野呂 - みる会図書館


検索対象: シナリオ 2016年5月号
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1. シナリオ 2016年5月号

小走りでやってくる。 野呂「・ ・なんか、話したいんですか ? 」 由佳がじっと見つめている。 野呂「」 永吉「・ 由佳「・ 永吉「おーい ! 」 野呂「なんか、そばにおってあげるだけで、 なぜか、涙を浮かべた由佳、手すりをつ 野呂、怖くなって、走って逃げる ええんじゃないですか ? かみ、身を乗り出し叫ぶ。 永吉、走って追いかける。 永吉「あæ: 」 由佳「お母さーんリ」 永吉、とうとう野呂を捕まえると、羽交野呂「あ、いや・ ・コ 1 チ、なんかちょっ春子「何ーæ: 」 い絞めにする と寂しそうだったけえ」 由佳「ネイルは、毎日、オイルを塗ってくだ 永吉「なんで逃げんだー さーい 永吉「・ 野呂「ごめんなさい ! ごめんなさい ! 」 野呂「・・・あの」 春子、両手をあげて爪を見せ、 永吉「ん ? 」 春子「カープカラー ! 」 車内 野呂「さっきから思っとったんですけど」 小さくなっていく春子、いつまでも、手 運転している永吉、助手席に野呂。 永吉「どうした」 を振っている。 爆音で流れる、永吉のバンド曲。 野呂「このバンド、カッコいし 、つすね」 野呂「あの・ 永吉「・・・野呂くん」 田村家・居間 ( 夜 ) 永吉「ん ? 」 野呂「はい ? 」 一人、夕飯を食べている春子、テレビは、 野呂「コーチって、癌なんですか ? 永吉「君、わかってるねー」 カープのナイター中継 永吉「・ ・そうだよ」 野呂「 ? 」 大チャンス到来で、バッターポックスに 野呂「もしかして、その、死ぬんですか」 立っ菊池 永吉「・・・野呂くん」 フェリー乗場 春子、観てられず、リモコンで一回消し 野呂「はい」 高速船が到着している て、気になり、またつけ、やつばり消そ 永吉「俺も最近、知ったんだけどさ」 甲板の上の永吉、由佳、浩一一、大きな荷 野呂「はい」 物を背負っている。 そこへ、奥のガラス戸越しに、戻ってく 永吉「やつば親って、死ぬんだな」 見送りにきた春子が手を振る る永吉と由佳の姿が見える。 野呂「・ 浩一一「すぐ戻るけえ」 戸を開けると入ってくる。 永吉「いや、わかってたんだけどさ、いざそ春子「働け ! 」 永吉「ただいまー」 うなってみると、実際、何話していいもん 出港の合図、船が出る 春子「・ ・うわ ! びつくりしたー ! 」 かね」 遠ざかっていく春子。 永吉、由佳、両手に衣類やら買い物袋を 1 14 ・一

2. シナリオ 2016年5月号

病院・病室 ( タ ) 一一人、煙草を吸いながら、中学校を眺め永吉「おい、どした ? 」 ている 治、咳が止まらない。悶え苦しむように、 放心状態で座っている治。 その場に倒れ込む 隣で野呂、サメの軟骨を食べている 治「お前がおった頃、吹奏楽部、何人じゃっ 慌てた永吉、煙草をもみ消し、 治「のお、野呂よ」 た ? 」 永吉「おい、どした ! 何があった ! 」 野呂「はい」 永吉「あー、人くらい ? 」 治、苦しそうに、悶えている 治「おまえ、吹奏楽、好きか ? 」 治「ほうか」 野呂「・ 永吉「何があった」 永吉「まだ矢沢やりよるんじゃの」 永吉、助けを求 0 、治を置き去り」し治「あ〈ま」好きじ ~ な〔じ ~ 」 治「まあ、ワシにや、楽しみが、これくら 走っていく 野呂、コクリと頷く いしかねーけえーのお 治「じゃあ、なんでやっとるんや」 永吉「俺、中学ん時、吹奏楽部って、みんな 野呂「お父さんが、やれって言うけえ」 矢沢やりよるんかと思っとった」 車内 ( タ ) 何食わぬ顔で運転している永吉。 治「・・・ほうか、それは困っちゃうのお」 治「おまえさー、もう、東京帰れや」 後部座席の春子、怒りがこみ上げ、運転 いつもと違う治を、野呂が不思議そうに 永吉「あ ? 」 見ている している永吉の頭を、狂ったようにハタ 治「いちいち、付き合、つことないんじゃ きだす。 治「 : ・野呂よ」 けえーのお」 春子「あんた、ホンマのバカなん ! 」 野呂「はい 永吉「・ 浩二が、春子を止める 治「おまえ、これから、ちよくちよく遊び 治「ちゃんと働け」 ・わかっとるよ」 浩二「危ないって ! 」 永吉「・ 野呂、コクリと頷いた 治「由佳さんだって、仕事あんじやろー春子「二年も禁煙しとったんよ ! 」 由佳が、思わす笑う。 が ? 」 春子「何がおかしい ! 」 永吉「ああ、あいっ仕事辞めた」 田村家・永吉の部屋 ( 夜 ) 帰治「ほうか、何しよったんや ? 」 由佳「あ、すいません」 永吉、何やら押し入れを漁っている 永吉、何も言えず、運転している 中から、埃を被った箱を取り出してくる。 永吉「なんか、ネイルの 故 マジックで子供の文字『田村永吉』。 開けると、中に古いトランペット。 ヒ永吉「爪のや ? 校庭 ( タ ) モ 全速力で走ってくる野呂が見える 永吉、取りだしてみる。だいぶ錆びつい 治、急にむせだす。咳き込む。 ている 永吉、どうしたものか

3. シナリオ 2016年5月号

そこへ、治が出てきて、演奏する野呂の 痛い手を打たれたのか、治が騒ぐ 春子「やだ、妊婦が何言いよるんねー 姿勢をグッと正した。 楽しそうな一一人。治の手番 由佳「一嘗め、せめて、一嘗め」 竹原「治ちゃん」 永吉「あ、出た」 春子、ビールを隠す。 千葉たち看護師団が、慌ててやってきて、 治「ん ? 」 由佳「マジ、妊婦つれーわー」 連れ戻される治と野呂。 竹原「これからの事なんじやけどよー」 春子「 : ・由佳ちゃん」 永吉、苦い顔して見上げている。 治「・ 由佳「はい」 竹原「俺、紹介状書くけえさあー」 春子「もう、帰りんさん」 治、聞いているのかいないのか 由佳「 ? 」 同・病室 ( 朝 ) 野呂、困ったように座っている。 竹原「・・・治ちゃん ? 」 春子「向こうで検診とかあるんじやろ ? 」 田村家全員が、野呂を見ている 治「親父ん時、管、通してよ」 由佳「・ 春子「蜜柑、食べる ? 」 竹原「・ 春子「私だったら、絶対、帰りたいもん」 野呂「・・あ、いや、あの、僕、そろそろ」 春子が、笑う 治「嫌じゃのお」 野呂、席を立とうとして、 竹原「・ 由佳、泣きそう。 治「なんじゃあ、来たばっかじやろーが」 由佳「うう優すいー、お母さん、優すいー」治「痛いのは嫌よ」 ・、つん」 ・うん、ええけえ塗って」 竹原「・ 野呂「・・あ、でも、今日は家族でかつば寿一 春子「・ 治「とにかく痛いのだけは、勘弁じやわ 司行くことになっとって」 ・、つん、そ、つな」 竹原「・ 治「おまえ、かつば寿司行きすぎじやろ」 病院・病室 ( 夜 ) ・ワシ、お前でええわ」 野呂「・ ・じゃあ」 布団の中から、治の泣きじゃくる声が聴治「・ こえている と言って、野呂、逃げる 竹原「・ 浩一一「あ、逃げた」 治「あー、家、帰りたいのお 1 」 そこへ、静かに扉の開く音。 ・うん、そうなあ、そうなあ」 治「おい、待てや ! 」 竹原「・ 治、布団から顔を出す。 る 帰 やってくる竹原、その手に将棋盤を持っ ている 郷 同・前 ( 朝 ) 病院・駐車場 ( 朝 ) 永吉、由佳、春子、浩一一、車から降りた 野呂が、小走りで歩いてくる。 ン竹原「おう」 しばらくすると、背後から声がする ・おう」 所で、何やら見上げている。 ヒ治「・ モ 屋上で、トランペットを吹く野呂の姿が永吉の声「おー 振り返ると、永吉が、こっちに向かって、 べッドの上で将棋をする二人。 小さく見える 1 13 ーー

4. シナリオ 2016年5月号

心配そうに見ている部員たち。 べッドの上の治、その手にサメの軟骨や、 横で、治がこっそり、永吉に何か合図を 出している。 治、携帯を取り出すとかける。 アガリクスなどを持たされている 清水の携帯に着信。出る 親戚一同 ( 叔父の田村恵介、信子と、そ永吉「 ? 」 清水「はい」 の息子夫婦とその子供と、叔母の三島小 指を二本、煙草の仕草だ・ 治の声「野呂に代われ」 枝夫婦 ) に囲まれている 永吉・由佳「・ 清水、野呂に携帯を渡す。 恵介「サメの軟骨は、とにかくコンドロイチ 治、そのまま、上を指さす。 野呂「野呂です」 ンが豊富なんじゃと」 永吉「・ 治「男のお前が、ちゃんとラッパ吹かにや治「ああほうか」 由佳、永吉の袖を引っ張る あ始まらんじやろおが ! 」 信子「義兄さん、あんまり落ち込んじやダメ、 永吉、立ち上がり、そのまま外へ 野呂「・・・すいません」 今、昔と違って、癌だって治る病気なんだ春子「どこ行くん ? 」 治「お前、今日、練習終わったら、こっち からさ」 永吉「ああ、ちょっと、トイレ」 浩二、タブレット a-,o の病院資料を、治 永吉、病室を出る。 野呂「え」 に見せる のを、見届けた治、急に起き上がり、 治「えってなんや」 治「お前まで、なんや」 治「やれ、ワシも、いっとくか」 野呂「・・あ、いや、でも今日は、家族で、 浩二「・ ・これ、ど、つ思、つ ? 」 春子「一緒に行こうか ? 安川のかつば寿司行くことになっとって」 治、先生の写真を見つめている。 治「いや、一人で行ってみるわ」 治、いそいそといなくなる 治「カバチタレんなや ! ええのお、走っ治「・・・若いのお」 てこいよ、ちゃんと見とるけえの」 そっと浩二に返す。 由佳が、心配そうに見ている 清水が手を挙げ、地声で叫ぶ。 浩二と春子、困り顔で見合う。 清水「コーチ ! 」 永吉と由佳、蚊帳の外。遠巻きに座って 同・屋上 いる 治「はい、 清水 ! 」 永吉、海風を避けながら、治の煙草に火 清水「海風で、楽器が錆びます ! 」 子供がやたらと寄ってくる。一緒になっ をつけてやる。自分も吸う。 治「・ ・解散 ! 」 治、無理くり吸おうとしている て遊んでいると、ふと由佳に小突かれる 楽器を抱え、慌てて逃げていく部員たち。 永吉。 煙を出すのが精いつばい。 永吉「ん ? 治「ダメじゃ、肺に入ってこんわあ」 病院・病室 由佳が、治の方を小さく指す。 永吉が思わず笑、つ 春子、見舞い品の整理をしている。 親戚たちが、べラベラと喋っているその 治もつられて笑う。 6 1 10 ー

5. シナリオ 2016年5月号

清水「あの・ 治「言いたいことは、それだけじゃ」 女部員たち、雰囲気で泣き出す子もいる。永吉「おお、じゃあ、はじめろ」 その横で、全く感動してない清水と野呂。清水「指揮を」 永吉「あ、そうか」 清水「ふたつじゃん ( ポソリと )- 永吉、指揮棒を構えてみる。 部員たち、構える。 同・客間 治の声「そのドアの向こうに夢があるんなら、永吉「おお ! 」 部員たち「・ 叩けよ ! あくまで叩き続けろよ ! 」 永吉、指揮を振ると、「アイ・ラヴ・ユー 永吉、聞き耳をたて、腹を抱えて笑って いる の演奏が始まる わかってるんだか、わかってないんだか、 見よう見まね。 フェリー乗場 ( 夜 ) 最初は、スローベース。ゆったりとした 錆びたトランペットを持った永吉、一人、 序奏。 夜風に吹かれ立っている 部員たち、いつも通りの演奏。 吹いてみる。音がでない。 ムキになって吹いてみる 段々、楽しくなってくる永吉、指揮棒代 わりに縦揺れしだす。 屁が出た。 リズムがおかしくなっていく 慌てた部員たち、なんとかそれに合わそ 田村家・仏間 、つとする べッドの上の治、携帯で話す。 部員たち、永吉につられ小さく縦揺れし 治「準備できたら、はじめえ」 る だす。 帰 演奏、段々おかしなことに・ 祐中学校・音楽室 故 電話を置いた清水、皆と一緒に座り、楽 ン カ ヒ 器を構える 行田村家・仏間 モ 聞いていた治の顔色が変わる 皆の目線の先・・・永吉が、指揮棒をビ ・おい、どしたんや・ 治「・ ンピンさせて、遊んでいる 演奏、もはや止まりそ、つ 治「おい、なんじゃ ! どしたんや ! バカタ 中学校・音楽室 永吉、もうその辺でリズムを叩いてみせ る ドラムがそれに合わせて叩く。 永吉が部員たちを煽る 次第に、周りがそれについていく。 演奏、どんどん早くなっていく。 野呂のトランペットがソロ。ついていけ ず、野呂、もう滅茶苦茶。 四戸鼻島の情景 いつもとは違う演奏に、漁師たちの手が 止まっている。 軒先のおばあちゃんたち、軒先から出た。 郵便局員が、バイクを停めている 任天堂の子たちも聴いている 黄昏れるお爺ちゃんたちは同じ。 中学校・音楽室 永吉、もはや指揮しながら、ヘッドバン ギングしている 永吉「あー ! ( デス声 ) 」 部員たちも、永吉を見て、楽しくなって 1 19 ー -

6. シナリオ 2016年5月号

永吉「 : ・ああ」 本堂では、十人程度の中学生が、楽器を治「」 由佳「行くよね ? 持って座っている 部員たち「」 永吉「 : ・ああ」 彼らの前に立つ、田村治 ( ) 、指揮棒 部長の清水 ( ) が手を挙げる。 由佳「えーちゃん、準備は ? を構え、振る 清水「コーチ」 永吉「 : ・ああ」 演奏がはじまる。曲は、矢沢永吉の「ア治「はい、 清水」 由佳「てか、行くよ、これ、ぶっちやけ行く イ・ラヴ・ユー ' O 。 清水「曲を変えたいです」 事になるよ、これ」 集まった老人たち、地蔵のように固まっ治「ホワイ、なせに ? 永吉「行くよ ! 行くってー て聴いている 清水「埼玉のお姉ちゃんが言いよったんです 由佳「ライプ落ち着くまで待ってって言った 女ばかりの部員の中、たった一人、男の けど、中学の吹奏楽で、矢沢は渋すぎるい の、えーちゃんだかんね ! 」 子がいる うて、笑ってました」 永吉、如露を持って戻ってくると、窓を トランペットの野呂清人 (ä) 、まわり治「ヤザワは広島県民の義務教育です」 開ける。 について行くのが精一杯 清水「違います」 べランダにパクチーの鉢が並ぶ その音につられて、治が、野呂をジロッ治「・ 永吉、水をやりながら、 と見る 清水「あと、川人での吹奏楽は、やつばり無 永吉「・・・まあさ、仕方ねーべ、俺もさー 理がある思うんですけど」 こ、つ、まっとうな長男として・ 6 同・境内の一角 治「 : ・行年、ヤザワ、日本人初の武道館」 由佳「髪切ってけば ? 」 部員たち、うんざり。 一列に並ばされた部員たち、皆、俯いて 永吉「絶対やだ」 いる 治「ワシやの、目が合ったんじゃ」 彼らの前、治の顔が近い 清水「知るかあーや ( ポソリと ) 」 4 瀬戸内海をフェリーがゆく 治「おまえらあれか、年寄相手じややる気 そこへ、白衣姿の竹原和夫 ( ) と、登、 メインタイトル せんか」 重ちゃん、金ャンが、酒瓶片手に、ゲラ 部員たち「・ ゲラ笑いながら、やってくる 5 寺・本堂と境内 治「どうなの ? そのへん」 竹原「えかったでえ、治ちゃん、今日、ぶち 人で賑わう境内。豚汁などが振るまわれ、部員たち「・ えかったでえ、まあ、よおわからんけど」 酒を呑むおじさんたちが騒いでいる 治「人生ってさ、自分との闘いなわけ、わ治「ああほうか、ちーと今・ 貼られたポスター「戸鼻中学吹奏楽部かる ? 」 竹原「おおー、向こうで一緒に呑むでえ」 ーライプ』。 部員たち「・ 治「今、大事な話しよるんじやけえ

7. シナリオ 2016年5月号

しま、つ 曲、最高潮の盛り上がりを見せる。 永吉が止まると、演奏が終わる 間。 部員たち、一斉にドッと笑い出す。 野呂も、清水も笑う。 永吉も笑う。 田田村家・仏間 ( タ ) リクライニングで上がってくる治の怒顔。 ビンタしよ、つとするが、届かない 永吉、自分から近づいてやると、頬を差 し出す。 ビンタする治。 治「おどりや ! ぶち回すど ! 」 永吉「・ 治、鼻息も荒く、リクライニングで戻る 永吉が手伝う。 永吉、携帯とヘッドホンを取り出し、 永吉「今日の演奏、録音したんじやけど、聴 治、永吉をじっと見る 永吉「ん ? 」 治「おまえのお、もう帰れや」 永吉「・ 治「気持ちはよーわかったけえ」 永吉「・ 治「おまえに優しくされると、明日にでも、永吉「 ? 死ぬような気がするんじゃー 傍らに転がった、日本酒の一升瓶 永吉「・ 永吉「・ 治、永吉に背を向け、横になってしまう。 4 永吉「・ 同・仏間 ( 夜 ) 永吉、ものすごく嫌そうな顔で、治のオ ムツを替、んている 同・永吉の部屋 ( 夜 ) 治、ものすごく嫌そうな顔で、オムツを 眠っている由佳の横で、珍しく眠れない 替えられている 永吉。 お互い、顔を見ようとしない。 治「おまえ、これ、母ちゃんに言うなよ」 同・廊下 ( 夜 ) 降りてくる永吉。 永吉「は ? 一言うよお ・言わんとってくれえやー、また一 うつ伏せになって、倒れている治の姿を治「・ 見つける。 心配すんじやけーさあ」 永吉「おいおいおい ! 」 永吉「・ : 横向け」 治、永吉に背を向ける形。 慌てた永吉、治のもとへ。 治、這いつくばったまま失禁し、全身を オムツを滑り込ませるが、思、つよ、つにい かないもう力すく。 濡らして、泣いている 治「こんくそが・ ・こんくそが」 永吉「あのさ、俺、やつば帰るわ」 口元には、吐き出た血 治「あ ? 」 永吉「・・・おい、マジか、血」 永吉「バイトもしとらんし、このままだと、 ハンドもやべーし、金もねーし、ほら、由 治「・・・鼻血じゃ」 佳もそろそろさ」 永吉「ロからでとんよ」 治、背中ごしに話す。 治「こんくそが・ ・こんくそが」 永吉、どうしていいものか、春子を呼ば治「・・・居ってくれえや」 、つとして、 永吉「・ 治「・・・頼むけえ、居ってくれえや」 治「呼ぶな ! 」 3 120

8. シナリオ 2016年5月号

見ている二人 鰺は、たたきと化している。 浩二「なんか、いい治療法が見つかるかもし 永吉「えさ ? 」 れんし、違う結果になることだって、ある 由佳「は ? かもしれんじゃん」 春子「ええじゃないね、せつかく由佳ちゃん、 春子「せめて、通える所の方がええんじゃな 作ってくれたんじやけえ」 いん ? 」 浩二「うん、食べよ」 いただきますして、食べ始める永吉、春浩一一「兄ちゃんは、どう思う ? 永吉「・ 子、由佳、浩二。 永吉、由佳を一瞥し、いつになく真剣な 浩一一「うん」 顔つきで、 春子「うん」 永吉「・・・俺は・・俺なりに、色々考えた うんしか言わない二人。 んじやけど・ ・やつばなんだかんだあっ 由佳、自分も食べてみるが、微妙 て、なんだかんだ、浩二の言う通りじゃと 浩二、タブレットを取り出し、 思う」 浩一一「あのさ、こんな時になんじやけど」 「頼れる病院ランキング」的なページを春子「・ 由佳「・ 開き、春子たちに見せる 浩二「 春子「なんね ? 」 なんか変な空気になる。 浩一一「肺がんの権威なんと」 春子「食べよ」 先生の顔写真と、綺麗な外観写真。 浩二「うん、なんかごめん」 春子「えらい、若いんじゃね」 由佳が白々しい顔で永吉を見る 永吉と由佳が、横から覗き込む。 帰浩二「俺も、よおわかんのんじやけどさ、も永吉「・ 、つ一回、こういう先生に診てもらうべきな 郷 故 んじゃないん ? 」 ン ヒ春子「え、関西まで出るん ? 」 モ 浩一一「今時、おかしくないじやろ」 春子、タブレットを永吉たちに渡す。 病院・屋上 誰もいない屋上の窓が開く 点滴を持った治が、乗り越えてくる その真向いに見える、中学校の屋上。 プラバン部員たちが、楽器のチューニン グしている 治、ラジオのアンテナで、指揮をはじめる。 中学校・屋上 部員たち、演奏をはじめる 曲は「アイ・ラヴ・ユー ' 隣り合う学校と病院 屋上の演奏に、何事かと、患者や生徒た ちが、窓から顔を出す。 とび 戸鼻島の情景 演奏が聴こえている 漁港で働く漁師たち。 軒先で手仕事をするお婆ちゃんたち。 配達途中の、バイクの郵便局員。 任天堂で遊ぶ、子供たち。 黄昏れるお爺ちゃんたちと釣り人 皆、なんとなく聴いている 中学校と病院・屋上 演奏が終わると、治、ゆっくりと目を開 ける。 治「野呂 ! 」 大声を出し、咳き込む治。 3 109 ・一

9. シナリオ 2016年5月号

永吉「・ 望月「あのー」 浩一一「はい ? 」 望月「私、一応シスタ 1 じやけど」 顔を見合わせる浩一一と義男 義男「シスターって、結婚とか誓っていいん ですか ? 」 望月「まあ、他の人より、誓い甲斐はある思 うんですけどねえ 浩一一「お身体のほうは ? 」 望月「ええ、ただの肺炎ですけえ」 同・控室 ストレッチャーの上の治、眠っているの か目を閉じている 春子と手を繋いでいる。 そこへ、永吉が入ってくる 永吉「どう ? 」 春子「寝てしもうたみたい」 永吉「なんか式場、す ) 」い事になっとる」 春子「えー、見てこようかしらねえ」 永吉「おお、見てこいや、見てこいや」 春子、病室からいなくなる 永吉、治の横に座る 父の顔を、じっと見てみる 不安になってきて、脈を図る。 そのまま、父の手を握ってみる その間、数秒 月の前へ。 ふと、誰かが廊下を走る音がすると、慌 演奏が終わる てて手を放す永吉。 望月「えーはじめに、讃美歌 312 番を斉唱 ふーっと息を吐いた。 いたします。皆様御起立ください」 半分くらい立てない。 同・式場 義男、を再生。流れる聖歌 治に、竹原と千葉が付き添っている 歌いだす参列者たち 登、金ャン、重ちゃんたち。恵介、信子 など、親戚たち。野次馬参加の患者たち同・外観 など、皆、式の開始を待っている 豪雨の病院に、歌声がこだまする ージンロードの上で、由佳の登場を待 っ永吉。 佃同・式場 望月が進行をつとめる 望月がアンチョコを読み上げる。 望月「えー、それでは、式をはじめさせてい望月「田村永吉、あなたは神の定めのもと、 ただきます ! 」 夫婦になろうとしています。その健やかな一 「望月さーん」と喝采が飛ぶ。 る時も、病む時もこれを愛し、これを敬い 歓声に応える望月。笑いが飛ぶ これを助け、固く節操を守ることを誓いま 清水の指揮で、プラバン部員たちが、一 すか ? 」 斉に演奏を始める 永吉「はい、 誓いますー 「結婚行進曲』。 望月「会沢由佳、あなたは神の定めのもと、 モヒカンの野呂、トランペットを力強く 夫婦になろうとしています」 由佳、すでに涙ぐんでいる 病室のドアが、横に開く。 望月「その健やかなる時も」 由佳と苑子が、腕を組み入ってくる。 由佳「ばい、ぢ、いばす」 赤い画用紙の上を歩いてくる 由佳の一番下の弟、洋、式に飽きた様子。 永吉のもとへ・ ・立ち止まる。 ふと、何か気付く 苑子と永吉が頭を下げあうと、一一人、望 すぐ横の治が、何やらもがいている。 124 ー

10. シナリオ 2016年5月号

ン越しの病人 ( 呼吸器をつけているので鐘を鳴らす回数でイエス・ ノーを伝えている ) が、鐘を鳴らして代わりに答えるくだりは、シ ナリオも映画も笑える場面になっているが、なぜ、隣の病人がそん な行動を取るのか分からない。相部屋で大声を出す一家に迷惑して いるのだろうが、その場限りの笑いに終始してしまう。家族の喧騒 をしつこく描くなり、注意されるなり、後で復讐されるなり、もっ と活かせるはずなのだが。 全く料理が出来ない由佳、彼女の妊娠検診への心配、父が指導 する中学の吹奏楽部 ( 矢沢永吉の曲を演奏させる ) の野呂と父の 関係の変化にも、もっとふくらませて描くことができるのにと田 5 っ てしま、つ 不器用と言うか、小さな親切大きなお世話な永吉の行動は、車 寅次郎へのとらやの人々の気遣いを思わせる ( 思い出のピザを食べ たいと言い出した父のために永吉が大量に取り寄せたピザを、父が 無理やり口に詰め込むくだりが笑わせる ) が、父の「おまえに優し くされると、明日にでも、死ぬような気がするんじゃ」という屈折 した台詞が良い。後半の子ども返りした父には優しく接することが できるようになった擬似的な円満家族の描写もそうだが、表と裏 が透けて見えるシーンが突出するのは、その奥行きの深さにこそド ラマが潜んでいるからだ。 ところで永吉を演じる松田龍平は、デピュー作の「御法度」で演 じた前髪の総三郎が、前髪を切らないのかと問われた際に「願を掛 けておりますーと答えた。それが何なのか最後まで描かれることは なかったが、本作でもモヒカン頭について由佳と「髪切ってけば ? 「絶対やだ」というやり取りが冒頭にあり、帰郷後も父が、「お前、 その髪切れ」「あ、それは絶対やだ」という応酬がある。しかし、 モヒカン頭はバンドへの固執として想像するしかない。結局、松田 龍平がモヒカンになるという見た目の面白さ以上には、意味がない 中島らもの自伝的ェッセイ「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』に は腰まで髪を伸ばしていた作者が、自分の結婚式にその姿で参加し た異様な光景が面白おかしく描かれているが、妻の収入に頼ったひ も暮らしも、妻の妊娠で働かざるを得なくなり、決意のもとに髪 を切るくだりがある。由佳の出産を前に本作でも、モヒカン頭と向 き合わねばならないはずだが、龍平の髪型は今も昔も雰囲気だけ にしか作用しないようだ。 本作で最も好きなシーンは、 〇フェリー乗場 ( 夜 ) 錆びたトランペットを持った永吉、 一人、夜風に吹かれ立っている 吹いてみる。音がでない ムキになって吹いてる 屁が出た。 というくだりだが、これはラストシーンにこそ相応しかったので はないか。感傷や思い出など、屁のように吹き飛ばしてしまうドラ イな魅力が永吉にはあったはすなのだが。