話 - みる会図書館


検索対象: シナリオ 2016年8月号
154件見つかりました。

1. シナリオ 2016年8月号

( 聞き手 ) 北里宇一郎 どこにも属せず、 大森立嗣自分をどう形容していいか わからぬ人間に興味が 映画「セトウッミ』脚本・監督インタビュー 原作漫画 ( 作・此元和津也 ) を読む。 ツンツン髪のツッパリじみた高 2 男子が いて、優等生的メガネ高 2 男子がいて、コ ンクリートで固めた川岸で漫然とおしゃべ りする。ツンツンの名前が瀬戸でメガネの 方が内海で、それでタイトルが「セトウッ ミ」。時は放課後。語っている内容は他愛 のないことばかり。飼っている猫の話とか 好きな彼女のこととかどっちが背が高いか とか。ほとんど動きがなく、セリフばかり のコマ割りを目で追っていく久しぶりに 漫画に接したせいか読みづらいあ、こん な感じの芝居あったなと思う。べケット の「ゴドーを待ちながら」かあれも二人 の男が、だらだら意味のない台詞を喋りま くっていたな 1 話、 2 話、 3 話と読み進む かったるいだけど時としてクスリと笑み がもれる。ちょっとハマる。 4 話、 5 話と 進んで、このなんともいえない倦怠感が心 地よくなってくる。読みはじめの頃は、な んだこれ、半径メートルの範囲で自意識 過剰の高校生がその時その場で思いついた ことをくっちゃべってるだけの、閉ざされ た世界を描いてるだけじゃんとため息を吐 いた。だけど読んでいくうちに、この狭さ、 自分自身すら持て余しているようなどうし

2. シナリオ 2016年8月号

ようもない精神状態、この時間をどう潰そ実写化 ( わ、ヤな言葉 ) して、あ、あの登将暉 ) が決まっていたんです。それで原作 を読んで、まずセリフが面白いなとそれ うかという宙ぶらりん感、そう、それこそ場人物がこの俳優でライヴで動いてるって、 が青春だと思えた。まさしく作中でウッミ喜ばせるような。だからちょっとでも脚色とシチューエーションが変わんなくて、た が吐く「この川で暇をつぶすだけの青春が というか話を変えようものなら、「これは だ喋ってるだけだから、だったら二人の芝 あってもええんちゃうんか」という気分が原作とは違うものだ ! 」とプーイングの嵐居をちゃんと撮れば成立するのかなと思っ 全編に漂っていて。うん、これはまあこれとなる、そんな観客を相手にした映画じゃ た。ま、チャレンジ的な題材なんだけど、 ないかと でいいじゃん、ちょっと沁みるよな。「ゴ この二人の俳優だったら面白そうな映画に 映画を観る ドー」のように、この二人の男子も永遠に なるなっていう手ごたえはありました」 来ない何かを待ち続けているんだと思うと、 シナリオから受けたイメージ通りの映像 シナリオはどういうふうに書かれたのだ つつ、つ、刀 が綴られていく。ゆったりとしたテンポ。 ちょいと切なくもなって。 これが映画化されたという。しゃべって 会話のやりとりもゆるやか画面が動かな 大森「プロデューサーの宮崎 ( 大 ) さんが ばかりの漫画をどう映画にするんだ ? ど 、限定された舞台。なんだか窮屈だし、 書かれたシナリオがますあって、それはた ちらかというとこれテレビ向きだと思った。映画として違和感を覚える。だけど独特の だ原作の漫画を起こしただけですね。ト書 深夜の十五分枠の連続ものの。東宝の劇場 リズム感があって、空気があって、役者の きなんか、これじゃあ役者さんが動けない で本編というか予告編の前に流していた、 味が沁み出て、脚本の構成もけっこう考え というんで、そういう部分は直していった。 リスとウサギの先輩後輩コンビがとりとめ てたんだと分かって、見終わると映画を観その前に、どの挿話を選ぶかっていう打ち もないお喋りをするショートショートの O たという充実感が残った。傑作とは言わな 合わせはけっこうしました。あんまり大き アニメ、あんな感じで充分じゃないかと いけど、ちょっとした拾い物をした印象で いストーリーを作ろうとは考えてなくて、 シナリオを読む これだったら原作のファンも満足するだろ漫画の持ち味を活かして短編の積み重ねで うし、フラリと映画館に入った客もなんか まったく原作漫画と同じ展開、セリフの いこ、つと」 ヘンな映画だけど妙に面白かったなと思う やりとり。 1 話 2 話 3 話ーーという構成も 挿話の選択の基準は何だったんだろう ? かもしれない。 そのまんまま、多少は原作の挿話の並び 大森「漫画だと二人がバトミントンをし 大森立嗣監督に訊く たりっていう動きのあるところがあった を変えてたり、会話の省略があったり、季 節感を盛りこんでいたりはしているけど。 り、雨宿りするために公園の木陰に移動し そうか、これ、原作のファン向けの映画な大森「最初にオファーをいただいた時は、 たりするんですけど、そういうものを外し ていった。この二人が川岸にいて喋ってい のかと思った。漫画のイメ 1 ジをそのまますでに俳優 2 人 ( 筆者註・池松壮亮と菅田

3. シナリオ 2016年8月号

るんだっていうところを、映画のメインポ しゃべり、その意味が見えてきて。そこか ジションにして強く打ち出した方がいいん ら後半にすんなり入って、映画にとっても じゃないかって思いました」 良きチェンジ・オプ・ペースになっていた 原作ではセリフだけで語られている、セ と思、つ トがサッカー部を辞めた経緯など、映像に さて最近、映画が原作に奉仕していると する材料としては好適である。原作を解体 いうか、原作をそのまま映像化した作品が して再構築するという欲望は起こらなかっ 増えている気がする。中には、絵作りから たのか ? コマ割りまで漫画を忠実に再現した映画も 大森「いやあ、原作のあのニュアンスを出 あって。 すのは、俺なんかが勝手に手を加えると違 大森「僕は漫画原作は今回初めてだったん うものになるんで、それは止めておこうつ ですが、映画のカット割りと漫画のコマ割 ていうのはありましたね。セトのサッカー りはまったく別物じゃないですか ? たけ 部の話とかも、ストーリー 的には動きが ど漫画に引っ張られるところってあります あっていいのかもしれないけど、そこを映 よね。画作りという意味では同じようなも 像化すると原作の世界が壊れるんじゃない のですから。だから、ある程度ホンができ かって」 て準備が整ったあたりで、原作は一切読ま 構成からいうと、まず原作と同じ第 1 話、 ないことにした。あぶない気がしたんです 2 、 3 話があって四つ目にセトとウッミか よ、一歩間違うと漫画と同んなじ画風にな 出会ったエピソード ( 原作では単行本 1 巻何となく最初から決めてましたね」 るんじゃないかって。そうなったら失敗す 目の最後にオマケ的に入れた書き下ろし ) それまでダラダラ気分の会話劇がここ るだろうと思いましたね」 を入れたのが効いている気がした。 で締まって。あのウッミの独白ーー「走り 出来上がった作品には、漫画のコマ割り 大森「そうですね。普通、時系列でやるん 回って汗をかくことや」「クリエイテイプ ではない、映画独自のカット割りが工夫さ だろうけど、最初から何かわからずに、と なことや」「仲間と悪いことをする」だけれていた にかく二人が坐って喋っている。その日常 ではない、「この川で瑕をつぶす青春があっ 大森「それはわりと考えてやりましたね を描いていって、映画の真ん中くらいで出 てもええんちゃうか」が出てくる。このモ短いカットを積み重ねたり、ここは長廻し 会いのエピソードを見せるっていう構成は ノローグが胸に沁み、これまでの二人のお の移動で行こうとか」 1

4. シナリオ 2016年8月号

から勝手に学びなさい、みたいな。 岩田井手先生って文芸作品やっていなが鎌田『里見八大伝』は『ローマの休日』 だもの ら青春ものも。 鎌田一回だけ、「中年女のセリフ書けな いね」と言われたんですよ。書けないの当 若月『青い山脈』がデビュー作だと言っ 桂映画のシナリオは全部いただきだとい うのを井手さんに習った。アレとアレを たり前 ' 三十ちょっとぐらいで。上手かっ てたけど、誰か有名な脚本家が先に書いた んだよね くつつけてやればいいんだよ、なんてよく たじゃないですか、井手さん、中年の女を 聞きましたよ 描くのが。ポロッと言われて、口惜しくて。 鎌田小國英雄さん。 鎌田歌舞伎に綯交ぜって手法があるんで桂そんなの当たり前じゃない 若月四百枚だか五百枚くらいあって、 鎌田ガキに書けるわけない。 ( 随分後に 「切ってくれ」と言っても小國さんが「切す。二つの話を交せる なって ) 東芝日曜劇場で中年女を五人集め 桂そうそうそれも聞いた らない」と言って、自分の所に来たと。 て『おんな五人で』ってやったんですよ 鎌田井手さん、プロデューサーやってた鎌田男と女入れ変えるとかね。『道成寺』 シリーズになって三本くらいやった。 を男でやるとかね。子供でやる、とか。そ んですよ。藤本プロで。それで、お前やっ ういうのを聞いているんでね てみろと言われて書いたのがデビュ 1 桂やつばり井手さんすごいですね。そう いう話聞いておくと書けるようになる 國さん、その頃、忙しくてヒロポンかなん桂だから偉そうに、人間を描けだとか、 コンストラクションがど、つだとか言われ鎌田頭に残ってるから。のナイスミ かやってたんじゃないかって。あの頃は、 デイバスってあったじゃない。あれの元 たって、書けるようにならないですよ 禁止薬物ではなくて、薬局へ行くと売って あの頃、中年の女性が友達同士で旅行に行 たらしいから。 鎌田俺、一番教わらなかったのはシナリ くなんてなかったんですよ。その走りみた オの書き方。全然教わらなかった。言いた いになった。の制作だったから、向 くもなかったんだろうし、言、つ必要もない ⑧ と思ったんだろうと うの観光課の人に「テレビは凄いですね」っ て言われた。放映して一週間後に観光客が 岩田有名な話だけど、『青い山脈』は歌桂僕も、そういうこと二人の巨匠に言わ 来たって。あの頃、テレビってそれくらい れなかったですよ。白坂さんにも。 舞伎の『忠臣蔵』を参考にしたと。 影響力あった。 桂だからシナリオライター、芝居が元な鎌田普通、これじやダメだと : 岩田さっきの歌舞伎の話で言うと、『放 んですよ。芝居を知らない人はうまくいか 岩田シナリオ書いて持っていくと、それ に対して言わないで、「こういう映画観な課後』って栗田ひろみさん主演の映画が ない。白坂さんだって、書棚一杯外国の戯 あるんですけど、これは『東海道四谷怪 曲。「ジャン・アヌイ作品集」だとかだ さい」「こういう本もあるよ」。 しと思って、すぐ 談』だと言、つんです。「四谷怪談』の発端は、 から、僕は真似すればい、 鎌田それがほんとのいい師匠なんだけど。 民谷伊右衛門に隣の家の孫娘が惚れちゃう。 岩田シナリオは教えられるものじゃない 『アヌイ全集』を買って : ・

5. シナリオ 2016年8月号

ソッ・ノフ ? 写ーー 円 れ 左から岩月ユウ陽氏、岩田元喜氏、桂千穂氏、鎌田敏夫氏。 ( 自由が丘・小樽食堂花火にて ) 【出席者プロフィール】 鎌田敏夫 ( かまたとしお ) 徳島県出身。主なテレピ作品に「俺たちの旅」「金 曜日の妻たちへ」「男女 7 人夏物語」「男女 7 人 秋物語」三ューヨーク恋物語」「四歳のクリス マス」 ( 第回向田邦子賞 ) 「逃ける女」、主な映 画作品「戦国自衛隊」「刑事珍道中」「探偵物語」 「里見八犬伝」「いこかもどろか」「天と地と」など。 桂千穂 ( かつらちほ ) 岐阜県出身。第幻回新人シナリオ・コンクール に「血と薔薇は暗闇のうた」入選。主な映画作 品に、「薔薇の標的」「白鳥の歌なんか聞こえない」 「黒薔薇夫人」「暴行切り裂きジャック」「 10 ハウス」「蔵の中」「俗物図鑑」「幻魔大戦」「廃 市」「ふたり」など多数。 岩田元喜 ( いわたもとよし ) 山形県出身。雑誌記者、フリーライターを経て、 2 時問ドラマ「緋牡円マンション」 ( フジテレビ ) で脚本家デビュー。主な脚本作品Ⅱ映画「育子 からの手紙』「かかしの旅」、テレビドラマ「鍵師」 シリーズ、「水戸黄門」など。その他、ドキュメ ント映像作品の構成脚本やコミック脚本なども。 若月ュウ陽 ( わかっきゅうひ ) 北海道・小樽市出身。ミュージシャンを経て、 国内外を放浪後、日活ロマンポルノ「アクメ記 念日」で、桂千穂氏と共作でデビュー。映画、 テレビの脚本、小説などを執筆。その傍ら、自 由が丘で居酒屋「小樽食堂花火」を経営。現在 に至る。 若月越路吹雪と一緒に旅行行ったってい うんだからね 鎌田コーチャン〈越路吹雪〉を囲む会っ てありましたからね。金子 ( 正旦 ) さんと ・・と か、淀川 ( 長治 ) さんとか : 若月 ( 岩田氏に ) あんたは何で井手さん のところに ? 岩田月刊シナリオ誌に出た「シナリオ実 践塾講師・井手俊郎毎週金曜日」とい う広告を見て 鎌田国際文化会館でやってたやつね 岩田先生も七十過ぎてて、「海峡』書き 終った頃に。そこへ行ったのが最初です。一 鎌田僕も一回行きました。来て話をして くれと言われて。 岩田桂さんも来てくださった。そこへ週 一回行ったときに、お話を聞いて。 若月俺、その後だからね。一番遅い。行っ たら弟子三十人くらいいて、毎週十人くら い来てた。井手さんの話聞くのもために なったけど、終った後、ワイワイ飲みに行 く。文化会館からタクシーのほうまで歩い て話するのが、大した話じゃないんだけど、 優しさと意地悪が同居していて、ザクッと 来ることも言われる。桂さんの紹介で俺、 入ったけど、桂さんが、俺のことミュージ シャンやってたと言ったと思う。歩いてい 0

6. シナリオ 2016年8月号

李枝「あとでちょっと二階へいらして」 館林「たとえ店主だろうと社長だろうと、店館林「どっちなんです ? 」 そう言って二階へ上って行く の金を費う以上はそのくらいにしておかな李枝「違うわよ」 いと」 館林「 ( 煙草に火をつけながら ) 百万円はい ニ階の部屋 李枝「いいわ、出します」 っ要るんです ? 」 ソフアがあって、李枝の個室になってい かね子が上って来る 李枝「え ? 」 る。 かね子「マダムにお電話です。三崎さんとい館林「さっきの話ですよ」 李枝が入って来てグッタリとソフアに腰う方からです」 李枝「ああ : : : とにかく話をつけてからでい を降ろす。 李枝「そ、つ」 いわ」 館林が入って来る 階下へ降りて行く。 館林「なんです ? 館林も続いて降りる △△ホテル ( 夜 ) 李枝「百万円暫く融通出来るかしら , 館林「店の金ですか ? - 事務室 ロビイ ( 夜 ) 李枝「ええ」 李枝が電話に出る 一隅で角井と李枝が話している 館林「何に費うんです ? 」 李枝「もしもし : ・ 角井「百万円なんてそんな金、受取るわけに 李枝「きれいにしたいんです。あの人とのこ はいかん」 と」 電話をかけている三崎 李枝「でも私はやつばりはっきり別れたいん 館林「角井氏とのことですか ? あれ、貰っ三崎「盲腸が急に化膿して来ちゃったんだ。 です」 たんじゃなかったんですか ? 」 すぐ大に入院する : : : そのことだけ言っ角井「そんな話をこんなとこで : : : とにかく 李枝「あの時は貰ったつもりでも、きれいに ておこうと思ってね」 部屋へ行こう」 する時は返したいわ」 李枝「いやです」 6 館林「まさか、先方だって取らんでしよう」 事務室 角井「何かあったんやな、君、さっきからそ 3 李枝「取っても取らなくても、私は返したい李枝「まあ : : : 」 わそわして」 んですー 電話はガチャリと切れて、李枝も受話器李枝「私、今夜は失礼します」 館林「じゃ、気のすむようになさい。百万円 を置く。 角井「ならぬ」 は出してあげます。三ヶ月だけ。但し利息館林「三崎さんて、貿易商の三崎洋一氏です李枝「ごめんなさい ( 立って歩き出す ) 」 を取りますよ」 か ? 」 角井「おい、待たんか ( 立って追おうとする 李枝「ずいぶんちゃっかりしてるのね」 李枝「ええ : ・ いえ」 はずみに灰皿をひっくり返す ) あっ : : : 」 3 8

7. シナリオ 2016年8月号

めた」 とお待ち下さい ( 受話器を抑えて、李枝に ) あなたからだけは」 李枝「百年の恋ではあったのね」 電話ですよ、出ますか ? 」 三崎「人の言葉尻を捉えて、自分に都合のい李枝「ただ金額を訊いてみただけのことです李枝「誰から ? 」 わ いところばかり取るな。僕もただで遊んだ 。、いんです」 館林「三崎氏です」 と思われるのは厭だから、一応、これ受取っ 三崎「 ( ふいに口調を柔らげて ) まあ、金の李枝「居ないと言って頂戴」 ておいて貰いたい」 ことは金のこととして、話があるからホテ館林「 ( 受話器に ) お待たせしました。今、 ポケットから白い角封筒を出す。 ちょっと外出中です : : : さあ、何時頃帰る ルへ行こ、つ」 李枝「何ですの、それ」 かわかりません ( 受話器を置く ) 」 李枝「忙しいんです」 三崎「金だ」 三崎「忙しくたって、何だって、とにかくホ李枝「すみません」 館林「いいんですか ? 」 李枝「お金、そう ? ( 三崎の顔を見つめて ) テルへ来てくれ」 幾ら ? 李枝「厭です。今、別れるお話をしていたの李枝「いいも悪いも : : : 別れたいって言い出 したのは向うなのよ。それにあなただって 三崎「え ? : : : 額を知りたいのかー に、お話が違うじゃありませんか」 三崎のこと、あんなに厭がっていたくせに」 李枝「ええ : : : 私の自尊心を傷つけないよう三崎「怒ったのか。こっちだって怒ってる。 な額でしたらいただきます」 館林「そりやそうだが、女って一度気持が離 しかしまだ話はついていない」 れると、そんなに冷たくなるもんですかね一 三崎「三十万円だ」 李枝「では、ここで話して下さい」 三崎「ここじゃ話しにくい ふいに立ち上って二三歩歩き出す。クス李枝「話しにくいことなんか聞きたくありま李枝「きっと三十万円という金額がいけな クスと無性に笑いがこみ上げて来る かったのね」 せんわ。さようなら」 三崎も立ち上る つかっかと歩き出す。 館林「三十万円か」 三崎「まだ話がある」 李枝「それだけの金で、一人の女の心を値踏 三崎「おい みしたのよ。三十万円ってきいた時、私、 李枝「 : : : ( 黙って首を振る ) 」 追おうとするが、立ち止って、李枝の後 姿を見つめる。 三崎「三十万円で怒ったのか。じゃ、五十万 ()æ・ O) 何だかとてもおかしくって、笑いたくなる のをこらえるのに困ったわ。だって、何か 円にしよ、つ」 妙にリアルな感じがあるでしよう、三十万 李枝「いいんです、もう」 ハリ画廊 円という金額には : : 三崎が、つつかりさら 事務室の電話のベルが鳴る ロ三崎「それで不服なら、百万円にしてもいい」 け出した男のずるさって言、つのか : 李枝「お金なんか要りません。もともと、私、 館林が受話器を取る お金なんかいただく気はなかったんです、館林「もしもし : : : はあ、そうです。ちょっ かく滑稽だわ、醜悪だわ」

8. シナリオ 2016年8月号

かなようだから、司さんて方もきっといし 李枝は仕方なく一人で絵を見て歩く。 ビャホール ( 夜 ) 館林と李枝がビールを飲んでいる 人ね」 セザンヌ、ドラン、梅原、安井ーーふつ と館林の方を見ると、まだ一一人は何か話李枝「さっきの人、誰 ? 」 館林「あなたはどうも絵の話よりも人間の話 になると生々して来るな」 し合っている 館林「さっきって ? 」 李枝はまた絵を見はじめる。 李枝「私をほったらかして長い間話し込んで李枝「まあ」 ロダンのデッサンなど た人」 館林「僕は一度あなたに言っておこうと思っ もう一度館林の方を見ると、まだ話して館林「ああ、司梶太ですよ」 てたことがあるんですが」 いる 李枝「何でしよう、改まって」 李枝「やつばり画商なの ? 」 完全に忘れられた李枝は仕方なくまた絵館林「建築家ですよ。知らないかなあ、司梶館林「あなたは本当にこの仕事をやって行く を見る。 太を。新聞や雑誌にも時々名前が出てる気ですか ? 」 李枝「勿論よ。でも出来なければ仕方ないけ ルオーの道化師の顔に向って、思わず唇じゃないですか」 をつき出す。 ど」 李枝「そうかしら」 館林がようやく帰って来る 館林「不勉強ですよ、大体あなたは。紹介す館林「出来ないことはありませんよ。一応と一 言っては失礼だが、とにかくかんはあるし、 ればよかったな」 館林「帰りましよう」 性格も画商に向いています。ところがこの一 李枝「え ? 」 李枝「今頃何を言ってるの」 頃だんだんあやしくなってきた」 館林「うつかりしてたな。あの人は欲があっ 館林「やはり一千万円ほどですよ , たら芸大の教授にでも何でもなれる人です李枝「どうして ? 」 李枝「そう」 が、全然そんな気がないんで随分損してる館林「駄目ですよ、本気で男に惚れたりして 館林「今夜一晩考えます」 んです。でも一部では非常に高く買われて 李枝「危なくないかしら。お金が出来たとし ますー ても」 館林「大丈夫ですよ。値段としては随分安い李枝「その中でも一番高く買ってるのはあな館林「僕はあなたは本当の意味で恋愛はでき ない人だと思っていた。宮原さんの場合で たでしよう」 い。但し贋物を擱んだらおしまいですがね」 も、角井さんの場合でも、結局は仕事とし 館林「そうかもしれない」 李枝「恐いわ」 てちゃんちゃんと割切っている」 李枝「あなたって、褒める人物と軽蔑する人 館林「僕の眼を信用するかどうかですね」 李枝「小さい声で言って ( とあたりを気にす 物が極端なんだから」 ロ李枝「信用はしてるわよ」 る ) ー 館林「まあ、めったなことはないでしよう」館林「そうかな」 李枝「でもあなたの人間を見る眼はかなり確館林「男の問題をきれいさつばりと金で割り 8

9. シナリオ 2016年8月号

本名作シナリオよ浜シネマリン・トークセッションも 2 上映作品『少年』『鬼畜』 ( 聞き手 ) ( ゲスト ) 井土紀州佐伯俊道 日本映画は犯罪をどう扱ってきたか 佐伯今日のもう一つのテーマは、「日 か、いろいろ救おうとするわけですよ 本映画は犯罪をどう扱ってきたか」。 ね。犯罪の報道とかワイドショーでコ 井土さんも犯罪を素材とした作品が多メントする人たちは、人間というもの いと思うんですが を、どこかモラリスティックに救お、つ 井土犯罪も映画と同じで何か自分が としますよね。たぶん佐伯さんも僕も 突き放される経験というか、頭が真っ そうだと思うけども、何か犯罪をベー 白になる経験、か、あるかどうかですスに書こうとするときに、そこに自分 ね。もちろん報道とかを見てです。そ のモラルみたいなものを投影しようと こに興味を持つかどうか するとか、登場人物や観客を救おうと しますよね。でも、そうではないんだ 坂口安吾が「文学のふるさと』とい うェッセイを書いてます。あれは僕に ろ、つと。そ、つじゃないところから出発 とっては大事なエッセイで、なんどもするのが文学なんだということを、坂 折あるごとに読み返してる。その内容ロ安吾は言ってるわけです。僕はそ を簡単に言えば : : : 例えば「赤頭巾れを読んだときに、「ああそうか、俺 ちゃん」という話がある。少女がお婆がずっと捉われてきてる感覚ってこれ さんに会うため森に行ったら、狼に喰かあ」と思った。それからは今まで意 われて死んだ。それだけの話だと。そ識化していなかったものを、ある程度 こには童話や説話にある教訓とか道徳、意識化するようになった。 モラルみたいなものが一切存在しない。 佐伯文学として創出するために作者 読んだ後、あ然とする。突き放された は狂わねばならない、ということです よね。 ような感じがある。でも、ある透明な 美しさみたいなものを感じる自分がい 井土何か簡単に解釈出来てしまえる る : : : みたいなことだと思うんですけ ようなものは、同じ犯罪でもそれほど ども。でも後の人はそこに赤頭巾ちゃ僕は、掴まれない。思わず言葉を失っ んがオオカミの腹を裂いて出て来ると て、「これってこうだよね」って言え 1 10 - ー

10. シナリオ 2016年8月号

武田「もしもし : : : あ、マダムですか : : : は 角井「ならぬ」 李枝「怖くなんかないわ」 あ ? しえ、別にどこからも電話はありま 角井「怖がってるやないかあのあわて方は李枝「 : : : 」 せん : : : え ? 」 いきなり身を飜して歩き出す。 何や。三崎があそこへ入って来たら一遍に 震え上ってからに」 角井「おい、待たんか」 李枝「大きな声出さないで頂戴、ここ大通り 李枝、構わず歩いて横町へ折れる 公衆電話 李枝が電話を切って外へ出る 三崎の方を見ると、さっさと向うへ歩い 横町 て行く後姿が見える。 李枝が歩いてきて、後を振り返ると、角四四丁目の角 井が追って来る。 李枝がまた返って来る 角井「大体やな」 李枝は路地へ入る 李枝「小さい声でおっしやって」 角井「 ( 声を落して ) 大体やな」 屋上の時計台 四時を指していた針が、 O ・ *-a して四時 李枝「もっと小さい声で」 路地 半になる。 角井「もっとか大体ー 李枝が通り抜けて 李枝「私、帰ります」 四丁目の角 角井「冗談やない、話がある」 並木通り 李枝がまだ立っている 李枝「低い声でおっしやってって言ってる 李枝が出て来て振り返る ようやくあきらめて歩き出す。 角井の姿は見えない じゃありませんか」 「やあ」 角井「これ以上低くしたら聞えなくなる」 という声に振り向くと、司梶太が立って 李枝「聞えなくたって構いませんわ。別に聞 5 7 四丁目の角 いる きたくないんですもの。大体、私、もうあ x x 屋の前に李枝が来る 三崎の姿は見えない なたと何の関係もありませんわ」 司「さっきはどうも 角井「低い声で言え」 李枝「いえ、こちらこそ」 祐公衆電話 司「お急ぎですか ? ー 李枝が入ってダイヤルを廻す。 角井「タクシーを拾う。ちょっと待ってくれ」 李枝「はあ : : : いえ」 ロ李枝「いやです」 司「あ、どこかお出かけになるような バリ画廊・事務室 角井「話があるんや」 武田が電話に出る 李枝「明日にして下さい。今日はいや ! 」 行