偉いなあ。頭下がるわ」 四月 ) 拾って、 堀内「河野さん、カノジョ見つけたんですよ 各県警から宮城県警特別出向者が約堀内「引き取り手のない遺留品って、どない そいで別れたくない、って」 一五〇人、集まっている なるんやろ」 河野「堀内 5 、言うなや」 田之倉 ( 肪 ) と堀内 ( ) が隣り合って田之倉「お坊さんに供養してもらってから処堀内「いやいや、言うとかな。美談みたいに 座っている 分するみたいやで」 なってまう」 堀内「大阪からですよねえ。自分、〇〇署か堀内「それって何か、捨てる言い訳してるみ田之倉「それにしたって、偉いわ。大阪にカ ら来た堀内慎吾って言います」 たいやないですか」 ノジョを呼ぶことかって出来たわけやし」 田之倉「 x x 署の田之倉俊明や」 田之倉「捨てる言い訳 : : : ? 」 河野「それも言うてみたんですけど、何や離一 堀内「 x x 署やったら、小杉っておるでしょ 堀内、作業をしながら、 れがたいみたいで : : : 地震とかあるとね、 堀内「ヴァジラナママハ ーシヴァャ。ヴァ余計離れられへんみたいなんですよね」 田之倉「知ってんのか」 ジラナマグルヤ」 田之倉「 : : : 」 堀内「高校の同級生で、よう一緒に飲みに行田之倉「なんや、それ」 堀内、朱里が友人と二人で飲んでいるの くんですわ。田之倉さん、配属先は ? 」 堀内「お経ですわ。新興宗教にハマってるツ を見て、 田之倉「石巻らしいわ」 レがおるんですけど、そいつがいつも唱え堀内「あの女の子ら、可愛ないですか ! 俺、 田之倉「一緒ですやん、仲良くしてくださいー てるんですわ : : : ヴァジラナマサティ ちょっと声かけてきますわ」 ャンヤ : ・ 田之倉「こっちこそ、よろしく頼むわ」 席を立っ堀内 県警本部長が壇上に上がり、話し声が止 田之倉、堀内を見ている 田之倉「お前、ちょっと」 む。 他の同僚たちは笑って見ている。 本部長「只今から、宮城県警特別出向者の着〇ダイ一一ングバ 聖子がトレイを片手にやってくる 任式を始めます : : : 」 カウンターとテープル席が数席ある店内。聖子「空いたお皿、お下げしていいですか ? サラリーマンや学生で賑わっている 田之倉「ああ、ありがとう」 海岸 田之倉と堀内も同僚と数人で飲んでいる 聖子、朱里たちのテープルで話している

10. シナリオ 2016年5月号

したかった。勢津子さんに嫉妬していた。 レイコ「だめよ響子。あなたはピンク色の爆勢津子「服のせいじゃないの」 私の中の邪悪な感情が目覚めた』 勢津子、渉の耳元に口を寄せる 弾を爆発させるほうが似合ってる」 ペンを置く響子、天井を見つめる 勢津子「さっき生理になったから」 レイコ、くすりと笑、つ 窓の外から顔を出すジュリー レイコ「殿方をたじたじにさせるくらい、派響子「 : : : 」 ジュリー「響子が病欠とはね、鬼の霍乱か」 渉「そうか痛み止め、飲んだ ? 」 手に爆発させるのよ。悪くないわ」 庭で着物の洗い張りをしている愛子。 勢津子「ええ」 響子「悪くない」 盗み見して窓から入ってくるジュリ 1 渉「じゃ、行こうか」 ジュリー 「どうしたの ? 進路指導休むと願 園内に向う三人 遊園地・前 書出せないよ」 勢津子は渉の腕に手をとめ、歩き出す。 スケッチ・ブックを持った渉が、遠くを 響子「疲れちゃったの」 恋人同士のような勢津子と渉 見ている。 ジュリー 「大学、決めた ? ー 一一人の後ろをついて歩く響子。 渉を見ていた響子、駆け寄る。 響子「ううん。ジュリーは ? 」 渉「最高だろ ? 」 響子「祐之介さん、東京に帰った ? ジュー 勢津子、振り返ると微笑む 丿ー「あたしは決めた。東京の美術大学。一 渉「エマが大変だった。一緒に行くって」 一浪覚悟でさ」 勢津子「 ( 大きく頷き ) 渉にはもったいないわ」 響子「しばらくは一一人きりね」 響子「ふうん」 笑い声が弾ける勢津子。 渉「きみに紹介したい人がいるんだ」 ジュリー なんとなく立ち止まる響子。 「なにこれ」 響子、渉の視線の先を見る。 響子「母のお手製、ニンニクの醤油漬けよ 美しい女性。堂本勢津子がやってくる 精力剤ね」 回転する遊具に乗る渉と勢津子と響子。 渉「 ( 響子に ) 姉。 ( 勢津子に ) 野間響子さん」 ジュリー、瓶から一粒取り、ロに放る 勢津子「はじめまして。勢津子ですー ジュリ 「あ、なんか欲情してきた」 微笑む響子を見つめる勢津子。 千葉家・響子の部屋 レコードが回っている と、乳房のあたりを揉み、悶える。 勢津子「可愛い人ね。渉のガールフレンドを 笑う響子とジュリー。 べッドの上でデッサンノートに万年筆で 紹介されるのは初めてなの。どんな方がい ジュリー「卒業したらまず、上京するんだよ。 綴る響子。 らっしやるのか、わくわくしてたの」 親が反対しても、バイトでもすればなんと デッサンノートの文字ーー・ 響子「どうも : ・ 奏 か食える。死体洗いのバイトとかさ」 「勢津子さんは美しかった。私は自分が 伴勢津子「 ( 渉に ) 寒いわ」 薄汚いただの高校生に思えて、本当に惨響子「 ( 怪訝 ) ? 」 渉に寄り添う、勢津子。 ベトナム戦争で死ん 「知らない ? めだった。逃げ出せるものなら、逃げ出ジュリー 渉「そんな格好してくるからだよ」